深い考察で読者を唸らせてきた映画評論家・久保田明さんの人気連載「映画の交叉点」を、今回より「先取りシネマ」に変更。厳選した新作映画を、独自の視点で深堀りします。(Stereo Sound ONLINE 編集部)
会話さえも許されない世界。一体何が起きているのか?
秋。落ち葉が舞い積もる田舎町のスーパーマーケット。ひとけのない店内で、3人の子どもを連れた母親が数少ない商品から日用品や薬を選んでいる。あたりを警戒する父親もいる。
手話で会話をする彼ら5人は、店から出ると一列になり注意深く歩き始める。全員が裸足だ。とにかく音を出さぬよう、目配せをしながら森の小道を進んでゆくのだが……。
一家はなぜ音を立てぬ生活を送っているのか? この世界に何が起きているのか? ここには何が潜んでいるのか?
いや、これ、日本で付けられたキャッチコピーそのままに、本当に“音を立てたら、即死。”なのだ。ゆっくりとスタートした物語が全力疾走を始めると、客席で物音を立てるのに躊躇するくらい。ポップコーンに手を伸ばす音にも気を遣うだろう。
SNSや口コミで驚きと怖さが広まって、北米、そして世界中で大ヒット。サスペンス・ホラーの大注目作『クワイエット・プレイス』が上陸する!
ジョン・クラシンスキー&エミリー・ブラント、夫婦役で初共演
演出と脚本、父親役で出演もしているジョン・クラシンスキーは、キャスリン・ビグロー監督の『デトロイト』の弁護士役などで知られる中堅男優だ。
当初は出演のみのつもりだったが、送られてきた原案(明かりをつけてはいけないという心霊スポットの森を舞台にした『ナイトライト -死霊灯-』のブライアン・ウッズとスコット・ベックの手によるもの。今回の音を立てたら、と似た縛りのある低予算ホラー)に魅了された彼は、妻の女優エミリー・ブラントの助言もあり、彼女を主演に演出を兼任することを決心する。
ブラントは、『プラダを着た悪魔』でアン・ハサウェイをシゴく秘書、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』でもトム・クルーズを特訓する勇士など、S型キャラを得意にしてきた実力派女優だ。
そんな彼女が今回は声も上げられずに怯える母親を演じるわけだが、この実生活でも夫婦の共同作業が奏功した。登場人物は死体役のひとりを加えてもわずか8人。ベースはもちろん心臓直撃型のサスペンスなのだけれど、そんな世界に力を合わせて立ち向かう家族のサバイバル・ドラマとして見応えがあるのだ。
“破壊王”マイケル・ベイのあと押しで一流スタッフが参加
クラシンスキーはこれまでホラー映画には関わりのなかった人物。完成には彼に話を持っていった製作会社プラチナム・デューンズが大きな貢献をしている。ファンはご存じ、同社はプロデューサーのアンドリュー・フォーム、ブラッドリー・フラーと共に『トランスフォーマー』シリーズのマイケル・ベイが2001年に設立したホラー映画中心のプロダクションだ。
『テキサス・チェーンソー』(2003年)、『悪魔の棲む家』(2005年)、『13日の金曜日』(2009年)、『エルム街の悪夢』(2010年)、『呪い襲い殺す』(2014年)、それにバイオレンス・ホラーの『パージ』連作(2013年~)など、人気作のリメイクを中心にヒット作を発表してきた。これらすべてが成功したとは思わないけれど、ジャンル映画はつまらなくても楽しいのだからこれでいいのだ。
ハリウッドの破壊王ベイのホラー愛は本物。自身が若いころに心奪われた小振りな恐怖映画に、いまも夢を見ているのだろう。『テキサス・チェーンソー』に、オリジナルの『悪魔のいけにえ』(1974年)で撮影を担当し、当時は映画界と距離を置いていたカメラマン、ダニエル・パールを招いたのには感動した。ただの壊し屋ではないのだ。
そんなベイのあと押しがあったため、『クワイエット・プレイス』にはVFXにILM、音楽に『ハート・ロッカー』や『LOGAN/ローガン』のマルコ・ベルトラミ。音響編集(音にまつわる作品なので静音部分にもコレが効いている)には『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』や『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』の名手、イーサン・ヴァン・ダー・リンやエリック・アーダールと一流のスタッフが参加している。
劇中、わずかな安息のシーンに、“きみが踊る姿が見たいんだ。なぜってぼくはまだ君に夢中だから”と歌う、ニール・ヤングの名曲「ハーヴェスト・ムーン」を流すセンスもいいし。色々入って、90分でシャキーンと終わるすがすがしさ。必見だろう。
この秋冬は注目のホラー映画が盛りだくさん
『ゲット・アウト』や『IT/イット“それ”が見えたら、終わり。』、それにこの『クワイエット・プレイス』のヒットもあって、低~中規模予算で大きな収益が望めるホラー映画にはますます注目が集まりそうだ。
日本公開予定作だけでも、『死霊館 エンフィールド事件』に登場した怨念の尼僧の誕生を描く“死霊館”&“呪いの人形アナベル”連作のスピンオフ『死霊館のシスター』(9月21日~)、ラース・フォン・トリアーの甥っ子、ヨアキム・トリアー演出の北欧思春期ホラー『テルマ』(10月20日~)、ルーニー・マーラ、ケイシー・アフレック共演、終盤にサイケデリックな悲しみが襲ってくる感動的な幽霊譚『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(11月17日~)、祖母を亡くした一家に降りかかる怪異を描き、米国ではとんでもなく怖いと評判になったオカルト映画『ヘレディタリー/継承』(11月30日~)などがある。
『ゲット・アウト』のホラー専門プロデューサー、ジェイソン・ブラムが贈るシリーズのリブート『ハロウィン』(テーマ曲はもちろん、ジョン・カーペンター! トレーラーだけで泣ける)や、誕生日に殺されたビッチ娘が同じ日をくり返しながら犯人と対決する『ハッピー・デス・デイ』も日本公開されるはず。
気が早いけれど、ホラー映画ファン最大の注目作は、来年1月に本邦公開が決まったリブート版『サスペリア』だろう。『フィフティ・シェイズ』シリーズのダコタ・ジョンソンとクロエ・グレース・モレッツ主演。演出は『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ。
ダリオ・アルジェントの1977年版がイタリアン・ホラーを代表する人気作なのでハードルは高いけれど、『君の名前で~』でザ・サイケデリック・ファーズの佳曲「ラヴ・マイ・ウェイ」を使い、ロック・ファンだったのかー、を披露したグァダニーノなので大丈夫かもしれない。
オリジナルのゴブリンに代わって、今回はレディオヘッドのトム・ヨークが映画音楽に初挑戦! こりゃ、すごい。極彩色ホラーの意匠が継承されるなら、ヨークの美しく沈鬱な音響ロックはハマるのではないだろうか。
多くの場合、作り手もそのジャンルを愛し育ってきたホラー、SF映画は幸せな作品群だ。『クワイエット・プレイス』もたくさんのファンを掴むにちがいない。
『クワイエット・プレイス』
出演:エミリー・ブラント/ジョン・クラシンスキー/ミリセント・シモンズ/ノア・ジュプ
原題:A QUIET PLACE
配給:東和ピクチャーズ
2018年/アメリカ/1時間30分
9月28日(金)ロードショー
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