圧倒的な情報量を持った「8K SOUND」を実現する、finalの完全ワイヤレスイヤホン「ZE8000」。前編では話題のイヤホンがどのようにして生まれたのかについて開発陣にインタビューを実施した。すると、ZE8000が目指すフラットな音のためには、ドライバーそのものから新しくする必要があったという話が飛び出した。後編ではその音づくりへのこだわりについて、より深くうかがっている。対応いただいたのは、同社代表取締役社長の細尾 満さんと営業部プロジェクトリーダーの森 圭太郎さんだ。(StereoSound ONLINE編集部)

●ワイヤレスイヤホン
Final ZE8000 ¥36,800(税込、ホワイト/ブラック)

画像1: “ZE8000の音を初めて聴いた時はびっくりしました” 圧倒的な情報量を持った「8Kサウンド」誕生のいきさつを、開発者に聞く(後):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート89

●搭載ドライバー:10mm径ダイナミック型
●通信方式:Bluetooth5.2
●対応コーデック:SBC、AAC、aptX、aptXAdaptive(96/24)
●連続再生時間:5時間(8K SOUND+オフ時/同機能オンで30~60分再生時間は短くなる)、最大15時間(充電ケース併用)
●防水性能:IPX4

麻倉 ここからは、ドライバーについてうかがいます。ファイナルでは近年多くのモデルでf-COREを使っていました。これはZE8000というゴールを目指して改良を重ねていったということなのでしょうか?

細尾 振動板の技術開発は難しく、商品化を見据えて開発していかないと、なかなかブラッシュアップできないんです。それもあり、製品としてリリースしながら、少しずつ改良を加えていきました。ZE8000で搭載したf-COREは4世代目になります。

麻倉 第4世代f-COREができて、そこに聴感側から開発していたカーブを組み合わせたら、ちゃんといい音になったんですか?

細尾 面白いことに、ばっちりだったんです。

麻倉 それは、ドライバーの精度がよくなったからでしょうか?

細尾 そうとも言い切れません。これまでもドライバーを新しくするたびに同じ実験を続けてきましたが、なかなか今回と同じ評価にはなりませんでした。ドライバーと補正カーブの相性は、それくらい繊細ということですね。

麻倉 聴感での開発というのは、まずドライバーの素の音を聴いて、次に補正した音と聴き比べるといったやり方なんですか?

細尾 まず音を聴いて、どこを補正するかを決めるといった手順で進めています。その際に波形を見るとそちらにとらわれてしまうので、音だけ聴いて行う、ブラインドテスト的な開発になります。

麻倉 どこかにピークを持たせるような音作りはしないんですね。

細尾 そうですね。音に特長を持たせるのは、音源に任せた方がいいんじゃないかと考えています。

 これまでは、録音現場の人たちが再生するハードウェアを意識して音作りをしていたのではないでしょうか。今後はそんな制約のない環境で作品づくりをしてもらいたい。空間再現性も、制作現場で考えたことがそのまま出せるようになるといいですね。

画像: 今回のインタビューは、final本社5Fにあるfinal STOREで行っている

今回のインタビューは、final本社5Fにあるfinal STOREで行っている

麻倉 これは重要なポイントですね。いいスピーカーで聴くと、ソースが持っている微小信号の空間性がきちんと出てきます。直接音が聞こえて、さらに間接音が響いてくる、ZE8000ではそんな再現性が感じられました。イヤホンでは初めての体験だし、このソフトにはこんなに奥行情報があったのかと、びっくりしたんです。

細尾 イヤホン側でどこかにピークも持たせると、小さなマスキングがたくさん行われて、そういった情報が分からなくなるんだと思います。それがないのがZE8000の強みかもしれません。

麻倉 製品としては、聴感と理論で作った補正カーブが一致して、ドライバーが出来上がったら完成だったんですか?

細尾 そうでもないんです。ワイヤレスイヤホンですからバッテリーをどうするか重要ですし、処理のタップ数の問題も残っています。これらを改善していけば、さらにこの先もあるんじゃないかと思います。

麻倉 タップ数を上げると電池の減りも早くなりますし、これらをどうバランスするかは難しいテーマですね。

細尾 そこについてもソフト担当者が頑張って、最適化を進めています。

麻倉 そういうところまで、自社で手がけているのが凄いですね。ノイズキャンセリングも、音楽に影響しない感じで、うまくまとまっています。

細尾 フィードバック型のノイズキャンセリングはどうしても音に影響があるので、今回はフィードフォワード型を採用しています。自社でアルゴリズムを作りましたが、現在発売されているフィードフォワード型の中では、トップクラスの仕上がりになったと思っています。

画像: ワイヤレスイヤホンでは採用例の少ないAB級アンプが搭載された。アンプ部の歪みを抑えるために、出力部には薄膜高分子積層コンデンサー(PMLCAP)も採用している

ワイヤレスイヤホンでは採用例の少ないAB級アンプが搭載された。アンプ部の歪みを抑えるために、出力部には薄膜高分子積層コンデンサー(PMLCAP)も採用している

麻倉 伝送方式についてうかがいます。そもそもワイヤレス伝送の音質ではBluetoothがネックになっていると思っていましたが、細尾さんは以前、Bluetooth自体は決して音は悪くないとおっしゃっていました。

細尾 私も何年か前までは、Bluetoothは悪役だと思っていました。確かに制約はありますし、ZE8000でもコーデックによって音が変わります。でも音質に対する影響は、Bluetoothはそれほど大きくないということが分かってきたのです。

 いわゆるBluetoothっぽい音というものがありますが、あれはドライバー側の細かいピークやディップによって、圧縮音源の悪いところが強調されているんだと思います。ZE8000にはそこがないので、圧縮音源であることが気づきにくくなっています。

麻倉 確かに、ZE8000を聴くと、ソースやコーデックが何だったのかが気にならなくなりました。

細尾 ZE8000は、スマートフォンとの相性もいいんです。専用DAPより素直な場合もありますので、一度お使いのスマホとの組み合わせも試してみていただきたいですね。

麻倉 私も数台のスマホを使っていますが、ZE8000との組み合わせでは、あるブランドの製品はアンビエント感がでてくるし、他社は音の質感に優れると言った違いがありました。

 もともと趣味のオーディオではコンポーネントをどう組み合わせるかも楽しみのひとつですが、今回のスマホとの組み合わせもその一例といえるかもしれませんね。

細尾 スマホアプリとの組み合わせで、エミュレーター機能なども提供できたらいいですね。アプリ開発ではサードパーティさんと協業していく方法もありでしょう。

麻倉 デザインもとてもユニークです。

画像: 耳に装着する部分をできるだけ小さくするために、基板やバッテリーをバー部分に内蔵し、装着部分から独立させたデザインを採用

耳に装着する部分をできるだけ小さくするために、基板やバッテリーをバー部分に内蔵し、装着部分から独立させたデザインを採用

細尾 装着時に耳に触れる部分を少なくしたいという思いがありました。また、ドライバー部分はエンクロージャーと電気回路を完全に分けたかったので、あのような形に落ち着きました。さらにスティック部分はビームフォーミング処理を行なうためのマイクを上と下の両端に搭載しています。

 将来的にはカスタムイヤーピースのサービスも検討しており、個人最適化のひとつになればいいと考えています。落っこちないということだけでなく、音がいいという価値も提供したいと思っていますが、測定時間や機材の問題もあって、詳細は決まっていません……。

麻倉 現在の日本の産業界全体を見ても、基礎研究を重視している会社は少ないと思います。ファイナルは、イヤホンという限られた世界だけど、ここまで基礎研究を続けていることは今後の業界に貢献するでしょうし、ZE8000のような画期的な製品がまだまだ出てくることが期待できます。

細尾 基礎研究は、全体を俯瞰できる監修者、編集者がいないとうまくいかないと思うんです。しかし弊社にはそこを押さえてくれるスタッフがいますし、私も商品化についてはプロデューサー的な見方ができます。基礎研究と商品の担当者同士が話し合って開発を進められるのが強みでもあります。

 基礎研究は、何年後に必ず投資が回収できるというものとも違いますが、それでも必要ならやってみようという姿勢が弊社にはあります。そこは細尾の英断だと思っています。

麻倉 ZE8000は完全ワイヤレスイヤホンでしたが、ファイナルのラインナップとして今後はどんな展開をお考えなのでしょうか?

細尾 ZE8000の技術を応用した、もう少しお手頃な製品も出していきたいですね。将来的には、ハイエンドなワイヤレスイヤホンも発売したいと思います。

麻倉 それらの製品には、ファイナルが開発した基礎技術、新しいアイデアが入ってくるんですよね。

画像: final本社に常設された測定器。スピーカー振動板の動きを解析するもので、自社製品に適した計測を行うために制御用ソフトも独自に開発した

final本社に常設された測定器。スピーカー振動板の動きを解析するもので、自社製品に適した計測を行うために制御用ソフトも独自に開発した

細尾 使いたい技術はあるんですが、電池をめちゃくちゃ消費するので、よりマニアックな商品でないと搭載は難しいと思っています。

麻倉 もうちょっと具体的に、どんな製品なのか教えてください(笑)。

細尾 信号処理とドライバーの精度を高めたワイヤレスヘッドホンを、2023年中の発売を目指して開発しています。ワイヤレスでの制約はもうない、といった製品にしたいと思っているところです。

麻倉 それにしても、ZE8000の¥36,800というお値段には驚きました。これまでの「8000

」はかなりお高ったです。

細尾 今回はいわゆるイヤホンマニアではない方々にも使っていただきたいと考えて、このお値段に設定しています。

麻倉 ZE8000はこれまでのイヤホンとは音がまったく違うわけで、この音をどう受け止めるかについては賛否両論があると思うんです。でも、こういった音を指向しているイヤホン開発者はどこの会社にもいるはずで、例えば学会等でこの技術が認められれば、大きな応援になりますね。

細尾 ZE8000の開発でわかったことについては、近い将来論文として発表したいと思っています。

麻倉 それはとてもよいことです。その他に今後のテーマとして考えていること波ありますか?

細尾 イヤホンに個人の特性を測定したデータを適応して、さらには生体信号も何からの形で反映して音をよくする、本人が意識していなくても、生体反応を見ながら音質をチューンしていくと言ったことも狙っていきたいと考えています。

麻倉 それは凄いアイデアですね。まずはイヤーチップのカスタマイズからですね。サービスがスタートした際には必ず取材させてください。

細尾 こちらこそ、ぜひお願いいたします。

「ZE8000」は、ずっと聴き続けていきたいと思わせてくれる製品だ。
音楽の場の雰囲気が楽しめる、希有な経験ができる! …… 麻倉怜士

 今日はファイナルさんにお邪魔して、最新ワイヤレスイヤホンの「ZE8000」の開発について色々なお話をうかがいました。

 このイヤホンには、びっくりしました。これまでも数々の完全ワイヤレスイヤホンを試聴してきましたが、ZE8000のようにずっと聴き続けていきたいと思わせてくれる製品は案外少ないのです。

 まず、音楽表現が従来のイヤホンとはまったく違います。これまでのワイヤレスイヤホンは一般的に言うと、すごくリソースが少ないので、ドンシャリにするとか、どこかの帯域を強調するとか、ともかく目立たせようという感じの音づくりが当たり前でした。

 しかしZE8000はそんな人為的なところがまったくなく、演奏家が目の前で楽器を弾いて、それから豊かなアンビエンスが出てくるという音の流れが聴ける。例えばヴィヴァルディの『四季』では、ベースのバスが通奏低音として響き、ビオラがハーモニーを作って、第一ヴァオリンがホ長調を奏でる。そのひとつひとつの音の分離度が明瞭で、まさに空気中から音がでてくるようにも感じられます。

画像2: “ZE8000の音を初めて聴いた時はびっくりしました” 圧倒的な情報量を持った「8Kサウンド」誕生のいきさつを、開発者に聞く(後):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート89

 こういった体験は、従来のイヤホン、ヘッドホンではなかなか得られなかったものです。解像度が高いといった切り口はあったけれども、音楽の場の雰囲気が出るというのは、本当に希有な経験です。

 リアルスピーカーの2ch再生でも、相当いいアンプを組み合わせないと、直接音が出て、間接音が出て、ホールトーンが再現されるという再現はなかなか難しい。でもZE8000ではそこまで再現できています。

 カーペンターズの「イエスタディ・ワンス・モア」はTWSの取材で私が必ず聴くソースですが、最初のリチャードのピアノからまったく違いました。これまでは、ピアノがシャキシャキシャキって出てくるものが多かった。しかしZE8000ではピアノがまろやかで、しっかりとした鍵盤感もあるんだけど、でもそこに輪郭強調の熊取りがない。

 カレンの声も素晴らしかった。カレンの声は特徴的なアルトですが、低域もディープな感じがするし、高域も抜けがよく、暖かい質感を伴っています。

 これまでのイヤホンでは彼女の声が結構強めで、子音が強調される印象があったんですが、ZE8000ではそんなこともなく、リチャードとカレンの作る音世界に引き込まれました。

 音楽であれ絵画であれ、もともとの情報が少ないと輪郭強調が必要ですが、元々情報がたくさんあったら、そんな必要はない。映像でも2Kまでは輪郭強調が当たり前でしたが、4K、8Kになるに従ってその必要がなくなり、あるがままの情報が出せるようになってきました。ZE8000は「8Kサウンド」を標榜していますが、まさにこの音は言い得て妙だと思いました。

 今日ZE8000についてのお話をうかがって、基礎研究から始めて、よくここまで仕上げたなと感心しました。しかもその発想が“普通”を疑うところから始まっているのが凄い。

 そういう意味では、会社に技術力があるというだけではなく、優れたリーダーシップがあることも重要です。細かい物づくりから研究開発まで、方向性がきちんと確立できていることが、ZE8000のような素晴らしい製品に結実したのではないでしょうか。

画像: final STOREには試聴用セットが準備されており、実際の音を体験できる。営業時間は13:00〜20:00で、木曜日がお休みだ。この他に試聴テーブル(3名まで)や防音室も準備されており、同社ウェブから予約可能

final STOREには試聴用セットが準備されており、実際の音を体験できる。営業時間は13:00〜20:00で、木曜日がお休みだ。この他に試聴テーブル(3名まで)や防音室も準備されており、同社ウェブから予約可能

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