リン Klimax DSM/3/H ¥6,200,000(税抜)
● 対応ファイル形式:DSF、DFF、AIFF、ALAC、FLAC、WAV、MP3他
● デジタル入力:イーサネット2系統(RJ45、SFP:PCM・~384kHz/24ビット、DSD・~11.2MHz)、USB 1系統(Bタイプ:PCM・~384kHz/24ビット)、同軸2系統(BNC・うち1系統は出力に変更可能)、光1系統(TOS)、HDMI 4系統(HDMI 2.0)
● アナログ入力:アンバランス2系統(RCA)、バランス1系統(XLR)
● アナログ出力:アンバランス1系統(RCA)、バランス1系統(XLR)
● デジタル出力:HDMI 1系統(ARC/eARC)
● EXAKT LINK凸端子:2系統(RJ45)
● 寸法/重量:W350×H126×D350mm/16.4kg
● 備考:写真の仕上げはシルバーアルマイト、他にブラックアルマイトあり。同価格でHDMI入出力レス・モデル(Klimax DSM/3)あり
● 問合せ先:(株)リンジャパン TEL. 0120-126173
● 発売:2021年
試聴記ステレオサウンド 219号掲載
ネットワーク再生のポテンシャルを常に引き上げる妥協を排したフラグシップ機
私がネットワークオーディオを導入した2008年からすでに16年を数える。リンのクライマックスDS/DSMはその間ずっとソース機器の主役として活躍し続けてきたので、同じく16年間の長い付き合いだ。プレーヤー本体は第一世代のクライマックスDSから約2年前に最新モデルに変更したが、基本的な操作環境は変らず、快適のひとことに尽きる。リンのネットワークプレーヤーは、2007年の発売当初からその快適かつ安定した操作性を実現していたわけだが、いま振り返るとそれはかなり特別なことに思える。他に同様な例が少ないだけに、リンの設計思想の先見性が際立つのだ。まさに慧眼と言わざるを得ない。
初代 Klimax DS
装備する入力がRJ45端子1系統だけという思い切った仕様でオーディオファイルを驚かせた、リンのDSプレーヤー第1号機「Klimax DS」が登場したのは2007年。この「Klimax DS」こそがハイエンドオーディオにおける「デジタルファイル再生」の先駆けとなった製品であると言えよう。2011年には第2世代機となる「Klimax DS/K」(ステレオサウンドグランプリ受賞。弊誌「オーディオの殿堂」にも選出)と、アナログ/デジタル入力を備えてプリアンプ機能を内包する「Klimax DSM」が登場した。いずれのモデルもソフトウェアやハードウェア(内部基板等)のヴァージョンアップにより、最新モデルに準ずる仕様にアップデートすることができる。
ラインナップのいずれかの製品がベストバイに繰り返し登場するのは当然のことだと思うし、ネットワークオーディオに本気で取り組むことを望む音楽ファンに私がお薦めする候補として、いまもリンの製品が筆頭に上がる。推薦する理由も16年前からずっと変っていない。順を追って詳しく説明しよう。
フラグシップのクライマックスDSMは、操作性だけでなく音質面でもファイル再生とストリーミング再生のポテンシャルをつねに引き上げてきた特別な存在だ。リンはこの製品がその役割を担うことを最初から意識していたに違いない。ネットワークオーディオのコンセプトを掲げ、新しい再生方法を提案するからには、従来のディスク再生を凌駕する音を実現しなければ意味がないからだ。もしも音に不満の声が上がれば、製品の評価だけでなくネットワーク再生という手法そのものの評価に影響を及ぼしてしまう。他のメーカーにさきがけて本格的なネットワークオーディオのコンセプトを立ち上げたリンとしては、そこは譲ることができなかったはずだ。実際にクライマックスDS/DSMの再生音は発売当時から抜きん出ていた。
もう一点、傘下のリン・レコーズでスタジオマスターと呼ばれるハイレゾ音源の配信にいち早く踏み切ったことも音質面で妥協できない重要な理由の一つだった。最良の音でリスナーに届けることが結局はアーティストの利益になると説明して演奏家たちから配信の許諾を得た手前、それを実証しなければならない。最初はどこまでアーティストの支持が得られるのか半信半疑の空気もあったが、音楽市場はその後10年以上の年月を経て高音質配信とロスレス・ハイレゾストリーミングを推進する方向に流れが定まり、いま私たちは高音質配信が当たり前の環境を手にしている。
どのようにしてディスク再生を超える音に到達することができたのか。それはリンの開発陣にとっても当初から検証を重ねるべき重要な課題であった。回路と筐体の設計に一切の妥協を排して取り組んでいたことは明らかだが、クライマックスDSの発売後もソフトウェアとハードウェアのアップデートを繰り返し、着実な音質改善を図ってきた。最初から他とは一線を画す優れた音質を実現していたにも関わらず、そこで満足するのではなく、最新の成果を取り入れながらつねに上のステップを目指していたのだ。
ディスクリート構成のDACアーキテクチャーを独自開発。クライマックスDSM史上初のフルモデルチェンジ
私の個人的な印象だが、DACとクロック回路の見直しが本質的な音質改善につながったと認識している。特に、2016年に導入した「KATALYST(カタリスト)」では、基準電圧の高精度な制御やクロック回路の改良によってディテール再現と空間再現が飛躍的に向上し、当時最良のDACチップの一つとされたAK4497の素性の良さを明確に印象付けた。現在3グレード用意されるリンのDACのなかでカタリストはいまも中心を占める重要な技術である。
その後リンはさらなる音質改善を目指してディスクリート構成のDACアーキテクチャー「Organik(オーガニック)」を独自に開発し、クライマックスDSM史上初のフルモデルチェンジと同時に2021年に導入した。オーガニックはリンのデジタル・アナログ変換技術の頂点に位置付けられる革新的なDACで、クライマックスDSMだけでなく、EXAKTシステムのトップモデルとして昨年登場した360 EXAKTにも投入するなど、リンのデジタルコンポーネントの核心技術として進化を続けている。クライマックスDSMを導入すると、レコードプレーヤーのクライマックスLP12SEのデジタル出力、映像機器のHDMI出力など、ネットワークオーディオ以外の複数の音源についても、EXAKT LINKを介してオーガニックをアナログ出力への変換を担う選択肢として選ぶことができ、大幅な音質改善が期待できる。私が初代機から最新世代への入れ替えを決めた理由の一つはそこにある。
ソフトウェアの更新による音質改善を実現できる理由の一つとして、初代機から信号処理中枢部にプログラマブルなFPGAを投入していたことが挙げられる。オーガニックを積む最新世代では信号の種類に応じて計4基のFPGAを使い分けており、信号処理のアルゴリズムを変更する際は、FPGAに展開するプログラムを書き換えることで、最新の技術を導入することができるのだ。
「Klimax DSM/3/H」のリアは、上段にアナログ系、下段にデジタル系の入出力端子を並べたパネルレイアウト。デジタル入力はUSB-B(384kHz/24bit対応)、光、同軸を装備。2系統用意された同軸端子は、設定で出力に変更することが可能だ。同社のSondek LP12内蔵フォノイコライザーの「Urika2」などとの接続が可能なEXAKT LINK(凸型)は2系統を搭載。入力のメインともいうべき、イーサネットはRJ45端子に加えて、光接続が可能なSFPポートも備えている。右端にはHDMI端子が5つ(入力4系統とeARCにも対応する出力1系統)並ぶが、HDMI端子未搭載仕様の「Klimax DSM/3」もラインナップしている。アナログ入力はアンバランス2系統、バランス1系統、出力はアンバランス/バランスを各1系統装備する。
本機のために新開発されたディスクリート方式採用のOrganik DAC。8層基板の表裏にパーツが整然と配置されており、電源供給ラインの最適化はもちろん、クロック信号に至るまで0.1mm単位で経路長を管理しているという。アナログ出力はアンバランス/バランスで独立した回路を搭載しており、基板後方の銀色の箱はアンバランス出力の際に有効となるルンダール製の出力トランスである(設定で出力トランスをバイパスすることも可能)。バランス出力時はトランスを介さないダイレクト出力のみである。
ソフトウェアのみならずハードウェアまでがアップデート可能な設計思想
アップグレードを前提にした設計アーキテクチャーは、モジュール形式の採用と並ぶリンの基本的な設計思想の一つで、ハードウェアのアップグレードやソフトウェアの更新によって手持ちの製品がそのまま最新モデルと同等の内容に生まれ変るという重要なメリットがある。二世代16年間にわたって使い続けても手持ちのクライマックスDS/DSMが旧モデル化したという残念な感覚を味わったことがないのは、その間に提供されたほぼすべてのアップグレードを適用してきたからなのだ。「いつでも最新モデル」という魅力的なフィーチュアはリンの製品を選ぶ大きな理由のひとつになる。
初代機から現行モデルへのアップグレードは本体まるごとなのでさすがに価格のハードルが一気に上がったが、それでも後悔はしていない。初代機での経験から、他のコンポーネントに比べて使用期間が長くなることはわかっているし、おそらくだが、途中で心変りして他の製品に乗り換えることもないだろう。独自設計の再生ソフトも含めて非常に完成度が高いため、その快適な操作環境を入れ替える理由が見当たらないのだ。
現行世代のクライマックスDSMに切り替えてからも何度かアップデートが行なわれた。最近ではソフトウェアのアップデートでTIDAL MAXに対応し、最大192kHz/24ビットのハイレゾ再生ができるようになったことが大きい。従来もRoon再生時はMQAのデコードを介したハイレゾ再生に対応していたとはいえ、再生音を聴き比べてみると、クライマックスDSMでそのまま再生したほうが演奏との距離感が良い意味で近付き、本来の立体的な空間表現力を享受できるようになったように思う。従来はQobuzのストリーミング再生のほうが優位に立っていたが、このアップデートを機にTIDALを使う頻度が再び高まったのが最大の根拠だ。
こちらも最近のことだが、電源回路を従来のDynamik(ダイナミック)からUtopik(ユートピック)にアップグレードしたことも予想を上回る音質改善につながった。電圧値の谷の部分だけでスイッチングを行なうなど、複数の技術を投入することでノイズの低減や歪みの改善を実現したというのがメーカーの説明だが、実際に旧電源と新しい電源でクライマックスDSMの再生音を聴き比べると、ステージの遠近表現や音場の見通しなど空間表現の改善に加えて、ピアノや打楽器が立ち上がる瞬間のアタックの瞬発力が増し、演奏のダイナミックレンジが拡大する効果も確認することができた。リンが独自に開発するスイッチング方式の電源ユニットは今回が3世代目で、ダイナミックから数えると14年ぶりの改良となる。
2023年に登場した「Utopik」。本機だけでなく、DSシリーズを中心に他の多くの製品にも対応する新世代電源ユニットである。
電源ユニットの交換作業の際にクライマックスDSMの内部構造をひさしぶりに確認することができた。今回いくつか気付いた点はいずれもリンの徹底した品質管理を裏付けるもので、それらの配慮がユーザーの安心感につながることを実感した。たとえば、基板だけでなく内部を仕切るパーツや無垢のアルミ製トップパネルなどほぼすべての部品に製造番号が刻印され、トラブルが発生した場合などに容易に追跡できるようになっている。また、これは性能とは直接関係ないのだが、トップパネルの裏側まで切削加工の仕上げ精度が高く、見た目の美しさにもこだわっていることに感心させられた。外観の精密な仕上げは毎日目にしているが、内側まできれいに磨き上げていることには気付かなかった。電源ユニットの交換時など、もしも内部を見る機会があったら、ぜひ注目していただきたい。
ちなみに電源ユニットを覆う肉厚のアルミパネルにも「DYNAMIK」や「UTOPIK」の文字が深く刻み込まれている。
推薦する最大の理由は再生音の質感の高さと、底知れぬほどの膨大な情報量。
ストリーミングの浸透によりその真価を発揮する場が飛躍的に増えることだろう
使い勝手についても、数年間使ってみて気付いたことを紹介しておこう。楽曲の選択や基本的な再生機能はタブレットの「LINN」アプリで操作できるし、所有する製品の詳細な設定やスペースオプティマイゼーションなどの管理は、オンラインの「リン・アカウント」でウェブ上での操作ができるため、本体のメニュー経由で操作する機会はあまり多くない。長く使っていた初代機が本体に操作系を持たないデザインだったこともあり、フロントパネル上端に配置されたボタン類もあまり活用できていないし、ダイヤルについても、プリアンプとして使用する際に音量を調整したり、タブレットやリモコンが離れた位置にある時に選曲操作に利用することはあるが、こちらもそれほど頻繁には使っていない。10年以上愛用している間にDS/DSMはスマホかタブレットで操作するという習慣が身に付き、なかなかそこから抜け出すことができないのだ。
そのいっぽうで、現行モデルになって一気に大型化したディスプレイは情報量が豊富で表示が見やすく、とても重宝している。特に交響曲やピアノ・ソナタなどで作品番号や楽章ごとの調性など、詳細なタグ情報を瞬時に確認できるのは便利この上なく、小さなディスプレイには戻れないと感じている。文字の大きさを確保しているので、席を立つことなく聴きながらすぐに確認できる点も気に入っている。
これまで断片的に触れてきたが、クライマックスDSMを筆者が推薦する最大の理由は再生音の質感の高さと底知れぬほどの膨大な情報量にある。質感の高さのなかには音色を描き分ける能力の高さと階調表現の豊かさが含まれる。特にDACがオーガニック世代になってからのリンのネットワークプレーヤーは楽器ごと、あるいは演奏家ごとの音色の違いを忠実に描き出す力が明らかに向上しており、聴き慣れた音源を繰り返し聴くのが楽しくなる。ホルンやオーボエのように奏者の個性が音に表われやすい楽器はいうまでもないのだが、それ以外に第一ヴァイオリンの旋律の歌い方やコントラバスの発音の特長などでも、演奏しているオーケストラを言い当てることができる。最近は往年の名録音のオリジナルやリマスター音源を配信でも聴ける機会が増えたこともあり、これまで聴き逃していた演奏の特長にあらためて気付くことも少なくない。
膨大な情報量という表現には説明が必要だろう。情報量=解像度ととらえることもできるが、ここには空間情報や余韻の振る舞いも含めて「情報量」と呼んでいることをお伝えしておきたい。特に奥行き方向の描写能力が高く、手前からステージの奥まった位置まで、楽器との距離感をごく自然に把握できるようになったことが重要だ。同じ音源を聴いても「ここまで良い録音だったかな」と思わせるなど、嬉しい発見もある。
高音質ストリーミングが浸透したことで、クライマックスDSMが真価を発揮する場面は以前よりも飛躍的に増えた。機会があればぜひじっくり聴いていただきたい。
山之内氏は2008年に初代機「Klimax DS」を導入。以来、アップデートを繰り返しながら使い続け、2023年に最新かつ最高仕様のKlimax DSM/3/Hを手にした。
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本記事は『ステレオサウンド No.231』
特集「ベストバイコンポーネント注目の製品 選ばれるその理由」より転載