DVASは、2022年に設立したばかりの小さなオーディオ・メーカーだ。設立したのは東芝やREGZAで、BD/DVDプレーヤー、薄型テレビの音響設計などを担当してきた桑原光孝氏。メーカーをスタートしたきっかけや、9月1日に発売される新作のヘッドホンパワーアンプ「Model 2」を中心に、独自の製品が生まれた秘密を聞いてみた。
まさにオーディオマニアの一室で生み出されるDVASの魅力的な製品
桑原光孝氏といえば、長年にわたって薄型テレビ「REGZA」の音響設計を担当されていて、毎年の新製品発表会の席で、特徴や進化についてお話を伺っていた。その桑原氏が定年退職後にオーディオ・メーカーを設立したという。メーカーのホームページを見て正直驚いた。第1号となる製品は、光電型カートリッジ専用のフォノイコライザーアンプ「Model 1」、第2作が9月1日に発売されたばかりのヘッドホンパワーアンプ「Model 2」だ。はっきり言ってかなりニッチな、独自色の強い製品だ。なかなか大胆な挑戦だなとも思ったし、ラインナップをみてますますDVASという会社に興味が湧き、埼玉県深谷市にあるDVASを訪ねた。
DVASの拠点となるのは、桑原氏の自宅そのもの。2階のリビングスペースにはオールホーンシステムのスピーカーと巨大なパワーアンプで構成されたオーディオシステムがある。そしてそこに隣接する6畳間にも機器が置かれており、そこが設計や組み立ても行なう場所だという。かなりのオーディオマニアとは聞いていたが、まさにそのものと言っていいスペースで、DVASの製品が生み出されているのだ。
「私はオーディオマニアとしては、菅野沖彦さんの追っかけですので、スピーカーは今もこんな大昔のものを使っています。それが薄型テレビの音響設計をやっていたんですから、意外に思われる人も多いようです」(桑原氏)
振り返ってみれば、REGZAの歴代のモデルには、デジタル音声出力端子として光デジタル出力だけでなく同軸デジタル出力まで備えていたり、デジタルアンプを内蔵してスピーカー出力端子を装備したものもあるなど、他の薄型テレビと比べて尖った製品だったことを思い出した。
「すべて自分のアイデアというわけではありませんが、テレビの音をよくするために思いついたことはいろいろとやりました。これはBD/DVDプレーヤーやレコーダーも同じですね」(桑原氏)
桑原光孝氏の経歴を軽く振り返ってみよう。東芝オーディオビデオエンジニアリング(当時)に入社後、まず関わったのは車載用のオーディオだったという。その後、DVDの時代になり、1996年にDVD規格の段階から参加し、DVDプレーヤーの映像・音声回路を担当した。「SD-V620」(1998年)という名機も桑原さんの手によるものだ。その後、DVDプレーヤーとDVDレコーダーを担当し、薄型テレビへ加わったのは2009年の「CELL REGZA」(55X1)だという。
「当時は【RD-X9】を担当しつつ、【CELL REGZA】のオーディオをお手伝いしました。スピーカーユニットはフォスター電機と共同開発し、マルチチャンネルアンプ駆動、デジタルフィルターの採用などかなり気合いを入れて作りました。車載用で使っているような200dB/octのチャンネルデバイダーを使いたいと話したら、周りがついてこれずにきょとんとしていました」(桑原氏)
その後、薄型テレビの音響設計を長らく担当し、定年を迎えた。会社へ残ることも打診されたそうだが退社を決めた。
「自分が納得いくものをやりたかった。それで退社です。その後は友人の所有する機器が壊れたなどの相談を受けて、修理などをしていました。古いオーディオ機器などを専門に修理している人っていますよね。自分もやってみようかとそういった会社と話をしたりはしたのですが、勤務地が遠いのでやめてしまった。そうしているうちに、自分で会社を作って友人たちと話していた“自分が欲しい機器”を作ろうと思い立ちました」(桑原氏)
そしてDVASの設立となった。当初はほかのものをやる予定だったそうだが、その頃にDS AudioがLEDを使った光電式カートリッジを製品化し、それに興味を持ったという。
「友人たちの間で光電式カートリッジが凄いよねっていう話になって、注目していました。自分でも第3世代の製品(DS003)を買って、友人の専用フォノイコイライザーで聴いていました。それをベースに自分の考えや要望を入れてフォノイコライザーの試作をはじめました。これが、友人の間でも評判になり、じゃあ、自分で作ろう、と。それが「Model 1」です」
アナログレコードは今でこそ再評価されてきているが、CD全盛期の2000年代は停滞していた。しかし、その時期にアナログレコードをやめてしまった友人はいなかった。と、桑原氏は言う。自分でもアナログレコードがなくなるとは思えなかった。光電式カートリッジはアナログレコードの新しい魅力になると思ったそうだ。
その試作はまさにオーディオマニアの自作だったそうだ。パーツ選びから自分の好みを徹底できる。そして可能性は充分にあるとの実感も得られたそうだ。基板などの設計はCADソフトを使って自分で行ない、製品化ではシャーシ設計についても、自ら3D CADソフトを駆使して3Dデータを作成したという。低消費電力と放熱性を重視した大型シャーシを設計し、「Model 1」「Model 2」の両方で使用している。退社前から準備していたとはいえ、退社後に一気にここまで行くというのはなかなかスピーディーだが、一方で行き当たりばったりのような展開でもある。
そうして完成した「Model 1」は専門誌などでも高く評価され、多くはないが製品も売れたそうだ。そして、次に着手したのがヘッドホンパワーアンプ「Model 2」だ。
「ヘッドホンアンプは会社を辞める1年くらい前から考えていました。自分はハイファイマンのヘッドホン【HE5se】が気に入っていましたが、平面磁界ドライバーはヘッドホンアンプが肝で、アンプを良くすると音もどんどん良くなる。それで試作をはじめました」(桑原氏)
話は中断するが、ここで桑原氏に聞いた。なぜヘッドホン「パワー」アンプなのかと。一般的なヘッドホンアンプではないのか。そもそも光電式カートリッジ専用フォノイコライザーも含めて、あまり類似する製品がないものばかり作るのは何故なのか。
「自分が欲しい機器だからです。市場を見ても自分が満足できるものがない。だから自分で作りました。DVASはそういう会社なんです」(桑原氏)
「ヘッドホンパワーアンプの話に戻ると、もともとぼくの家にはスピーカーを鳴らすための機器が一通り揃っています。無かったのはヘッドホンを鳴らすためのパワーアンプです。D/Aコンバーターはあるし、ボリュームはプリアンプにある。だからD/Aコンバーターやボリュームはいらない。長くスピーカーをやってきて、後からヘッドホンに興味を持った人には同じように考える人もいるのではないでしょうか」(桑原氏)
その意味で、「Model 2」はかなり潔く機能を絞ったヘッドホンパワーアンプだ。D/Aコンバーターを持たない純粋なアナログアンプで、前述の通りボリュームもない。入力はバランス(XLR)1系統のみで入力セレクターもない。出力もバランスのみで、XLR(3ピン)×2とXLR(4ピン)×1の2系統だけだ。たしかに、スピーカーを鳴らすためのシステムを持っている人が、そのシステムに組み込むならば最適だ。使い勝手としてはプリアンプで入力を切り替え、ボリュームを調整するのはまったく同じ。使用するパワーアンプだけがスピーカーかヘッドホンかで異なるだけだ。
いきなりヘッドホンパワーアンプと言われると戸惑う人もいるかもしれないが、たしかにこういう使い方ならば欲しいという人はいると思う。また、ヘッドホンユーザーには高性能なポータブルオーディオプレーヤーを使う人もいるが、バランス出力に対応し、変換ケーブルを含めて準備が出来ていれば、確かにヘッドホンアンプにD/Aコンバーターやボリュームは必要ない。だが、こういった製品は他にあまり類がない。あまりニーズが高いとは言えないからだ。桑原氏はマーケティングはしていないと言うし、マーケティングをしたら絶対に商品化できない種類のものだからこそ価値がある。
また、それなりのヘッドホンアンプをお使いの人ならば気付くように、ゲイン調整やヘッドホンのインピーダンスへ対応するための機能などもない。これについては、ヘッドホンのインピーダンスが32Ωで3.5Wの出力が得られる設計になっているとのこと。ヘッドホンのインピーダンスによって出力は変化するが、充分な音量が確保できるようになっているという。16Ωから600Ωまでは問題ないことを確認済みだそうだ。
「ゲイン設定はプリアンプのボリューム位置が10時から2時くらいでちょうどいい音量が出るようにしています。プリアンプを使用することが前提の製品ですが、2Vの出力があれば、充分に実力を発揮できます」(桑原氏)
パワーアンプの設計も独特だ。まず驚くのはパワーアンプ基板が怖ろしく小さいこと。手のひらに乗るようなサイズのものが左右で1枚ずつ、両側にあるサイドパネルを兼ねたヒートシンクにマウントされている。アンプの動作としてはAB級だが、バイアス電流はカットオフギリギリまで下げておりB級動作に近いという。
「こんな小さな基板ですから、トランジスターなどは表面実装型です。大電流は流せませんが高周波特性は優秀です。精度の高いパーツを集めて小さく作りたかった。B級動作に近い設計も含めて、その方が音は良かった」(桑原氏)
部品が大きくなりがちなケミコンは使いたくなかったという。大きい基板で大きく作るのは関心がなかったそうだ。使うとしても耐圧を要求されるパーツだけにしたかった。電流に対して充分にマージンを確保したパーツを吟味できたのは、車載用オーディオなどでのノウハウが生きているという。また、コネクターは使わずにすべて手作業でハンダ付けを行なっているそうだ。これは質の良いコネクターが大量に発注しないと入手できないためだとか。
これに対して、電源部は巨大だし贅沢な作りだ。電圧増幅段、電流増幅段のそれぞれで電源部が独立し、しかも左右独立構成なので、主要な電源部だけで4つ。トロイダルトランスも4つある。しかもその取り付けは天板だ。電源部の回路はすべて天板から吊り下げた格好になっている。ちょうど一般的なアンプを上下逆さにしたようなシャーシ構成になっているのがユニークだ。
「試しに試作したアンプを上下ひっくり返して使ってみたら音が良かったのです。振動などの影響もあると思いますが、強度や剛性などの効率が良いのだと思います」(桑原氏)
そのため、底板は強度パーツではないので、かなり大胆に開口部が確保されている。放熱の点でも安心だし、天面に大きな開口部がある場合と異なり、ほこりなどの侵入の心配も少なそうに思える。
そして、これまでの経歴からも安全対策や事故への対応は徹底しているという。ガレージメーカーではあっても、大きな会社で製品設計をやってきたときから何も変わっていないということだろう。
なお、この巨大な電源部をスイッチング電源にすれば、もっとコンパクトな製品になりそうだ。やはり電源部はリニア電源の方が音は良かったのだろうか。
「テレビの音響設計などではスイッチング電源が基本ですし、ノウハウもあります。音質だけで選んだわけでもないのです。スイッチング電源は高周波ノイズのケアがどうしてもリニア電源よりも複雑となり、その部分でのコストや開発時間も多く発生してしまいます。それに各増幅段ごとにACラインから独立した給電をするには、その数だけスイッチングレギュレータが増えますので、さらに複雑になります。そういった視点で考えるとリニア電源のほうがシンプルなんですよ」(桑原氏)
このあたりが少数生産のメーカーなりの判断になるわけだ。だが、もしも大量生産ができるOEM工場などを見つけて生産を委託するなどの手段を使えば、なかなか魅力的なサイズのヘッドホンパワーアンプになる気もする。
「そこまでは考えてはいません。設計から生産や組み立て、梱包・発送まで自分ひとりでやっていますが、それが楽しいのです。生産数も2日で1台くらいですが、なんとか間に合っています。これをさらに生産数を上げるとすると、工場やラインを整備する必要が出てきて会社の規模も大きくなるし、やることが増えてしまいます。それはちょっとやりたくないかな(笑)」(桑原氏)
上下をひっくり返したような大胆なシャーシ設計も含めて、独創的なアイデアがたっぷりと詰まった製品だけに、生産を外部委託するのも難しいのかもしれないし、なによりもその生産や組み立てまで楽しいと言ってのける桑原氏だけに、組み立てすら他の人の手に委ねることに抵抗があるのかもしれない。まさに手作りというか工芸品のようなこだわりさえ感じる。
音の厚みと密度の高さ、そしてスピードとキレ味の良さ。他では味わえない音楽性
さっそく「Model 2」の音を聞かせていただいた。プレーヤーは手持ちのAstell&Kernの「A&futura SE300」。ヘッドホンも持参したゼンハイザーの「HD800」(インピーダンス300Ω)とDITA「dream」(インピーダンス16Ω)。SE300の4.4mmバランス出力をXLR出力に変換し、「Model 2」にバランス接続している。ヘッドホンとの接続もバランスだ。
聴き慣れたクラシック曲を聴くと、ステージの広さ以上に音の厚みと密度の高さに驚かされる。そして打楽器やコントラバスの低音のスピード感と切れ味の良さも素晴らしい。ゼンハイザーのHD800ではあまり聴けない音だ。
久石譲/ロイヤル・フィルによるジブリ音楽集から、『風の谷のナウシカ』を聴く。「ナウシカのテーマ」の壮大なメロディのエネルギー感もしっかりと出て、音楽のスケールが雄大だ。つぶさに聴いていくと中高域の粒立ちがよく個々の音が鮮明だ。それらの音にエネルギーが満ちていて、生き生きとした印象になる。ピアノのソロのメロディも個々の音の実体感が濃厚で、曲に秘められた悲劇性やそこから生まれる生命力などの情感がよく伝わる。
「鳥の人」はまさにリアルな音。映画を見た人ならば誰もがあのシーンの音がありのままに再現されていると感じるだろう。音色の色づけのないストレートな再現ということもあるが、金色の草原の上を歩くナウシカの場面がカット割りまで正確に再現されるようなテンポ感の正確さやわき上がる感情とぴったりと合うようなダイナミックな演奏をストレートに再現しているように感じる。
この音を聴いてしまうと、ボリュームやセレクターがないことはデメリットではなくメリットとしか感じなくなる。不要なボリュームやセレクターが増えれば音は鈍っていく。単純にS/Nが良い以上に鮮明でダイレクトな音は、徹底してシンプルな構成で音を追求したことがよく分かる。
DITA dreamは、XLR出力端子を4.4mmバランス出力に変換するアダプターを使用して聴いた。もともとカナル型イヤホンにありがちなこぢんまりとした音ではなく、雄大でスケールの大きな鳴り方をするイヤホンで長年愛用しているが、さらに雄大に鳴る。細かな音の再現性も緻密だが、低音の厚みとスピードの速さは驚異的。この純度の高い音には感心する。
HD800ほどではないが、DITA dreamもなかなかアンプの負担が大きいイヤホンで、アンプが非力だと途端に痩せた音になってしまいがちだが、雄大で厚みのある音を緻密に再現する様子は、なかなか他のアンプでは味わえなかった鳴り方だと感じた。インピーダンスがかなり異なるヘッドホンとイヤホンを切り替えて聴いても、ゲイン調整などを気にすることもなく、驚くほどの良い音でしっかりと鳴らしてくれることにも感心した。
DVASとはDeep Valley Audio Systemsの略で、すなわち深谷オーディオシステム
最初は違和感を覚えたDVASという、桑原氏からあまり連想しにくい洒落た会社名だが、なんのことはない所在地である深谷市を直訳したもの。それに気付くとなんとなく愛着も湧いてきてしまう。話を聞いて、実際に音を聴いて、ますますDVASというメーカーが気に入った。
当初は「なかなかに尖った製品を作る会社」とか「マニアックすぎてちょっと近寄りがたい」などと感じていたのだが、よく知るほどに桑原氏と同様の親しみやすさがある。また、桑原氏による筐体のデザインもシンプルかつ機能的で、自分の好みにも合う。サイズとしてはもう少し小さい方が好みだが、試聴しながらどうやって置き場所を確保するかを考えてしまっていたりもした。
失礼ながらガレージメーカーの少数生産なので価格が高いのは仕方がないが、一般的なメーカーの製品と比べても高すぎると感じないどころか、価格にふさわしい音が出ているとも感じる。ヘッドホンに興味のある人ならばぜひ聴いてみてほしいと思う。
試聴については、自宅への持ち込み試聴(埼玉県近隣都県対象。購入検討者のみ)、9月中旬からは埼玉県比企郡吉見町のDVAS試聴室での試聴(ヘッドホン試聴のみ)が行なえる。詳しくはDVASホームページから相談してみてほしい。
▼関連記事「DVAS、ヘッドホン専用パワーアンプ「DVAS Model2」を9月1日に発売。受注生産で99万円」
▼関連記事「【OTOTEN2023リポート】ガラス棟4F/アイ・オー・データ機器、オーディオテクニカ、日本音楽スタジオ協会、日本オーディオ協会、エービーシー、オーロラサウンド、金井製作所、DVAS、ハマダ(GLANZ)」