去る9月6日に発売&配信された『ジブリパークができるまで。[第1期]』は、大人から子供まで、みんなに見て欲しいメイキング・ドキュメンタリーだ。昨年、愛知県長久手市にオープンしたジブリパーク(予約制)は、今なお高い人気を誇っている。本作はそんなジブリパークの企画から第1期の完成まで1000日以上に及ぶ制作風景を、約6時間に凝縮している。しかもそこには制作現場の指揮を執った宮崎吾朗監督の思いと、それに応える多くの職人たちの業と熱意も収められている。今回はこの作品の演出・編集を手がけたテレビマンユニオンのエグゼクティブ プロデューサー、佐藤寿一さんに、現場での苦労や思い出についてうかがった。
『ジブリパークができるまで。[第1期]』
ブルーレイ¥14,080(4枚組、税込)、DVD¥10,560(4枚組、税込)
●本編 合計約399分
Disc1 〜みんなが主役になれる場所〜 第1話 約35分/第2話 約26分/第3話 約34分
Disc2 〜秘密いっぱいの街ができるまで〜 第4話 約34分/第5話 約29分/第6話 約28分/第7話 約26分
Disc3 〜想像の世界への挑戦〜 第8話 約38分/第9話 約33分/第10話 約39分
Disc4 〜夢をかたちに〜 第11話 約24分/第12話 約20分/第13話 約33分
●音声:日本語(2.0chステレオ/リニアPCM)
●字幕:日本語・英語
●画面サイズ:16:9/ワイドスクリーン
●映像:1920×1080i
●商品仕様:デジパック仕様/特製アウターケース付/解説リーフレット
●発売:ウォルト・ディズニー・ジャパン
――『ジブリパークができるまで。[第1期]』は、ジブリパークの制作過程を収録したドキュメンタリーとして、ブルーレイやDVD、さらには配信でもリリースされています。全13話約399分という大作で、僕もブルーレイで拝見しましたが、ひじょうに中身の濃い仕上がりだと思いました。
今日は本作の演出・編集を担当された佐藤寿一さんに、この作品の企画がどのようにして生まれたのかや、実際の制作現場の裏話をうかがいたいと思っています。佐藤さんは本作で、どんな作業を担当されたのでしょう?
佐藤 “大作” と言っていただきありがとうございます。僕は普段はテレビ番組の制作の仕事をしています。テレビの場合、ディレクターがいて、カメラマンがいて、編集作業ではエディターが担当することもありますが、『ジブリパークができるまで。[第1期]』では、僕が現場のディレクターとパッケージに向けた編集を担当しました。
――ちなみに、今回のドキュメンタリーを佐藤さんが担当されることになったきっかけは何だったのでしょう?
佐藤 まず、スタジオジブリさんと弊社の付き合いの始まりからお話しましょう。宮﨑 駿監督が『もののけ姫』を作る時に、僕の先輩がメイキングを撮ることになり、その時はまさに密着撮影をさせてもらいました。その番組が縁で、以後も多くのテレビやドキュメンタリー作品に関わらせていただいています。
――それだけのお付き合いがあったから、本作でも踏み込んだ撮影ができているんですね。これだけ長期間の撮影にも関わらず、重要な作業はほぼすべて記録されているので、かなり入念なスケジュール調整が行われたのではないかと思っていました。
佐藤 撮影のスケジュールは、ジブリさんにお任せしました。先程お話した宮﨑監督のドキュメンタリーのような作品なら、この日に撮らせてくださいとお願いしたり、監督から今日は来るなといわれても押しかけたりといった具合に、ある程度ディレクター側で裁量できますが、今回は工事現場なのでそういう訳にはいかないのです。
安全面の問題もありますし、愛知県が主導している公共事業でもあるので、県の許可も必要でした。そのため弊社としては、ジブリさんからこの日なら大丈夫ですと連絡をいただいた日程で現地にうかがい、収録した素材を整理して、その間をどうやって埋めていくかを考えました。
――本作では、“ジブリパークがどんな風に作られたか” というメイキングの部分と、宮崎吾朗監督が最初におっしゃった、“本物と、作り物としての造形物”
をどう見せるかというふたつのテーマがあったと思います。その辺りについて意識されたこと、狙いはあったのでしょうか?
佐藤 吾朗さんが最初に、“本物を作る” と宣言されたことは、僕の中でも印象に残りました。むしろそう言ってくれたことによって、それを撮るのがこのメイキングの仕事だと理解できたのです。
ただ、吾朗さんも “本物” という言葉をその場、その場で使い分けているんですよね。別の言い方をすると、吾朗さんはプランを絵にする立場で、それを形にするのは職人さんやデザイナー、造形のプロたちです。だから現場では、吾朗さんは本物を作るんだって言ったけど、この場合の本物って何だろう、ということに対するやりとりはあったと思います。
ひとつ言えるのは、吾朗さんの言っている本物とは映画を100%コピーして作るんじゃないということ、これは本人もおっしゃっていました。「子どもの街」のネコバスを作る時の本物とは何か、「地球屋」を作る時の本物とは何かと、その場その場によって意味を使い分けていたなぁと感じたのです。僕の役割は、吾朗さんが言っていることを記録して、言葉にならない部分を映像で補足することかなと考えました。
――「青春の丘」のメイキングもいくつかのパートに分かれていて、かなり時間を分けて撮影されています。他のエリアも同様で、企画段階から、途中の制作過程、完成までを時間を追って描かれています。これらの工事は平行して進んでいたはずで、その辺りの撮影の段取りも難しかったのではないでしょうか。
佐藤 ジブリパークに「ジブリの大倉庫」「青春の丘」「どんどこ森」の3つのエリアがあるというのは吾朗さんが決めたコンセプトです。なので、メイキングでも「どんどこ森」の話の中に「ジブリの大倉庫」のエピソードを挿入するわけにいきません。そこは最初から区別していたので、そんなに混乱はなかったです。
ただ当然ながら、3つのエリアの工事の進み具合は同じではなく、「どんどこ森」が割と早く仕上がったんです。あそこは完成しているけど、他のエリアは展示物が搬入されていないといった状態でした。
パッケージ化する際にその時間軸をどうするかは悩んだんですが、実際の時間軸を崩して並べ直す必要はないと判断し、見ている人が混乱しないように注意しつつ、できるだけ本当の時間軸に合わせて編集しています。
――各話に興味深いエピソードが出てきますが、個人的には「地球屋」のからくり時計のバレルオルガンと、ポルタティーフオルガンの話が印象的でした。まさか山梨の別々の工房で制作していたとは思いもしませんでした。
佐藤 あのエピソードも面白いですよね。ポルタティーフオルガンの制作を山梨の職人の種綿義博さんにお願いしたのはジブリさんです。あれを作れる人は日本中でもほとんどいないでしょうね。(DISC2第6話)
「ジブリの大倉庫」の中央階段を手がけたタイル職人の白石 普さんも面白かった。吾朗さんのイメージを具現化できそうな人を色々リサーチしたようですが、結局白石さんしかいないということだったそうですね。(DISC2第5話)
もうひとつ、「どんどこ森」のトトロの遊具を仕上げた左官職人の松木憲司さんも、凄い人なんですよ。左官の仕事で色々なことができると伝えたくて、若い頃には左官で遊具を作ったことがあるそうです。今回のお話をもらって、生き生きと仕事をされていました。(DISC2第7話)
吾朗さんの本物を作りたいっていう希望に応えられるのは、こういった人たちしかいなかったのかもしれませんね。
――「小人の庭」の草花や虫の造形物は東宝スタジオで作られていたんですね。
佐藤 彼らは、普段は博物館などの展示物も担当しているそうです。映画関係ではないと言いつつも、やっぱり東宝のスタッフだから、社内には『ゴジラ』の特撮をやった遺伝子を受け継いでいる人もいるでしょうし、そういうノウハウを使って作っているんだなぁと感じることもありました。(DISC1第1話)
――本編には、ジブリパークに行かないとわからない隠しネタがいっぱい散りばめられていますが、そういった素材の準備はどうされたのでしょう?
佐藤 「三鷹の森ジブリ美術館」もそうですが、ジブリさんの展示は説明がいつも最小限なんです。「三鷹の森」も順路は作らないっていうことでしたし、ジブリパークも同じでした。そこには哲学みたいなものを感じています。
そうするとドキュメンタリーを作るにあたっても、いわゆるガイドブック的ではないものが求められているんだろうと思いました。とはいえ見ている人が得になること、こんな隠しキャラがいるんだったら今度行った時に探してみようと思うような情報がないと楽しんでもらえない。その見せ方のバランスは難しかったですね。
――確かに、ジブリパークに行ったことがある人は、こんなものもあったのか、次に行った時は絶対見逃さないぞという気分になるし、初めて行く人は予習ができてもっと楽しみになる、素晴らしい仕上がりだと思いました。
佐藤 そういう風に楽しんでいただけると、嬉しいですね。でも、制作側としては事前に細かく準備をする余裕がなかったというか、先程お話した通り、許可をいただいてから撮影に入るということでしたので、撮りたくても撮れなかったものもあったんです。
――そういう時はどうしたんですか?
佐藤 我々が撮影に入れない時は、ジブリの広報さんにお願いして、iPhoneで撮影してもらったこともありました。ジブリさんに撮影してもらった素材を使えたから、ストーリーがつながっている部分もあります。逆に吾朗さんの表情などは、広報さんがiPhoneで撮った映像の方が自然かもしれません(笑)。
――「地球屋」の暖炉のエピソードで、吾朗監督が電話で位置の変更を告げるシーンは、こんなやりとりもあったのかと驚きました。
佐藤 あのシーンが撮れたのは、本当にラッキーでした。テレビの仕事をしていて感じるのは、神様が時々いいチャンスくれることがあるんですよ(笑)。あそこはまさにそうでしたね。(DISC1第2話)
――左官職人やオルガンの専門用語も出てきますが、それらについてうまいタイミングで説明のテロップが入って、わかりやすいように配慮されていたと思います。こういった編集は佐藤さんが考えられたんですか?
佐藤 テレビの仕事をしていると、できるだけ多くの人に分かるようにしようというのが、体に染み付いているんです。ですので、分かりにくい単語は最低限、理解できるようにしておきたいと考えました。
『ジブリパークができるまで。[第1期]』は英語版で見ることもできるんですが、その際に字幕が多すぎるという意見もあったそうです(笑)。海外の方は字幕を好まないから、次のチャンスがあったら吹き替えにした方がいいような気もしています。
――さて、先日NHK BS4Kで本作のダイジェストがオンエアされていました。あれも佐藤さんが担当されたのでしょうか?
佐藤 はい。あの番組も同じ素材を使って、放送用に別編集しました。
――4Kでオンエアしたということは、今回の撮影は4Kカメラで行われていたのですか?
佐藤 最近のテレビ撮影では、カメラは基本的に4Kが標準装備されています。4Kの60p/30pで撮影が可能で、60pでもそれぞれ高画質(XAVC-I)と通常画質(XAVC-L)の2種類が選べます。今回は、長回しに対応できる4K/60pの通常画質で撮影しました。撮影した4Kデータはジブリさんに保存してもらっていますが、大型サーバー2台くらいの容量になっているはずです。
放送用素材のワークフローとしては、4Kで撮影した素材を一度2Kに変換して、編集や色合わせ、MA(整音、音楽・ナレーションを入れてミックス)までを終わらせます。そこでOKが出たら4Kに反映して放送マスターを仕上げるという流れです。
もちろん4Kマスターは試写室のスクリーンで上映して、ノイズがないかなどのチェックも行いました。ブルーレイやDVDについては、2Kにダウンコンバートした素材を編集しています。
――『ジブリパークができるまで。[第1期]』のブルーレイを110インチスクリーンで拝見しましたが、S/Nもよく、タイルの質感や、左官さんの塗る浅葱色の土の色味なども、とても綺麗に再現されていました。
佐藤 それはよかった。ドキュメンタリーなので、そこまで高画質にこだわった撮影もできなかったので、心配していたんです。
たとえば「中央階段」にしても、タイルのブルーが昼間と夕方の太陽の光線でまったく違ってくるので、本当に悩みました。その中でどの色調を選ぶかは、ディレクターの好みというわけにもいきません。
最終的には、ジブリパークの図録に合わせて仕上げました。吾朗さんの意図としては、光によって見え方が違うのもひとつの楽しみ、建物の魅力ということなのでしょうが、映像として残すとなると難しかったですね。
――吾朗監督の意図を実現させた職人さんたちや、プロの仕事の様子がきちんと収められているのも本作の魅力だと思います。そのあたりについて、佐藤さんがこだわった点はありますか?
佐藤 今回の作品は合計6時間半の長編になってしまいましたが、よくジブリさんが許してくれたなぁと、もう感謝しかないです(笑)。
僕はテレビ業界にいるので、尺を放送時間に合わせることと、誰もが分かるように説明することを念頭に置いて仕事をしています。でも今回は、ジブリさんの作品だからこれくらい長くてもいいかなとか、ここまで説明しなくてもいいのかなと言った具合に、いつもと違うスタンスで作ることができたので、満足感に浸れています。
――出演者がみんな生き生きしているのも印象的でした。
佐藤 ジブリさんの仕事ということになると、みんな嬉しくて仕方ないんでしょうね。ジブリパークの仕事ができて楽しいと言っていましたし、納期が長いから嫌だとか、ダメ出しが多いからたいへんだという話はまったく聞かなかったんです(笑)。ここが凄いと思います。
――今回は[第1期]とのことで、ドキュメンタリーについてもまだまだ続きがありそうですね。
佐藤 既に発表されている通り、現地ではジブリパークの第2期工事が始まっています。「もののけの里」が今年11月1日、「魔女の谷」が2024年3月16日にオープン予定で、僕自身も「もののけの里」の撮影に取り掛かっています。「魔女の谷」の撮影もこれから本格化していきますので、それらについても、将来こんな形で皆さんにお届けしたいと思っています。
――それば素晴らしい。今回のようなみんなで楽しめるドキュメンタリーを楽しみにしています。今日はありがとうございました。 (インタビュー・まとめ:泉 哲也)
もの作りに関わる人達の真摯な姿に、大人も子どもも感動する。
家族みんなで楽しんで欲しいドキュメンタリー
パッケージソフトの特典映像やテレビ番組などで、映画作品や建築物のメイキングを目にする機会も多いだろう。僕自身もそういった制作秘話は大好物で、ちょくちょくチェックしている。
『ジブリパークができるまで。[第1期]』はそんな方にぜひ見て欲しい力作だ。6時間半を超えるボリュウムだが、いざ再生を始めると編集のテンポのよさと内容の面白さに引き込まれ、1枚約2時間がノンストップ! 毎日1枚、足掛け5日で見終わってしまった。
しかも普段はこういったコンテンツに興味を示さない家人が、一緒になって楽しんでいる。その様子に、ジブリ作品の人気の高さ、ファン層の幅広さを再認識した次第だ。登場する職人たちの、もの作りに対する真摯な姿勢に、大人はもちろん、子どもたちも何か大切なものを感じ取ってくれるのではないか、そんなことまで考えさせられる、家族みんなで見るべき一作です。
個人的には「ジブリの大倉庫」にある「映像展示室オリヲン座」についてもう少し詳しく紹介して欲しかったところ。音のいい映画館を作るためにどんな苦労があるのか知りたいオーディオビジュアルファンも多いと思うので、[第2期]メイキングの番外編として、いかがでしょう?
(泉 哲也)
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