気鋭監督の登竜門といわれる第16回田辺・弁慶映画祭で、弁慶グランプリほか3冠を受賞。第23回TAMA NEW WAVEでもグランプリとベスト男優賞(木村知貴)に輝いた一作が、大西諒監督の長編第一作『はこぶね』だ。

 すでにテアトル新宿で上映され、話題を集めているが、来る9月9日(土)からはポレポレ東中野で上映されることが決定。それに先立ち、大西諒監督、音楽とカメラ担当の寺西涼、劇中でムードメーカー的な役柄・大友千沙を演じる愛田天麻の三名に話を聞いた。

画像: ▲左から愛田天麻、大西諒監督、寺西涼

▲左から愛田天麻、大西諒監督、寺西涼

――この作品に取り組んだきっかけを教えていただけますか。
大西諒(監督 以下 大西) 映画を作る前に10年ほど会社勤めをしていたのですが、そのときに体調を崩してしまい、思考回路が全然変わってしまったんです。体が変化するとこんなに感じ方が変わるのかと、始めはネガティブな気持ちでしたが、徐々に他の人と一緒に仕事するみたいな感覚になっていきました。その過程で伊藤亜紗さんの『目の見えない人は世界をどう見ているのか』という本に出会って、人それぞれの体の感じ方の違いに興味を持つようになったことが、この映画を作ることにつながっています。

――主演の西村芳則役の木村知貴さんについては、すでに二ノ宮隆太郎監督の映画『枝葉のこと』でご覧になっていたそうですね。
大西 そうです。『はこぶね』に関していうと、最初は30分ほどの長さで作ろうと思っていて、その短編用に書いた脚本をオーディションサイトに掲載したところ、木村さんが読んでくださって、連絡をいただきました。短編用の台本は、まだおじいちゃんも出てこなくて、バス停で同級生の西村と大畑が会うところで終わっていました。

画像1: 田辺・弁慶映画祭で注目の作品『はこぶね』が、9月9日よりポレポレ東中野で上映。大西諒監督、寺西涼、愛田天麻にインタビューした

――「糸をつたって海の中が見える」といった詩的なフレーズも、長編になってから入ったのでしょうか?
大西 はい。セリフや行動に関しては、とにかく想像して書きましたね。「落花生は、自分で殻をむいて食べる食べ物で、触った感覚で湿気ってるのかどうかが分かるから、そっちの方が安心するだろうな」と考えたり、釣りに関しては、目が見えようが見えまいが、海の中をルアーで辿ってみようとするというところは一緒でしょうし。

――木村さんの主演ありきで、徐々にキャストが決まった感じでしょうか?
大西 大友千沙 役の愛田(天麻)さんも、木村さんと同時に決まっていましたね。

愛田天麻(以下 愛田) 私は舞台中心に活動していますが、その中で、ずっと映画に出たいと思っていました。素敵な役ですし、やりたいという思いが強まってオーディションを受けました。

画像2: 田辺・弁慶映画祭で注目の作品『はこぶね』が、9月9日よりポレポレ東中野で上映。大西諒監督、寺西涼、愛田天麻にインタビューした

大西 オーディションの段階から木村さんと愛田さんで一緒に演技してもらいました。(オーディションに)来られる方によっては多少重めに役柄を演じられる方がいらっしゃるんですけど、木村さんは悲壮感がない状態で演じてくれますし、愛田さんもやりやすかったんじゃないかなと思います。

――千沙は、森海斗が演じる後輩の浅田泰斗を好きなのか、それとも浅田が彼女を好きなのか、それとも両想いなのか。その辺も考えながら観てしまいました。
愛田 特に浅田から好意は寄せられている訳ではないと思っていました。

大西 浅田役の森さんは、千紗に好意を持っていると思って演じていたそうです。千紗は浅田の好意に気づいてない構図になっていて面白いなと思います。

画像3: 田辺・弁慶映画祭で注目の作品『はこぶね』が、9月9日よりポレポレ東中野で上映。大西諒監督、寺西涼、愛田天麻にインタビューした

――大畑碧 役の高見こころさんほか、登場人物の誰もが個性的です。
大西 大畑については、長編化を決めたタイミングで木村さんが高見さんを推薦してくださいました。西村の叔母である中島知里 役の内田春菊さんに関しては僕から連絡しました。漫画家のイメージがあると思いますが、役者としても多くの作品に出演されています。人生経験が明らかに必要な役ですし、春菊さんなら完璧にこなしていただけるんじゃないかと思いました。おじいさん(西村滋)役の外波山文明さんは、木村さんから推薦をいただき、オファーさせていただきました。このおじいさんは、長編化が決まった時に生まれた役です。

――キャスティングの面でも、木村さんの存在はとても大きいのですね。
大西 プロデューサーみたいな感じです。スケジュールを細かく切ってくれたり……。ただ、キャラクターの設定については、木村さんとあまり話した記憶はないんです。

――視覚障害者を演じてもらうにあたって、演技指導等、何か特別に心がけたことは?
大西 支援センターで視覚に障害のある方のお話をお聞きして、参考にさせていただきました。ただし、その人を演じるわけではなく、あくまでも西村という人物の物語ですから、話を聞きすぎないようにということは気を付けました。

――コンビニで買った食事をこぼしてしまったり、ゴミ箱を倒してしまう、そういうシチュエーションが描かれているところに、逆に誠実さを感じました。少なくとも僕はここで、西村という人物に対する距離感みたいなものが縮まったような思いがします。
大西 ああいうシーンは得てして、早い段階で説明的に入れかねない可能性もあると思いますが、あえて真ん中に入れました。「そりゃそうだよね、そういう難しさがあるよね」みたいなことが、後から分かってくると思います。

――西村の部屋を大畑が見て、散らかっているのに驚いて、掃除を申し出るシーンもあります。
大西 視覚に障害のある方にいろいろとお話を聞いていると、自分の部屋がどのぐらい汚れているかは、人に来てもらわないと気づけなかったケースがあると言うんですね。

――淡々と日常を過ごしている西村ですが、今の状態を受け入れるまでにはものすごい葛藤があったに違いないはずです。しかしこの映画では、そこに深入りせず……。
大西 西村は何年か前に全盲になったわけですが、なぜ見えなくなったのか、その時どう思ったのかよりも、その状態をどう受け入れて、どう生活するのかを表現したかったからです。

――さて、寺西さんは映画監督としても活動なさっていますが、この『はこぶね』では音楽とカメラを兼ねています。弦楽器を中心とした響きが印象に残りました。
寺西涼(音楽・カメラ 以下 寺西) 友達から借りた12弦のエレキギターを多く使っています。そのバランスを気に入ってもらえてよかったです。もともと監督から要望があったのは、アコースティック・ギターとかで乾いた感じを出してほしいとうことでした。そこから「エレキギターとか電子音の打ち込みの音の方向にしていったらどうですか?」と(監督に)伝えて、サウンドトラックを作っていきました。夢のシーンだけは例外的にアコースティック・ギターを使っていてメリハリを出そうとしています。

画像4: 田辺・弁慶映画祭で注目の作品『はこぶね』が、9月9日よりポレポレ東中野で上映。大西諒監督、寺西涼、愛田天麻にインタビューした

――サウンドトラックは「SoundCloud」(注:音声ファイル共有サービス)で公開されています。変な言い方になりますが、映画から切り離して単に音楽作品としても聴ける強さがあります。
寺西 音作りは完全にひとりでしています。本当にタイミングを合わせないといけないところは映像を見ますが、基本的には映像を見ずに曲を作っていますね。

大西 えっ、本当に見ない状態で?

寺西 ピクチャーロックが上がってきて、音楽なしの素材を1回観た上で……。冒頭の曲は、Netflixで配信されている、サフディ兄弟が監督した『アンカット・ダイヤモンド』からインスピレーションを受けて作りました。電子音だけど和の雰囲気があっていいなと思いましたので。

――特に熱中した映画音楽の作曲家は?
寺西 映画専門の音楽家ではありませんが、デヴィッド・リンチの作品などを手掛けているナイン・インチ・ネイルズ(注:ロックバンド)のトレント・レズナーは好きですね。

――ところで、寺西さんの中で音楽、カメラ、映画監督はどのような相互関係にあるのでしょうか?
寺西 監督することも、カメラも、音楽も、別々の脳でやっている感覚ではありますけど、僕は映画を作る前から音楽をやっていたので、リズムやビートの感じ、8ビートの中にアクセントで三連符があるとか、そういうリズム感みたいなのは映画を作るうえで影響を与えていると思います。

――「カメラポジションが確信に満ちている」という評価も高いと聞きました。
寺西 カメラポジションは確かに僕が決めましたが、カメラマンが全部制御をしているわけではなくて、役者さんとか照明部との共同作業的なところも多いんです。

――最後にとても印象的なドライブのシーンがあって、大畑は東京に戻って、西村は地元に残って日常を続けていく。これからどうなるんだろうと、やっぱり想像してしまいます。
大西 基本的には人に依存しながら生きていくのではと思います。どこかの病院の先生が「生活が難しい人にとっての自立とは、いかに他人に依存するかである」と言っていましたが、うまいこと折り合いつけて、叔母さんともう1回生活していくのかもしれない……。でも、それは障害者も健常者も関係ないと思うんですよ。僕も1人では生きていけないし。

――そしてこの映画には、落花生が印象的に使われていて、落花生で始まり、落花生で終わります。でも最初のシーンと最後のシーンとでは、同じようでいて、明らかに印象が異なりますね。
大西 超ちっちゃな変化ですけどね。人はそんなに簡単に変われないけど、あのぐらいなら変わるかもしれない、とは思います。

――ところで、『はこぶね』という題名は早くから決まっていたのでしょうか?
大西 いいえ、右往左往しました。当初は『港町』という案も出ましたし、あれやこれは変わっていって、最終的にこの言葉でいいんじゃないかと思い決めました。

画像5: 田辺・弁慶映画祭で注目の作品『はこぶね』が、9月9日よりポレポレ東中野で上映。大西諒監督、寺西涼、愛田天麻にインタビューした

――最後に、9月9日(土)から始まるポレポレ東中野での上映に向けて、一言いただけますでしょうか。
大西 上映の後に、観てくれた方とお話しするのが好きなんです。観ていただいて、いろいろお話をしていただけると嬉しいですね。

寺西 ポレポレ東中野は音響も素晴らしいので、ぜひいい環境で観てください。

愛田 上映終了日は未定なので、たくさんの方にご来場いただければ、上映が延びるかもしれません。よろしくお願いします。

映画『はこぶね』

9月9日~最終日未定 @ポレポレ東中野
10月27日~11月2日 @京都シネマ
11月4~10日 @元町映画館
※福岡・kino cinema天神、大阪・シネ・ヌーヴォ、東京・CINEMA Chupki TABATAは近日公開予定、その他全国順次公開

<キャスト>
木村知貴、高見こころ、内田春菊、外波山文明、五十嵐美紀、愛田天麻、森海斗、範多美樹、高橋信二朗、谷口侑人

<スタッフ>
監督・脚本・編集:大西諒 撮影・音楽:寺西凉 録音:三村一馬 照明:石塚大樹 演出・制作:梅澤舞佳、稲生遼 美術:玉井裕美、ヘアメイク:くつみ綾音 題字:道田里羽 宣伝・配給:空架 -soraca- film
2022年|99分|日本|シネマスコープ|

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