映画製作の拠点として数々の大作を送り出してきた「東宝スタジオ」。映画ファンの聖地ともいえるこの場所を縁あって訪れる機会を得た。

 自分で言うのもおこがましいが、ハリウッドのスタジオはあちこち見てきたのに、国内のスタジオをこの目で見学するのは初めての体験である。基本的に大きく変わる部分はないだろうと思っていたが、建物の造りから運営方針まで結構な違いがあった。聞くと見るとではかなりの隔たりがあることを改めて知ることになった。

画像: 400坪サイズの第8ステージの正面。かまぼこ型の天井が独得な雰囲気を醸し出している

400坪サイズの第8ステージの正面。かまぼこ型の天井が独得な雰囲気を醸し出している

画像: 第8ステージの内部をパノラマモードで撮影してみた。このスケール感はなかなか伝わらないかも

第8ステージの内部をパノラマモードで撮影してみた。このスケール感はなかなか伝わらないかも

 東宝スタジオの歴史は長い。そもそもは、写真科学研究所(P・C・L=フォト・ケミカル・ラボラトリー)というトーキー映画の技術を開発する企業を母体とし、その後ピー・シー・エル映画製作所やJ.O.スタジオ、東宝映画配給の4社が一緒になって東宝映画が誕生した。

 さらに東宝映画と東京宝塚劇場が1943年に合併して東宝株式会社が誕生した際に、東宝撮影所と呼ばれるようになった。1943年と言えば戦況ただならぬ時代だっただけに、いろいろな力が働いてのことだったのだろう。その後、1971年に東宝スタジオに改称したという。

 ところで読者諸氏は東京宝塚劇場という名前を聞いて、閃きましたか?

 そうなんです。東宝の原点は宝塚歌劇団にもあり、阪急電鉄を創業した小林一三氏が1934年に東京への進出を計った際に作った劇場の名前なのです。ちょっとした、映画の蘊蓄話でした。

 さて、80年近くの長き歴史を持つ東宝スタジオは2003年、50年振りに第7ステージという新しいステージを建設するが、これを機に「スタジオ改造計画」という一大リニューアル方針を打ち出し、旧来の撮影ステージやダビングステージの大改革をスタートした。

 とりわけポストプロダクションセンターの竣工には(一説によると)50億円を投資したということだから、いかに彼らがこの事業に力を入れていたのかよくわかる。日本の映画製作会社のリーダー的な役割を担うという覚悟がなければ、成し遂げることは出来なかっただろう。

画像: ダビングステージ1の全貌。米国ソルター社が設計し、トリノフの音響補正プロセッサーも設置されている

ダビングステージ1の全貌。米国ソルター社が設計し、トリノフの音響補正プロセッサーも設置されている

 今回は主な撮影ステージとポストプロダクションの要となるダビングステージを見せていただいたが、初めて入る撮影ステージや進化したダビングステージの姿には大いに驚かされた。

 ぼくは以前、ダビングステージ2でファイナルミックス作業をしたことがあるのでどことなく懐かしさを覚えたが、その設備はまったく新しくなり、昨今求められるダビングのニーズに応えられる仕様に変わっていた。

 詳細は前回の記事(https://online.stereosound.co.jp/_ct/17312113/)を参照していただきたいが、ダビングステージ1とサウンドデザインルームには、米国ソルター社のノウハウを取り入れた設計が行なわれているほか、ダビングステージ1と2には仏トリノフ・オーディオの音響補正プロセッサーを導入し、完璧なルームアコースティックが取られていることにも感心した。

 トリノフの製品については、シネマプロセッサーの「OVATION」が「kino cinema横浜みなとみらい」に導入された際に取材したことがある(https://online.stereosound.co.jp/ps/17280949)。その部屋の音量やチャンネルバランス、ルームチューニングを調整する製品だ。特にルームチューニングのEQ(イコライザー)が優秀で、実はポストプロダクションでいち早くトリノフを導入したのが東宝スタジオなのである。ここからも、東宝スタジオの音質への配慮が見て取れる。
※編集部注:小社「プロサウンド」2012年4月号に紹介記事あり

 ダビングステージ1では、東宝が自社製作した作品のトレーラーを視聴させてもらったが、個性豊かな作品の持ち味が、スクリーン越しにしっかりと伝わってくる。確かにこの環境なら申し分のない再現性だが、一方でそうした機材の能力を充分に引き出すだけの音づくりが行なわれているのか、という点も個人的には気になった。このサウンドを聴いて、作り手にもさらなる研鑚が求められていると感じたのである。

画像: ダビングステージ`1の入り口に掲げられたプレートには、ソルター社の設計である旨が記されている

ダビングステージ`1の入り口に掲げられたプレートには、ソルター社の設計である旨が記されている

 最後に、意地悪い質問と知りつつも、スタジオの稼働率を訪ねてみた。「作品が必要とするステージの大きさや期間をまず聞き、ステージの調整を進めていきます。大きいステージのオファーは年間を通して多く入り、特大ステージは稼働率が80%ほどあります」(東宝スタジオサービス 営業部 立松雄太郎さん)ということだが、この数字なら理想に近いといってもいいだろう。

 ダビングステージについてはもう少しゆとりがあるそうだが、ポストプロセンター ポストプロ部 部長の立川千秋さんは「作品と作品の間は詰め過ぎないよう時間を空けています」と話してくれた。これこそ東宝の真骨頂であり、次の作品に入るスタッフに気持ちよく使ってもらうために、前作の痕跡を消す時間を取り、おもてなしの心で対応しているという。仕事量を抑えることで、東宝のファシリティ・チームはクライアントの仕事の質が高まるよう素晴らしい気配りをしているのである。

 「スタジオ改造計画」がもう少し後だったら、同時にイマーシブサウンドの仕込みと再生の環境が整っていたかも……と思うと、いささか残念な気がしないでもない。ダビングステージは、ホームシアターと違って、簡単に後付けができないこともよくわかっているし、サウンドデザインルームなども同様の設備が必要になるので簡単に事は運ばないと思うが、日本映画の雄としてぜひとも音響製作の面でも先頭を走り続けて欲しい。そんな願いをスタッフに託しつつ東宝スタジオを後にしたのだった。

画像: かつて潮さんもファイナルミックス作業を行なったという、ダビングステージ2で記念撮影。潮さんは、またマルチチャンネルの作品を作りたいと考えているそうです

かつて潮さんもファイナルミックス作業を行なったという、ダビングステージ2で記念撮影。潮さんは、またマルチチャンネルの作品を作りたいと考えているそうです

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