リリースから21年を経ても癒しの効力が失なわれない 人生のあらゆる局面でそっと寄り添う珠玉の1枚

夏川りみの代表曲として、沖縄の歌の定番として多くの人に聴き継がれている「涙そうそう」。

オリジナルは作詞者の森山良子によるバージョンで、1998年のアルバム『TIME IS LONELY』に収録されている。続いて作曲者のBEGINによるバージョンも2000年にシングル曲として登場し、これを聴いた夏川りみがカバーを熱望。2001年3月に自身の3枚目のシングルとしてリリースした。SMAPの「青いイナズマ」や「セロリ」、鈴木あみの「BE TOGETHER」、Whiteberryの「夏祭り」など、90年代から00年代初頭にかけての日本のヒットチャートを振り返ると、知る人ぞ知る人気曲を旬の歌い手がカバーして大ヒットさせたケースが少なくない。

夏川りみの「涙そうそう」も最初はそうしたカバー曲のひとつとして世に出たわけだが、全国的に火がつくまでには時間がかかり、結果的に100週以上にわたってチャートインするロングセラーに。2002年に『NHK紅白歌合戦』に初出場し、以降4年連続で「涙そうそう」を歌ったというエピソードからも、いかにこの曲が息の長いヒット曲だったかが分かる。

今回、ステレオサウンドの「Analog Record Collection」の一枚としてリリースされた『南風』は、2バージョンの「涙そうそう」を含む7曲入りのミニアルバムで、オリジナルリリースは2002年3月。当時はCDのみのリリースだったので、初のLP化ということになる。

A面アタマにシングル・バージョンの「涙そうそう」を、B面ラストにウチナーグチ(沖縄方言)バージョンの同曲を置き、残りの5曲も沖縄由来の楽曲のカバーで固められている。A②「童神」は古謝美佐子、A③「黄金の花」はネーネーズ、A④「イラヨイ月夜浜」は大島保克、B②「花」は喜納昌吉&チャンプルーズがオリジナルで、B①「てぃんさぐぬ花」は1960年代から広く知られるようになった沖縄民謡。アレンジは、A①のみキーボード奏者の京田誠一、それ以外の6曲はアコースティック・ギターの名手、吉川忠英が担当している。
この「Analog Record Collection」シリーズでは、どの作品も可能な限り「源流」に近い音源からリマスタリングとカッティングが行なわれているが、本作はA①のみデジタルマスター、それ以外はすべて1/2インチのアナログ・マスターがソースとなっている。

カッティングを手がけるのは、本シリーズではおなじみの日本コロムビア・武沢茂エンジニア。オリジナル版の発売元であるビクターエンタテインメントより借用したこれらのマスターに、自身の手で必要最小限のリマスタリングを施し、カッティングを行なっている。収録時間35分のミニアルバムなので、音溝と音溝の間に余裕を持たせたカッティングが行なわれており、それが音質的に大きなアドバンテージとなっているという。

そういうわけで、トーレンスTD-147 Jubilee(アナログプレーヤー)+ゴールドリング1012GX(MM型カートリッジ)/デノンPMA-SA11(プリメインアンプ)/ハーベスHL-Compact(スピーカー)という自宅システムで『南風』のLPを聴いてみた。

この記事を書いているのは梅雨明け前の2023年7月中旬で、いまも窓の外では突風を伴なったゲリラ豪雨が猛威を振るっているのだが、A①が再生されると室外の荒天が遠のき、自室に凪がやって来たように感じるから不思議だ。

CDやロッシー音源のストリーミングで同曲を聴き比べてみると、LPのS/N感の高さは明らか。アコースティックギターのアルペジオと少量のパーカッションだけをバックにした歌い出しのパートの静寂感には、単なるカクテルパーティー効果とは一線を画す説得力がある。サビの夏川りみのヴォーカルは、繊細なビブラートやわずかな声の擦れまでが鮮明に再現されるので、自ずと曲本来の儚さが浮かび上がってくる。

A②以降はすべて吉川忠英のアレンジ。どの曲でも中心となるのは夏川のヴォーカルと吉川のアコースティックギターの伴奏で、そこに最小限の装飾を加えたシンプルなサウンドだが、随所で光る吉川のギタープレイには耳を奪われる。奏法の多彩さもさることながら、音色や響きも曲ごとに緻密にデザインされていて、何度聴いても新しい発見がある。A②では左右chに割り振られた2本のギターが、時にユニゾンしたり、時に互いの音の隙間を埋め合ったり。間奏のマンドリンのやや硬質な響きもアクセントになっている。

ボディの鳴りが心地よいアコースティックギターに三線やエレクトリックベース、パーカッションが加わり夏川の伸びやかなハイトーンを引き立てるA③、静と動を行き来する夏川の歌のダイナミズムが味わえるA④、ギターや三線の粒立ちのいい単音の連なりが耳を撫でるB①を経て、静かな独唱に始まる本作のハイライトB②へ。コード楽器として、リズム楽器として、ここでも吉川のギターは大活躍だ。そしてウチナーグチ固有の言葉の響きがじっくり味わえる、シンプルなアレンジのB③でアルバムは静かに幕を閉じる。

「癒し」という言葉を無闇に使わないよう気をつけているのだが、夏川りみの歌声を説明するときにそれ以外の言葉を探すのは難しい。今回のLPは、リリースから21年を経ても癒しの効力が失なわれていないことを聴き手に教えてくれる。楽しいときもそうでないときも、人生のあらゆる局面でそっと我々に寄り添ってくれる、一生モノのレコードだと思う。

画像2: ステレオサウンド オリジナルソフトの魅力を語る 名盤ソフト 聴きどころ紹介52/夏川りみ『夏風』アナログレコード

33 1/3回転 180g重量盤アナログレコード
『南風/夏川りみ』

(JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント/ステレオサウンド SSAR-084)¥ 8,800 税込

[SIDE A]
1.涙そうそう
2.童神
3.黄金の花
4.イラヨイ月夜浜

[SIDE B]
1.てぃんさぐぬ花
2.花
3.涙そうそう(ウチナーグチ・バージョン)

●カッティングエンジニア:武沢茂(日本コロムビア)
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