「ようこそ天間荘へ。はじめまして。わたしがあなたのお姉ちゃんよ」 主人公のたまえ(のん)は、こうして地上と天界のはざまにある天間荘で、姉ののぞみ(大島優子)とかなえ(門脇麦)に出会い、世にも不思議な体験をする。
映画『天間荘の三姉妹』は、現在アメリカで活躍する北村龍平監督が『ルパン三世』以来ひさしぶりに日本に帰って発表したエモーショナルなファンタジー・ドラマだ(現在公開中)。StereoSound ONLINEでは北村監督と音楽を担当した松本晃彦氏を試聴室にお迎えして、映画の表裏を彩る旋律について、その工夫と狙いに的を絞ってお話を訊いた。
当代最高のヴォーカリストである玉置浩二と絢香のこころ震える歌声はどのように生まれたのか。全26曲に及ぶ『天間荘の三姉妹』のオリジナルサウンドトラックに流れるものとは。一般の映画評とは深さが異なる必見のインタビューをお届けする。(久保田 明)
映画『天間荘の三姉妹』 絶賛公開中!
●物語:天界と地上の間にある街、三ツ瀬。美しい海を見下ろす山の上に、老舗旅館「天間荘」がある。切り盛りするのは若女将の天間のぞみ(大島優子)だ。のぞみの妹・かなえ(門脇 麦)はイルカのトレーナー。ふたりの母親にして大女将の恵子(寺島しのぶ)は逃げた父親をいまだに恨んでいる。ある日、小川たまえ(のん)という少女が謎の女性・イズコ(柴咲コウ)に連れられて天間荘にやってきた……。
●キャスト・スタッフ:のん 門脇 麦 / 大島優子 高良健吾 山谷花純 萩原利久 平山浩行 柳葉敏郎 中村雅俊(友情出演)/三田佳子(特別出演) 永瀬正敏(友情出演)寺島しのぶ 柴咲コウ
●プロデューサー:真木太郎●監督:北村龍平●脚本:嶋田うれ葉●音楽:松本晃彦●原作:髙橋ツトム『天間荘の三姉妹-スカイハイー』(集英社 ヤングジャンプ コミックス DIGITAL刊)●配給:東映●制作プロダクション:ジェンコ●製作:『天間荘の三姉妹』製作委員会
(C)2022 髙橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会
--今日は、映画『天間荘の三姉妹』の北村龍平監督と、音楽を担当した松本晃彦さんにおいでいただき、本作の音楽について詳しいお話をうかがいたいと思っています。
本作では玉置浩二さんと絢香さんが主題歌を歌っているのも話題です。まずは主題歌「Beautiful World」のCDをステレオサウンド試聴室の常設システムでお聞きいただきます。
松本 それは楽しみです。劇場作品の音楽を作る際にはスタジオで音を聞いていますが、それは業務用のモニターです。その音が、ホームオーディオの機材でどんな風に再現されるのか、興味があります。
<主題歌「Beautiful World」のCDを再生>
北村 ……すげえなという感じです。玉置さんと絢香さんのお二人の声が綺麗ですね。この機材を買わなきゃと思いました(笑)。
松本 本格スピーカーで聞くと声がいっそうリアルですね。このCDは20日間くらいかけてマスタリングなどの作業を行いました。最終的には微妙なマスタリング違いを5パターンは仕上げたと思います。
久保田 そもそも主題歌をおふたりに歌ってもらおうというのは、どなたの考えだったのでしょうか?
松本 今回『天間荘の三姉妹』の音楽を担当することになり、主題歌について相談した時に北村監督から、玉置さんしかいないんじゃないかというお話があったんです。さらに、玉置さんにデュエットなり、グループで歌ってもらえないかというアイデアがでてきました。
北村 この映画は天界と地上の狭間の世界を描いた作品で、現世と来世、過去と現在、生と死という対極、二面性を描いているので、主題歌も二人で歌っていただけないかという思いは最初からありました。
“何度も繰り返し聴きたくなる” 『天間荘の三姉妹』のエンディングを飾るに相応しい名曲
玉置浩二 feat. 絢香 「Beautiful World」 ¥1,540(税込、COCA-18057)発売元:日本コロムビア株式会社
●収録曲:1.「Beautiful World」 2.「Beautiful World」(インストゥルメンタル)
——そこから絢香さんとのデュエットに発展したのですね。
松本 僕は前に玉置さんのレコーディングやアレンジを担当したことがあって、それ以来懇意にさせていただいています。そこで玉置さんにお電話をして、主題歌をお願いしました。その時に、玉置さんから絢香さんと一緒に歌うのはどうかという提案をいただきました。
ここからCD制作の話になりますが、絢香さんは海外に居ることが多く、玉置さんもコロナ禍以降は基本的にご自宅のスタジオでレコーディングされていますので、今回のレコーディング作業はほとんどオンラインでした。
久保田 それは凄い。楽曲制作は具体的にはどんな風に進められたのでしょう?
松本 最初に、僕が音楽を付ける前の『天間荘の三姉妹』のビデオを玉置さんに送ってご覧いただいたところ、玉置さんがご自宅で曲を仕上げて、データを送ってくれました。凄くいい曲で、ほとんど今と同じくらいの完成度でした。ご本人がギターも弾いていて、味わいがあっていいんですよ。
その後、絢香さんにもデモ音源を聞いていただきました。その時、絢香さんは既に玉置さんと同じビデオをご覧になっていて、映画をとても気に入ってくれていました。
そこで、絢香さんに歌詞を書いてもらって、作曲・玉置浩二、作詞・絢香、編曲・松本晃彦というコラボレーションで主題歌を作りましょうとお願いしました。そしたらその5〜6時間後に歌詞ができましたという連絡があったんです。さらに凄いことに、ほぼ今の歌詞だったんです。一部日本語を英語に変えたくらいですね。
曲や詩を作る時には、試行錯誤してしまうことも多いんですが、一方で心を打つものがあると、すんなり生まれてくることもあるんだなぁと改めて思いました。しかも、すんなり生まれてきたものの方が、悩んで作ったものよりも作品としての完成度が高かったりするんですよ。今回はそのいい例です。
--では、主題歌はかなり順調に完成したんですね。
松本 そもそもこの曲は映画の “主題歌” ですが、使われ方は “エンディング” です。本編が終わった後に、映画の最後を締めくくるんですよね。
北村 映画の最後に流れるとても重要な1曲で、そこは(松本)晃彦さんの音楽家としてのアレンジ能力が問われるところでした。
松本 この曲は、CDではイントロがあって歌が始まりますが、劇場ではイントロはなく、いきなり歌から始まります。
これには理由があって、本編のエンディングでは画面がブラックアウトします。そこで玉置さんと絢香さんの息遣いまで観客に感じて欲しくて、イントロをカットしたのです。本編が終わって、お客さんもしーんと固唾を飲んでいるところだし、画面も暗転しているから、より音に集中してもらえるでしょうから。
久保田 あの暗転の間がいいんですよね。ちょっと長くて、いつ曲が来るかなと聞き入ってしまいました。
松本 あれはね、長くはないんですよ。でも長く感じる。僕の狙いとして、みんな映画の余韻に浸っているだろうから、一瞬でも時が止まったように感じてもらいたいと北村監督と玉置さん、絢香さんに話していました。今、久保田さんがそうおっしゃってくれたのはひじょうに嬉しかったですね。
久保田 そうだったんですね。確かに、時が止まったかのようでした。
松本 さっき申し上げた通り、元歌にはイントロがありますが、画面ではブラックアウトの後に写真が出てくるので、そこにギターのフレーズが入ったら間延びするんです。そこでイントロをカットして、歌から始まるようにしました。
またデュエットなので、キーを玉置さんに合わせるのか、絢香さんにするのかという問題もありました。玉置さんのキーにすると、絢香さんは全面的にハモリ、コーラスパート担当になって、Aメロも含めて玉置さんが歌うことになってしまうんです。絢香さんのキーにすると、Aメロは絢香さんも玉置さんも歌えて、サビは絢香さんが主メロを歌って、玉置さんがハーモニー担当になる。なので、2種類のデモテープを作って、おふたりに送って聞いてもらうところから始めたんです。
また、映画が終わって歌が流れ始めた時に、声が本当に観客に近づいているように感じさせるには、オケ全体の中での声のあり方ををどう調整するかがキモになるんです。今日のシステムで聞いたら、それがちゃんと出ていました。僕がマスタリングルームで仕上げた音と同じで、さすがステレオサウンド試聴室はいい音をしているなぁと思いました。
久保田 その他に、松本さんが主題歌として留意されたことはありますか?
松本 映画館では5.1chなどのマルチチャンネルで再生しますから、別のミキシングが必要です。各チャンネルのレベルも独立して変わるので、リバーブもCDとは違うものをつけなくてはいけない。そもそもこの曲は映画のために作っているので、2chとマルチチャンネルでミキシングのやり方を変えました。
北村 細かい話をすると、玉置さんのヴォーカルも劇場版とCDでは違います。劇場版は、晃彦さんがスタジオで何日も徹夜して、イントロのないバージョンを仕上げてくれたんですが、その1〜2週間後に玉置さんからヴォーカルを歌い直したいという連絡があって、CDにはそちらの音源を使ったんです。
あの玉置さんがそこまでやってくれるの? と、本当に驚きました。最初のバージョンですでに完璧だったのですが、本人にはきっと僕達には理解できないレベルでこだわりがあったのかなと。
松本 今聞いてみて、このCDは完璧な仕上がりですね。玉置さん、絢香さんを含めてみんなの意見を総合した楽曲なので、映画館で最後まで聞いて欲しいですね。
久保田 確かに、最後まで椅子に座って楽しんで欲しいですね。
松本 実は、最後の最後は幸せなコードで終わりたいと思って、主題歌の後に曲を付け加えています。でもそのコードを入れるには映像の尺が足りなかった。北村監督はちょっと長いと言っていましたけど、僕の中では絶対必要だと思ったので、これで行きましょうとお願いしました。
北村 初期のバージョンでは、主題歌が流れてしっとりと終わる印象でした。晃彦さんから “最後は明るい気持ちで、みんなを元気にして劇場から出て行ってもらわなきゃ” と言われて、それはそうだなと思ったんです。
そしたらあのフレーズが出てきて、それを聞いたら僕も写真のカットの構成を変えたくなって、ラストシーンは写真をでっかく真ん中に出すことにしたんです。ああいったことができると、凄く楽しいですね。晃彦さんが提案してくれなかったら、ラストシーンも違っていたでしょう。
松本 僕も、最後の最後に天間荘の家族写真が出てきたのを見て、北村監督ありがとう、と思いました。
——主題歌のお話が予想以上に盛り上がってしまいました。次回は本作のサントラ楽曲についてうかがいたいと思います。
※11月24日公開の後編に続く
『天間荘の三姉妹』の主題歌に感動した方は、玉置浩二さんの他の作品にも触れてみませんか
『天間荘の三姉妹』で絢香さんと一緒に印象的な主題歌を届けてくれた玉置浩二さん。弊社では玉置さんの数々の楽曲を、音質にこだわったディスクでラインナップしています。「安全地帯」のメジャーデビュー40周年を記念した高音質アナログレコード『安全地帯 -40thANNIVERSARYBEST-』や、ソロ活動開始35周年を記念した高音質アナログレコード『玉置浩二 LIVE 旭川市公会堂』などなど、こころ揺さぶる歌声を、ぜひお楽しみ下さい。詳しくは下記リンクをチェック!