final(ファイナル)から発売された完全ワイヤレスイヤホン「ZE8000」が注目を集めている。同社研究開発部門が発見した新たな物理特性を適用することで、「8K SOUND」と命名された圧倒的な情報量を持った音楽体験ができることをアピールしている。麻倉怜士さんも「8K SOUND」に感銘したひとりで、どのようにしてこの製品が生まれたか興味津々だったという。今回は同社代表取締役社長の細尾 満さんと営業部プロジェクトリーダーの森 圭太郎さんにお話をうかがった。(StereoSound ONLINE編集部)

●ワイヤレスイヤホン
Final ZE8000 ¥36,800(税込、ホワイト/ブラック)

画像: “ZE8000の音を初めて聴いた時はびっくりしました” 圧倒的な情報量を持った「8Kサウンド」誕生のいきさつを、開発者に聞く(前):麻倉怜士のいいもの研究所 レポート88

●搭載ドライバー:10mm径ダイナミック型
●通信方式:Bluetooth5.2
●対応コーデック:SBC、AAC、aptX、aptXAdaptive(96/24)
●連続再生時間:5時間(8K SOUND+オフ時/同機能オンで30~60分再生時間は短くなる)、最大15時間(充電ケース併用)
●防水性能:IPX4

画像: ZE8000のイヤーピースは、独自の形状を持った専用タイプで、SS/S/M/L/LLの5サイズが付属している

ZE8000のイヤーピースは、独自の形状を持った専用タイプで、SS/S/M/L/LLの5サイズが付属している

麻倉 今日はファイナルの本社にお邪魔して、完全ワイヤレスイヤホン「ZE8000」について詳しいお話をうかがいたいと思っています。ZE8000は昨年12月に発売された新製品ですが、その音を初めて聴いた時は、びっくりしました。

 ワイヤレスイヤホンであんな音は聞いたことなかった。柔らかくて、芯があって、でも自然な音なんです。これまでとまったく違う。従来のワイヤレスイヤホンの音は、基本的に強調している。低音強調、高音強調、中域強調でカリカリした音しかないので、そこが嫌だなと思っていたのです。

 ところがZE8000は、スピーカーで聴いているようなナチュラルな音です。しかも高級なスピーカーでもなかなかあそこまでの響きは再現できないかもしれない、それくらいの衝撃を受けました。

細尾 そこまでお褒めいただけるとは! ありがとうございます。

麻倉 ZE8000は、ファイナルが基礎技術の開発から手がけていて、さらに感性面での検証も盛り込まれていると聞いています。そこで今日は、どのような開発意図からスタートし、どんな経緯があってZE8000のような製品が生まれたのかについて、詳しいお話をうかがいたいと思っています。

 まず技術について、細尾さんが先日の発表会で、いい音とは何かを10年くらい徹底的に研究してきて、その結果出た結論がZE8000の音だったとおっしゃっていました。その “徹底的に研究” したという内容から教えていただけますか?

細尾 弊社はイヤホン、ヘッドホンを開発・販売していますが、自社製品を開発するようになって、改めて基礎技術の研究から手がけているメーカーが少ないということを実感しました。

 さらに弊社はOEM事業も手がけていて、大きな会社さんと一緒にイヤホン、ヘッドホンの開発を行っているのですが、そこでも製品のターゲットとなる特性というよりは、聴感、感じ方で物づくりを進めることが多かったのです。それもひとつのやり方ではあるんですが、もう少し技術寄りの物づくりができないかと感じていました。

 またもうひとつ、今まではHATS(Head and Torso Simulator=ダミーヘッド)を使用して、理想的な周波数特性を有するスピーカーを自由音場で測定した結果を用いて補正をかけるのが正しいということがイヤホンの教科書に書かれていました。でも、そもそもそれは本当なのだろうか、という疑問も出てきました。

 というのも、HATSはあくまでも平均化された値であって、私たちは必ずしも平均的な耳を持っているわけではありません。そこで鼓膜の手前に小型マイクを取り付けて様々な測定をして、それを完全に補正するということを試してみたりしました。

 このように、まずは考えられる疑問点、テーマについて技術的な検証・研究を進め、その成果を集めていくところから始めたのです。

画像: ZE8000のブラック仕上げ。充電ケースとイヤホン本体の表面は光沢感のあるシボ塗装仕上が施された

ZE8000のブラック仕上げ。充電ケースとイヤホン本体の表面は光沢感のあるシボ塗装仕上が施された

麻倉 いくつものテーマについての研究結果を集め、最終的にそれらを俯瞰することで、全体が見えてきたと。

細尾 感性の方から気づいたこともありました。イヤホンの開発では、音のピークをどこに持っていくかが音づくりのポイントになります。

 高解像度にしたければこんな特性だとか、低音に包まれる感じだとこういう特性という具合で、経験的にこういう風に作ればいいというノウハウがありました。それ自体は技術というよりも、感性、経験則です。弊社ではそういった職人的な技術の蓄積も進めており、そこから人間は細かなピークによって何かを感じているんだなという“気づき”がありました。

麻倉 人は大きなピークよりも、細かい情報を統合して物事を感じていると。

細尾 細かいピークによってマスキングされるものがたくさんあるんです。その意味ではマスキングという現象にも注目して、マスキングを起こさないためには何が必要かということも研究しました。

 そこまでで得られた気づきを活かし、6年前に「E3000」という有線イヤホンを発売しました。

麻倉 なるほど。既に8K SOUNDの先駆けになる製品も発売されていたんですね。

細尾 実はE3000も発売当初は、今回のZE8000と同じように音がこもって聴こえるといった反応がありました。でもしばらく使い続けると、今までいいと思っていたイヤホンの音がこんなにデフォルメしていたんだと気がつく、そんな製品だったんです。

 E3000の音を初めて聴いた時は、「本当にこの音で製品化するんですか? もうちょっと何とかならないんですか」と担当者に聞いたくらいでした。イヤホンに親しんでいる人ほどなかなかよさが理解できない、そんな感じですね。だけどしばらく聴き続けると、そのよさが染みてくる(笑)。

細尾 E3000を使っていただいた方からは、これは目茶苦茶いい、エージングが済んだら大化けするという声をもらいました。

麻倉 なるほど、機械のエージングではなく、自分の耳のエージングですね(笑)。

画像: 有線イヤホンの「E3000」。ステンレス削り出し筐体に、6.4mm高精度ダイナミック型ユニットを搭載している

有線イヤホンの「E3000」。ステンレス削り出し筐体に、6.4mm高精度ダイナミック型ユニットを搭載している

細尾 人間が何かを感じる時にはおのおののフィルターがあるようで、無意識のうちにイヤホンで音を聴く時は、これまでの製品で使われていた、“強調された音”に合わせた聴覚になっていたのではないかと思うのです。

麻倉 知らず知らずのうちに、音に対する期待値を作っていると。

細尾 逆に普段からスピーカーで音楽を聴いている方はそれを持っていないので、従来のイヤホンの世界には馴染みにくいのかもしれません。

麻倉 なるほど、私はスピーカー試聴が中心だからZE8000の音に違和感がなかったのかもしれませんね。まさにスピーカーの延長という感じがしたんです。でもそれは、イヤホンリスニングの世界では異端だったんですね。

細尾 麻倉さんにZE8000を聞いていただいた時に、階調で絵を作る西洋絵画みたいな音だと言っていただいたのですが、そんな輪郭強調のない音になったと思っています。

麻倉 日本人はアニメのようなメリハリが付いている絵や音を好む人も多いようですから、そういった事もイヤホンリスニングに親しみやすい一因かもしれませんね。

細尾 それに加えて、先ほど申し上げたように“イヤホンの音”というフィルター、先入観を通して聴いているので、そうじゃない音だと戸惑ってしまうのでしょう。具体的には、通常のイヤホンでは3kHzあたりを盛り上げるのですが、E3000やZE8000ではそういったことはしないで、さらに細かいピークも起きないように作っています。

麻倉 やっぱりピークがない方が音は滑らかなんですか?

細尾 そうですね、滑らかに聞こえます。ただその分、音はちょっと茫洋とした感じ、ぼやけた印象になりがちです。

麻倉 確かに、ZE8000についてはそういった指摘をされていることもありますね。E3000も同じだったとのことですが、両モデルの開発はどんなアプローチで行ったのでしょう?

画像: 充電ケースは上部カバーをスライドさせて開く仕組み

充電ケースは上部カバーをスライドさせて開く仕組み

細尾 多くのイヤホンにはHRTF(頭部伝達関数)がすでに特性として入っていて、それで立体音響、バイノーラル系の方向情報が付加されたバイノーラルソースを聴くと、気持ち悪くて疲れてしまう。これはもしかしたら補正が2回入っているから不自然に感じるんじゃないかと考えたのです。

 そこでE3000では、補正をしない、できるだけフラットな特性のイヤホンを作ろうという狙いから、ふたつの方向で開発に取り組みました。ひとつは聴感的なアプローチからで、もうひとつは技術論理的なアプローチです。それぞれの方法で独自の補正カーブを導き出しました。

麻倉 それは今まで使っていなかった、新しい補正カーブなんですか?

細尾 そうです。しかもふたつの方法で作ったカーブが、ほとんど同じ結果になったのです。そのカーブを使ってE3000を発売しました。先ほども申し上げたように最初は色々言われましたが、数週間使ったらみんな気に入ってくれて、この値段ではあり得ないという感想をいただきました。

麻倉 E3000のお値段はいくら?

 税込¥6,100です。この価格なので、皆さん試しに買ってくれたようです。そして、1週間試してみたら、凄くよかったというご意見をいただいています。

麻倉 それまでの強調された音に慣れた耳が、E3000を聴き続けることで変化してきた、ということでしょうね。

細尾 私たちが普段聞いている自然の音は、どの帯域も強調されてはいません。E3000はそれに近いのです。お陰様でE3000は定番モデルとして、今でもかなりの売り上げを達成しています。

麻倉 そういった音づくりを行った製品として、今回ZE8000が発売された。しかしいきなり「8000」シリーズとは、驚きました。

細尾 今回のZE8000の製品としての周波数特性は、フラットです。ただし、イヤホンの世界ではこれまでフラットは基本的には御法度だったんです。しかしあるところで、私たちがフラットと呼んでいる時の精度が、自分たちが思っているものとは別物なんだと気がついたのです。ドライバーの癖を補正した結果のフラットネスではなく、より精度の高いフラットな再現を実現するには、発生源から見直す必要があったのです。

麻倉 確かに、そもそもドライバー自体に癖があると、単純に再生するだけではフラットな音は出てこない。これに対して従来は、“フラットにする”ための補正として、ドライバーの特性を踏まえた逆補正をかけていた。

細尾 そうです。そういう考えで補正すると、データ的にはいいはずなのに、聴いてみると音がよくないという現象に悩まされていました。

画像: 超高精度&超低歪の「f-CORE for 8K SOUND」ドライバー。直径13mm相当の径振動板を、特殊シリコンを使用したエッジと一体成型し、さらにコイルへの配線も空中配線方式を採用することで接着剤レスを実現している

超高精度&超低歪の「f-CORE for 8K SOUND」ドライバー。直径13mm相当の径振動板を、特殊シリコンを使用したエッジと一体成型し、さらにコイルへの配線も空中配線方式を採用することで接着剤レスを実現している

 そこで、まずハードウェアを徹底的に追い込んで、補正をかけなくてもいい、高精度なドライバーを作ろうと考えました。それが4年ほど前のことで、振動板の問題を見直すところから始めました。

麻倉 なるほど、補正をしなくてもいいドライバーとは素晴らしい発想ですが、そう簡単には実現できませんよね。

細尾 一般的な振動板は、ドームとエッジが接着されていて、さらにボイスコイルも接着されています。イヤホンの場合、ひじょうに軽い振動板に、ボイスコイルの引き出し線が接着剤で貼られている。普通に考えると、こんなのおかしいんです。

 そこで、まずエッジと振動板をアルミとシリコンで一体成形、熱圧着しようと考えました。さらにコイルの引きだし線を空中配線することによって、接着剤も排除しました。これが現在のf-COREの基本的な構造になっています。

麻倉 引きだし線を空中配線するのは難しいのですか?

細尾 そうですね。使う線材がきわめて細いので、新しく作り直しています。その結果、ドライバーだけでも周波数特性的に細かい凹凸のない、フラットな再生が可能になりました。

麻倉 そのドライバーなら極端な補正は必要なかったんですね。

細尾 まったく補正が必要ないということではありませんが、細かい補正はしませんでした。さらにこのドライバーを使ってみて、信号処理は大きくなめからに補正するのは有効だけど、細かい凹凸を補正しようとすると逆に音が悪くなることも分かってきました。

麻倉 何もかも補正するのではなく、使うべき場所を選んで信号処理を行うことに意味があったと。

細尾 これを踏まえ、まずドライバーの精度を追い込み、その上でソフトウェアの処理能力を最適なポイントにあてがうというアプローチでの製品企画を考えました。補正の仕方によっても音が激変しますので、プログラム的に計算に集中できるようなアルゴリズムを考えました。弊社はワイヤレスイヤホン用のアルゴリズムも社内で開発していますので、そこは得意なんです。

画像: 代表取締役社長の細尾 満さん

代表取締役社長の細尾 満さん

麻倉 ここ数年、ファイナル製品はドライバーに過度な補正をしないという方針を打ち出していました。ZE8000はそれを突き詰めたのですね。

細尾 信号処理で0.3dB変えることもあるし、データには出ないぐらいの補正をかけたりもします。しかし一方で、ハードウェアに±2dBも変動があったのでは、何をやっているのかわかりません。そんな事態にならないよう、今回はハードウェアの変動を抑えて、ソフトウェアも効率的に使えることを目指したのです。

麻倉 どこかを強調した音を作るのは難しくないけれど、本当にフラットな特性を得ようと思ったらたいへんだということですね。そこで重要なのが、ハードウェアの精度を上げることだった。

細尾 それがZE8000の音の基礎になっています。特性的には、低域の歪みは10分の1くらいになりました。

麻倉 なるほど、低域から高域までフラットに感じられるのには、歪みの少なさも貢献しているんですね。それもあってか、ZE8000は人為的な音じゃない。音楽の魂があって、自由空間で音が聞こえてくる、そんな体験ができました。

細尾 開発時には音楽を学んでいる学生さんに集まってもらい、ZE8000のプロトモデルを聴いてもらいました。すると、大絶賛してくれるグループと、よくわからないというグループに分かれたんです。そのまま製品を預けて1週間使ってもらったところ、全員、圧倒的にいい音だという評価に変わりました。

麻倉 私も、各社のテレビやスピーカー開発者にZE8000を聴かせてみたんですが、反応が面白かったですよ。ほとんどの場合、音を聴いたら微笑むんです。みんなスピーカーの音に慣れているから、ZE8000の魅力もわかりやすかったんでしょう。聴く人がどんな音に慣れているのか、どんな音が好きなのかによって、評価が分かれる製品なのは確かでしょう。

※2月10日公開の後編に続く

画像: 麻倉さんもZE8000の音がお気に入り

麻倉さんもZE8000の音がお気に入り

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