ソニーは今年7月に発表した2024年新ラインナップから、ブラビアテレビのシリーズ名を変更した。従来のパネルの種類による区分から、「BRAVIA 9」や「BRAVIA 7」といった呼び方に変わっている。同時にサウンドバーやホームシアターシステムも「BRAVIA Theatre」という呼称となり、セットで使って欲しいという気持ちを全面的に押し出した構成となっている。今回はソニー視聴室にうかがい、「BRAVIA Theatre」シリーズ各モデルの特長をうかがうと共に、ブラビアシリーズと組み合わせた場合のサウンドも体験させてもらった。前編ではワイヤレスネックバンドスピーカー「BRAVIA Theatre U HT-AN7」を紹介する。(StereoSound ONLINE編集部)
ワイヤレスネックバンドスピーカー:ソニーHT-AN7(想定市場価格¥40,000前後)。
●使用スピーカー:約32✕44mmフルレンジX-Balanced Speaker Unit
●通信方式:Bluetooth標準規格ver5.2
●対応Bluetoothコーデック:SBC、AAC、LDAC
●連続使用時間:約12時間(充電時間 約4時間)
●最大通信距離:約30m
●寸法/質量:約W235mm×H48mm×D178mm/約268g
麻倉 今日はよろしくお願いします。今年のブラビアシリーズでは、サウンドシステムとの組み合わせについても様々な提案が行われているとのことで、それらについてお話を伺いたいと思っています。
高瀬 こちらこそ、よろしくお願いいたします。本日は首掛け用のワイヤレスネックバンドスピーカー「HT-AN7」とサウンドバー「HT-A9000」「HT-A8000」、ホームシアターシステム「HT-A9M2」についてご体験いただきます。
麻倉 今年からシリーズ名が変わったそうですね。
高瀬 はい、それぞれにわかりやすい愛称をつけました。ワイヤレスネックバンドスピーカーは「BRAVIA Theatre U」、サウンドバーが「BRAVIA Theatre Bar」、ホームシアターシステムが「BRAVIA Theatre Quad」になります。
麻倉 「BRAVIA Theatre」ということは、ブラビアテレビと組み合わせて使うことを推奨しているのですか?
高瀬 ブラビア限定ということではありませんが、2024年モデルと組み合わせることで使える機能も搭載しています。
では、まずHT-AN7についてご説明します。HT-AN7は、テレビやスマホとつないで音楽や映画を楽しんでいただくモデルです。耳をふさがずに臨場感のあるサウンドを楽しめる点が一番の特徴で、対応ブラビアと接続することで立体音響をお楽しみいただけます。
麻倉 ソニーのワイヤレスネックバンドスピーカーとして、何代目になるのでしょうか?
高瀬 テレワークを想定した商品もございますが、テレビとワイヤレスでつないでドルビーアトモスの立体音響を楽しめるラインナップとしては前モデルの「SRS-NS7」に続いて2世代目になります。2021年〜2023年発売のブラビアに関しては別売ワイヤレストランスミッター「WLA-NS7」が必要ですが、2024年モデルのブラビアとはダイレクトにBluetoothで通信できます。
椋木 HT-AN7の機構設計を担当した椋木です。私から構造や素材について説明させていただきます。
HT-AN7では長時間の映画視聴でも疲れにくいように軽量設計とロングバッテリーを実現しました。まず、SRS-NS7から本体重量を約50g軽量化しました。さらに、バッテリーは持続時間12時間の使用が可能です。前モデルに比べて高効率のアンプを使うことにより、バッテリーサイズ自体は小さくなっています。
麻倉 SRS-NS7の持続時間は何時間だったのですか?
椋木 持続時間は12時間と据え置きですが、バッテリーサイズを小さくして軽量化を実現したところがポイントになります。バッテリーが小型になったので、本体サイズも小さくできました。
左右のエンクロージャーをつないでいるネックバンドはシリコン製で、軽量化のために厚みを減らしました。また、アジャスタブルネックバンド構造を採用しており、ユーザーの体型や首周りの太さに合わせて広げたり、開いた状態を維持できるように形状記憶用の特殊素材を使っています。
さらに付け心地を追求し、内側の身体に当たる部分には装着感のよいソフトマテリアル素材を使っています。動いてもずれにくいとか、中にクッションを仕込んで装着時の感触を柔らかくするなど、疲れないような改善を行いました。
環境への取り組みについては、本体に使っているプラスチック部品は高剛性再生PC/ABS、再生PPの3種類の再生材を採用し、本体再生材使用率は約40%です。表面のファブリックにも再生材を使うなど、積極的に環境対応を進めたモデルになっています。
麻倉 それらの素材については、協力メーカーと一緒になって開発するのでしょうか?
椋木 原材料メーカーと一緒に、基本的な物性や添加剤といったところから検討しています。ファブリックの部分も前モデルはプラスチック由来でしたが、今回はペットボトル由来の100%再生材を採用しています。パッケージは竹、さとうきび、市場回収リサイクルペーパーを原料に開発したソニー独自の紙素材「オリジナルブレンドマテリアル」で、石油由来のプラスチック類は一切使っていません。
宮川 続いて、HT-AN7の音響設計を担当した宮川から、立体音響・高音質技術について説明いたします。
今回は3つの柱があります。まずX-Balanced Speaker Unitです。これは弊社独自の非円形スピーカーユニットで、サウンドバーやホームシアター製品にも採用されています。
麻倉 前モデルのSRS-NS7も非円形ユニットを使っていましたが、新製品ではより楕円に近くなった気がします。
宮川 今回も限られたセットサイズの中で振動板の面積を最大化するために、ユニット自体も大きくし、面積比は1.5倍になっています。面積を確保したことによって、スピーカーユニットの感度も上がります。感度が上がれば、音圧を出すために必要な振幅を小さくできるので、振幅に起因する歪みも少なくなり、声の明瞭度を向上させています。
さらに今回は非対称形のX-Balanced Speaker Unitですので、その形状に合わせてボイルコイル位置をオフセンターにすることで、非対称形でも振幅安定性を確保し、クリアーな音質を実現しています。
麻倉 普通に考えると、ボイスコイルはセンターにあった方が音質的には有利ですよね?
宮川 円形ユニットの場合はその通りですが、今回は限られたセットサイズの中で振動板面積を最大し、非円形化する必要があったため、こういった工夫が必要となりました。結果的に、このセットサイズで搭載できる最大の円形ユニットよりも感度を向上させることが出来たため、ダイナミックレンジを潰さずに繊細な音から爆発までS/Nよく再生できるようになりました。
麻倉 低域再生という点では、SRS-NS7ではパッシブラジエーターも搭載していました。
宮川 HT-AN7は密閉型となります。まず、セットの軽量化のために、パッシブラジエーターを削除する必要がありました。密閉型はパッシブラジエーター型に比べると、低音が出づらくなってしまうのですが、スピーカーユニットの大型化と高効率アンプによる低域増強で前モデルと遜色ない低域再生を実現できています。また、パッシブラジエーターの振動は映画の集中を妨げてしまうため、密閉型の方が振動が少なく、より没入感よく楽しめると思います。
麻倉 ユニットの素材は変わっていないのでしょうか?
宮川 振動板素材は同じですが、形状と磁気回路の構造を大きく変えています。SRS-NS7は内磁型で、ボイスコイルの内側にマグネットが配置されているためボイスコイル内部の空気が抜けづらい構造でしたが、HT-AN7では外磁型、つまりボイスコイルの外側にマグネットが配置されているため、ボイスコイル内部の空気が抜けやすい構造なのも特長です。どちらも高磁力のネオジムマグネットですが、HT-AN7はこのエアフローの改善によって歪み感を低減しています。
麻倉 再生時には、5.1ch音源もイマーシブオーディオにアップコンバートしてくれるんですね?
宮川 5.1chのコンテンツもアップミックスされ、前後左右だけでなく高さ方向の情報も加えた、5.1.2chのドルビーアトモスのバーチャル再生が可能になります。
麻倉 それはブラビアとの組み合わせ限定ですね?
宮川 立体音響を楽しむためには、対応ブラビアとの組み合わせが必要です。通常のテレビとBluetoothで接続した状態では、2chで再生されます。これはドルビーアトモス信号のデコードやバーチャル再生の信号処理を、対応ブラビアに搭載された認知特性プロセッサー「XR」内部で行っているためです。また対応デバイスとの組み合わせで360 RealityAudioの再生も可能です。
麻倉 となるとバーチャル再生の精度も求められます。
宮川 弊社ではヘッドホンやイヤホンも長く開発していますので、相当な量の人の耳型のデータを蓄積しています。多くの方に違和感なくバーチャル再生による立体音響を感じていただくために、もっとも一般的な耳の形に最適化された特性を作成しています。
麻倉 耳の形によってバーチャル再生の印象は大きく変わりますから、特性選びは重要です。
宮川 そちらについては、アプリの「360 Spatial Sound Personalizer」を使うことで、耳の写真から個人の聴感特性を解析して、一人一人に最適化された立体音響体験を提供します。
本アプリを使って自分の耳の写真を撮影してクラウドサーバーにアップロードしていただくと、クラウド上で計算された個人最適化された聴感特性データをブラビアにダウンロードできます。そのデータを元にブラビア内で処理を行う事でHT-AN7に個人最適化された立体音響のバーチャル再生を実現する仕組みです。
麻倉 家族が多い場合はどうしたらいいのでしょう?
宮川 最大5人のデータが登録できますので、そこから選んでいただくことになります。
麻倉 5人までということは、家族みんなで映画をサラウンドで楽しめるんですね。
高瀬 HT-AN7はSpeaker Add機能を持っており、2台同時接続が可能です。つまり、家族ふたりで2台のHT-AN7を使ったサラウンドをお楽しみいただけます。ただしその場合は、個人最適化ではなく標準的な特性をお選びいただくことになります。
もうひとつ、有線接続にも対応しました。専用オーディオケーブルとアダプターが同梱されていますので、そちらをPlayStation5のコントローラーやパソコンなどと接続することで、低遅延でのゲームプレイも可能となっております。
宮川 ではここからHT-AN7の音を体験いただきます。まずは360 Spatial SoundPersonalizerアプリで麻倉さんの耳の撮影を行います。アプリを立ち上げると音声で順番が指示されますので、それに従っていただければ操作は完了します。
麻倉 スマホとブラビアが同じネットワークにつながっていればいいんですね?
宮川 その通りです。クラウドでの処理が終わるとブラビアの画面に個人最適化特性の一覧が表示されますので、この中からご自分の聴感特性データ(ソニーアカウントと紐づけ)を選んでください。
麻倉 自分で耳の写真を撮るのには慣れが必要かもしれませんが、測定自体は簡単に完了しましたね。
宮川 最初は個人最適化されてない、一般的な耳の形の聴感特性で、続いて麻倉さんの耳の特性に個人最適化された状態で映画をご覧ください。UHDブルーレイで『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』のカーチェイスシーンを再生します。
麻倉 個人最適化の効果は大きいですね、素直に音がよくなる。一般的な特性だと比較的おとなしめの音作りですが、個人最適化すると低音も豊かになって、ディテイルも出てきます。音の剛性感やコントラスト感もアップするので、映画サウンドらしい印象になるのでしょう。スピーカーユニットが物理的に近いので、セリフがちょっと手前に聴こえる印象はありました。
ただ、ここまで映画的な音場が再現できるとなると、もっと低音が欲しくなりますね。ヘッドホンのサラウンドでは、低音については最初から諦めている部分もあるんだけど、HT-AN7は映画を楽しんでいるという気分になるぶん、低音感が寂しく感じられてしまいます。ボディソニックのような周辺機器を用意するなどして、より踏み込んだバーチャル体験を提案して欲しいですね(笑)。
高瀬 それは思いつきませんでした。低音再生をどうするかは、今後のテーマとして考えていきます。
麻倉 HT-AN7では、個人最適化のメリットもあって、ドルビーアトモスの効果もしっかり感じられました。『007/ノータイム・トゥ・ダイ』でも、鐘が本当に頭上で鳴っているような感じがしたくらいです。情報量も緻密で小さい音でまで識別できるし、ちゃんと音場感、音像感も出てきます。手軽に楽しむネックスピーカーとして、とてもまとまりのいい製品に仕上がったのではないでしょうか。
※後編に続く