90年以上の歴史を持つ角川大映スタジオの“今の姿”を紹介する短期連載第3回をお届けする。今回は、ポストプロダクション業務、特にダビングステージ関連について紹介する。この項は映画音響をこよなく愛する潮晴男さんにリポートしていただいた。(編集部)
編集部注:角川大映スタジオでは一般見学は受け付けていません。ゲート横のアンテナショップ「Shop MAJIN」ではグッズ購入が可能です。
日本の映画史に輝かしい足跡を残してきた角川大映、今回東京都調布市にあるスタジオを訪問し、角川大映スタジオの今をこの目で確かめることが出来た。そこで意外だったのは角川大映には2011年までポストプロダクションの施設がなかったということだ。
角川大映スタジオがポストプロダクション施設を作るにあたってこだわったのは、生音を収録するフォーリースタジオである。ハリウッドでは50人とも60人ともいわれるフォーリーアーティストが活躍しているが、邦画では効果音を作り込むサウンドエンジニアがその役を担ってきた。
しかしこれではリアリティのある音響演出は叶わない。そこで角川大映スタジオでは、音響演出の第一人者であり、サウンドエフェクトに造詣の深い柴崎憲治さん監修のもと、守備範囲の広いフォーリースタジオを拵えたのである。現在では邦画においてもフォーリーアーティスト効果音作りを支えているが、そうした環境の整備にも角川大映のスタッフは気を配ったのだろう。
第一回のインタビューにもあるように、角川大映スタジオがダビングステージを新設した背景には、小畑社長を始めとするスタッフの強い思いがあった。その一方で、ポストプロダクション機能を十全に活用するためには、最新の設備の導入が欠かせない。彼らはその思いを実現するために新規に設計したダビングステージを始め、編集室やフォーリースタジオを設けることで、新たな一歩を踏み出したのである。
劇場用7.1chサラウンドミックスが可能なダビングステージ
角川大映スタジオG棟にあるポストプロダクション施設は、2011年11月にオープンした。施工時には録音技師の中村淳さんと音響効果技師の柴崎憲治さんに監修をお願いしているとのことで、劇場用7.1chサラウンドミックスが可能なダビングステージも準備されている。
ここは制作者にとって最適な音場を目指した設計がされており、さらに部屋鳴りを抑制して心地いい空間にするために、柱状拡散体「AGS(Acoustic Grove System)」を随所に配置してルームチューニングを施しているのも特長だ。
またダビングステージのスピーカーには本文にもあるように、JBLの4ウェイシステム「5742」が導入されている。これも監修の中村さんの推薦で“音のよさ”を優先した結果だという。サブウーファーとして46cmユニットを4基並べているのも、映画音響づくりとしてはポイントになるだろう。
そのスタジオを訪れて感じたことは、ハリウッドスタジオに似た雰囲気が漂っていることだ。さほど広くはない敷地にもかかわらず、混み入った印象を与えないのは高さ方向に建屋を有効に活用しているからだろう。
ポストプロダクションの作業はG棟に集約されているが、G棟は向かい合わせでもっとも大きな撮影スタジオも構えている。一般的にダビングステージは1Fに設置することが多いが、角川大映の場合3F〜4Fの空間にある。そのため映画音響の基準となる85dBの音圧に耐えうるよう、床面を補強しさらに浮き床構造にするなどの配慮がなされている。スクリーンサイズは7.2m×3.3m、プロジェクターはNECの「NC2000C DLP Cinema Projector」である。
スクリーンバックには映画音響には珍しいJBLの最新モデル「5742」による4ウェイシステムを、サラウンド、サラウンドバックには「8340A」を配置している。さらにその下にTHX基準となる46cm口径サブウーファ「4642A」を2基配した最強の構成である。それぞれのスピーカーを駆動するアンプはアムクロンの 「I-TECH5000HD」で、ドライブ能力に関しては申し分のない布陣がなされている。
このダビングステージが竣工したのはドルビーアトモスのフォーマットが確立する以前だったこともあり、現時点ではアトモス構成になっていないが、「現在検討中です」と営業部 ポストプロダクション技術課 課長の竹田直樹さんが言うように、彼らの思いが形になる日も近いことだろう。
MAルームでは、既にドルビーアトモスホームの制作実績もあり!
G棟には、放送やパッケージ用のサラウンドサウンドを制作するためのMAルームも準備されている。ここは完成当初は7.1ch用だったが、後に天井スピーカーを追加してドルビーアトモスホームの制作環境を整えたという。既に『攻殻機動隊 SAC_2045』シリーズをドルビーアトモスで制作するなど、経験値を増やしている状態とか。
もっともパッケージソフト用のMAルームは2019年にコンソールを入れ替え、スピーカーも7.1チャンネルから7.1.4のアトモスホーム仕様に変更されている。すでにこのスタジオではネットフリックスで配信する『攻殻機動隊 SAC_2045』などのドルビーアトモスリミックスを手がけた実績もあるので、ここで制作されたサウンドを耳にした読者も多いことだろう。
そしてもうひとつ、角川大映スタジオがポストプロダクション施設を作るにあたってこだわりぬいたのが4Fにある生音を収録するフォーリースタジオだろう。音響演出の第一人者であり、サウンドエフェクトに造詣の深い柴崎憲治さん監修のもと、守備範囲の広いフォーリースタジオをあつらえたのである。
フォーリーステージや7.1ch対応サウンド編集室なども充実
このほか3Fには4K/HDRやドルビービジョンに対応する編集室が設けられているし、ダビンクステージの階下には検定試写も可能な試写室が設置されている。試写室の機材やアコースティックルームはダビングステージと同一であり、ミックスした環境と同じアコースティック環境で試写をすることができるという。
器は揃った。あとはこの器をどう活用するか使い手の力量が問われる。演出力が高まれば邦画はもっと面白くなるはずである。角川大映スタジオのサウンドは、充分世界に通用するレベルに仕上がっていると思った。
角川大映スタジオで生まれた『Fukushima 50』で、新しい邦画サウンドを体験……潮晴男
取材の最後に、ダビングステージで今年の3月に公開された『Fukushima 50』を視聴させてもらった。本作のサウンドはこの部屋で作られているので、まさにオリジナルの音を聴かせてもらったことになる。
まず、オープニングの地震と津波のシーンに付けられた迫真の効果音には舌を巻いた。竹田さんが「メインスピーカーの低域までしっかり出しているので、サブウーファーとのつながりもよくなっていると思います」と自信をのぞかせるように、タフな音でも腰砕けにならず、それでいてニュアンスをしっかりと伝える。
ダイアローグはもう少し実在感が欲しい気もするが、収録時の状況を加工せずストレートに再現しているからだろう。いずれにしても新しい邦画のサウンドであることには違いない。
ダビングステージかぶりつきの『Fukushima 50』のサウンドに、恐怖さえ覚えた……酒井俊之
なかなか体験できないダビングステージの音。欲張ってスクリーンに一番近いシートでかじりついて観たのが間違いだった。『Fukushima 50』
はダビングステージのパフォーマンスを知る上ではまたとない本編映像だったが、怒涛のように押し寄せるサウンドには正直なところ恐怖さえ覚えた。
スペクタクルなシーンの再現というよりも、あの震災の日の緊張感やある種の絶望感さえも想い起させる。わずか7分間ほどだったがくたくたになってしまったというのが正直なところだ。あぁ……怖かった。