サラウンドシステムのパフォーマンス強化のアプローチはいろいろだ。スピーカーを増やしてさらなる多チャンネル化を目指すのもひとつの方向だが、スピーカーの駆動力を高めることも妙案。すなわちAVセンターの内蔵パワーアンプでの駆動から、外付けのパワーアンプへの変更である(もっともこの手法は、AVセンターにプリアウトが装備されていることが大前提)。
今回、ニュープライムのコンパクトなステレオパワーアンプAMG STAの特別バージョンAMG STA SEの登場にあわせて、このパワーアンプ増強の効果を試してみた。

Stereo Power Amplifier
NuPrime
AMG STA SE
¥495,000 税込
●出力:130W×2(8Ω)、200W×2(4Ω)、300W(8Ω/BTL接続時)、320W(4Ω/BTL接続時)
●接続端子:アナログ音声入力2系統(RCA、XLR)
●寸法/質量:W235×H55×D300mm/4.5kg
●備考:AMG STAをAMG STA SEへのアップグレードプログラムあり(¥187,000/台、税込。ただし2025年12月31日まで申し込みの場合は¥165,000/台、税込)
●問合せ先:フューレンコーディネート TEL. 0120-004-884
電源スイッチ以外には、ブランド名のロゴとインジケーターのみというシンプルなパネルフェイスのAMG STA SE。一般的なコンポーネントの横幅のハーフサイズとなる筐体に、「シングルエンド無帰還」と彼らが呼ぶクラスAアンプと高効率なクラスDアンプを組み合わせた増幅段とスイッチング電源を内蔵する。スペック上は先代のAMG STAと何ら変わらないのだが、最も大きな相違点は、クラスDアンプの発振周波数を700kHzから750kHzに高めるとともに、航空宇宙グレードの超高精度抵抗器の採用によって、わずか15ppmという極めて低い温度ドリフト係数を達成したことだ。2次負帰還回路も新たに設計/最適化され、より安定した性能を得ているとのこと。
この他にも大容量の電解コンデンサーの採用と主要電流経路に低インピーダンス配線を徹底したことで、AMG STAの1.5倍の瞬時電流供給能力を実現しているという。これに併せてスイッチング電源モジュールも再設計された模様だ。
こうした仕様変更に伴ない、従来機のユーザーには有償アップグレード(内部基板の交換)が実施される。通常より割安となるアップグレード・キャンペーン期間も設定されるようなので、現行機ユーザーは要チェックだ。

2021年登場の小型ステレオパワーアンプAMG STAのグレードアップバージョン。スイッチング周波数を700kHzから750kHzまで引き上げ、駆動デバイスMOS FETの効率を高めるともに、電力供給能力を向上させ、瞬時供給電流を1.5倍までアップさせた。なお既存モデルAMG STAは併売され、またSEバージョンへの有料アップグレードプログラムも行なわれている

非常にコンパクトなモデルでありながら、バランス/アンバランスの2系統の入力端子を装備。スピーカー端子の間隔はやや狭いので、裸線ではなくバナナプラグなどで処理しておきたい。なお、バランス/アンバランスの同時接続は不可、故障の原因になるとのことだ
AMG STA追加は効果抜群。進化版のSEはさらに迫真的で驚く
今回の視聴テストに際し、前述のAMG STA SEを3台に加え、従来モデルのAMG STAも1台準備して新旧比較も実施した。用意したAVセンターはデノンの最高峰AVセンターAVC-A1Hで、そのフロントL/R、センタースピーカーの駆動強化用としてAMG STAおよびAMG STA SEを組み合わせることになる。スピーカーはHiVi視聴室リファレンスのBowers & Wilkins 800 D4シリーズとイクリプス製サブウーファー/オーバーヘッドスピーカーによる7.2.6システム。
AMG STA SEをステレオ接続している状態。トグルスイッチでバランス/アンバランスの入力選択およびステレオ/モノ駆動を切り替える仕組みだ


視聴はまずデノンのAVセンターAVC-A1H単体で7.2.6構成のサラウンドシステムを駆動した
視聴に使用した音楽コンテンツは、当方監修のステレオサウンドリファレンスSACD『ビクター/JVCレーベルを彩ったDIVAたち』からトラック1「アントニオの歌/サリナ・ジョーンズ」、映画コンテンツは、2007年の第80回アカデミー賞の主要4部門を制覇した『ノーカントリー』を使った。
『ノーカントリー』は、ディスプレイの暗部階調やサラウンドサウンドの音質チェックなどに一時期頻繁に使用した、実に思い出深い作品。今回は米クライテリオン盤のUHDブルーレイを用意した。主に視聴したのは、トレーラーハウスに帰宅してから再び殺戮現場に出掛けてマフィアに襲撃されるシーン、メキシコ国境近くのホテルでルウェリンが初めて殺し屋シガーに狙われて逃げるシーンである。
まず始めにAVC-A1H単体の、内蔵パワーアンプにて視聴し、続けてフロントL/RスピーカーにAMG STAをアンバランス接続し駆動したところ、サリナ・ジョーンズの音像の実体感がAMG STAではいちだんと克明になるのがわかった。ギターの音色はより生々しく、カッティングのストロークが見えるかのよう。ストリングスオーケストラやピアノの旋律も鮮明に響く。

続いてAVC-A1HのフロントL/R用プリアウトにAMG STAをアンバランスケーブルで繋ぎ、外部アンプを追加する効果を試した。次にAMG STAをAMG STA SEにチェンジ。通常仕様とSE仕様の音質の違いを確認した
『ノーカントリー』では、雷鳴の音がいっそう太くなるとともに、銃声の余韻がいちだんと濃密になった。隙間風等の暗騒音の気配、リアリティも大きく向上し、シーンの緊張感がグッと迫真的になったことも大きな変化だ。
同じセッティングでアンプをAMG STA SEに入れ換えてみると、その音のあまりの違いに驚かされた。ローエンドの安定感と重心の低さがとりわけ顕著。ベースラインが力強くなったサリナ・ジョーンズでは、声の温もりと瑞々しさが高まったうえに、ギターのオーバートーン(倍音)がより美しく、生々しく響いた。ストリングスオーケストラの広がりもさらに立体的だ。
『ノーカントリー』では、夜の丘陵に吹く風の音がいちだんとリアルになり、銃声のスピード感も高まった。主人公ルウェリンを追って走るピックアップトラックのエンジン音の大きさからは、大排気量の車両であることが実感できた。ホテルのシーンでは、息を殺して様子を伺う場面の気配、緊張感が大きく違う。鍵穴が飛んでくる衝撃音は破壊力がさらに増しているし、ショットガンの力強さはもちろん、散弾銃のプラスチックの薬莢が転がる音がなおいっそうリアルに感じられた。
ブリッジ接続でL/Rを個別に駆動。戦慄さえ感じる怖い音に変化!
次に試したのは、AMG STA SEをさらに1台追加し、ブリッジ接続モードでフロントL/Rスピーカーのモノーラル駆動である。この状態では、ステレオ時の130W×2(8Ω)から300W(8Ω)へと出力が増強される。
AMG STA SEをBTL(ブリッジ)接続としてモノーラルパワーアンプとして使う。この場合の接続は、背面端子に赤色文字で指定されている通りに行なう


次にAMG STA SEをもう1台追加。フロントL/Rスピーカーそれぞれに各1台のAMG STA SEを割り当てる贅沢な再生を試す
一般にステレオアンプをブリッジ接続のモノーラル駆動にすると、駆動力が高まってパワー感がアップする反面、聴感上のS/N面がやや不利になり、ディテイル描写が大味になることが多いのだが、AMG STA SEにはそうした傾向が全くない。分解能をそのままキープしながら、駆動力がさらに向上していちだんとパワフルな振る舞いになったのだ。
『ノーカントリー』での丘陵シーンでは、雷鳴の轟く様子がたいそうな迫力である。銃声の勢いと力感もアップした上、再生音から弾道がイメージできるようになったのだ。散弾銃の音も小さな弾がさらに細かくバラけて破壊力が増している。
ホテルのシーンでは、ルウェリンが部屋のドアを開けた際の鈍く軋む「キーッ」という音が非常に生々しく感じられたのが印象的。こうしたひとつひとつの物音、効果音のリアリティが高まっている。シガーが空気銃で鍵穴を飛ばす音はもちろん、路上に出てピックアップトラックのフロントガラスやボンネットに当たるショットガンの銃声が、戦慄を感じるほど怖い音になっているのである。
LCRスピーカー3本を個別駆動。極めて生々しい音が圧巻だ
最後にフロントL/Rに加え、センターもAMG STA SEのブリッジ接続としてみると、これはもう圧巻の迫真性であった。セリフの実体感が向上し、音像フォルムの克明さがはっきりと出た。トレーラーハウス内で奥さんを言いくるめるルウェリンのセリフに込められた感情表現がストレートに伝わってきたのだ。

さらにもう1台AMG STA SEを追加。合計3台のアンプでL/C/Rスピーカーをそれぞれ駆動する方法を試した。贅沢な構成ではあるが、その音質向上度合いを加味すれば、アンプ自体のコンパクトさも相まって、現実的な音質強化の有力な方法といえるだろう
夜の丘陵シーンでは、雷鳴が遠くで鳴っている様子に距離感が加味された。銃声のスピード感と破壊力はさらに高まり、川の流れる音、ピットブルらしき大型犬の荒れた息も明瞭に迫り出てくる。
ホテルのシーンでは、遠くで鳴る汽笛の音がいちだんと生々しく感じられた。シガーが部屋の前に来る場面では、ルウェリンの緊張感が伝わってくる。場面が屋外に移り、シガーが撃った銃弾が車のボンネットに当たる音、フロントガラスを突き破る音、ルームミラーを粉砕する音など、それぞれの衝撃音が極めて生々しい。ピックアップトラックが路肩の駐車車両に衝突する際の衝撃音には、現実の衝突を間近で見るような真実味を感じた。
確実な効果をもたらすパワーアンプの追加
AVセンターのプリアウト活用は、外付けパワーアンプの設置が必要なので決して手軽とはいえないが、確実な効果が得られることがわかった。余っているパワーアンプがあれば、まずはそれで試してみてもよい。その後、ニュープライムのようなコンパクトなパワーアンプを導入すれば、床置きにしてもさほど煩雑にはならないのではと想像する。
なお、AVC-A1Hで外部パワーアンプを接続する際には、セットアップメニューのアンプの振り分けで、内蔵アンプをオフする設定を忘れずに。オンしたままでは、スピーカーを接続していなくてもパワーアンプに電源が供給された状態となる。オフすることで電源のレギュレーションが向上し、サウンドパフォーマンスに少なからずいい影響があるはずだ。
それにしても、久しぶりに観た『ノーカントリー』は、やはり音の凄い(怖い)映画だと再認識。音質強化策の成果が如実に現われたのは、事前の予測以上であった。
視聴に使ったソフト
●SACD:『ビクター/JVCレーベルを彩ったDIVAたち』から「アントニオの歌/サリナ・ジョーンズ」
●UHDブルーレイ:『No Country For Old Man』(Criterion)
リファレンス機器
●プロジェクター:ビクターDLA-V90R
●スクリーン:キクチ Dressty 4K/G2
●4Kレコーダー:パナソニックDMR-ZR1
●スピーカーシステム:Bowers & Wilkins 802 D4(L/R)、HTM81 D4(C)、805 D4(LS/RS/LSB/RSB)、イクリプスTD725SWMK2×2(LFE)、TD508MK4×6(オーバーヘッドスピーカー)


