《ネット動画の絶品再生ー実践的再生プラン》
昨今、テレビのネット対応が標準化しているため、テレビ内蔵のアプリで、動画配信サービスを楽しんでいる方がすくなくないだろう。アプリ視聴は現在、最もポピュラーで、使い勝手も良好。1台完結型ならではの安定感があり、総じてストレスが少ない。
現在、日本で販売されている大手メーカーの直視型テレビについては、Netflix、Amazon Prime Video、U-NEXT、DAZNなど、主要なサービスをサポートしている。反面、機種によっては未対応のサービスがあり、テレビの1機能となるため、当然ながらプロジェクターなどの他の表示機器による視聴は不可能。
こうした不足分を補ってくれるのが、Amazon Fire TV Stick、Apple TV 4K、あるいはGoogle Chromecastといったストリーミング端末だ。テレビに備わるHDMI端子に接続すれば内蔵アプリの感覚で、ほとんどの動画配信サービスを楽しむことができる。
これらの端末に共通しているのが、接続がHDMIに限定されること。そのためプロジェクター視聴の場合、基本的にAVセンター経由の接続が求められることになる。ここでちょっと悩ましいのが、ステレオスピーカーを用いた再生で本格的な大画面システムを構築しているAVファンだ。多彩な動画配信サービスを提供する非常に有能な端末だけに、ぜひともシステムに導入したいところだが、HDMI接続をいかにクリアーするのか、頭を悩まされることになる。
そこに頼れる助っ人として登場したのが、米国ウィスコンシン州の新進オーディオメーカーGeerFab Audioが開発したデジタル・ブレイクアウト・ボックス「D.BOB」だ。これはストリーミング端末やBDプレーヤー/レコーダーとHDMI接続して、映像信号(HDMI)と音声信号(同軸・光デジタル信号)を分離して、出力できるというもの。
音声信号がデジタルのまま出力可能で、しかもHDCP(High-Bandwidth Digital Content Protection/著作権保護規定)対応のため、ストリーミング音源、ブルーレイディスクに収録された音源も変換による音質劣化の心配がない。HDMI入力を持たないオーディオシステムでも、本格的なDAC入力を備えたコンポーネントがあれば、その持ち味を積極的に引き出すステレオ再生が可能になるというわけだ。
Digital Break out Box
GeerFab Audio D.BOB
オープン価格 (実勢価格16万9,400円前後)
● 型式 : HDMI音声分岐ボックス
● 接続端子 : HDMI入力1系統、HDMI出力1系統、デジタル音声出力2系統(同軸、光)
● 寸法/質量 : W218×H45×D120mm/1kg
● 問合せ先 : (株)エミライ
今回は、本機のデジタル音声分離機能をネット動画再生に活用してみる。Apple TV 4Kのようなストリーミング端末のHDMI出力をD.BOBに繋ぎ、分岐したデジタル音声出力を外部のD/Aコンバーターに送る考え方だ。映像はD.BOBのHDMI出力からテレビへ入力している。ここでは有機ELテレビを用いたが、プロジェクター+スクリーンでも同じ接続となる。なお、ストリーミング端末の代わりに、レコーダーやユニバーサルプレーヤーを用いることも可能だ
組合せ【1】デノン
研ぎ澄まされた音に驚く
では早速、Apple TV 4KとD.BOBの組合せで、音楽配信、動画配信サービスを中心に、そのパフォーマンスを検証していくことにしよう。今回は3タイプのDACシステムを用意して、それぞれの音の違いにも着目している。
DACとの組合せ【1】
デノン DCD-SX1 LIMITED
HiVi視聴室常設のSACD/CDプレーヤーDCD-SX1LIMITEDのDAC入力機能を活用したパターンだ。本機は、ディスプレイ左脇にある「SOURCE」ボタンで単体DACとして機能させることが可能。なおDCD-SX1LIMITEDは生産完了品で、定価は¥891,000税込だった
最初はデノンの最高級SACDプレーヤー、DCD-SX1 LIMITEDとの組合せ。音の良さで人気を博したDCD-SX1をベースに、各種パーツを全面的に見直し、回路基板を再設計して仕上げた新世代リファレンスだ。DAC部は44.1kHz系と48kHz系の2系統のクロックモジュールを搭載した豪華な仕様で、もちろん外部入力も可能だ。
まずApple Musicからジャズ、ヴォーカルと、聴き慣れた曲を再生してみたが、とにかくフォーカスがシャープで、雑味を感じさせない研ぎ澄まされたサウンドに驚かされる。全帯域にわたって躊躇なく、気持ちよく吹き上がり、しかもそのクォリティ感が高い。特に中低域がどっしりと落ち着いて、ジャズトリオの演奏ではバスドラとベースの躍動感に、ついつい聴き入ってしまった。
続いてリドリー・スコット監督がグッチ創業者一族の騒動を描いた映画『ハウス・オブ・グッチ』をApple TVで再生。この作品、シーンごとにそれに見合った楽曲(全16曲)が挿入され、ストーリーが展開されていくが、このシステムで聴くと、その音楽とセリフの関係が素直に受け入れやすく、登場人物の心の内、機微が感じ取りやすい。
チャプター2、レディー・ガガ演じるパトリツィアと、グッチの御曹司のマウリツィオ(アダム・ドライバー)が、パーティ会場で初めて出会うシーン。バックに「Anna/ミゲール・ボセ」が大音量で流れ、2人の会話が始まる。その話しぶりから、お坊ちゃんのマウリツィオがパトリツィアの毒に徐々に犯されていく様子が手にとるように分かる。パトリツィアがちょっと怖い。
組合せ【2】アキュフェーズ
濁りのない芳醇な響きが心地よい
次はアキュフェーズ創立50周年記念モデルとなるDC-1000との組合せ。“あらゆるディジタル・ソースの音楽情報を余すところなく描き出す”ことを目標に開発された最高峰のDACシステムで、同社が誇る伝統の技に先進の技術を結集した意欲作だ。
DACとの組合せ【2】
アキュフェーズ DC-1000
組合せ視聴の2機種目は、国産D/Aコンバーターの定番、アキュフェーズのDC-1000(¥1,430,000税込)。複数のDAC回路を並列動作させることで、性能向上を目指す「MDS++変換方式D/Aコンバーター」回路を搭載している。強力な電源部も特色だ
接続をした状態で撮影してみた。Apple TV 4K(写真左上)はストリーミング再生に特化した小型筐体のコンポーネントではあるが、D.BOB(写真右上)を介して、強力なDAC機器と連携することで「ハイエンドオーディオグレード」のサウンドがシンプルに楽しめた。なお、実際の視聴ではラックを使い、機器を重ねずに行なっている
まずApple Musicの再生だが、微小信号の表現、空間の静けさ、ピアニシモの描き分けと、随所でシステムとしての素性の良さを感じさせる。HDMI接続でありがちなザラツキ感は皆無。音の骨格を曖昧にしない分解能の高いサウンドで、色濃く、濁りのない芳醇な響きが実に心地いい。
『ハウス・オブ・グッチ』はチャプター5の結婚式シーンが印象的だ。教会にオルガンの響きがキレイに広がり、周囲から声、拍手の広がりで、空間としてのスケールが実に豊か。指輪の交換の場面では「Faith/ジョージ・マイケル」が流れ、「永遠に愛するわ」とパトリツィア。そのまま外に出て、祝福のライスシャワーとともに、大勢のカメラマンのシャッター音が響くが、その音は低く、派手さはない。この作品では貴重な微笑ましいシーンだが、2人の心の暖かさが素直に受け入れられるような馴染みのいいサウンドだった。
組合せ【3】ブリキャスティ・デザイン
豊富な情報量と高分解能が見事
最後は米国マサチューセッツ州を拠点とするブリキャスティ・デザインが誇るDACシステムの最新機かつ最高峰、M21。DAC回路は「AD1955によるマルチビットΔΣ」、「DSD専用ダイレクト変換回路」、「PCM専用R-2Rラダー型回路」という3種類を用意しているが、今回は「PCM専用R-2Rラダー型回路」を選択している。
DACとの組合せ【3】
ブリキャスティ・デザイン M21
最新のD/Aコンバーター・ブリキャスティ・デザインのM21(¥3,080,000税込)と組み合わせた。M21は、PCM信号処理時に「AD1955チップを用いた処理」と「R-2Rラダー型回路」の2方式が選択できる。今回は両者を聴き比べたうえで、後者の回路を使っている
Apple Musicの再生で感じたことは、とにかく微小信号の再現性に優れ、響きの成分が豊かなこと。空気のグラデーションがきめ細かく、目の前の空間が呼吸するかのように収縮する。録音現場の気配、雰囲気まで感じさせる情報量は見事だ。低域はたっぷりと聴かせるのではなく、分解能志向。オーケストラの再生は雄大、微細な響きが天井高く、解き放される様子が実に清々しい。
『ハウス・オブ・グッチ』では実在感に富んだセリフといい、ストレスなく拡がる音楽といい、シーン、シーンでその空間の生々しさが際立つ。特に終盤のチャプター23、パトリツィアの裁判シーン。「Baby Can I Hold You」が流れるが、愛が消え去ってしまったことの悲しみを歌うトレイシー・チャップマンのぬくもりある歌声がなんとも切ない。
そして裁判官が「レッジャーニさん」と2回呼んでも返答なし。場内に木づちが響き、もう1度名前を呼ぶが、これにも答えない。一拍置いて「グッチ夫人と呼びなさい」と凄みを効かせた声、次の瞬間、傍聴席から「ウォー」と低い声があがる。このあたりの緊迫した空気感、雰囲気の描写力はまさにM21の独壇場。見事なエンディングとして楽しませてくれた。
D.BOBを加えることで総合的表現力が明確に向上
オーディオの世界では“変換”という言葉に拒否反応を抱くつケースが少なくない。ここで取り上げた「D.BOB」は信号自体の変換は行なっていないが、インターフェイスをHDMIから同軸・光に替えて音声信号だけを出力する。
この変化によって音がどう変わるのか、興味津々の視聴取材となったが、クォリティへのダメージはまったくと言っていいほど感じられなかった。いや逆に音の質感、鮮度といった部分で、余裕が生れたような印象さえある。高級DACシステムを使えるようになった恩恵も大きく、D.BOBがシステムに加わることで、音楽配信、動画配信を問わず、総合的な音の表現力がしっかりと押し上げられる。派手さこそないが、唯一無二の貴重なモデルであることは間違いない。
視聴に使った機器
● 有機ELディスプレイ : パナソニックTH-65LZ2000
● プリメインアンプ : デノンPMA-SX1LIMITED
● スピーカーシステム : モニターオーディオPL300Ⅱ
視聴した主なソフト
● Apple Music : 『Famous Blue Raincoat/ジェニファー・ウォーンズ』『Wallflower/ダイアナ・クラール』『Don't Cry Now/リンダ・ロンシュタット』
● Apple TVデジタル購入版『ハウス・オブ・グッチ』
本記事の掲載は『HiVi 2023年夏号』