静と動、ふたつの表情を魅せる、“THE SINGER”谷村新司の歌を心ゆくまで聴き尽くせる入魂のLP

1972年3月にアリスのメンバーとしてデビューした谷村新司は、今年デビュー50周年の大きな節目を迎えている。春に恒例のソロリサイタル「THE SINGER」を東京と大阪で開催し、現在は2023年まで続くアリスの全国ツアーの只中。73歳になったいまも、その活動のペースは少しも衰えを見せない。

ここで紹介する2枚のLP、『谷村新司II』(以下『II』)と『谷村新司III』(以下『III』)は、2017年にリリースされたLP、『ステレオサウンド・オリジナル・セレクション 谷村新司』(以下『I』)の続編にあたる。メタルマスター・ダイレクトプレス盤の『I』はすでにソールドアウトとなり、2019年に8曲を追加収録した全16曲のSACD/CDハイブリッド盤が新装リリースされているが、「リマスタリング&ニューカッティングの谷村新司の高音質レコードをもっと聴きたい」という声が多く、今回の2枚同時リリースが実現したという。ここでは2枚のLPの概要と制作過程、聴きどころに触れていこう。

ステレオサウンド・オリジナル・セレクション アナログレコード
『谷村新司Ⅱ』

(ユニバーサルミュージック/ステレオサウンドSSAR-068)¥8,800 税込
●仕様:アナログレコード 33 1/3回転 180g重量盤
●収録曲
[Side A]
1. 遠くで汽笛を聞きながら
2. さらば青春の時
3. 群青
4. 陽はまた昇る
[Side B]
1. 昴
2. いい日旅立ち
3. 三都物語
4. サライ
●初出:CD『Shinji Tanimura with PIANO MY NOTE』(2012年1月25日発売)からセレクト
●マスタリング・エンジニア:菊地功(ミキサーズ・ラボ)
●カッティング エンジニア:北村勝敏(ミキサーズ・ラボ)
購入はこちら

2017年リリースのLPおよび2019年のSACD/CDハイブリッド盤『I』は、数種類のアルバムに収録されたさまざまなテイクをピックアップしたオールタイムベスト的な内容だったが、今回の『II』は2012年リリースの40周年記念アルバム『Shinji Tanimura with PIANO MY NOTE』から、『III』は2017年リリースの45周年記念アルバム『STANDARD〜呼吸(いき)〜』からそれぞれ8曲を厳選、曲順などを再構成した内容となっている。

『II』の選曲元である『Shinji Tanimura with PIANO』は、谷村新司のヴォーカルと石坂慶彦のピアノのみでアリス〜ソロの代表曲を再演した企画アルバム(『I』でも数曲セレクトされている)。

『III』の選曲元の『STANDARD』も、代表曲の再演を中心としたアルバムという点は『Shinji Tanimura with PIANO』と同様だが、こちらは通常のバンド編成に管弦楽セクションが加わった、よりリッチなアレンジメントが施されているのが特徴。つまり今回の『II』と『III』は、先の『I』と同様、谷村新司のキャリアを網羅したベスト盤的な選曲でありながら、『II』は“静”、『III』は“動”という明確にして真逆のサウンドコンセプトを持ち、まったく異なる角度から谷村新司という歌い手の魅力にスポットを当てた作品集に仕上がっているというわけだ。

マスタリング〜カッティングの制作過程については、それぞれに付属する「制作ノート」に詳細が記されているが、両作ともマスタリングは菊地功氏、カッティングは北村勝敏氏が担当している。東京・南青山のミキサーズ・ラボ所有「ワーナーミュージックマスタリング」にて、菊地氏が『II』の48kHz/24ビットWAVマスターと『III』の96kHz/32ビットWAVマスターをリマスタリングし、北村氏がノイマンのカッターヘッドSX74を使ってカッティング。サウンドの傾向は対照的な両作だが、いずれもマスタリングは一度D/A変換し、アナログ領域で最小限の音調整を行なっているという。また、カッティングにおいても何度かカッター針を変更するなど、入念な作業が行なわれたようだ。

ステレオサウンド・オリジナル・セレクション アナログレコード
『谷村新司IⅡ』

(ユニバーサルミュージック/ステレオサウンドSSAR-069)¥8,800 税込
●仕様:アナログレコード 33 1/3回転180g重量盤
●収録曲
[Side A]
1. 昴
2. 流星
3. 群青
4. 忘れないで
[Side B]
1. いい日旅立ち
2. 陽はまた昇る
3. 三都物語
4. サライ
●初出:CD『STANDARD〜呼吸〜』(2017年4月5日発売)からセレクト
●マスタリング・エンジニア:菊地功(ミキサーズ・ラボ)
●カッティング エンジニア:北村勝敏(ミキサーズ・ラボ)
購入はこちら

今回はトーレンスTD-147Jubileeアナログレコードプレーヤー+ゴールドリングの1012GX MMカートリッジ、デノンのPMA-SA11プリメインアンプ、ハーベスHL-Compactスピーカーという自宅のオーディオシステムで2枚のLPを聴いた。

先ほど『II』のサウンドコンセプトを“静”と書いたが、たとえば「遠くで汽笛を聞きながら」や「昴」のハイトーンで聴かせる谷村新司のシャウトに似た発声は、恐ろしく熱い。

いっぽうで、「三都物語」や「サライ」では、時にオリジナルバージョンよりも軽やかに、弾むように歌う箇所があり、それはそれで心地よい。一発録音でなければ得られない、ピアノとの絶妙な間合いが全編で活きている。伴奏がシンプルであるがゆえに、ひとつひとつのブレスや符割りへのこだわりをはっきり聴き取ることができる。また、石坂慶彦のピアノの存在感も谷村の歌に負けていない。伴奏というよりもデュエットをしているかのような親密さを感じさせる。

『III』冒頭の「昴」は『II』のバージョンとは打って変わって、ティンパニーが炸裂する力強いイントロからアコースティックギターのみの伴奏によるAメロ〜Bメロ、「ボレロ」風のマーチングドラムが加わるサビ、弦楽カルテットがリードをとる間奏と目まぐるしく展開する、まさに“動”的なアレンジ。

谷村新司のヴォーカルは、その壮大なオーケストレーションに張り合うのではなく、むしろコンダクターとしてすべてのパートに目を配りながら楽曲を牽引している印象。そのバランス感覚は「群青」や「陽はまた昇る」といったマイナー調の、ともすれば感傷的になり過ぎてしまう楽曲でも活かされている。全編を通してダイナミックレンジの豊かな演奏が繰り広げられるが、谷村の巧みなヴォーカルワークは演奏が盛り上がりを見せる場面でも埋もれることがない。

『II』『III』とも収録曲は全8曲。そのうち「昴」「群青」「いい日旅立ち」「陽はまた昇る」「三都物語」「サライ」の6曲はどちらにも収録されている。これらのバージョン違いを聴き比べれば、いかに谷村新司が変幻自在な表情を聴かせる歌い手であるかがよくわかるだろう。もちろんソングライターとして他アーティストに数多くの楽曲を提供しているし、ラジオのパーソナリティとしても人気が高いが、やはり歌い手としての才能はそのなかでも図抜けている。

考えられる最高のオーディオ的トリートメントを施してLPに刻まれた“THE SINGER”の歌を、心ゆくまで聴き尽くしたい。

This article is a sponsored article by
''.