このコンパクトな姿形が魅力的なアナログプレーヤーは「Holbo」という。中欧、(イタリアの東、オーストリアの南、クロアチアの北に位置する)スロヴェニアでこつこつとつくられる高品位な製品だ。
同社のモデルはいまのところブランド名を冠した本機のみのようで、オーケストラ音楽やオペラの壮大さやダイナミクスを、自宅においてハイレベルの音楽性で再現できるのはアナログ再生のみであるという信念を持って製品開発・製造されたもの。その志は素晴らしいと思う。
リニアトラッキング・ターンテーブル
ホルボ Holbo ¥1,000,000(税別、カートリッジ別売)
<トーンアーム部>
●型式:スタティック・バランス型●スピンドル/ピポット間:163mm
●適合カートリッジ重量:6〜12g(6〜8gを推奨)●材質:アルミニウム合金/カーボン
●トーンアーム総量:31.6g
<ターンテーブル部>
●駆動方式:ベルトドライブ●回転数:33・1/3、45rpm
●プラッター自重:5kg●接続端子:フォノ出力1系統(RCA)
●寸法/質量:W430×H150×D400mm/12kg(本体)、W225×H120×D147mm/1.8kg(エアポンプ)
さて、近年はアナログブームであるが、ハイエンドオーディオの世界でのアナログ再生でとりわけ注目されているのは、レコードをトレースする際に発生する、針とレコードの音溝との間に生じる不正確な角度、すなわちトラッキングエラーである。
本来カートリッジの針先は、音溝に対して常に直角、と言えばいいのか、一直線と言えばいいのか、とにかく、そういう折り目正しいビシッとした角度で音溝に接することが求められる。
なぜならば、レコードを製造する時、音溝を刻むカッターヘッドは直線的(リニア)に移動(トラッキング)しており、その針先は常に角度が一定に保たれているからである。レコードを再生する時にも、カッターヘッドと同じように、角度一定で音溝をトレースしていけばいいというのは自明の理屈だし、歪みも少なくなるという寸法だ。
だが世の中の主流はトラッキングエラーが原理的に生じてしまう回転軸受けを持ったトーンアームであり、そうなっていることにはいわゆる諸事情がある。音質の優劣はひとまず置くとして(トラッキングエラーの多寡のみが音質を決定するわけではないので)、回転式はつくりやすく使いやすく安定性が高いのだ。なお、回転式軸受けを持ちながらトラッキングエラーを極小にしようとした製品も存在しているのだが、機構が複雑で押し並べて高価である。
いっぽう、カッターヘッドと同じように、直線移動を採用するリニアトラッキングアームも古くから製品化されてきており、その独自の音質と音楽表現には熱狂的な愛好家が存在する。こちらの方式のアームも概ね高価で、しかも調整にはそれなりのスキルを要求するのであるが、このHolboは、可能な限りシンプルにまとめられた、リニアトラッキングアームをグッと身近にしてくれる製品であり、同方式ならではの音質的メリットを存分に味わわせてくれるプレーヤーなのである。
本機の最大の特徴はこれまで述べてきたように、独自のリニアトラッキングアームの搭載。リニア移動にはいくつかの方式があるが、Holboはアーム基部に別筐体のポンプからエアー(空気)を供給し、移動用のガイドとなる固定されたポールからエアーフロートさせ、摩擦を事実上皆無とすることで、レコードの音溝に沿ってスムーズに直線移動する機構を採用。したがってアームパイプ基部には動作を阻害しない柔軟性を持ったエアーホースがつながれており、アームと一緒に移動する。
アーム基部ではなく、ポールからエアーを吹き出させる方法を採用しているリニアトラッキングアームもあるが、いずれにしても共通しているのは、エアーフロートにより機械的接点がなくなり、そこで振動の遮断が行なわれることである(リニアトラッキングアームの方法は、このほかにモーターを用いた電動がある)。
本機のもうひとつの大きな特徴は、プラッターにもエアーフロート方式を採用したこと。つまり、質量5kgのプラッターが浮上した状態で回転しているのだ。この方式のメリットは、こちらも外部振動の遮断が図れること。すなわち本機は、静粛な回転と外部振動の影響を受けないことがアナログ再生にとって大切であるという設計思想でつくられており、これは現代アナログ製品の正統的な考え方と言える。プラッターの駆動方式はベルトドライブで、静粛なDCモーターが採用されている。
本機の調整のキモはトーンアームにある。初めに行なうのはアームに取り付けられた針先が、正しくレコードの真ん中を直線移動するための位置決めで、これには付属の治具を用いる。具体的にはアーム基部のネジを緩めてパイプを前後に動かすことによって行なう。このネジはカートリッジのアジマス(左右の傾き)、つまりパイプの回転方向の固定用でもあるので、2つのパラメーターを正しく調整するにはある程度の習熟が要求されよう(だが、私はこのような一種の独自の作法こそが、趣味の面白さの本質のひとつだと思う)。
針圧調整は後ろ側のカウンターウェイトの移動で行なうが、ショートアームゆえ、こちらも調整はシビアである。順序が逆になってしまったが、スムーズなアーム移動のためには、固定ポールが水平であることが必須であり、システム全体の水平調整にも慎重を期したいものである。このポールが汚れてしまうとアームの動作が阻害されるので、使用の際にはホコリを払うなど、愛情を込めて接していただきたい。調整を含め、安定した動作のためには、それなりのスキルが必要なモデルなのだ。
さて、慎重な調整を行なったのち、Holboの試聴を行なう。本機のトーンアームにはあまり重いカートリッジは取り付けられないので、その点は注意が必要(最大12gまで)。今回はメーカー推奨という、マイソニックラボのエミネントGLを使用した。
クラシック、ロック、ポップス、ジャズとさまざまなジャンルの音楽を聴いたが、どのレコードにも共通して聴かれたのは、広大な音場と、そこに展開するホログラフィックな音像。ストレスがなくハイスピードな音は現代アナログらしいもので、同時にエミネントというカートリッジの優秀性、膨大な情報量を存分に引き出したものと言える。
いっぽう伝統的な回転式アームや超重量級システムのような、超低域におけるパンチのようなものはそれらに一歩譲る。これは機械的接点・支点を持たないトーンアームに共通して聴かれる特徴でもある。また、音溝にガイドされて直線移動するという方式上、音溝の外側(右チャンネル)に針先がほんのわずかではあるけれど強く接していることが感知できるレコードもあった(左右チャンネルにくっきりと音像を分けた、いわゆるピンポンステレオ録音のレコード)。
とは言え、ステレオ音場における定位の揺らぎのなさはリニアトラッキングアームの独壇場であり、トラッキングエラーがないことに起因するであろう、極小の歪み感、大オーケストラの強烈なトゥッティでも混濁しない等々のメリットも大きい。加えて、本機ならではと言いたい、静寂感と躍動感の両立にも素晴らしいものがあった。シャーシ機構のシンプルさゆえもあってか質感描写も自然であり、さり気ない音の佇まいを持っていることも魅力と聴いた。
アナログファンならぜひ体験していただきたい、独自の音の世界を持った製品である。とりわけステレオイメージを重視する方には絶好の選択肢となろう。
ステレオサウンド試聴室のリファレンスとの組み合わせで、心地いいサウンドを再現