CESリポート恒例の、麻倉怜士さんによるメーカーインタビューをお届けする。その第一弾は、パナソニック株式会社 アプライアンス社 副社長の小川理子さん。テクニクスブランドの復活から5年、昨年発売されたイヤホンも好評な同社は2020年にどんな新しい提案をするのか? またパナソニックとしての展開は?(編集部)
麻倉 今日はお時間をいただき、ありがとうございます。小川さんのご担当はかつてはオーディオだけでしたが、いまはかなり拡がっています。まずは今の小川さんのお仕事の内容から教えて下さい。
小川 私の現職は、パナソニック株式会社 アプライアンス社の副社長で、コンシューマー向け家電すべての技術担当になります。AV機器だけでなく、エアコン、冷蔵庫、調理家電、ビューティといった白物家電も含めて、です。
また技術本部長でもあります。その下には、エアコンなどの空調冷熱の開発センター、白物家電の開発センター、昔からのAV機器などが含まれるデジタルトランスフォーメーション開発センター、戦略を担当するR&Dプランニングセンターといった4つの部署があります。それ以外にも戦略室や人材育成をする技術アカデミーなども技術本部に属しています。
麻倉 すごく幅広いのですね。この体制は一昨年からスタートしましたが、そろそろご自身の新しい方針が浸透してきたのではありませんか?
小川 そうですね。2年経ち、世の中的にもスマートホーム、デジタルトランスフォーメーションが言われるようになってきました。AV関連では早くからそれらへの対応が進んでいましたが、白物ももっと進化しなくてはならないということで、家電の変革を進めてきました。
麻倉 海外、特にヨーロッパを見てみると、白物とIoTの連携がもの凄く進んでいます。しかし日本ではそこが遅れていた。
小川 そうなんです。そこをもっと加速していこうと努力してきたのがこの2年でした。やっと、さぁ行くぞというところまで辿り着きました。
麻倉 パナソニックとして、スマートホームを作るというのが究極の目的ですね。
小川 理想としては、スマートホーム、暮らしの中で各製品が自然につながっていくことだと思います。弊社ではアプライアンス社の家電だけでなく、ライフソリューションズ社としての電材や様々な家にまつわるアイテムを持っています。
それらを通して、生活者視点に立って、今のお客様の体験価値がどうなっているかを常に探っています。もちろんそれらは日々変わっていきますし、とても気まぐれで、捉えにくいところもあるのですが、それをキャッチすることで顧客接点を強化しているのです。
お客様といかにつながり続けるか、どうやって役に立つ情報を提供していけるかというところは、パナソニックという会社としてもとても重要だと考えています。
麻倉 他社も含めてみんなスマートホームといいますが、日本ではAV機器から白物家電、車関連まですべてをサポートしているのはパナソニックくらいです。ということは、そこにはパナソニックらしい切り口、他社にはできない展開もあると思うのですが、その点はどうお考えでしょうか?
小川 今までは事業部軸、商品軸といった縦割で製品開発を進めてきました。ただ、今おっしゃっていただいた通り、弊社には幅広いジャンルの製品があります。しかも、日本国内で高いシェアを持っているカテゴリーも多くありますので、それをつなげることによる価値は、他のどこにも負けないでしょう。
例えば、アプライアンス社とライフソリューションズ社が連携することにより空調と空質で価値を生み出すことができます。それこそパナソニックらしさだと思います。
麻倉 一般的に、組織として強い事業部同士は横にはつながりにくいと言われています。事業部としては日々の売り上げが大切で、少し先のテーマについて他部署と協業するのはやりにくい面もあると思うのです。そのあたりは小川さんが統括することで変わってきたのでしょうか?
小川 私は技術本部長になってすぐにIoT戦略を打ち出しました。そこから数年を経て、やっと社内がそういうマインドになってきました。いい意味で動きが出てきたなぁと思っています。
麻倉 縦方向のつながりが強いのはパナソニックとしてのよさでもあるのですが、そこに変化が加わってきたのですね。さてここからは、その新体制を踏まえてAV機器の展開についてお聞きしたいと思います。
昨年のIFAでテクニクスとして初のハイエンドイヤホン「EAH-TZ700」が発表され、話題になりました。そして今回は、完全ワイヤレスイヤホンの「EAH-AZ70W」が発表された。
テクニクスでは、これまでは家の中向けの、大型・中型製品を中心にラインナップしていましたが、最近のトレンドであるパーソナル用途という点では遅れていました。しかし昨年後半からはそこに注力していますね。
小川 製品のカテゴリーとしては、これで揃ってきたと考えています。今回のヘッドホン、イヤホンを開発しているのは、九州の部隊で、もともと電話やネットワークといったスマートコミュニケーションを担当してきたビジネスユニットです。彼らは無線系の技術も優れていますし、物作りの点でも力を発揮できるという強みがあります。
もちろん先行技術、要素技術については門真の開発部隊も参加していますが、実際の設計、製造、量産などは九州のスタッフが担当しました。ホームオーディオで培ってきた知見、ノウハウを投入しながらいい形でシナジーが生まれてきた成果だと考えています。EAH-TZ700も、製造は佐賀の工場で行なっているのです。
麻倉 パナソニックの規模であれば色々な技術もお持ちでしょうから、それを結集したということですね。会場でEAH-AZ70Wを試聴させてもらいましたが、ノイズキャンセリング機能がとてもよくできていたので感心しました。
小川 外に音が漏れないようにも配慮していますし、デュアルハイブリッド方式で最高の性能が出ているのではないかと思います。テクニクスブランドのフラッグシップモデルとして発売する以上は、新しい技術で業界最高性能を目指そうというのが当初からの目標でした。
麻倉 筐体が本当に小さいですね。
小川 今までのトゥルーワイヤレスイヤホンは、筐体が大きくて女性にはちょっと使いにくかった。弊社の製品はビューティ家電も含めてジェンダーフリーで使っていただきたいと考えていますので、イヤホンも耳にフィットする、つけっぱなしでも負担感のないものを目指しています。
その小さいサイズにどうやってBluetoothアンテナなどの部品を納めるかに苦労しました。凝縮して、なおかつ最高性能を出すにはどうするかを九州のメンバーがもの凄く頑張ってくれたのです。
麻倉 いかにも日本的、パナソニックらしい物作りですね。音についてはこれからかなと感じました。有線タイプのEAH-TZ700は低音の再現性が素晴らしいので、そこを目指して欲しいですね。
さて、今年でテクニクス復活から5年目になります。その間でトップモデルから製品を順番に発売してきたわけです。昨年はSACD/CDプレーヤー「SL-G700」が発売され、これでラインナップが埋まってきたように思います。
小川 自分たちがやらなくてはならないカテゴリー、技術的、戦略的にミートする製品を中・長期展開で開発してきました。もちろん軌道修正もありますが、通常よりは開発期間もちょっと長めにとって成熟させるというテクニクス独自のプロセスです。機種数は少ないのですが、われわれとしてはていねいに考えてきたつもりです。
麻倉 今はそれらが一段落した状態だと思いますが、現時点で今後の予定をどうお考えですか?
小川 まだ具体的になってはいませんが、最初にリファレンスクラスを出しましたので、お客様により満足していただくために、これをブラッシュアップしていくべきではないかという意見もあります。
麻倉 私の経験として、オーディオ製品はひとつの世代で完成するということはないと思っています。スピーカーでもアンプでも3ターンくらい経て、改良・成長していく必要がある。
そう考えると、去年までは新生テクニクスのスタート期間で、これからどう展開していくかはさらに重要になっていくでしょう。
小川 おっしゃる通りです。創業期が終わって、建設期にはいっていくタイミングだと思いますので、私もより高みからの視点で物事を考えていきたいです。
麻倉 しかし小川さんひとりでは、なかなかすべてに目が行き届きませんよね。
小川 そうなんです、もうひとつ体が欲しいくらいです(笑)。でも、力の続く限り頑張ります。
麻倉 話は変わりますが、ベルリン・フィルとの協業も3年目に入りました。テクニクスとして学習もしてきたし、そろそろ成果がでてくるといいと思います。
小川 トーンマイスターのクリストフ・フランケさんからもたくさんの指導をいただきました。それらは目には見えませんが、資産として蓄積されてきていますので、これから活かしていきたいです。
麻倉 今までは、一体型システムやテレビにベルリン・フィルハーモニーの音作りをいれたという製品化でしたが、これからはスピーカーなどの単体コンポではどうなのかといった展開も期待したい。
小川 空間性としてベルリン・フィルの教えをどう活かしていくかは重要だと思っています。ホール音響についても弊社の技術者が学んできましたので、スペースチューンなどを含めて、暮らしの中に音をどう取り込むかについて、新しい提案をできるのではないかと思います。
音楽を楽しむだけでなく、体を整える健康志向にも役立つ、楽しみながら心身がよくなるような展開を考えていきたいです。
麻倉 音楽鑑賞という狭いオーディオだけでなく、もっと広く家の中での音楽、音といった捉え方も必要ですし、それはスマートホームの重要なファクターだと思います。
小川 空間としての価値を出す時にエアコンとか照明の話をよくするのですが、音も空間の価値としてとても重要だと思います。しかしパナソニック全体としては、オーディオというと単体コンポのことで、そういった空間に対する価値はほとんど語られてきませんでした。
私は、“空間の価値を高めるための音”という提案をこれからやっていきたいと思っています。そこにはこれまでホームオーディオで培った技術や、ベルリン・フィルから学んだものが役に立つでしょう。車やパーソナル空間など、色々な意味での音の世界も広がるはずです。
麻倉 事業部単位で考えると、エアコンや照明それぞれの機械やスペックに目が行きがちですが、もっと広い意味では空間を伝わって目に届くのが照明で、肌に届くのがエアコンともいえます。そして空気を伝わって耳に届くのが音だとすると、空間・空気の質をどうやって高めていけばいいかというくくりもできそうです。
小川 今はライフサイエンスが進歩していて、脳科学で何が快適と感じるのかまでわかるようになっています。そうした科学的な分析も加えながら快適さや気持ちよさを届けていく方法も探していきたいですね。
麻倉 それこそ小川さんがトップにいる意味だと思います。これまでの男性技術者の型にはまった考えではなく、女性の音楽家がオーディオで培った、自由な発想が求められている。それが面白い展開につながるのではないでしょうか。
小川 ありがとうございます。それをどんどんやっていこうと思います。
麻倉 ちなみに音楽家としての今後の予定は?
小川 2月11日(祝)に大阪のいずみホールで関西フィルハーモニーと藤岡幸夫さんの指揮でバレンタインコンサートをやらせていただきます。林そよかさんという20代の現代作曲家で、すばらしい才能のある女性作曲家がいらっしゃいますが、その方が「Cosmos High」というピアノ協奏曲を書き下ろしてくれましたので、それを初披露します。
麻倉 それは凄いですね。何分くらいの曲ですか?
小川 3楽章で21分もあるんです。練習もしないといけませんし、たいへんなんですよ(笑)。
麻倉 しかし、どんなに忙しくても演奏活動を続けていくのは素晴らしいことです。
小川 自分自身がちゃんと感性を研ぎ澄ませていないと、他の人にも意見を言えなくなりますからね。緊張感を持って、自分の感性を磨いておかないと、仕事の上での高みにいくための判断が鈍ってしまいます。
麻倉 すばらしい心がけですね。ぜひこれからもがんばってください。