本稿はAVセンターの導入を検討している方、あるいは現在使用中のシステムの音質を改めて見直したい方に向けて、セッティングノウハウを共有するものだ。前号では、13chパワーアンプを内蔵し、15.4ch対応のプリアウトを備えたデノンのセカンドフラッグシップAVセンターAVC-A10Hを、拙宅に配置したTD508MK4スピーカー×13本とTD316SWMK2サブウーファー×2台による7.2.6構成のサラウンド環境に使い、基本的な設定のノウハウをリポートした。今回はその完結編となる。
前号では音響工学的に低域のピークやディップの影響を受けにくい試聴位置の解説やレーザー墨出し機やレーザー距離計を使用して、「このくらいでいいや」では収まらない、部屋およびスピーカー距離の厳密かつ入念な測定方法を解説。そこからA10Hの基本設定である、①音場補正機能「Audyssey(オーディシー)」を用いた、マイクとテストトーンによる自動音場測定、②測定結果の確認とAVC-A10Hの設定メニューから「手動調整」、③「Dynamic EQ」や、音のダイナミックレンジを圧縮する「Dynamic Volume」などの機能を「オフ」にする音質面での効果を述べた。

デノンが、同ブランドAVセンターの「セカンドフラッグシップ」と呼ぶ、実力機。13chアンプを内蔵し、本機単体で7.4.6再生が可能だ
AV Center
DENON AVC-A10H
¥770,000 税込
●問合せ先 : デノン・マランツ・D&Mインポートオーディオお客様相談センター ☎︎ 0570(660)112
不要なネットワーク系機能は必ず「オフ」にしよう
この状態でブルーレイ/UHDブルーレイの映像作品やAppleの空間オーディオなどによるサラウンド再生を試すと、音の質感および音像、サウンドステージにおいて、オーディシーを測定したままの状態と比較して、確実な音質改善効果が聞き取れた。正直に書けば、僕は「これ以上調整する必要があるのか?」と思えるほどであったが、実はAVセンターは、設定の追い込みで、さらに音質を上げることができる。
まず手をつけたのは、ドルビー系の音源に影響を与える「ラウドネスマネージメント」を「オフ」にすること。さらに不要な機能の無効化だ。「Wi-Fi」および「Bluetooth」、「AirPlay」、「Roon Ready」、「Qobuz Connect」、「Spotify Connect」の動作を「無効」にした(今回は、ネットワークは有線LANケーブルで接続している)。いずれも初期設定では利便性を高めるため、「オン」になっているが、「オフ」にすることで、ネットワークやBluetooth信号の待ち受け状態時や動作時のノイズを低減させ、サラウンドシステム全体のS/N感やエネルギー感を高める効能がある。
次にイコライザー関連機能の設定を詰めてみる。「セットアップメニュー」→「オーディオ」→「サラウンドパラメーター」と進み、ダイナミックレンジを平均化する「ダイナミックレンジ圧縮」を「オン」から「オフ」にした。本機能は、音圧差のある作品を圧縮処理をかけて音量を平均化、ダイナミックレンジ圧縮することで音量の違いを吸収し聞きやすくするものだが、作品自体のダイナミックレンジを狭くし、音を鈍らせることにもつながることすらある。「オフ」を必須としたい(※)。
※現行のデノン、マランツのAVセンターでは初期値が「オフ」になったが、それ以前の製品では初期値は「オン」なので注意が必要
そして、先ほどの測定に基づいて各スピーカーごとの時間特性と周波数特性を補正する「MultEQ XT32」を使うかどうかを判断する。取材に立ち会った本誌編集長によると、HiViでは長年オートイコライジング機能は、「オフ」を基本にして取材に臨んでいるそうだ。家庭用AVセンターでのイコライジング処理では、DSPによる音声信号の処理過程における劣化による、音の鮮度低下を嫌っているのが理由だ。
しかし僕は、それを理解したうえで、「オン」にしている(映画再生は『リファレンス』に、音楽再生では『フラット』)。理由はドルビーアトモスフォーマットを使った「空間オーディオ」の出現だ。
効果音が断続的に各スピーカーから発音される映画作品などに対して、映像を伴なわない純音楽作品の空間オーディオでは、1曲を通して天井方向を含めた360度のハーフドーム音場から、連続的かつ持続的に楽音が流れる。MultEQ XT32を無効化した状態は、各スピーカーの設置位置や、周辺の反射物の違いなどの影響もあり、前後上下の空間で、音の粗密(ムラ)が発生しかねない。拙宅では、全てのスピーカーをイクリプスTD508MK4に統一しているが、それでも設置位置での大きな違いが感じられるのである。
これを補正するために、イコライジング処理を行ない、徹底的に時間特性と周波数特性を揃えることで、体全体を包む音の一体感が大きく向上するのだ。音の鮮度と各スピーカー間の音色のつながりのどちらを重視するのか。「オフ」が良いと決めつけず、実際に音を聞いてそれぞれの感覚で決めても良いだろうと思う。ちなみに現在、空間オーディオを製作している録音/マスタリングスタジオでは、ほぼ100%、時間特性と周波数特性を揃えているし、それは映画館も同様だ。

❶リモコンあるいは本体のセットアップボタンを押すとセットアップメニューが現れる。今回紹介する設定の追い込みは、多くのデノン製AVセンターのほか、マランツ製AVセンターの大半の製品でも有益になるはずだ

❷LFEの時間遅れを補正する機能が「低音の位相補正」項目。本来はソフトごとの遅延時間を反映させつつ、この数値を変化させるべきだが、事実上不可能。経験上、7〜9msでほとんどのソフトで違和感がなくなる。かつてのパイオニア製AVセンターは「オートフェイズコントロール」という名称で実装していた機能を手動で行なっている格好だ

❸前号でご紹介した通り、マイクを使った自動音場測定機能は、測定ツールとして有益だ。その際にAudyssey(オーディシー)によるイコライザーも計測、設定される。ある程度音響特性が整ったHiVi視聴室では「オフ」を基本としているが、現実の再生環境では有効にしたほうがよい、という意見もある。土方さんは映画再生時は「Reference」、音楽再生時は「Flat」を使う考えだ

❹案外見落としがちな設定はサブウーファーに送る低域信号の低域遮断周波数を決める「ローパスフィルター」設定。映画用のLFE信号は元々、高域がカットされた信号であるため、HiVi視聴室では、最高値「250Hz」としている

❺ネットワーク関連機能はAV再生にとってもはや不可欠ではあり、AVセンターでもWi-FiやBluetooth機能が当然のものになり、さらに音楽配信サービス(SpotifyやQobuzなど)の再生も可能だ。音質面の影響を考えると、実際にそうした機能を使う場合を除いて、「オフ」にしよう
サブウーファー関連設定にも注目。「クロスオーバー」は250Hzが最善
低音域の再生能力も高めるためのサブウーファーのベースマネージメント設定も要注意。ドルビーデジタルの登場時に規定されたLFE(Low Frequency Effect/重低音専用信号)チャンネルを再生するサブウーファーの役割は重要であり、近年のドルビーアトモスやDTS:Xなどをはじめとする立体音響では、ますますその傾向が強まっている。加えて、LFE以外のチャンネルにも強烈な低音が加わる映画作品も多い。理想を言えば、全てのスピーカーに、低域再生能力が高い大型モデルを使えば良いのだろうが、現実的にはなかなか難しいだろう。拙宅で使っているTD508MK4も全てのスピーカーサイズが“小”と判定され、低音はサブウーファーに割り振られる設定となった。クロスオーバー周波数を確認すると、自動的に測定された値はバラバラだった。ここではテストトーンを鳴らして、中高音域のディテイルの暴れを確認しつつ、耐入力のバランスをとる形で「120Hz」に統一した。
また、A10Hでは、「サブウーハー出力」-「ローパスフィルター」項目で、LFE信号の再生帯域を70Hz〜250Hz間で設定できるが、LFEは元々高域がカットされた信号であるため、フィルターの影響が最も受けにくい「250Hz」とした。
こうした設定を行ない、音を確認すると予想を超える音質の変化が起きた!
Apple TV 4Kから、Apple Musicで配信されているドルビーアトモス音源の『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン/セリーヌ・ディオン』を再生すると、聴感上のノイズフロアが下がり、背景の静寂感が高まる。その結果、サラウンドおよびオーバーヘッドスピーカーに配置されたリバーブの粒子が明瞭になり、空間の音色的なつながりも大きく向上。印象的だったのは、低音域の再現力が高まり、音の立体感と立ち上がりが段違いとなったこと。フロントL/C/R側と、サラウンド側、あるいはオーバーヘッドスピーカー側でややチグハグに感じていた低音域のスピードも揃い、ハーフドーム状に展開される音楽空間の繋がり、一体感が際立った。
このサラウンド品位の向上は、当然ながら映像作品の印象も大きく改善する。マグネターのUDP900で再生した、UHDブルーレイ『クワイエット・プレイス:DAY1』は、静寂と破壊が交互に訪れる、鮮烈な音のダイナミックレンジが要求される作品だが、静寂部の緊張感がより音から伝わるようになり、“襲われるか、襲われないか”と切迫した主人公の感情がより伝わってくる。もちろん、セリフの明瞭度向上や全帯域の分解能も上がっているのはいうまでもない。
高音域から低音域の全帯域のサウンドクォリティ向上だけでなく、空間表現の向上が明確になったのは、『エイリアン:ロムルス』だ。水平方向360度および天井方向からの音圧にムラがなくなり、定位感が向上することで、宇宙船の移動感がよりシームレスに。低音域の立ち上がりも立体的に描かれるので、作品終盤における爆発音の迫力が激しく向上した。前号でリポートした状態と比べて、極めて大きな音質向上が聴き取れた。
AVC-A10Hの音質重視のおすすめ設定パラメーター

土方さんのシアタールームで試した「主な設定値」を整理してみた。ダイナミックレンジ圧縮に繋がる項目や不要なネットワーク機能のオフすることを中心に、「低域の位相補正」や「ローパスフィルター」などの設定を調整している。「ラウドネスマネージメント」の初期設定は「オン」だが、「オフ」が絶対のおすすめ。ただし、ドルビー系の音声を再生していないと「オフ」に設定できないので注意したい
「低域の位相補正」は重要。低音の立ち上がりが大きく変化する
最後の仕上げは「低域の位相補正」である。こちらは、かつてパイオニアのAVセンターに搭載されていた「フェイズコントロール」をLFEに適用し、サブウーファーとそれ以外(主にフロントL/Rスピーカー)との低音発音タイミングを揃える調整を手動で行なうもの。ソフト自体に起因する低音遅れをアンプ側で補正する機能であるが、パイオニア機で搭載されていた自動検出機能ではないため使い方が難しい。編集部によると、経験則的に、「7〜9ms」程度で一定の効果を多くの作品で得られるとのことで、実際に試してみた。
『クワイエット・プレイス〜』では、低音域の立ち上がりのレスポンスや速度感が向上し、クリーチャーの“ドスン”とした足音や爆発音のディテイルが明瞭になるなど大きな変化が感じられた。
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いかがだったろうか、文頭に書いた通り、前号での基本設定からの先に、さらなる、かつ大きな音質改善の手法があることがご理解いただければ幸いだ。繰り返しになるが、少なくないユーザーが初期設定のみで、音楽や映像を楽しみ始めているだろう。しかし、AVセンターは「基本に忠実」を念頭に、各設定を丁寧に追い込んでいくことで、確実に音質が向上していく。2回に渡ってAVセンターの基本設定のコツと、設定の追い込みを行なったが、マイクで自動音場補正をすると80点程度の満足感は得られるが、それだけではあまりにももったいない。細かな設定を詰めることで、80点が90点、いや95点にもレベルアップするのである。高価なアクセサリーやケーブルの導入もいいが、まずは基本セッティングをしっかり追い込むことが先決。細部の設定を見直し、AVセンターが秘めたポテンシャルを全て引き出してもらいたい。本記事がそのヒントになれば幸いだ。
土方さんは昨年イクリプスTD508MK4スピーカーとTD316SWMK2サブウーファー、マランツAV8805+リンのパワーアンプによる7.2.6構成のサラウンドシステムを構築。シームレスかつパワフルな三次元立体音響再生を追求する日々だ
>本記事の掲載は『HiVi 2025年秋号』



