映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第23回をお送りします。今回取り上げるのは、老人ホームを舞台にしたヒューマン作『老人ファーム』。誰もが避けては通れない、そう遠くない将来をリアルに描き出します。劇伴にも注目の本作を、とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)

【PICK UP MOVIE】
『老人ファーム』
4月13日(土)より2週間、渋谷ユーロスペースにてレイト・ショー公開

画像1: 【コレミヨ映画館vol.23】『老人ファーム』 新人兄弟チームによる意欲みなぎる人生ドラマ。居場所を無くし、下降してゆくリアルな青春!

 兄の三野龍一が演出、弟の和比古が脚本を担当する兄弟コンビ、Mino brothersの長編映画第1作。映画にアッパー(興奮)系、ダウナー(下降)系の種別があるとすれば、この作品は後者の抑制をまとって生まれたことが魅力だろう。

 主人公は、母親の看病のため地方の田舎町に戻ってきた青年・和彦(半田周平)。オープニングの面接シーンでもその過去や人となりが隠される彼は、小さな老人ホームで介護職員として働き始めることになる。

 慣れない仕事。入所者を馬鹿にしているような振る舞いの施設代表者・後藤。コミュニケーションが取れているのか判らなくなる老人たち。そして小言ばかりの母。ひとり入居者から離れ、言いつけにも従わぬ不思議な女性・アイコ(舞台出身の麻生瑛子)に近づくうちに、和彦の日常はぐらぐらと崩れてゆく。

 周囲との距離感を失い、沈んでゆく男を半田周平が快演! 沢田ヒロユキと山崎憲司による楽曲制作ユニットだという「ペイズリィ8」のパーカッシヴな劇伴がヒリヒリとした焦燥感と併走して秀逸だ。これは自分の物語だ、と胸に刺さる向きも少なくないだろう。

 題名のファームは、ジョージ・オーウェルが書いた風刺小説「動物農場」(Animal Farm)のファームだ。物語が進むうちに居場所を失ってゆく和彦が、静かに老人たちの似顔絵を描いているというのは、いいアイディア。ただそれが有機的に映画とブレンドされないのが惜しい。

 あまり話題にならなかったけれど、偶然こちらも兄弟チームだったボルスキー・ブラザースの青春映画『ランナウェイ・ブルース』(2012年/アメリカ映画)にイラストを応用したすばらしい演出があって、このような工夫があれば、『老人ファーム』はさらに時代と観客の胸に風穴を開ける1本になった気がする。

画像2: 【コレミヨ映画館vol.23】『老人ファーム』 新人兄弟チームによる意欲みなぎる人生ドラマ。居場所を無くし、下降してゆくリアルな青春!

 いずれにせよ映画を作るということはひとつの意見を表明することだから、新しい才能が現われるのは愉快なことだ。チーム名がちょっとカッコいいMino brothersの今後にも期待をしたい。

『老人ファーム』
4月13日(土)より2週間、渋谷ユーロスペースにてレイト・ショー公開
監督:三野龍一
出演:半田周平、麻生瑛子、村上隆文、堤 満美
2019年/日本/82分/ビスタサイズ

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