アストロデザインでは、恒例の技術展示会「アストロデザインプライベートショー2024」を6月20日(木)〜21日(金)に開催した。同社は8K技術を得意とする業務機器メーカーというイメージが強いが、近年はそれ以外の業種とコラボレーションした開発にも取り組んでいるという。今回は「プライベートショー2024」の注目展示内容とともに、麻倉怜士さんによる、同社代表取締役社長 鈴木茂昭さんへのインタビューをお届けする。(StereoSound ONLINE編集部)
麻倉 今年もプライベートショーにお呼びいただきありがとうございます。ひと通り展示内容を拝見しましたが、今年も昨年に続いて新しい分野との協業も進んで、一層世界が広がっているようにお見受けしました。
鈴木 そうしないと生き残っていけないんですよ(笑)。というのも、もし “8K=放送” という考え方しかしていなかったら、うちの会社は潰れているかもしれません。
麻倉 うーん、なるほど。今回のプライベートショーでも、以前東芝やシャープなどのテレビメーカーで8Kの画質研究に関わっていた方にお会いしました。皆さん8Kの応用範囲を広げるべく、様々な活動をされているようでした。
鈴木 プライベートショーには、麻倉さんと面識のある方も沢山いらっしゃっていると思います。先日、当社にソニーやコニカミノルタプラネタリウムで大画面映像を担当していた古瀬(弘康)という者が入社しました。
麻倉 私は古瀬さんが横浜にLEDでプラネタリウムを作った時にも取材にうかがったことがあり、よく存じ上げています。アストロデザインに入ったと聞いてびっくりしましたが、古瀬さんが加わったということは、今後、さらに積極的に高画質・超大型映像に取り組んでいこうとお考えだとお見受けしました。
鈴木 もちろん、その気持はあります。その意味も込めて、今回来てもらった古瀬にはマーケティング担当役員として、当社の映像技術の新しい展開への牽引役を担ってもらいます。
そもそも大型映像は、デジタルシネマやプロジェクターがメインアイテムですが、最近これらは過去の技術のように思われていると感じています。というのも、近年の大型映像のトレンドはLEDなんです。自発光のLEDウォールで、その代表例がバーチャルスタジオでしょう。
麻倉 最近は映画やCMの撮影で使われていますね。
鈴木 バーチャルスタジオの原点は、映画の背景合成でした。昔は美術さんが大きなキャンバスに背景画を描いたり、別に撮影した映像をリアプロジェクターで投写して、その前で俳優が演技をしていました。そこからデジタル技術が進んで、ブルーバックで人物を撮影して背景を合成する、といったことが可能になったわけです。
しかしそれでも、カメラを動かすと不自然な絵になってしまうことがありましたので、1990年にNHK技術研究所がシンセビジョンという装置を開発しました。これはハイビジョン映像を利用した画像合成装置で、モーションキャプチャーセンサー付きのカメラと連動することで、背景がカメラの動きに追随するものでした。そのハードウェアも弊社で開発したのです。
このシンセビジョンを見た海外の会社が作ったのが、バーチャルスタジオです。ですので、バーチャルビジョンの本家はNHKのシンセビジョンなんですよ。
麻倉 そうだったんですね、バーチャルスタジオは近年世界中で流行っていますが、原点がNHK技研とアストロデザインだったとは知りませんでした。
鈴木 バーチャルスタジオでは、背景映像を再生したLEDウォールの前で俳優が演じることで、合成などの後処理が必要ありません。LEDは輝度が高いので、リアルな背景に見えますし、ブルーバックでの切り抜きといった作業も必要ないから、確かに効率的です。
一方で、バーチャルスタジオで解像度を上げようと思ったら、画素ピッチの細かいLEDウォールが必要になります。現時点で実用化されているもっとも細かいLEDのピッチは1mm弱ほどで、そのLEDを使って8Kぶんの画素を並べると横幅が約8mになります。実際にはもう少し大きいピッチのLEDが使われていますが、それでも現在の撮影では解像度的に足りているということで流行ってきているのでしょう。
ただし、LEDパネルも以前より値段が下がってきているとはいえ、まだまだ高価です。ソニーPCLが清澄白河にバーチャルスタジオを作りましたが、あの規模であればディスプレイ機材だけでも数億円かかっていると思います。それでも今までの撮影システムと比べると、合成作業がないだけ作品づくりが楽になりますから、今後の映像スタジオはその方向に進んでいくでしょう。
麻倉 確かに、LEDデバイスの進化は目を見張るものがありますからね。
鈴木 その一方で、大画面システムがどんどんLEDになってしまい、プロジェクターの印象が薄くなっているという現実もあります。ホームシアターの分野ではプロジェクターを愛用しているAVファンも多いでしょうが、業務用プロジェクターメーカーは経営が厳しく、どんどん減っているのが現状なんです。
麻倉 それは寂しい話です。
鈴木 業務用プロジェクターのメイン市場はデジタルシネマです。これらはTI(テキサス・インスツルメンツ)のDLP方式が中心で、ライセンスの関係もあって世界で4社しか作れません。バルコ、クリスティ、デジタルプロジェクション、NECですが、将来的に減っていく可能性は否定できないんです。
ただそこについては、今までと同じように映画を上映することだけにこだわっているから発展性がないという側面も考えられます。そもそも、これまでと同じ映画の作り方がずっと続いていくわけではないので、今までと同じデジタルプロジェクターが売れなくなったらこの世界は終わりかなと、メーカーが勝手に思っているだけなんですね。
麻倉 確かに、映画以外にもイベント上映など大画面ニーズはありますから、そこを活かさないのはもったいない。
鈴木 現状で大画面に綺麗な絵を写し出す手段については、コストパフォーマンスを考えたらプロジェクターにかなうものはないんです。LEDは価格も高いし、装置の融通性が低いので一度設置したら配置の変更は難しい。もちろんLEDには色域が広いというメリットがありますが、ここについてはプロジェクターも最近はレーザー光源を搭載していますので、色域やコントラスト再現も上がってきています。
麻倉 それが、今回展示されていた「光源分離型8Kプロジェクター」なんですね。
鈴木 面白い提案でしょう(笑)。光源が別筐体になっていて、ヘッド(プロジェクター)ユニットとの間を光ファイバーでつないでいるんです。光源をスタックして輝度を上げることもできるし、ひとつの光源にヘッドユニットを3台つなぐといったこともできます。そうすると、ひとつの光源で3方向に別々の映像コンテンツを投写できます。
麻倉 それは面白い発想ですね。このプロジェクターは鈴木さんのアイデアですか?
鈴木 いえ、そうではありません(笑)。もともとデジタルプロダクションにこういう製品があって、現在8K用のヘッドユニットを開発しているとことです。
麻倉 こういった融通性の高い8Kプロジェクターが登場したら、大画面を使って何かやりたいと考えている方には朗報です。
鈴木 8K映像については、イベントやサイネージといった映画以外の使い方をしたいと考えている人は沢山いらっしゃいます。まずは、そのための市場を開拓したい。
麻倉 ところで、アストロデザインでも、以前の幕張メッセのイベントでLEDウォールを展示したこともありました。あれはもうやめてしまったんですか?
鈴木 あの頃は、LEDウォールに他社が参入していなかったのでトライしてみたんです。最近は他社がLED一色なので、ちょっと落ち着いて眺めてみようかと思っています。
麻倉 LEDウォールといえば、今年のCES取材でラスベガスに行った際に、球形アリーナのSphere(スフィア)を見てきましたが、あれも凄かったですね。
鈴木 麻倉さんもご覧になりましたか。当社からも何人かで見学してきましたが、さすがにアメリカのエンタテインメント産業はやることが違いますね。あそこのパネルは16K×16Kですが、そこに映すコンテンツを作るために16K×16Kのカメラも自前で開発したと聞きました。
そんな解像度のカメラを簡単に作れるとは思えなかったので、弊社の8K×8Kカメラを売り込みに行かせたんです。すると案の定、彼らのカメラは撮影したデータについて、現像処理を行わないとどんな映像が撮れているかわからない仕様でした。これは現在のデジタルシネマ用カメラも同じで、撮影時はRAWデータで保存して、後から現像処理を行って仕上げるわけです。
しかし弊社の8K×8Kカメラなら、撮影したその場で内容も確認できます。先方も現像処理がいらないというだけで感激して、興味を持ってくれました。具体的なビジネスはこれからですが、アメリカにはSphereと同様の施設を運営している会社が他に数社、そういったところに弊社の8K×8Kカメラを提案していきます。
麻倉 Sphereがひとつのモデルケースになったわけですね。確かにあのクォリティの映像を撮影しようと思ったら、カメラが重要になりますから、ビジネスとしての可能性も大きい。しかも16K、最低でも8Kの品質を備えていないといけませんからね。
鈴木 弊社のカメラの何台かは8K×8Kの撮像素子を搭載しています。この8K×8Kカメラにドーム映像用の魚眼レンズをつけて360度映像を撮り、それをSphereのような環境で見てもらう、あるいはVRゴーグルで見るといった使い方もあるでしょう。
麻倉 Sphereを見に行った時に面白い話を聞きました。プラネタリウム映像で有名な五藤光学研究所の方と一緒だったんですが、プロから見ると、上映された映像の完成度がいまいちだったようなのです。
例えば前方に谷があり、その上を飛行機が通り過ぎるシーンでは、Sphereで上映された映像では谷の上空を通り過ぎるだけですが、五藤光学さんは、それでは駄目だと言うんです。そういったシーンでは必ず高度を下げ、谷すれすれを通過することで、より体感的な映像に仕上げられるそうなんです。そういったコンテンツとしての工夫も、今後は求められることでしょう。
鈴木 まずは、Sphereのように高品質な大画面映像があれば、あんなに凄い体験ができることをアピールしてもらい、これからコンテンツの中身を成熟させていけるといいですね。
麻倉 Sphereは外側もすべてLEDウォールで、夜にはサイネージとして広告を表示しているから、インパクトも凄い。実物を体験して、こういった施設がぜひ日本にも欲しいと思いました。
鈴木 おっしゃる通り、最高のエンタテインメント体験だと思います。
※後編に続く