いまなお観る者をスリルに引き込む名匠、アルフレッド・ヒッチコック監督の頭の中にスポットを当てた、実に興味深い一作だ。私は「映画は可能な限り劇場で」派だが、ヒッチコックとスタンリー・キューブリックに関してはDVDのボックス・セットを持っている。どんな伏線がひそんでいるかわからないし、戻したり静止して確認したくなる事項もたっぷりあり、しかも発想がずばぬけているから、自分もこれをどうにかして文章上に影響させることができないかと、目を皿のようにして見てしまうのだ。
ヒッチコック作品における様々な演出法を、「ヒッチコック自ら解説する」というテイなのが、本作『ヒッチコックの映画術』である。イギリス風発音といえばいいのだろうか(たとえばaの音は“エイ”よりも“アー”寄り。したがってdayはダイに近い)、その語り口で綴られるさまざまな逸話は実に興味深く、「そんな視点があったのか」と驚かされるに違いないものだ。だがこの声の主は、実はヒッチコックではない。監督と脚本を手掛けるマーク・カズンズ(彼は大の映画ファン、映画史マニアである)が、ヒッチコックの遺した発言や文字を蒐集して再構成、それをあたかも名匠のひとり語りのようにまとめあげたのである。
無声時代のものも含め、数多くの作品の、本当に数多くのシーンの舞台裏が、「ヒッチコック」の声色によって、実に流暢に解説されていく。時おり、観る者に問いかけるようなセリフが登場して、こちらをドキドキさせてくれるのもなんだか心憎い。ヒッチコックの監督デビュー100年を記念する、実に嬉しい上映だ。
映画『ヒッチコックの映画術』
9月29日(金)新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA、角川シネマ有楽町ほか全国公開
監督:マーク・カズンズ
2022年/ イギリス 英語/ 120 分/カラー/ 1:1.78 5.1ch
原題:My Name Is Alfred Hitchcock /字幕翻訳 小森亜貴子
配給:シンカ
(C) Hitchcock Ltd 2022