ビクター(現、JVCケンウッド)は昨2022年、D-ILAのデバイス開発から25周年という節目に当たり、これまでの集大成ともいえるハイエンドなプロジェクター、DLA-V90R LTDをリリースした。今回の本連載の主人公は、その立役者の一人であるJVCケンウッド・メディア事業部商品企画部3Gの那須洋人さんだ。

 

画像: 1981年宮崎生まれ。東京都立大学卒業後、2004年に日本ビクター(株)に入社。2008年にプロジェクターの国内営業に従事、2014年にプロジェクター製品企画を担当。2023年よりプロジェクターと業務用カムコーダーの担当グループ長に就任。趣味はロードバイク。「様々なプロジェクターを開発していくなかで、ライアン・ゴズリング主演作品(『きみに読む物語』、『ドライヴ』、『ラ・ラ・ランド』、『ブレードランナー2049』)を観る機会が多いことに不思議な縁を感じます」とのこと

1981年宮崎生まれ。東京都立大学卒業後、2004年に日本ビクター(株)に入社。2008年にプロジェクターの国内営業に従事、2014年にプロジェクター製品企画を担当。2023年よりプロジェクターと業務用カムコーダーの担当グループ長に就任。趣味はロードバイク。「様々なプロジェクターを開発していくなかで、ライアン・ゴズリング主演作品(『きみに読む物語』、『ドライヴ』、『ラ・ラ・ランド』、『ブレードランナー2049』)を観る機会が多いことに不思議な縁を感じます」とのこと

 

 ホームシアター用のD-ILAプロジェクターは、業務用モデルの流れを汲む2003年のDLA-HX1に初搭載、家庭用モデルとして全面的新設計されたのは2007年にリリースされたDLA-HD1からとなる。以後、ビクターの技術陣は改良に改良を重ね、業務用の技術を巧みに採り入れて今日の日を迎えている。

 DLA-HD1は三管式プロジェクターのコントラスト比が1,000対1と言われる時代に反射型の液晶デバイスであるD-ILAと光学系にワイヤーグリッドを用いて、いきなり15,000対1という驚異的なスペックを実現したモデルとして当時大いに話題を集めた。

 那須さんがJVCケンウッドの前身、日本ビクターに入社したのが2004年だから、3年後に早くもビッグな出来事に遭遇したわけである。彼に日本ビクターを志望した動機を尋ねると「モノづくりに携わりたかったのが一番の理由です。実は日本ビクターの他にもいくつかの会社から内定をもらっていたのですが、いずれもメーカーではなかったので、この会社を選びました」とのこと。

 彼は、ビクター入社以前はプロジェクターにも映画にもそれほど興味がなかったという言葉には拍子抜けした。「学生時代は14型のブラウン管テレビでしたし、映画といえばガールフレンドと観に行った『ザ・ロック』が思い出深いですね」と、今の彼からは想像できない発言である。

 

画像: JVCケンウッドのD-ILAプロジェクターは現在4製品のラインナップとなる。最上位のDLA-V90R(HiVi 2024冬号 191ページ参照)を筆頭に、DLA-V80R、DLA-V70R(写真右)までがレーザー光源を搭載したハイグレードライン。高圧水銀ランプを光源に用いたDLA-V50(写真左)にも注目したい。性能と価格のバランスに優れたハイパフォーマンスモデルだ。いずれもビクターブランドでの展開となる

JVCケンウッドのD-ILAプロジェクターは現在4製品のラインナップとなる。最上位のDLA-V90R(HiVi 2024冬号 191ページ参照)を筆頭に、DLA-V80R、DLA-V70R(写真右)までがレーザー光源を搭載したハイグレードライン。高圧水銀ランプを光源に用いたDLA-V50(写真左)にも注目したい。性能と価格のバランスに優れたハイパフォーマンスモデルだ。いずれもビクターブランドでの展開となる

 

DLA-HD1に出会って、こだわり心に火が点く

 ところがHD1の映像に出会って、彼のモノづくりへのこだわり心に火が点く。DLA-HD1をリリースした当時、那須さんは量販店のプロジェクター営業担当だったが、自身でイベントを繰り返すうちに高画質映像に病みつきになったのだ。

 ユーザーからの質問に、「こんなことまで聞いてくるのか」と当初は戸惑ったそうだが、徐々に絵の奥深さがわかるようになったことで、堂々と受け答えが出来るようになった。

 同時にユーザー目線のモノづくり……、何が望まれていて、どんな使い方が求められているのかも理解できるようになっていたという。

 そしてついに「2014年からプロジェクターの商品企画に携わることになりました」。映像の面白さに触れたことでもっと積極的にモノづくりに参画したいと提出していた異動の希望が叶ったのである。

 「異動してからは職業病と言われるほど映画館に通いましたね」と、凝り性らしい一面を覗かせる。その後のビクターのD-ILAプロジェクーの躍進は読者もご存じの通りだ。コントラスト比の拡大、輝度の向上と、世代を経るごとに着実に進化していった。

 フルHDパネルを使って画素ずらし方式による4K表示(e-shift 4K)という新機軸も注目を集めたが、ビクターのプロジェクターが本当の意味で変わったのは、リアル4Kパネルとレーザー光源を採用したDLA-Z1だとぼくは思っている。実はこのプロジェクターはわが視聴室に招き入れるはずだったが、残念なことにわずか40mmほど設置スペースが足りなく、泣く泣く断念したという経緯がある。

 この時わざわざ視聴室まで事前確認に出向いてくれたのが、ほかならぬ那須さんだった。場所が確保できなければ機器の取り付けはままならない。天吊り位置を前方にすれば収まったが、そうするとスクリーンよりも投写できる画面サイズが小さくなる。

 情けない思いで悲嘆にくれるぼくに、「来年はきっといいことがありますよ」と囁いて彼は帰路についたが、その時、ぼくには一つ発見があった。プロジェクターの設置環境を点検する時、彼のジャケットの袖口から覗く腕時計をぼくは見逃さなかった。彼の腕には、なんとIWCの高級時計ポルトギーゼが着けられていたのだ。手にした経緯を尋ねると「前々から憧れていた時計だったのですが、ある日意を決して銀座の時計店に飛び込みました」のだという。

 その勇気というか無鉄砲さ(?)にぼくは驚いた。おそらく時計店のスタッフも同じような気持ちだったのではないだろうか。ひょっとしたら冷やかしなのかと訝ったのかもしれないが、那須さんは念願のポルトギーゼを手にしたのである。以来、共通の趣味を持つ仲間として親近感を覚えるようになった。

 

画像: 取材はJVCケンウッドの本社であり、D-ILAプロジェクター開発の総本山となる新子安オフィス内のスクリーニングルームで実施した

取材はJVCケンウッドの本社であり、D-ILAプロジェクター開発の総本山となる新子安オフィス内のスクリーニングルームで実施した

 

HDR登場でプロジェクターの開発スタンスが様変わりした

 DLA-Z1については、「営業部門からはこの価格で売れるとは言ってもらえなかったので、ならば世界中と交渉してでも製品化する、という掟破りともいえる手段をとって、やっと完成に漕ぎつけました」(那須さん)

 技術的な内容もさることながら、物を生み出す時の苦労もまた、商品企画という部署の宿命である。

 那須さんは三管式プロジェクターが輝いていたころの洗礼は受けていないが、入社後にその映像を体験したことで、「D-ILAにはない魅力を発見してから絵づくりの考え方も変わってきました」とも話す。そしてその体験はHDRコンテンツをいかにプロジェクターで表現していくか、という課題克服の原動力にもなった。

 「UHDブルーレイがHDR対応になってからコンテンツのポテンシャルが、プロジェクターの性能を上回ったことがターニングポイントですね。それ以前は逆の状況でしたから、プロジェクターのポテンシャルを活かして、コンテンツの制約を超えるような取り組みをしていたんです。色表現から、4K化して解像感を高めるe-shiftまで、チューニングによる絵づくりが重要な開発要素だったのですが、HDR時代になって、それが一変しました。

 フォーマット自体の器が大きくなったことで、逆に原画はどこにあるだろうか、それが問われることになったんです。コンテンツクリエイターたちが思い描いたであろう原画をプロジェクターでどうやって表現していけばよいのか。ビクターが長年貫いてきた<原画探求>への試みや絵づくりの思想がHDR時代に試されていると言ってもいいでしょう」

 HDRコンテンツが2016年に登場して以来、原画探求の成果は、那須さんたちが考え抜いた「Frame Adapt HDR」画質モードとして2019年秋に結実する。HDRコンテンツを再生する際、直視型ディスプレイならば、パネル性能に合わせて、画面の輝度パフォーマンスを最大限に活かせるように信号処理を行なう。ところが画面の大きさが最終的にスクリーンサイズで確定するプロジェクターではそうはいかない。具体的には様々な輝度設定で作られているHDRソフトでは、明るさ制御の鍵となるトーンマッピングと呼ばれる輝度表示カーブの設定が難しい。そこで考案されたのが、画面内の映像をリアルタイムで解析し、最適なトーンマッピングを行なう「Frame Adapt HDR」技術だったというわけだ。

 

画像: JVCケンウッド D-ILAプロジェクター 商品企画部3G 那須洋人さんに伺う。HDR時代にこそ求められる『原画探求』の思想

2023年11月15日に公開された「Frame Adapt HDR」の第2世代バージョンのソフトウェア。直視型テレビに比べて輝度パワーの点でプロジェクターでは不利となるため、HDR映像からどのように魅力的な画質を引き出すかが技術的な目標となる。JVCのプロジェクター開発でも、2015年にHDRに初対応したDLA-X550R/X750R以来の大きな画質向上のテーマとなってきた。2018年の「オート・トーン・マッピング」機能の実装から、2019年春のパナソニックのUHDブルーレイプレーヤーDP-UB9000との連携機能を経て、2019年11月に「Frame Adapt HDR」搭載に至った。今回の第2世代の「Frame Adapt HDR」は、さらなる進化を遂げたHDR表示を目指した(対応モデルは現行のDLA-V90R、V80R、V70R、V50、V90R LTD)。ユーザーにとっては本当に嬉しい機能強化であり、JVC、ビクターのファンを増やす原動力になるに違いない。なお、11月15日公開の最新ソフトでは、第2世代「Frame Adapt HDR」以外にも設定パラメーターのUSBメモリーへのバックアップ、LDパワー調整のステップ数を3段階から101段階への増加(DLA-V50は除く)も含まれている

 

 

映像文化の継承者、そして次世代への橋渡しを期待

 2019年秋に「Frame Adapt HDR」を登場させて以来、2020年秋に使用環境に合わせた最適化設定を行なう「Theater Optimizer」機能を、2022年秋には「Filmmaker Mode」と「HDR Level」にオート(ワイド)を追加した。

 『8K空撮夜景 スカイウォーク』というビコムの高画質UHDブルーレイで描かれる、夜景に浮かぶ光の輝きを捉えるため、レーザー光源の制御を行なう「ダイナミックコントロール」に「モード3」というポジションを新たに追加したことも異例だ。那須さんが「モード3は事実上、『8K空撮夜景〜』専用のモードです」と言う通り、まさにそこまでやるかという感じだが、これこそ彼らの前向きな取り組みの証であり、難しいソフトへの挑戦する姿勢を示したものである。

 そしてDLA-V90Rをはじめとする最新4K&レーザー光源モデルでは、この11月15日に、ファームウェアのアップデートにより、「Frame Adapt HDR」が第2世代バージョンに進化した。

 「従来飛び気味だったハイライト側のアルゴリズムを見直して、ノイズを発生することなくリアルな映像再現を可能にしました」とのことだが、こうした方法論は、信号処理デバイスに余力が備わっていないと実現は不可能であり、それを成し遂げるあたりに彼らのモノづくりに対する自信が詰まっている。

 「『Frame Adapt HDR』で、最適なHDR画質を簡単に得られるようになったことは、ユーザーにとっても大きなメリットだと思います」と那須さんは言う。もっとも製品リリース後の、ソフトウェア開発にも相当なマンパワーを投入していることを考えれば、いつまでも無償というわけにはいかないはずだ。それを問うと「将来的には有償でのアップグレード化も視野に入れています。もちろんその場合は、対価に見合う内容にしますのでご期待ください」という頼もしい返事が返ってきた。プロジェクターは短期間で買い替えるような性格の製品ではないため、長く愛用できるような試みは大歓迎だ。

 商品企画という仕事は前述したように多岐に渡る。海外モデルと国内モデルでは求められる絵づくりも違うので、細部に渡る目配せが必要になる。映像文化の継承者としてビクターにはその責務をこれからも果たしてほしいし、趣味の世界の奥深さを求める那須さんには、先達の積み上げてきたノウハウを譲り受け、次世代への橋渡しをするリーダーとしての活躍も大いに期待したい。

 

画像: 現在のビクター製家庭用プロジェクターの最上位モデルDLA-V90R。0.69インチD-ILAデバイスとレーザー光源は弟機のDLA-V80R、V70Rと事実上同等だが、レンズのグレードが大きく異なる。直径100mmという贅を尽くした高級レンズが用いられ、切れ味抜群の高解像度映像を支える

現在のビクター製家庭用プロジェクターの最上位モデルDLA-V90R。0.69インチD-ILAデバイスとレーザー光源は弟機のDLA-V80R、V70Rと事実上同等だが、レンズのグレードが大きく異なる。直径100mmという贅を尽くした高級レンズが用いられ、切れ味抜群の高解像度映像を支える

 

本記事の掲載は『HiVi 2024年冬号』

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