音楽バーには、ひとつとして同じコンセプトの店がない。『音楽Bar読本』に掲載されている14店舗を眺めて、つくづくそう思う。店舗の数だけ店主がいて、店主の数だけ別の流儀があり、流儀だけでなく聴かせたい音楽もそれぞれに違う。数ある音楽バーの中から自分の好みに近い店と出会えた音楽ファンは幸せだ。
初めて訪れる音楽バーのコンセプトを知る手掛かりのひとつはスピーカーである。店の扉を開けると、そこには店主のかける音楽が流れている。再生装置に関心のある人なら、音楽がどんなスピーカーで鳴らされているか気になるだろう。カウンターに正対するように大型スピーカーが置かれ、会話よりもリスニングの楽しみを優先する店。十分な距離をとって小型スピーカーが置かれ、店内に気持ちよく音楽が広がる中で仲間との会話が楽しめる店。スピーカー・ブランドはもちろん、その設置方法や設置位置、再生音量にまで店主のこだわりが反映されているはずだ。ここでご紹介する4312Gは、JBLコントロール・モニターの最新機種。幅広い用途に的確に応えて、聴き手の思い描く鳴り方で快適に音楽を聴かせてくれる、器の大きな中型モニター・スピーカーである。
PROFILE

JBL 4312Gのルーツは、1970年に登場した小型モニター・スピーカーの4310まで遡る。JBLが業務用機器に参入した記念すべきモデルである。以降、4310は4311、4312A〜4312Eと進化を続け、4312系は世界各国の放送局やスタジオで採用されることに。ホームユースとしても広く愛用されるロングセラー・シリーズとなった。
4312Gは2018年に登場した、4312系レギュラー・モデルの最新型。低域に300mm径ウーファー、中域に125mm径ミッドレンジ、高域に25mm径トゥイーターを搭載した3ウェイ・ブックシェルフ型モニター・スピーカーである。上位モデル4429から300mm径ウーファーを継承し、高品位3ウェイ・ネットワークを搭載するJBL創立70周年記念モデルの4312SE(2016年)、そして70年代の銘機L100 CenturyをモチーフとしたL100 Classic(2018年)の2モデルで得た技術が投入されているのが大きな特徴だ。中でも300mm径ウーファーのJW300SWは、K2 S5800のために開発された1200FE系ユニットの技術を継承しており、4312Gの大きな特色のひとつとなっている。
ブックシェルフ型といっても、高さ597mm×横幅362mm×奥行298mmと一般的なスピーカーよりもサイズは大きく、業務用機器にルーツを持つモデルならではの存在感がある。音楽バーへの導入例も少なくない。アナログレコードやCD、ストリーミングなど、多様な音楽ソースを高い純度で再生してくれるだろう。音楽バーやジャズ喫茶で依然として高い人気を誇るJBLの新世代スタンダード・モデルとして、4312Gに注目したい。
たとえば、ジェフ・ベックの国内盤LP『BLOW BY BLOW(ギター殺人者の凱旋)』。A面冒頭の「You Know What I Mean(分かってくれるかい)」のギター・カッティングの鋭さ、マックス・ミドルトンのクラヴィネットとフィル・チェン&リチャード・ベイリーのリズム隊の粘っこい絡み。それにジェフ・ベックのリード・ギターのしなやかな音色。楽曲を特徴づけるそういった旨味が面を成して力強く迫ってくる。続くビートルズのカヴァー「She’s a Woman」では、ややクールダウンしてアンサンブルの間合い、音の隙間を積極的に聴かせてくれる。トーキング・モジュレーターを使ったヴォーカルとリード・ギターの音色の描き分けも絶妙。店の扉を開けたときにこんな音が大音量で聴こえてきたら堪らないだろう。
イーグルス『One of These Nights』のUSアサイラム盤LPからオープニングのタイトル曲を聴くと、ハイトーンのコーラス・ワークが爽やかに伸びる。小気味よいリズム・アレンジとのコントラストが鮮やかだ。音量を抑えて聴いても、楽曲の魅力は変わらない。店内で小さな音で鳴っていたとしても聴き入ってしまうバランス感である。
ザ・バンド『Music from Big Pink』のUSキャピトル盤LPからA面ラストの「The Weight」を再生する。これはやはりスピーカーと対峙して、スウィート・スポットで浴びるように聴きたい。目を閉じると、メンバー5人の立ち位置が頭の中に浮かび上がる。右からリヴォン・ヘルム、ロビー・ロバートソン、リック・ダンコ。フロント3人のうしろにはリチャード・マニュエルとガース・ハドソンがいる。リヴォン・ヘルムのヴォーカルとドラムが右に寄ったミックスに長いこと馴染めずにいたが、これは個々の楽器の定位を聴くのではなく、メンバーの立ち位置を想像しながら聴くべき楽曲であることに改めて気づかされる。この1月にガース・ハドソンが亡くなり、とうとうメンバー全員が故人となってしまったが、彼らのレコードはこれからも世界中の音楽バーでかかり続けるはずだ。
浴びるように聴きたい音楽といえば、リトル・フィートも欠かせない。『Dixie Chicken』のUSワーナー盤LPから冒頭のタイトル曲を聴くと、ビル・ペインのピアノの高音の輝きが眩しい。主役のローウェル・ジョージは、このピアノとロイ・エストラーダ&リッチー・ヘイワードのシンコペイトしたリズム隊に乗って魔術的なグルーヴを醸す。猥雑とした音の塊を一歩引いて客観的に聴かせることもできる4312Gは、いろんな志向のリスナーが集う音楽バーでも最大公約数的な鳴り方でその場の空気を満たしてくれるだろう。そういえば、かつて神戸・三宮にその名も「LITTLE FEAT」という音楽バーがあった。なんと本物のペンギンを飼っている店で、リトル・フィートのファンだけでなく幅広い人に愛されたが、残念ながらコロナ禍で閉店してしまったとのこと。地域の個性的な音楽バーがなくなってしまうのは、とても残念なことだ。
バリー・マン『Lay It All Out』USニュー・デザイン盤LP、ボビー・チャールズ『Bobby Charles』のUSべアズヴィル盤LP、ジュディ・シル『Judee Sill』のUS 4 Men with Beards盤LPなど、ひとりで聴き入りたいレコードでは歌い手の個性を繊細に描き分け、ビートルズのシングル「Strawberry Fields Forever」(UKパーロフォン盤)では、モノーラルの強靭さと奥行感を聴かせてくれる。
JBLコントロール・モニターの伝統を受け継ぐ最新機種だけに、4312Gは音楽を能動的にも受動的にも楽しめるスピーカーだと感じた。自室から音楽バーまで、あらゆる場所、シチュエーションに溶け込み、聴き手に心地よい音楽を提供してくれるに違いない。
JBL 4312G
¥176,000(1本・税込)
問合せ先:ハーマンインターナショナル株式会社 TEL. 0570(550)465(ナビダイヤル)
撮影協力:
BAR WALK THIS WAY(東京・新宿)
聴いたアナログレコード
『BLOW BY BLOW(ギター殺人者の凱旋)』ジェフ・ベック(EPIC ECPO39)
『One of These Nights』Eagles(ASYLUM 7E1039)
『Music from Big Pink』The Band(CAPITOL SKAO2955)
『Dixie Chicken』Little Feat(WARNER BS2686)
『Lay It All Out』Barry Mann(NEW DESIGN Z30876)
『Bobby Charles』Bobby Charles(Bearsville BR2104)
『Judee Sill』Judee Sill(4 Men with Beards 4M120)
「Strawberry Fields Forever」The Beatles(PARLOPHONE R5570)
『Pet Sounds』The Beach Boys(DCC Compact Classics LPZ2006)
『BAND WAGON』鈴木茂(PANAM GW-4011)
>本記事の掲載は『音楽BAR読本』