エミライは昨日同社オフィスで、Ferrum Audio(フェルム・オーディオ)の製品説明会を開催した。
フェルム・オーディオは2020年にポーランドのワルシャワで誕生したオーディオブランドで、同地でながくオーディオ機器の製造を手掛けてきたHEM社が立ち上げた。日本では第一弾のDCパワーサプライ「HYPSOS」(ヒプソス)を筆頭に現在4製品が発売されており、今回の説明会では、最新モデルであるDAC/プリアンプ「WANDLA」(ワンドラ)の紹介も行われている。
冒頭、エミライの代表取締役 河野謙三氏から、同社の現状が紹介された。エミライは今年で設立12年目を迎え、創業以来一貫してふたつの点に気をつけているという。
昨今はインターネットやAIといった様々な新技術が普及しており、その中でユーザーのニーズも刻々と変化している。そういった状況を踏まえて、ユーザーがどういった体験価値を求めているのかを常に先読みし、適切なタイミングでベストな製品を届けるということを12年間続けてきたそうだ。これがひとつ目の強みにつながっているという。
ふたつ目は、経営理念のひとつとして自分達だけが得をする企業であってはならないと考えている。現在は製品の購入方法として様々なチャネルがある。エミライは可能な限り販売パートナーと一緒になって、ベストな体験価値を提供し続ける企業でありたいと思っているそうだ。
現在の取り扱いブランドは大きく3つのカテゴリーに分けられる。第一はホームオーディオで、ブリキャスティ・デザインやオーレンダー、マイテック・デジタルといった6つのブランドを扱っている。今回紹介されたフェルム・オーディオもこのカテゴリーに分類される。
ポータブルオーディオは、ノーブル、FiiO、Cleerなどだ。最近取り扱いを始めたイギリスのコードを含めて4ブランドになるそうだ。
もうひとつ、カスタムインストールという部門もある。B to B、B to Cの両面で優れた体験価値をユーザーに迅速に届けることをモットーとしており、コーズのケーブルに加えて、先日のOTOTEN2023で展示されていたポルトガルの音響パネルメーカーArtnovion(アートノビジョン)の製品も予定しているそうだ。
続いて取締役マーケティングディレクターの島幸太郎氏からフェルム・オーディオの取扱を開始する狙いについて説明が行われた。
島氏によると、近年はコロナ禍の影響もあり、日本人のライフスタイルが大きく変化してきた。在宅時間が増える中で、住まいの快適さ、生活の質を高める製品の人気が高まっているという。オーディオでは、特にデスクトップオーディオ、リビングオーディオの製品について、これまでと違った形の需要が高まっていると考えているそうだ。
加えて日本においても音楽ストリーミングサービスがハイレゾ・ロスレス音源を配信し始めており、こういった状況の中で高音質なデジタルデータを再生するための、ネットワークオーディオ対応機器にまこれまで以上に注目が集まっている。またリビング用途での新しいトレンドとして、HDMI ARC(オーディオリターンチャンネル)に対応した製品が各社から発表されている。
同社ではこうした状況を踏まえ、これからの音響製品ではハードウェアだけではなく、ソフトウェアの開発力・基幹技術についてのノウハウを蓄積しているメーカーであることが成功の条件と考えているという。フェルム・オーディオは、特にデジタルオーディオ関連で高いスキルを所有しており、まさに成長が見込まれるブランドということだろう。
今回は、そんなフェルム・オーディオを擁するHEM社のファウンダー&CEOであるMARTIN HAMERLA(マルチン・ハメラ)氏も来日しており、自身が立ち上げたブランドへの想いを語ってくれた。なおマルチン氏は初めての日本訪問だったとかで、今回は韓国から船で福岡に入り、そこから新幹線で東京に移動したという。しかし生憎の大雨で新幹線が止まってしまい、思いがけない体験をしたと笑っていた。
マルチン氏は1970年にポーランドのチェンストホヴァで、鍛冶屋や鉄鋼業を営む一族に生まれたという。そういったこともあり、フェルム・オーディオの製品は鉄鋼のイメージを強く意識したものになっているそうだ。
高校の頃から音楽に興味を持っており、主にポーランドロックやジャズを愛好、特にオペラに高い感銘を受けて育ったという。1989年にワルシャワ工科大学に進学し、在学中から医療・軍事関連機器の基板設計に携わってきた。大学卒業後は、ポーランドの軍需メーカーに就職し、同時に友人と共にHEM Electronics 社を設立している。1998年にはマイテックデジタルのCEOであるミハウ・ユーレビッチ氏と協業、マルチン氏は2015年までマイテック製品の設計に携わっていたそうだ。
その間もHEM Electronicsは成長を続け、2019年にはHEM社に改名、ポーランド最大のハイエンドオーディオメーカーになっている。ここに及んで、マルチン氏は音楽愛好家を対象とした、革新的でありながら手頃な価格帯の製品を生み出すブランドとしてフェルム・オーディオを立ち上げたというわけだ。
同ブランドでは上記の2モデルの他にアナログヘッドホンアンプの「OOR」(オア)やDAC/プリアンプ「ERCO」(エルツォ)をラインナップしており、いずれも幅217mmのコンパクトな筐体に収められているのも特徴だろう。このサイズに独自の技術と優れた操作性が盛り込まれており、デスクトップ用途でも大きな魅力を発揮するとのことだ。
最新モデルのWANDLAは6系統のデジタル入力を備えたDAC/プリアンプで、DACチップにはESSの「ES9038PRO」を搭載、最大768kHz/32ビットのリニアPCMとDSD256の再生が可能だ。型番には「The Converter」というサブもつけられており、フラッグシップモデルとして同社が自信を持って送り出していることがうかがえる。
そんなWANDLAの内部回路は、USBレシーバーやMQAデコーダーなどで分散していた5つのチップを集約した自社開発の「SERCE」(セルチェ)モジュールの搭載がポイント。ARM STM32H7チップをベースにしたもので、ワンチップ化することにより伝送ロスや外乱ノイズを排除できるという。
また島氏の言葉にもあったHDMI ARCにも搭載しており、対応テレビとつなぐことで地デジなどの放送コンテンツや、動画配信(対応デバイスが必要な場合もあり)なども高品質に楽しめるようになる。エミライの調査によると、ソニー・ブラビアや東芝・レグザ等ではCECによる音量調整等も可能だったとのことだ(HDMI ARCはリニアPCMのみの対応なので、AAC等の圧縮音声はテレビ側でデコードする)。
この他、HQ Playerなどで知られるSignalyst社とのコラボレーションにより、同社のデジタルフィルターを世界で初めて搭載した点も注目される。「ガウスフィルター」「アポダイジングフィルター」にESSの内蔵フィルターを合わせた5種類から好みのデジタルフィルターを任意に選択可能という。
説明会の最後に、マルチン氏への質問タイムも設けられた。その中ではブランドの第一弾モデルにDCコンバーターを選んだ理由といったものもあり、ひとつひとつにマルチン氏がていねいに答えてくれた。
そこで印象的だったのは、フェルム・オーディオでは製品開発に当たっては、担当者間での話し合いで進めていくということだった。例えばERCOでは、この製品で何を実現したいのかということを検討した。その結果、スペック(機能)とルック(操作性やコスメデザイン)に注力して設計を行うことにしたそうだ。
同様にWANDLAではハードもソフトも小さくすることにこだわったとかで、先のSERCEモジュールや新開発されたI/V変換回路(電流出力のDACチップを使っている場合、そのままではアンプと接続することができないので出力を電圧に変える必要があり、ここが音質に影響する)なども可能な限りシンプルな設計を心がけているそうだ。開発時は担当者がコンピューターシミュレーションで回路設計を行い、その中から理論的に優れているであろうものを試作、スタッフが音を聴き比べてどれを製品化するかを決めていったそうだ。
今回は7種類の回路を試作し、数ヵ月かけて検証したというから、相当なこだわりだ。実際に試聴の結果も、シンプルな回路の音が一番よかったそうで、マルチン氏はこのようにひとつひとつに手間を掛けて開発を行わなければ、本当に優れた製品を世に送り出すことはできないと胸を張っていた。
またデジタル回路が得意ということで、今後ワイヤレスやネットワーク再生機器の発売を予定していないかについて質問してみたところ、「ネットワークは将来的には予定しています。私どもは今まで、いわゆる垂直統合型の製品開発をしています。チップの設計、製造開発、ソフトウェアに至るまですべて社内で開発から製造までを行っております。しかしながら、ネットワーク、ストリーミング関係については対応する信号なども大規模になりますので、設計に時間がかかるでしょう。フェルム・オーディオとしての独自性を持った製品としてどういう風にしていけばいいのかというところが我々の現状のチャレンジです」という返事だった。
ミニマムなボディで様々な製品を送り出しているフェルム・オーディオ。このデザインとスペックなら、デスクトップに限らず幅広い用途でも活躍してくれるだろう。ネットワーク対応はもちろん、WANDLAと組み合わせて使える高品質パワーアンプなど、今後のラインナップの充実も期待したい。