憧れの“亜州影帝”と対面。緊張で身を固くしたが……
“おこもり生活”にも飽き飽きしたところで、久しぶりに古い香港映画を再チェック。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』『男たちの挽歌』『インファナル・アフェア』など、傑作シリーズを堪能した。いやー、面白い!
とりわけ懐かしさにウルウルしたのはチョウ・ユンファ。何しろユンファの出世作『男たちの挽歌』(86年)がきっかけで80年代の日本は<香港ノワール・ブーム>が勃発。裏社会を舞台にした香港映画が雪崩のように公開され、スターも続々と来日した。華やかな時代だったなぁ。
憧れのチョウ・ユンファと初めて会ったのは、『男たちの挽歌 II』(87年)が89年に日本公開される前年の88年。すでにシリーズ第1弾がアジア全域で大ヒットし、ユンファは“亜州影帝(アジア映画界の帝王)”として君臨していたから、緊張しまくりだった。しかし、席を立って合掌のポーズをとりながらこちらに歩いてくる柔らかな笑顔を見た瞬間、メロメロになった。
そう、彼はとにかくいい人なのだ。香港アクションの巨匠として後にハリウッドで活躍するジョン・ウー(『男たちの挽歌』シリーズ監督)への尊敬と感謝を真摯に語り、マーク(1作目でユンファが演じた役)の親友ホーに扮して人気復活を遂げた先輩俳優ティ・ロンを讃える。「彼らがいたからこそ、僕が演じたマークというチンピラがカッコよく、ヒーローのように見えたのだ」と謙虚一点張り。
撮影のエピソードなども控えめだ。香港アクションといえば、CGなしでの壮絶にしてリアルな銃撃戦や大爆発が売り。捨て身のシーンも数多くあるのだが、「安全対策はしてありますから。たまには“死ぬか?”と思ったこともありますけど。僕は、かなり臆病者でね(笑)」とさらり。あれだけハードなアクションをこなす“亜州影帝”が臆病だなんて、誰が信じる?
じつはしっとりとした演技にも定評あり
次に会ったのは、91年4月に日本公開された『過ぎゆく時の中で』(89年)を携えての来日。アクション・スターとして名を馳せたユンファだけど、『男たちの挽歌』シリーズで大ブレイクする前は、ラブストーリー『傾城之恋』(84年)や、台湾の金馬奨で最優秀主演男優賞を受賞した傑作青春映画『風の輝く朝に』(84年)などで、しっとりした演技に定評があった。
『過ぎゆく時の中で』は、そんなかつての姿を彷彿とさせるもので、幼い息子を育てるシングルファーザーの前に、元妻が10年振りに現れて愛が再燃するという大人のラブストーリー。コメディ『僕たちは天使じゃない』(88年)でタッグを組んだ監督ジョニー・トーと意気投合してユンファ自身が原案にも名を連ねているから、よほどのお気に入り作だ。
なお、息子を演じたウォン・コンユンも、『僕たちは天使じゃない』に続いての共演となる。「懐いてくれて、すごく可愛い。演技も僕より上手だしね」とインタビューでベタ褒めの表情を見せるユンファは、まるで本当のお父さんのよう。ちなみにコンユンとは、90年の『チョウ・ユンファ/ゴールデン・ガイ』で3度目の共演も果たしている。
流暢な英語の裏には賢夫人の指導アリ!
それ以後、数回会見しているのだが、とりわけ印象に残るのは初のハリウッド進出作『リプレイスメント・キラー』(98年)での来日だ。チャイニーズ・マフィアのボスの命令に背いて窮地に陥る凄腕のスナイパー役で、母と妹を人質に取られて苦悩する……。う~ん、やっぱりアジアの漢(おとこ)の哀愁や人情へのこだわりを描き切るのは、アメリカ人監督には無理。ま、当時は若手だったアントワーン・フークア監督もそれなりに頑張ってはいたけどね。
それより、そのインタビューで盛り上がったのは英語のレッスンについて。すでにハリウッド映画『NYPD15分署』(99年)と『アンナと王様』(99年)が公開待機中だったのだが、じつは数年前にハリウッド進出が決まってから、シンガポール人の夫人チャン・フイリャンさん(通称ジャスミンさん)に英会話の特訓を受けていたそうだ。しかし「妻はいつも優しいけど、勉強のときは怖い先生でねぇ。僕は、出来の悪い生徒。本当、英語は苦手なんだ」と苦笑い。とはいえ、のちにロサンゼルス行なわれた各国の記者が集まるラウンド・インタビューでは流暢な英語を披露していたから、“怖い先生”の特訓効果は絶大だ。
ここで、ジャスミン夫人の貢献についても触れておきたい。彼女は私生活のみならず仕事もマネージャーとして、ユンファのすべてを管理している賢夫人。香港ノワール・ブーム真っ盛りの時期には、サービス精神旺盛な香港のスターたちは朝から夜遅くまでインタビューをこなすのが当然のようになっていた。しかし、夫人は事前に日本の雑誌を取り寄せ、発行部数まで調べ、媒体を吟味。時間も無理のないように調整し、インタビューの場にも必ず同席していた。
正直、そのハードルの高さに「厄介だなぁ」とか「恐妻?」と陰口を叩いたこともある。失礼しました! 今にして思えば、熱烈なファンと化したメディアの傍若無人な攻撃からユンファを守るには、あれくらいのシビアさが必要だったのだ。だからこそ、狂乱のブームが去ってからも“亜州影帝”の座は、完全に完璧にキープされている。
その証拠に、今年2月に日本で公開された『プロジェクト・グーテンベルク 贋札王』(18年)を、ぜひご覧いただきたい。かつて「香港四天王」と称された後輩アーロン・クォックとタッグを組んで、偽札作りの達人を演じたクライムアクション。往年と変わらぬスタイルにちょっぴり渋みを増した佇まいで、ガンを撃ちまくり、ハードなアクションもたっぷり! 2丁拳銃をぶっ放す『男たちの挽歌』へのオマージュ・シーンにオールド・ファンは感涙だけど、過去作を知らなくてもその格好いい漢っぷりには、誰もが燃えるはずだ。
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