すべてを超越した有機ELパネルの最新方式「OLED METAパネル」
英語で「超越」という意味を持つOLED METAパネルは、すべての有機ELパネルを超越した存在だ。パネル性能を測るもっとも重要な項目であるピーク輝度は、2021年パネルが1,000nit、2022年登場のEX技術を適用した第2世代WOLEDパネル(以下、EXパネル)が1,300nit、そして何とOLED METAパネルは2,100nitと、遂に2,000nitの大台を超えたのである。
高輝度を求めようにも限界があった自発光デバイスに、これほどの明るさが与えられるとは、信じられない思いだ。そもそも発光部(バックライト)と信号表示部(液晶)が分かれ、技術的な対策の余地が大きい液晶パネルに対し、それをすべて自ら行なわなければならない自発光デバイスでは、高輝度化と寿命は、二択の関係にあった。
LGディスプレイは有機ELパネルの量産化の段階から、輝度問題に真剣に取り組んできた。白色OLEDを光源として、R/G/Bサブピクセルに、輝度向上のために白色(W)エリアを加えた「白色OLED+WRGBカラーフィルター(LGディスプレイでは『カラーレイヤー』と呼ぶ)構造」は当初から採用されている。2022年には素材の水素を重水素に置き換えることで、高輝度素材の寿命を延ばし、ピーク輝度を30%輝度向上させたEXパネルを世に送った(編註:詳細記事はHiVi2022年秋号に掲載)。今回のOLED METAパネルは、さらに「60%」もピーク輝度向上に成功したのである。
OLED METAパネルは素材変更、画素追加……などの、従来の輝度向上メソッドとはまったく異なり、レンズ作用によって光を増強するのである。白色OLEDを構成する二十近いレイヤーの途中で発光するR/G/Bの光はすべてまっすぐに出口に向かうわけではなく、様々に反射し、多くが迷光となり、そのすべてが輝度には貢献するわけではない。そこで複数のレンズ集合、MLA(マイクロ・レンズ・アレイ)が、迷光を正しく出光経路に導く仕組みだ。具体的にはマイクロメートルサイズの凸レンズの層を、有機EL発光層の上に被せ、光路中に乱反射を起こし、光を強制的に前方に押し出すのである。レンズの数は4K解像度の77インチパネルの場合、1画素あたり5,117個、合計424億個(!)にもなる。
OLED METAパネル化の最大の収穫は、前述の通り、大幅な輝度向上。さらに視野角も改善した。もともと自発光デバイスとして、液晶より遙かに広い視野角性能を持っていたが、それでも異なるレイヤーから発光されるRGB光は、それぞれの距離が異なるので、斜めから見ると、輝度変化/色変化は避けられない。METAではトンボの目が数百万個の凸レンズを通して広い視野を見るように、視野角はEXパネルより30%拡張された。テレビセットメーカーではパナソニック、LGエレクトロニクスが早くから賛同し、対応のテレビ製品も発売されている。LGディスプレイHyeon Woo Lee大型事業部部長によると、すでに世界のほとんどの有機ELテレビメーカーが、OLED METAパネルの導入を決めているという。
太陽電池から発想されたマイクロ・レンズ・アレイ構造
では画期的なMETAパネルはどのように発想され、開発されたのだろうか。LGディスプレイが有機ELパネルの量産を始めて2年を経過した2015年頃、要素研究開発の責任者だったSoo Young Yoon氏(現CTO)は、何をすべきか悩んでいた。
「液晶は毎年毎年、輝度が向上し、そのための技術も積極的に開発されていました。となると有機ELでもまったく同じニーズが生まれるのでないか。でも効率が良くないのです。たくさん発光しても、目に届く光の明るさはそれほどではない……。液晶はバックライトの青輝度を上げれば、ディスプレイ輝度を簡単に上げられますが、有機ELでは発光層から全方向に光を発するので、屈折率の差のために光が全反射してしまい、外に出る光は、思ったよりも少ないのです」(Soo Young Yoon CTO)
なるほど。自発光デバイスならではの光の癖だ。それを前提に、どうやって有機EL発光層から多くの光を取り出すか。研究開発というものは、ひとつの方向だけ考えていても、煮詰まってしまい、なかなか問題を突破できないことが多い。そんな場合、思いがけないところからの情報が介となることもある。実はその当時、LGディスプレイの基礎研究を受け持つソーラーセル部門では、光の吸収効率を上げるために、基板で乱反射させ、集光することで、より強い光をセルに集中させるという研究をしていた。
「その考えを有機ELパネルに応用したらどうかと閃いたのです。この場合は、集光の逆の発光ですね。屈折率の差によって全反射を起こし、内部に閉じ込められている光を乱反射させることで、外に取り出せるのではないか。論より証拠で試してみました。乱反射作用を持つフィルムを見つけたので、まず有機ELパネルの上に貼ってみました。確かに全反射状態が壊れ、乱反射しました。でも外から作用させるので、乱反射が横の画素にも影響して、光が混ざってしまいました。点灯していない画素が点灯中の横の画素の光をもらって、点いているように見えるのです。この現象を目の当たりにして、光学構造を発光パネルの外に置いたらダメだ、発光層自体に集光機能を入れ込まなければならないと悟りました」(Soo Young Yoon CTO)
その時、検討したのが3つのオプションだ。①乱反射を起こすために、屈折率の高い無機粒子を有機膜レイヤーに入れる(レイヤー重畳)、②屈折率の違うレイヤーを複数作成する(複数レイヤー構造)、③レンズの乱反射効果を利用(レンズ乱反射利用)……だ。
この3つの候補を何度も実験して検証した。その結果、①レイヤー重畳、③レンズ乱反射利用のふたつの方向に絞り、さらに最終的に③レンズ乱反射利用に決めた。①レイヤー重畳に比べ、効率が2倍は良かったからだ。
でも、1画素の中に約5,000という膨大な数のレンズをどうやって入れ込むのか。それも極めて薄い3ミクロン厚のレイヤーの中に、どんな形のレンズを形成するのか。製造過程でのバラ付きにどう対処するか……。
「レンズ乱反射利用方式に決めましたが、我々にとってまったく新しい技術なので、これから相当、苦労することになると覚悟しました」(Soo Young Yoon CTO)
いかにレンズの形を開発するか。Sung Joon Bae大型パネル開発担当は、言った。
「設計のミッションは、最高の効率のレンズをつくることでした。レンズの形によって、光の集光効率はまるで違います、サイズと形、そして配置を決めるのに、数え切れないほどのシミュレーションと試作を重ねました」
最終的に光効率はどれほど向上したか。2022年のEXパネルの効率を100としたら130%(!)まで上がったのである。ピーク輝度では60%も向上した。EXパネルであっても、それ以前の有機ELパネルより、大幅な輝度向上を果たしていたが、それを圧倒的に凌駕する輝度向上であった。
マイクロ・レンズ・アレイ構造の量産化など不可能だ!?
舞台は製造過程に移る。パジュ工場でどう大量生産するか。Woo Sup Shin大型製造センター長は、2015年に研究所から有機ELパネルのMLA化を提案された時の思いを、こう語った。
「初めて技術内容を聞いたときは、量産技術としては不可能に近いと思いました。量産は研究所での試作とは、わけが違うのです。なので、それから数年を掛けてじっくり有効性を検証しました。その結果、2019年までに確かに効くと判断しました。つまりレンズでの集光は可能で、明るくなることは分かりました。でも、それが大型ディスプレイでも実現できるのかはたいへん心配でした」(Woo Sup Shin大型製造センター長)
というのも、研究所で開発していたのは55インチサイズのパネルだった。だが、家庭用高画質テレビ市場では人気が55インチから65インチに移り、さらにそれ以上へと、より大型サイズ指向が強まっている。大画面でもMLA化は本当にできるのか。なかでも、もっとも心配だったのがユニフォミティだった。「均一性を保ちながら、それが果たして可能なのか、大きな画面で均一に光を集めることができるのか、たいへん懸念しました」(Woo Sup Shin大型製造センター長)
社内でも、それは到底無理だろうという意見が多かった。全体に均一に2〜3ミクロンの厚みの凸レンズを1画素に5,000個も形成するなどはテクノロジーというよりは、アートの世界であって、一般家庭用の製品として大量生産するなど、不可能だという見方がほとんどだった。ではいったいどうやって、今、盛んに量産されるまでに、事態を変革したのか。
それを語る前にMETAパネルでの、マイクロ・レンズ・アレイはどのように作られるのだろう。前述の通り、レンズの数は4K解像度の77インチパネルの場合、1画素あたり5,117個、合計424億個もあるので、レンズをひとつひとつ製造するわけにはいかない。
そこで、フォトリソグラフィという露光形成法で、一気に全画面分をまとめて作るのである。具体的に述べると、有機EL発光層(レイヤー)の上に感光液体「レジスト」をミクロン単位で薄く塗り、パターンマスク(型紙)の上から紫外線で照射すると、パターン部が変質。現像液でパターン部を除去し、凸レンズの形を得る……という流れだ。
では、実際にどうやって製造を成したのか。Woo Sup Shin大型製造センター長は、ひとこと言った。「研究所からの提案をひっくり返したのです」
研究所は「ネガモードでの製造」を提案してきた。フォトリソグラフィ工程ではネガモードとポジモードを選択しなければならない。ネガモードは光が当たる部分に重合作用が起き、現像液に溶けなくなる。現像によって露光していない部分が除去され、露光した部分が残る。一方、ポジモードは逆に光が当たった部分が分解し、現像液に溶ける。
なぜ研究所はネガモード方式を提案したのか。「もともとネガモードで使うアクリル系ポリマーをすでに保護層成形に使っていたからです。つまり保護層として使っていたネガモードの有機膜を活用すれば、レイヤーを追加せずマイクロ・レンズが作れるのです」(Woo Sup Shin大型製造センター長)
つまり、ネガモードの有機膜は、従来から有機ELレイヤーの上をカバーしていた保護層そのものに、追加でレンズ機能を持たせるという合理的な作戦である。もともと有機膜保護層には、カラーフィルターやTFT(トランジスター)の段差、あるいは異物などの突起を吸収し、平坦にする役割が与えられていた。ここで使われている感光性透明ポリマーをそのまま流用して、レンズに加工しようという発想だ。「突起を吸収し、平坦化する役割」を逆に考えると、そこに高さを持った構造物を形成することも可能だからだ。
でも、やってみたら、いまひとつ上手くいかない。確かに無数の凸レンズは形成できた。迷光を集光でき、輝度は明るくなるものの、レンズのエッジが甘く、画面のあちこちに輝度ムラが発生し、明るい部分と暗い部分がまだらのような模様を呈していた。つまり、キレが悪いのである。ネガモードの流用では、ダメなのか……。
レジスト工程のポジモードとネガモードのハイブリッド構造
ここであるエンジニアが閃いた。均一なレンズ形成が難しければ、研究所の提案には反するけれど、ポジモード方式のレジストを使って形をつくり、これをマスクとして転写方式を使ってみたらどうか。それまでの経験から、キレはポジモードの方が良いと識っていたからだ。
やってみた。確かにレンズの形状の緻密さが高まり、レンズエッジの精密感が向上した。でも、凸レンズの縦方向の確実な造形という点では、ネガモードの方が一枚、上だった。
さらに閃いた。それだったら、両者を組み合わせたハイブリッド方式にしたらどうか。つまり造形力に優れるネガモードと、フォーカスに優れるポジモードを組み合わせたらどうか。レンズ層になる下のレイヤーは、ネガレジスト特性を持つ透明ポリマーを塗布し、その上に、ポジレジストを塗布。このポジレジストがフォトマスクのパターンを精密に転写し、次に転写されたポジレジストをマスクとして使い、ネガレジストをレンズ形状に加工。最後に上のポジレジストを除去する……、まさに、驚きのメソッドである。この画期的な二重レジスト法、当初は失敗が多かったが、試行錯誤の後、確実なレンズ造形が可能になってきた。二重レジストにて「精密性」と「造形性」を一挙に得ることに成功したのである。たとえ工程が増え、コストが掛かっても、ユニフォミティの観点からはハイブリッドがベストだった。
しかし……である。平坦化への挑戦は、まだ最終ではなかった。開発も最後の段階に差し掛かった2022年春、実際に量産試作を繰り返していると、それでも、完全な平坦にはならないことが多かった。MLAなしの通常の有機EL工程では、露光機ステージの平坦性誤差は100ミクロンの範囲でもうまく作れるのだが、MLAは10〜20ミクロンしか許されない。ところが実際に量産と同じスピードで作ってみると、ステージ全体に遙かに許容範囲を超えた山谷がうねるのである。とても均一なレンズにはならない。
その解決には、また別の発想が必要だった。露光機ステージの平坦性を改善すべく専門家らとの議論を重ね、その結果、山谷のうねりが生じるステージの下段部に微細なスリットを入れ平坦になるようやってみようという結論に至ったのである。
「それまでまったくやったことがない方法でしたが、これを成功させるしかないとの思いで、取り組みました」(Woo Sup Shin大型製造センター長)
しかし、量産準備は遅れに遅れていた。アルゴリズムや材料などMLAを支える他の開発課題は予定通り、順調に進んでいた。ところが肝心のMLA成形過程だけが遅れていたのである。毎日、テストを繰り替えし、さまざまな条件を替え、遂に開発できたと判断したのは、何と2022年の8月末だった。スケジュールとして、ギリギリのタイミングだった。
「MLAは到底できないという意見が多かったなかで、みなの力が結集できたのが、開発に成功した最大の要因でしょう」(Woo Sup Shin大型製造センター長)
OLED METAは輝度向上の実現だけではない有機ELパネルの金字塔なのである
OLED METAパネルは、有機ELパネル開発のひとつの金字塔だ。いかに苦労し、試行錯誤を重ねて開発したかの話は、感動的でもある。今後、テレビメーカーの採用が増え、有機ELテレビの底力を格段に向上させることを。大いに期待したい。
画質的にMETAパネルの意義とは何か。画質担当のJin Sang Leeさんが解説する。
「画質の観点からは、もちろんピーク輝度を上げた成果はありますが、むしろ自発光デバイスの弱点である平均輝度(APL)が高い画面における輝度を上げたことに注目すべきです。それはズバリ、色再現の改善につながります。白色OLEDパネル+WRGBカラーフィルター構造では、Wのサブピクセルが輝度向上に寄与していますが、半面、色再現に影響します。でも、APLを高めることができれば、R/G/Bのそれぞれの輝度が上がり、カラーボリュウムが増え、色再現性が高まるのです」
OLED METAパネルで全画面の白輝度も実は150nitから230nitへと向上している。この輝度リソースを色再現に使うのだ。700nitまでは、白サブピクセルは発光させずに、R/G/Bピクセルのみで映像を表現。だから、そこまでの明るさなら色再現に何のダメージもない。700nit以上のコンテンツには、白サブピクセルが働き、総合的に輝度を上げている。
Soo Young Yoon CTOは、言った。
「今後の色再現改善には、新しいOLED材料を使った広色域再現のOLED素子や、高透過かつ広色域を実現するカラーフィルターなどを開発中です。でも白サブピクセルは効率を考えると、たいへんパワフルな武器です。輝度をそのままで、消費電力を下げることができます。特に昨今、ヨーロッパを中心に消費電力への関心がとても高まっているので、輝度、すなわち効率向上は必須なのです。今後も白サブピクセルは積極的に活用して行きます」
なるほど。白色OLED+WRGBカラーフィルター方式のアキレス腱といわれた色再現にも、OLED METAパネルが実現させた輝度向上が大いに効くとは実に面白い。今後の、有機ELの進化に大いに期待したい。
本記事の掲載は『HiVi 2023年秋号』