明菜が歌う名曲の数々を、鮮烈かつメリハリのある音でアナログレコードに収めた
1982年に芸能界デビューした中森明菜は今年、歌手活動40周年の記念の年を迎えている。時のヒット曲はテレビだけではなく、街の商店街でも当たり前に流れていた1982年。先にデビューした松田聖子と共にアイドルでは“2強”の存在。当時は聖子派と明菜派がはっきりとわかれていたものだ。爽やかで明るく優等生的な聖子に対し、つんとしていてどこか陰があり、不良っぽさも感じさせていたキャラクターに加えて、デビュー曲「スローモーション」に惹かれていたボクは今も変わらず明菜派だ。
デビュー40周年企画としてNHKの地上デジ総合、BSプレミアムやBS4Kでも放送された『伝説のコンサート 中森明菜 スペシャルライブ1989』(これはデビュー8周年に絶頂期の明菜がシングルヒット曲ばかりをノンストップで歌い踊るライブ。コンサートのタイトルは『イーストライヴ インデックス23』)をご覧になった方も多いだろう。同じくNHKでは『中森明菜スペシャルライブ 2009・横浜』(Akina Nakamori Special Live 2009Empress at Yokohama)もオンエアされた。いまや明菜のライフワークとも言える『歌姫LIVE』の一環という位置づけのステージだ。ライブでも披露されていたように、明菜流のカバーはオリジナルの歌唱版とはまた違った解釈で、楽曲の持つ新たな側面や、歌詞にこめられた感情や情念、メッセージを引き出すものになっていると常々感じている。
ステレオサウンド・セレクションシリーズ アナログレコード
『歌姫 -Stereo Sound Selection- Vol.4/中森明菜』
(ユニバーサルミュージック/ステレオサウンドSSAR-063)¥8,800 税込
●仕様:アナログレコード 33 1/3回転180g重量盤
●カッティング エンジニア:松下真也(Piccolo Audio Works)
●収録曲 ※カッコ内はオリジナルシンガー
[Side A]
1. 天城越え(石川さゆり)
2. 氷雨(日野美歌)
3. 舟歌(八代亜紀)
4. 伊勢佐木町ブルース(青江三奈)
5. 夜霧よ今夜も有難う(石原裕次郎)
[Side B]
1. 愛染橋(山口百恵)
2. 無言坂(香西かおり)
3. 終着駅(奥村チヨ)
4. 越冬つばめ(森昌子)
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ステレオサウンド社が独自の選曲でリリースしてきた『歌姫Stereo Sound Selectionシリーズ』。今回は『中森明菜:歌姫 -Stereo Sound Selection- Vol.4』と『オールタイム・ベスト -オリジナル- Stereo Sound Selection Vol.5』の2枚をわが家のシステムで聴く機会を得た。手にするとずっしりと重い180gの重量盤仕様。2枚の新譜だけでなく既発のVol.1~Vol.3のアナログ盤も併せて試聴している。
『中森明菜:歌姫-Stereo Sound Selection- Vol.4』は同シリーズのこれまでの選曲とは趣を異にした“演歌”セレクション。「天城越え」「舟歌」「越冬つばめ」など演歌ファンならずとも聴き馴染みのあるヒット曲が並んでいる。ムード歌謡の「夜霧よ今夜も有難う」、演歌風歌謡曲の「愛染橋」などもいまだ名曲として聴き継がれているナンバーだ。
レコード化に際しては、同シリーズのカッティングを担当していたエンジニアが武沢茂氏から松下真也氏にバトンタッチ。松下氏はステレオサウンド社が制作した五輪真弓の『恋人よ』、ザ・ピーナッツの『THE PEANUTS~MonauralEdition(1959~1961)』などの高音質レコードを手掛けている。「恋人よ」は以前、ステレオサウンド編集部の試聴室で俳優の角野卓造さんと聴いた時にその生々しい声とサウンドステージにただただ圧倒された。松下氏が次代を担うエンジニアとして注目されているのも納得である。
ジャンルが“演歌”になろうとも明菜の歌唱力、演技力には揺るぎがない。原曲のいわゆる“演歌っぽい”雰囲気とはイメージががらりと変わっているのは千住明の編曲に依るところが大きい。眼前に広がる雄大かつ繊細なオーケストレーションが「歌姫」シリーズならではの世界に誘ってくれる。日野美歌の歌うオリジナルとはまったく違った風景を見せる「氷雨」、奥村チヨ版の解釈をさらに明菜風に味付けした「終着駅」を個人的にはお薦めしたい。青江三奈のステージパフォーマンスが強烈だったブルージーな「伊勢佐木町ブルース」もアルバムの聴きどころのひとつだろう。イントロで漏れる悩ましげな吐息や曲間のスキャットを明菜はどう演じているか。これはぜひこのレコードでお確かめいただきたい。
ステレオサウンド・セレクションシリーズ アナログレコード
『オールタイム・ベスト -オリジナル- Stereo Sound Selection Vol.5/中森明菜』
(ユニバーサルミュージック/ステレオサウンドSSAR-067)¥8,800 税込
●仕様:アナログレコード 33 1/3回転180g重量盤
●カッティング エンジニア:松下真也(Piccolo Audio Works)
●収録曲 ※カッコ内はオリジナルシングル発売日
[Side A]
1. Days(2003年4月30日)
2. 月華(1994年10月5日)
3. APPETITE(1997年2月21日)
4. 帰省~Never Forget~(2007 Ver.) (2007年3月28日)
[Side B]
1. I hope so(2003年5月14日)
2. 落花流水(2005年12月7日)
3. 花よ踊れ(2006年5月17日)
4. SWEET RAIN(2014年8月6日)
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『オールタイム・ベスト -オリジナル- Stereo Sound Selection Vol.5』はVol.4までのように「歌姫」シリーズからのセレクションではなく、1990年代以降に明菜がリリースしてきたシングル盤からのチョイスになっている。レコード化にあたって、オリジナルのデジタルマスターからのD/A変換、マスタリングおよびカッティングを担うのはVol.4に続いて松下真也氏だ。
1990年代と言えばそれまでの80年代とは違い、「ザ・ベストテン」などの音楽番組も既に姿を消してしまっていた時代。シングルとしてリリースされた曲のタイトルを見ても、どんな曲だったかメロディーが思い浮かばない方も少なくないかもしれない。しかし、本アルバムではCMとのタイアップ曲やテレビドラマのテーマ曲として使われていたナンバーが含まれている。聴けば“あぁあの歌か!”と思い出されることだろう。
全8曲、アナログ盤でのリリースは今回が初となる。いかにも90年代といったメリハリのある“デジタルっぽい”ナンバーが並ぶ。いい意味でレコードらしくない、鮮烈でメリハリのあるサウンドに仕上がっている印象だ。たとえるなら、いつもとはランクの違ういいCDプレーヤーでCDを再生してアルバムを楽しんでいる感覚、といったところだろうか。
今回の選曲で聴いてみると、90年代にも多くのいい楽曲と中森明菜は巡り合えていたんだな、と実感した。個人的にお気に入りのナンバーは「ブティックJOY」のCM曲としてテレビから繰り返し流れていたA面2曲目の「月華」を挙げたい。他にも「中森明菜スペシャルライブ 2009・横浜」ではクロージングで歌われていたB面のオープナー、「I hope so」をライブ版と聴き比べてみるのも一興だろう。
中森明菜が公の場に登場しなくなって久しい。明菜、いや“明菜さん”とはかつて一度だけ仕事をしたことがある。熱心なファンには人気が高い1998年にリリースされた36枚目のシングル「今夜、流れ星」のビデオクリップのディレクターとして演出を担当したのだ。歌詞の世界に入り込み、時に涙ぐみながらパフォーマンスをしていたのも忘れ難いのだが、撮影の終了後にともに囲んだ夕食のテーブルで気さくに料理を取り分けてくれていた、朗らかで人懐っこい明菜さんの姿がいまも目に浮かぶ。
「今夜、流れ星」が高音質版として甦ることを願いつつ、いつかまた彼女の優しい笑顔に触れる機会が訪れることをゆっくりと、ずっと、心待ちにしていたいと思う。