桜の季節が過ぎ、一年でもっとも気持ちの良い季節がやってきた。当然、気分も上がる。軽やかな音楽を聴きたくなる。いつものオーディオシステムではなく、イヤホンやカーステレオ、外に持ち出すのもいい。そんな時にお薦めしたいのが角松敏生さんの最新アルバム『Tiny Scandal』だ。名盤『SEA IS A LADY』(1987年)、『LEGACY OF YOU』(1990年)のリリースから、なんと34年ぶりとなったオリジナルのインストアルバムである。そこに込められた思いを、じっくりうかがった。(インタビュー・まとめ:酒井俊之)

『Tiny Scandal』 ¥3,300円(税込) BVCL-1441
<収録曲>1.NOA 2.Summer Scenery 3.MIDTOWN 4.Evening Shadows 5.SOEMONCHO STREET 6.Flowing Shiny Hair 7.Tequila Mockingbird 8.Tiny Scandal
Contemporary Urban Musicシリーズ第1弾 『MAGIC HOUR〜Loversat Dusk〜』(2024年515発売)から7ヵ月余りで第2弾『Tiny Scandal』を発表。1990年発売の『Legacy of You』以来、実に34年ぶりのギターインストアルバムだ。
角松さんによると、「多くのお客様からインストの新作を望まれていましたので、いつか制作したいと思っておりました。ようやくその機会がやってきました。やり残したこと、やりたくてもなかなか出来なかったこと、そういうことをひとつひとつ丁寧に完成させて残りの悔いのないようにきたいと思います」と語っていたが、アルバムの制作のみならず、遂にそのライヴまで実現させた。そして、『Tiny Scandal』(2024年1211発売)から約4ヵ月、Contemporary Urban Musicシリーズ第3弾として、新作『Forgotten Shores』も発売される。
角松 やはり多くの方から “インストのアルバムを” という声はこれまで何度も何度もありました。ただ、インストのアルバムを作品の中に挟むというタイミングがなかなかなかったんです。でも2024年の間にインストのアルバムを作ってしまいたい、そういう思いがありました。
最初のインストアルバム、『SEA IS A LADY』は自分にとっては大事な作品です。このアルバムづくりを通して、先輩世代のミュージシャンたちと深く交流を持つきっかけにもなりました。この頃、ギタリストとして僕はまだ全然ダメ。下手の横好き、趣味レベルで作ったアルバムがそれまでの歌もののアルバムと同じように売れてしまったんですよね。でも、そこで自分のふがいなさを感じることになった。その気持ちを払拭するために『SEA IS A LADY』で出来なかったことにメスを入れて、自分なりに溜飲を下げるために2枚目の『LEGACY OF YOU』を出した経緯があるんです。
これまでのインストアルバムに対して、僕が感じている以上にリスナーの方々が高い熱量で支持して下さったり、愛聴盤にしてくださったりしている。次のアルバムも死ぬ気でつくらないと……そういう思いはどんどん強くなりますよね。『SEA IS A LADY』は2017年にセルフリメイクもしました。1987年のオリジナルよりも100万倍いいものが出来たという自負はあったんですが、でもそれからおよそ10年が経って、“まだまだだな” と思えるようになった。それで生まれたのが『TinyScandal』です。
『TinyScandal』は角松さんがかねてから提唱するContemporary Urban Music(現代の都会的な音楽)シリーズの、『MAGIC HOUR〜Lovers at Dusk〜』に続く第2弾という位置づけになっている。Contemporary Urban Musicとは? 1980年代に一世を風靡、世界的にも注目もされている “シティ・ポップ” に対する角松さん自身の想いを表したものだという。
角松 昨今のブームといわれる “シティ・ポップ” に対する皮肉もありますけどね(笑)。80年代当時にレコード会社が作ったコピーで “シティ・ポップの貴公子”
なんていう言葉で流行らせられたりして、硬派に音楽をやっている連中にとっては「ディスコの客引きかよ、やだねぇこんなの」という思いがあった。いまさらその呪われた言葉が復活するか、という気分です(笑)。
あの時代って、必死になって洋楽の借用や模倣をしていた頃。そこに日本語の歌詞がついて、独自の風景になっている。僕なんかだと海外録音だけでなく、ニューヨークに実際に住んで、名うてのミュージシャンたちとアルバムをつくることも経験してきた。日本文化のフィルターを通したそんな音楽がいま、欧米で “かっこいい” と人気があったり、評価されている現象は面白いなぁと感じていますよ。
日本独自の “シティ・ポップ” の歴史を踏まえたうえで、アメリカ人の友人に、もっと相応しい呼び方はないの?と訊ねてみたところ、“コンテンポラリー・アーバン・ミュージック”
という名称がいちばんスマートでいいんじゃないか、と。この年齢になってアルバムを出し続けることってたいへんなので、自分に何か負荷をかける意味でもシリーズ化した方がいいと思って、それで『MAGIC HOUR〜Lovers at Dusk〜』はvol.1と銘打った。そうしたら “2はないのか” と必ず言われるでしょう?(笑)。

『MAGIC HOUR』 ¥3,300(税込)BVCL-1406
<収録曲>1.Lovers at Dusk 2.Magic Hour 3.Power of Nightfall 4.Turn on your lights〜Mayyour dreams come true〜 5.Crows 6.Wake up to the love 7.Paradisein your eyes 8.君にあげる
ファン待望のギターインストアルバム『Tiny Scandal』は全8曲の構成。ジャケ写がいきなり80年代(後半)のいかにも “バブル” っぽい雰囲気でウケる。オープナーの「NOA」。おぉ! かっちょいい! リゾート系ではなく、アーバンな雰囲気。タイトル通り、夏の疾走感に溢れるM2「Summer Scenery」、M6の「FlowingShiny Hair」などは90年代のカドマツ流フュージョン、時代が時代ならマイルドセブン(←死語)のCMソングで流れていそうな爽快感だ。そういう意味ではどこか懐かしさも感じられる。
角松 今回のアルバムは60年代の後半から70年代、80年代、僕自身が影響を受けてきた音楽を「すべてぶっこんでいる」。同じ時代の音楽を聴いてきたひとたちにとってはプッと笑ってしまうようなアルバムを目指しました。実際、リスナーのかたには笑っていただけているようなので、有難いな、と(笑)。
軽々しくもなく、重々しくもなく、そういう内容に仕上がっていると思います。毒にも薬にもならない、なんて言い方も出来るんですが、でも実は実際に演奏するのがたいへんな曲ばっかりなんです。『SEA IS A LADY』の曲は鼻唄を歌いながらでも弾けるんですが、このアルバムの曲は一瞬でも気を抜くともう無理。ギタリストとしては “めんどくさい” ものになっているんです。それを肩の力を抜いて、鼻唄を歌いながら弾いているように聴かせるのが、実はたいへん。
アルバムにはオリジナル曲の他に、カバー曲も収録されている。M4「Evening Shadows」とM7「Tequila Mockingbird」。「Tequila Mockingbird」は本家に負けず劣らずで力強い。こういったフュージョン系のアルバムは、やはり暖かい太陽のもとで楽しむのが一番だ。
角松 佐藤 博さんの「Evening Shadows」とラムゼイ・ルイスの「TequilaMockingbird」は、もうずっと以前から、次にインストのアルバムを作るんなら演りたいと思い続けてきた2曲です。佐藤さんと初めて出会ったのは1984年にリリースした『AFTER 5 CLASH』の時。ピアノを弾いていただいたのをきっかけに、その後もレコーディングには参加して下さって、僕自身も佐藤さんの音楽にはシンパシーをずっと感じていたし、可愛がっても貰えた。
ちょうどその頃、中山美穂さんのアルバム『CATCH THENITE』を僕がプロデュースした時に3分の2は僕自身が曲を作って、残りは佐藤さんにお願いする、というスタイルで制作しました。スタジオを借り切って、同時にふたりでプリプロダクションを進める、そんな贅沢な時間を過ごしたこともありました。
その後、佐藤さんに作ってもらったのが『SEA IS ALADY』の「SEA SONG」です。佐藤さんのピアノは僕は大好き。『SEA IS A LADY』ではバックトラックのインストなど、“相当”、手伝ってもらいました。その頃の想いがあるからこそ、佐藤さんの曲を取り上げたかったんです。僕自身の好みの曲ではあるけれども、佐藤さんの曲の魅力がよく伝わるのはこれなんだよ、という思いが強いですね。
ラムゼイ・ルイスは、これはもう高校生の時にバイブルのように聴いていた曲。もっとも多感な時代にいっぱい影響を受けた。そんな曲を聴いてきて、今、こういう自分になりました、ということを明確に記録しておきたい。そういう思いがあったんです。本作ではラムゼイのオリジナルインストバージョンと歌つきのディー・ディー・ブリッジウォーターがカバーしたバージョンを混在させた構成にしました。

『Forgotten Shores』 ¥3,300(税込)BVCL-1467
<収録曲>1.Blue Swell 2.Step out 3.Beach Road 4.Domino City 5.Slave of Media 6.Forgotten
shores 7.TSUYUAKE 8.You can see the lights
そしてアルバムのなかには、街の雑踏のサウンドエフェクトから始まる「SOEMONCHO STREET」という曲もある。これは大阪・ミナミの宗右衛門町? 気になっている大阪のファンも多いだろう。
角松 2011年にビルボードライブツアーを初めて演った時に「KADOMATSU PLAYTHE GUITAR vol.1」と名付けました。今ではvol.6を数えるようになりました。そのvol.1の時に、インストアルバムを制作するという構想はあったのでその時のためにオリジナル曲を作っておこうと。それが「SOEMONCHO STREET」と「MIDTOWN」なんです。
「SOEMONCHO STREET」は、最初はタイトルが決まっていなかった。“下北” って呼んでいたこともあったかな? でもそもそも “宗右衛門町” という地名が頭にあったのは、僕が19歳の頃にスナックで弾き語りのバイトをしていた時に、酔っぱらったお客さんに「宗右衛門町ブルース」をリクエストされたことがあったんです。この曲を僕は知らなくて、そのお客さんにめちゃめちゃ罵倒されたんですね。
それが悔しくてね。そういう意味でも「宗右衛門町ブルース」は文字通り、僕にとってのブルース。デビューしてから大阪に行って、初めて宗右衛門町に来た時に「ここかぁ」と(笑)。その後、友人が宗右衛門町にソウルバーを開いて、そのお店の名前を付けたりもしたので、以降、しょっちゅう通うようになったんです。
そして今回、ようやくのレコーディング。タイトルはどうしようか? やっぱり「宗右衛門町でないとあかん」となりました(笑)。今ではあのあたりの雰囲気も変わってしまいましたが、イメージにあるのは80年代や90年代の頃の姿です。混沌としたエネルギッシュなシーンが「SOEMONCHO STREET」にはぴったりですよね。
タワーレコード渋谷店で、「TOWER RECORDS POP UP SHOP」開催決定!
『Forgotten Shores』の発売を記念して、タワーレコード渋谷店6Fにて4月28日(月)〜5月11日(日)までPOP UP SHOPを開催する。会場ではアルバム『Forgotten Shores』、旧譜作品に加え、バネ口ポーチ ミニ (ブラック)やPUレザーキーホルダーなどの新オリジナルグッズも販売予定だ。
さらに『Forgotten Shores』とグッズ2,000円以上を同時ご購入してくれた方に、角松敏生POP UP SHOP限定ポストカード(全2種)を先着でお一人様1会計に1枚プレゼント(絵柄は選択可能。上限に達し次第終了)。
どの曲も長らく待ち望んでいた以上のインストナンバーに仕上がっている。いつもと変わらず、角松さんのアルバムの音のクォリティは高い。CD(44.1kHz/16ビット)だけでなく、さらにこだわりたいのならば配信からハイレゾ版(48kHz/24ビット)をダウンロードして楽しむのも大いにありだろう。アルバム全編を通して、音楽で時間の旅をしているような、そんな物語の風景が見えるようなところがとても気に入っている。
角松 映画好きの方にそう言っていただけると嬉しいですね。前作の『MAGIC HOUR〜Lovers at Dusk〜』も『Tiny Scandal』もミックスだけでなく、マスタリングも自分でやっているんです。レコーディングから完成まで、すべてうちのプライベートスタジオで制作しています。以前はレコーディングエンジニアに頼んで別のスタジオで、というスタイルの時もありましたが、いろんなプラグインも導入して、すべてのプロセスを自分で手掛けるようになりました。作業はたいへんですが、このやり方だと時間もコストも捻出することが出来るんです。
実は、今はもうCDや配信などのフォーマットにはこだわっていないんです。48kHz/24ビットだ、44.1kHz/16ビットだと言ったところで、いったいどれだけのリスナーがそれを意識して聴いてくれているんだろうか、と。
僕自身も10年くらい前なら配信に対しては否定的だったんですけれど、もうそういう聴き方が当たり前になってきてしまっている状況がある。ならば、もう様々なアウトプットやデバイスがあることをイメージしながら音を決めていく。一定のレベルを保持しながら “いい音にしよう” というのが現在のスタンスです。CDで聴いても、ハイレゾで聴いても楽しんでもらえる、“匙加減” ですね。これからもそこを模索しながらの音作りを続けていきます。
そして、早くも『Tiny Scandal』に続くContemporary Urban Musicシリーズ第3弾となるアルバム『Forgotten Shores』が4月30日にリリースになる。「海、夏をテーマにしたアルバムです!」と、角松さんも期待をさせてくれるのだから楽しみ、楽しみ。このニューアルバムのリリースを受けて5月からは春のツアー、「TOSHIKI KADOMATSU Performance2025 “C.U.M” vol.3 〜Forgotten Shores〜」もスタートする。いよいよカドマツサウンドの季節の到来だ。
Forgotten Shores NONSTOPMIX #角松敏生
www.youtube.comTOSHIKI KADOMATSU Performance 2025 C.U.M Vol.3 “Forgotten Shores”もスタート
●チケット料金:全席指定¥10,500(税込)
※3歳以上チケット必要(座席は3歳未満でも要チケット)