プロオーディオ、コンテンツ・クリエーション分野でのソフトウェア販売を手がけるメディア・インテグレーションは、イマーシブオーディオ再生に対応したMIL Studioを設立、“理想的な環境”での体験を可能にしている。
前回は麻倉怜士さんと一緒にMIL Studioにお邪魔して、そもそもこの空間を作ろうとした狙いや再生システムの詳細、どのように活用していくのかといったこれからの展開についてインタビューを実施した。後編ではMIL Studioで360 Reality Audioコンテンツを聴かせてもらい、そこでのインプレッションをお届けする。
デモと取材に対応いただいたのは、株式会社メディア・インテグレーション ROCK ON PRO Product Specialist 前田洋介さんと、同 Director 北木隆一さんのおふたりだ。(編集部)
今回はメディア・インテグレーションさんのMIL Studioで、360 Reality Audioで制作された楽曲を5作品聴かせていただきました。
今回聴かせてもらうコンテンツは検証用として提供されたものだそうで、非圧縮のWAVオリジナルマスターを、ミドルレイヤー10ch、トップスピーカー9ch(センタートップ含む)、ボトム3chにサブウーファー2本を加えた22.2chシステムで再生しています。
いずれもイマーシブオーディオとして印象的なコンテンツでしたので、以下でそれぞれのインプレッションを紹介していきたいと思います。
Greensleeves/Christopher Hardy
大御所の録音エンジニア、高田英男氏を起用してソニーが制作した『グリーンスリーブス』です。
この楽曲のように、演奏者が近づいてきて、音楽が盛り上がって、また去って行くというキャラバン隊風のコンテンツは昔からありました。
でも従来のステレオ再生では、例えば左側からキャラバンが近づいてきて、センターで盛り上がって、右側に去って行くイメージだったのですが、これを360度の空間で聴くと、まさに自分が楽団の中で体験しているように錯覚します。かつその体験の質ももの凄く高い。空間の質はもちろん、音楽そのものや音響の質も高い。これほどハイクォリティな空間だからこそ、感動も深くなるのだと強く感じました。
2chから5.1ch、ドルビーアトモスという進化では、音のクォリティもそれなりに担保されていました。しかしイマーシブオーディオになると、突然クォリティが置いてきぼりになってしまった。ヘッドホンのバーチャルだったり、一体型スピーカーでしか聴けないのです。
これは音楽体験としていただけない。音質が担保された上で臨場感を拡大してきたというのがこれまでのサラウンドの進化なのですが、イマーシブオーディオでは突然、そこのところが先細りになってしまった。
これについては、イマーシブオーディオを推進しなくてはいけないという、ビジネス的な側面に重きを置きすぎている点が問題だと思います。イマーシブオーディオを普及させるにはコンテンツをどんどん作ってもらわなくてはいけないし、そのためには機材が普及しなくては困る。
でも、本格的なサラウンドシステムはなかなか個人宅には導入してもらえないので、簡単に使えるイヤホンとか一体型で “それらしい体験” を提供しようという発想になってしまったのでしょう。
しかしイマーシブオーディオの本質は、そもそもの音質がよく、空間的な密度も高く、空間のクリアリティ、空気の透明感が担保されてこそ、その凄さが伝わることです。その事を、今日MIL Studioの音を体験して強く感じました。
この楽曲もこれまで何回も聴いたことがありました。これまでもいい録音だと思っていましたが、どちらかというと音を飛ばしている、意図的に演出しているという印象だったのです。でも今日の音を聴いて、そういった表面的な印象ではなく、演奏者の持っている音楽性をうまく引き出していると感じました。モノーラルでもステレオでも感じられなかった、新しい感動体験を提供しています。
特に素晴らしいと思ったのは、3D感、移動感を出しながら、メロディーを演奏しているピアノとサックスの位置は変わらないということです。この楽曲では、イマーシブオーディオの演出としてパーカッションとかコンガなどの楽器を積極的に動かしていますが、中心となるパートは固定なので、音場自体に安定感があるのです。
これはとても大事なことで、安定だけでは躍動感がでてこないし、逆にあまり動きすぎると不安定になってしまう。この楽曲は、絶妙なところで安定と不安定のバランスを取っているなぁと感じました。
楽曲自体は、序奏部、提示部、展開部、再現部という4部構成です。展開部がもの凄く盛り上がるんですが、そこでどんなに音量、音圧、音数が増えても、フォーカルのスピーカーはびくともしませんでした。それどころか音のレイヤーが増えるほど、解像度を高く聴かせてくれました。
今日感じたこの楽曲のトータルの感動性は、イマーシブオーディオとしての音作りにあるかもしれないけれど、同時にこのスピーカーで再生したという要因も大きいと思います。レンジが広いし、キレがいい。通常キレがいいスピーカーは刺激的な音になりがちですが、このスピーカーはそうではなく、質感再現力も備わっています。基本的なクォリティが優れたスピーカーで聴くと、この作品はさらに生きるし、感動的に楽しめるんだと感じました。
ゴスペラーズ『風が聞こえる』×360 Reality Audio
ゴスペラーズは編成がシンプルなので、360 Reality Audioの効果も分かりやすいですね。ソロとコーラスという関係性が、前の右側と後ろの左横の対角線上にあり、曲の途中でそれが入れ替わるというが楽曲構成でした。
ひとりひとりの声が立っていて、明瞭度が高い。もちろん響きも多いのですが、声自体はとてもよく通ります。全体のアンビエントはエコー的に入ってくんだけども、そのアンビエント自体もクリアーだし、ソロとコーラスの音色も明瞭で、目に見えて高解像度な3D音場を楽しめます。
またゴスペラーズという、日本を代表するアカペラグループが持っている音楽性と実力もはっきりわかります。歌の上手さ、テクニックも素晴らしいし、コーラスが絶妙にハモっていて、イマーシブオーディオだからこそ感動できるコンテンツに仕上がっています。
2chで聴くと左右だけのやりとりのように感じますが、360 Reality Audioではソロとコーラスの配置、関係がフレーズごとに緻密に計算されていて、見事でした。
この再現性は、フロントからリアまで同じクォリティのスピーカーを使っているからこそでしょう。ソロが後ろから再現されるわけですから、リアスピーカーがチープでは声が痩せてしまう。しかし今日はまったく違和感なく音の世界観に包まれました。
試しに22.2chから13.2ch(フロントL/C/R+サラウンドL/Rの2段構成にボトムスピーカー3本とサブウーファー2本を追加)に本数を減らした状態の音も聴かせていただきました。
この状態では間接的な表現や、空気感が減って、直接音が主体のダイレクトな再現になります。空間もちょっと狭くなって、22.2chの解放感がなくなりました。やはりイマーシブオーディオらしさを楽しむのであれば、スピーカーの本数は重要なんだと確認できました。
J-POP(女性ヴォーカル)
この曲で面白かったのは、キーボードが前方右横45度と左後方45度の対角線上を行き来することです。この不思議な陶酔感のある演出の中で、前方少し上にヴォーカルが定位しています。同じ楽曲を2chで聴くと、左右方向にキーボードが動く中にヴォーカルが定位するのですが、360Reality Audioではキーボードがリスナーの身体の中を透過する、そんな不思議な体験ができます。
ヴォーカルが定位している一方で、キーボードの音が自分の身体を通過していくというあたりに音場の芸術性を表現しているのでしょう。単に楽曲がいいとか、音質がいいとかだけではなく、演奏の配置、楽器のレイアウトが面白いといった新しい表現、音楽の象限ができたなという感じがします。
これまではステージと観客の間には距離があったのですが、360 Reality Audioでは聴取者がステージに入って、しかも聞き手の身体の中を音が通過するといった表現が可能になる、これはまったく新しい音楽の楽しみ方が生まれたなという気がしました。
LIVE CONCERT
ライブ音源も試聴しました。MCのナレーションが前から聞こえ、それを受けて歓声と拍手が横方向に広がります。ここまでは従来型の音場定位で、自分は客席に座って聴いているのかと思いきや、実はステージ上にいて、ヴォーカルは前から聞こえるんだけど、ブラス中心のバンドが左上方に、コーラスが前方にいるという、臨場感豊かな聴こえ方になりました。
ある意味で試聴者はバンドに介入しているわけで、こういうことができるのも360 Reality Audioの妙味だと思います。新しい音場体験であり、ライブが行われた会場でもこの音は聴けない、360 Reality Audioコンテンツでだけ楽しめるリッチな体験だといえるでしょう。
ただ、スタジオ録音とは違い、ライブ収録の360 Reality Audioは難しい面も見えてきました。というのも、各音源の情報量がまちまちで、ブラスなども渾然一体とした聴こえ方になります。音の明瞭度、分離が甘い。ここが改善されると、音を配置した狙いがもっと見えてくると思います。
360 Reality Audioはクリアーにひとつひとつの音が立ってくるのが魅力ですが、ライブの場合もともとの音に会場の響きが含まれているので、音像位置もマスキングされてしまいます。今後は360 Reality Audioコンテンツを作るための録音テクニックが求められるでしょう。
CLASSIC CONCERT
クラシック楽曲のイマーシブオーディオは、これまでは基本的にハイトやトップスピーカーはアンビエントを受け持ち、ミドルレイヤーで演奏を再生していました。しかし本作は、音の壁というコンセプトで作った曲だと感じました。
従来はステージの左側に弦楽器、中央に木管、その奥に金管楽器といった配置がされていましたが、この楽曲ではそれを縦方向に置き換えています。つまり上段に金管楽器が、中央に弦楽器が、下側にティンパニがいるといったイメージです。音は上から降ってくるわけで、新しいオーケストラの聴こえ方がします。
もちろん音楽としての好みはあるでしょうが、試みとしてはとても面白い。音像そのものがひとつのコンセプト、音楽性であり、新しい音楽体験ができる。この曲では、目の前に音の壁が迫ってくるという画期的な体験が楽しめます。
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今日は全部のコンテンツを非圧縮の状態で聴かせてもらいましたが、実際には配信のための圧縮が必要なわけで、コンテンツプロバイダーにはその点も充分配慮してもらいたいと思います。
圧縮によって失われるものは必ずあるわけで、それをどこまで抑えてくれるかによって、ユーザーが楽しめるイマーシブオーディオの品質は大きく変わります。今日の音質が楽しめるのであれば、パッケージメディアとしての価値も充分ありますので、将来的にはそういった展開も考えて欲しいですね。