一見するとアタッシェケースのようだが、実はこの中にアナログレコードプレーヤーが隠されている。コルグの「handytraxx 1bit」は、フォノアンプやステレオスピーカーを内蔵、単3電池で駆動できるというポータビリティまで備えたプレーヤーだ。場所と時間を忘れてアナログレコードで音楽を楽しみたい、そんなオーディオ入門層に向けた遊び心満載のオーディオ・ギヤである。
アナログレコード鑑賞からデジタルアーカイブまで、
様々な楽しみ方を可能にする「handytraxx 1bit」

アナログプレーヤー handytraxx 1bit ¥143,000(税込)
●駆動方式:ベルト・ドライブ方式(デジタル回転補正機能搭載)
●駆動モーター:DCサーボ・モーター
●回転数:33-1/3、45、78回転
●プラッター:アルミ・ダイキャスト製
●カートリッジ型式:MM型ステレオ・カートリッジ(JICO J44A 7)
●針圧:1.5〜3.0g(JICO J44A 7使用時)
●トーンアーム有効長:190mm
●PHONOプリアンプ:ゲイン38dB、イコライザー特性RIAA
●消費電力:2.35W
●寸法/質量:W370✕D286✕H118mm/2.8kg(ダストカバー含む、電池含まず)
※ハイレゾ音楽ソフト「AudioGate4」付属

コルグは現在、ポータブルレコードプレーヤーを3モデルラインナップしている。これらはオールインワンタイプのポータブルレコードプレーヤーの名機「Vestax Handy Trax」を、Vestax元社長でありオリジナルのHandy Trax開発に携わった中間俊秀氏との共同開発によりアップデートしたものだ。
handytraxx 1bitはそのトップモデルという位置づけで、7月30日に発売された最新モデル。本文にもある通り、次世代真空管「Nutube」を使ったフォノイコライザーを内蔵し、JICO製J44A 7 MMカートリッジも付属。内蔵スピーカーを使えば本機だけでレコードの音を楽しめる。
弟機の「handytraxx tube」(¥110,000、税込)は、ハイレゾ音楽ソフト「AudioGate4」は付属しないが、真空管式フォノイコライザーやJ44A 7カートリッジ、BASS/TREBLEトーンコントロールといった機能は踏襲する。「handytraxx play」(¥55,000、税込)は “音で遊ぶ” というコンセプトで、スクラッチに最適化されたフェーダーやDJフィルターを搭載している。
その昔、“免税プレーヤー”という製品があった。消費税が始まる1989年以前の話である。主に贅沢品や嗜好品を対象とした物品税が、貴金属、自動車、テレビ、電気製品、カメラ、時計などに課せられていたが、この税金は最終消費者に直接課税される消費税とは異なり、メーカーが出荷時に課税分を価格に上乗せしていた。
免税プレーヤーとはその名の通り物品税の課税対象外であり、当時のオーディオ入門層なら一度は手にした経験がある安価な製品だった。17cmターンテーブルにプラスチック製のトーンアーム、カートリッジは圧電型で出力は1Vもあったので扱いやすく、モノーラルスピーカーを内蔵したモデルも存在した。簡易型ではあったが、手軽にレコードを聴きたい音楽ファンにはなくてはならないアイテムだったので、17cmターンテーブルを見るとどうしても、そのイメージが浮かんでしまう。
しかし、今回試聴したコルグのhandytraxx 1bitはそんな過去のモデルとはまったく異なる先進性を備えている。17cmのターンテーブルこそ似ているが、ベルトドライブ方式を採用し、プラッターはアルミダイキャスト製、しかもピッチを常時監視する制御コントローラーを加えて、安定した回転を約束する。トーンアームはスタティック・バランス型でヘッドシェルの交換もできるプラグイン式。ここにJICO製の「J44A 7」MM型カートリッジが取り付けられた状態で出荷される。

handytraxx 1bitは、トーンアーム右側にBASS/TREBLEの調整や、フォノイコライザーの真空管のトーンの調整用ダイヤルを備えている。回転数は33/45/78回転に対応済
さらに上記の通り、フォノアンプも内蔵している。しかもこのフォノアンプは、ノリタケ伊勢電子と共同開発した次世代真空管「Nutube」を採り入れたところに特徴がある。一般的にこの価格帯の製品なら、フォノアンプはICで事足りるが、コルグはここに3極真空管として動作する蛍光表示管の技術を用いたNutubeを加えて、3極管ならではの豊かな倍音の生成とソフトディストーションを狙ったのである。
またコルグのハイレゾ音楽ソフト「AudioGate 4」も付属しており、PCとUSBケーブルでつなげば、レコードをデジタイズしてアーカイブ可能。録音フォーマットはDSD 5.6/2.8MHz、PCMは最大192kHz/24ビットに対応する。
それでは、handytraxx 1bitの試聴リポートをお届けしよう。今回は、プリメインアンプにデノン「PMA-900HNE」、スピーカーにはトライアングル「Borea BR03」を、StereoSound ONLINE試聴室に準備してもらった。このふたつは定価で合計35万円ほどと決してお安くはないが、オーディオを本格的に楽しめる組み合わせとして、ここからスタートできたらきっと幸せだ。

今回は、handytraxx1bitに、デノンのプリメインアンプ「PMA-900HNE」とトライアングルのスピーカー「Borea BR03」というシンプルなシステムを構築した。このサイズ、価格帯であればこれからオーディオに取り組みたいという方も嬉しいだろう
まずは付属カートリッジのままで、handytraxx1bitは内蔵フォノアンプを経由したライン出力(本体スイッチによる切り替え式)にセットして、PMA-900HNEにつないだ。
試聴したレコードはぼくのコレクションから、『YUMING BRAND』と情家みえ『エトレーヌ』、78回転盤の小川理子『バリューション78』。さらに編集部が用意してくれたテイラー・スウィフトのライブ盤『You've Got Something They Don't : Live At Seeley G.Mudd Theater, Claremont, Ca, 17th October 2012』と、7月末に発売された『Adoのベストアルバム』である。
テイラー・スウィフト「You Belong With Me」は、レンジ感は抑えめだが、高域がにぎやかでライブ感のあるサウンドとして再生される。Ado「うっせぇわ」「新時代」もボーカルがくっきり鮮やかに、前に出てきて、イコライジングやコンプレッションの掛け方まで音から聞き取れる。
次にhandytraxx 1bitをフォノ出力に切り替えて、PMA-900HNEのフォノ入力につなぎなおした。この接続ではPMA-900NHAの内蔵フォノアンプを使うことになるが、音にメリハリがついて、ボーカルもより力強い印象になる。テイラー・スウィフト、Adoのどちらも音が変化する傾向は似ている。ユーミンの「優しさに包まれたなら」でも、若い頃の歌声が甦る感じで好感が持てるし、情家みえのボーカルも彼女の持ち味であるアルトらしさがよく出てきた。

今回試聴したアナログレコードは、潮さんのコレクションと最近のヒットタイトルを集めてみた。1976年に発売された『YUMING BRAND』から最新の『Adoのベストバルバム』まで、handytraxx1bitはそれぞれの違いをきちんと描きわけてくれた
こう書くとPMA-900HNEのフォノアンプの方が音がいいように思われるかもしれないが、後の試聴でまた違う結果もあったから、読者諸氏は早とちりしないで少し待たれよ。いずれにしてもhandytraxx 1bitとフォノアンプ内蔵のプリメインアンプをカップリングする場合、比較試聴をしてから接続方法を選んでいただきたい。
もうひとつhandytraxx 1bitでぼくが注目したのは、78回転のスピード・ポジションが用意されていることだ。元来この回転数はSPレコードのためのものだが、ウルトラアートレコードでぼくがプロデュースした『バリューション78』がかかるのもとても嬉しい。過去にも78回転のLPは発売されているが、今や新譜で入手できるのはこのLPだけ。レコードの限界に挑んで製作してみたものの、再生できるプレーヤーが少なく、その真価を発揮できないでいたので、こういった仕様は大歓迎だ。
実際に再生してみると、17cmターンテーブルで大丈夫かなという不安をよそに、たいへんすばらしいサウンドを奏でてくれた。糊の効いたワイシャツのようなパリッとした仕上がりでキレが良く、ストレートな味わいは、ぼくが求めていたところでもある。レコードにはここまでの音が入っているのかということを再認識させられるとともに、音の鮮度感を引き出せるという点でも、handytraxx 1bitの面目躍如である。

左はJICOのMMカートリッジ「J44A 7」(付属)で、右は取材用に準備したオーディオテクニカのVMカートリッジ「VT-VM740xML」(¥39,600、税込)。handytraxx 1bitはそれぞれのカートリッジの違いも見事に再現した
それではと、カートリッジを換えてみたら音がどう変化するかも検証してみた。準備したカートリッジは、オーディオテクニカ「AT-VM740xML」で、ストレートアーム用のヘッドシェルに取り付けている。
まずはNutubeを使った内蔵フォノアンプによる音を聴く。AT-VM740xMLはJ44A 7に比べると出力は低いが、音に細やかさがあり、今まで気が付かなかった音まで聴こえる。テイラー・スウィフトでは音場が広く、ライブ会場の臨場感をよく伝える。PMA-900HNEのフォノアンプでは音の肉付きがよくなり、クリアネスも上がった。
内蔵フォノアンプで聴くAdoは音の芯がしっかりしている印象だし、外部フォノアンプではレンジ感が上がる。ユーミンでは音に安定感があり、情家みえでは歪みが少なくボーカルの表現力にもリアリティが加わる。78回転で聴く『バリューション78』では、クリアーなサウンドに実体感が加わった。

カートリッジやフォノアンプによる音の変化を楽しむのはアナログレコード再生の大きな魅力だし、ここまでくるとどちらをとっても正解のような気がするので、最終判断はユーザーの好みに委ねたいと思う。カートリッジだけでもこれだけ変化することを考えれば、handytraxx 1bitにはまだまだ伸びしろがあるということだ。
最後に『エトレーヌ』から「キャラバン」をデジタル録音した音源(DSD 5.6MHzとPCM 192kHz/24ビット)をUSBメモリーに保存、PMA-900HNEで再生してみた。
192kHz/24ビットは聴き馴染んだ活力のある音で、DSD 5.6MHzでは、レコード再生よりも音がふくよかになる感じだった。このあたりもユーザーの好みなので、一概にどちらのフォーマットがいいとは言えないが、用途によって使い分ければ、自分だけのアーカイブ・コレクションを作ることができると思う。

handytraxx 1bitは、付属のトップカバーを取り付けることでアタッシェケースのように持ち運ぶこともできる。屋外でレコードを聴いて盛り上がりたい、といった使い方にも最適です
レコード再生に特化したいというなら他にも選択肢はあるが、コルグが提唱するように、レコードを核にマルチに楽しみたい方にとっては、handytraxx 1bitは他にない魅力を備えたモデルだ。内蔵スピーカーのサウンドはハイファイとは言えないが、ポータビリティという点で遊び心をくすぐる。
シンセサイザーや電子楽器のトップブランドであるコルグは、その一方でNutube真空管をオーディオ製品に活かすなど、好奇心旺盛な会社でもある。handytraxx1bitのような製品がこの先どんな進化を見せるのか楽しみである。
これからアナログレコードを楽しんでみたい、そんな方にぜひ注目して欲しいお薦めシステム

●プリメインアンプ:デノンPMA-900NHE ¥132,000(税込)
アナログレコードからオーディオをスタートしようとお考えの方に潮さんが選んだプリメインアンプ。各種ストリーミングサービスやハイレゾファイル、さらにBluetooth経由でスマホの音源を再生できるなどソースへの対応力も万全だ。MM/MCフォノイコライザーも内蔵しているので、レコードも手軽に楽しめる。W434✕H131✕D375mmと比較的薄型なので、テレビラックの中などにも収納できる。

●スピーカー:トライアングルBorea BR03 ¥84,700(ペア、税込)
フランス、トライアングルの人気スピーカーで、25mmドーム型ツイーターと160mmウーファーによる2ウェイ仕様。独自開発の無処理セルロース紙振動板による、豊かな表現力を持つボーカル帯域と、聴き疲れしない力強い低音を楽しめる。W206×H380×D314mmというコンパクトさも魅力だ。写真のライトオークの他に、ウォールナット、ブラックの3色をラインナップしている。
潮邸のハイエンドシステムと組み合わせても、その持ち味を発揮
今回、潮さんのご自宅オーディオルームにhandytraxx 1bitを持ち込んで、超豪華システムでどんな音が聴けるかも確認していただいた。潮さんによると、「StereoSound ONLINE試聴室の取材時と傾向は同じで、内蔵フォノアンプで聴くと、音に可愛らしさが出てくる印象。一方で78回転の『バリューション78』では、こんなに頑張るとは思ってもいなかったので驚いた」とのこと。ハイエンド・オーディオ機器との組み合わせでも、handytraxx 1bitの持ち味はしっかり発揮されたようです。
(撮影:嶋津彰夫)





