映画特撮の神様、ダグラス・トランブル氏が2022年2月7日に逝去した。『2001年宇宙の旅』のスリット・スキャンを考案し、他にも『未知との遭遇』『ブレードランナー』といった数々の名作を手がけてきたSF映画界の重鎮だ。そんなトランブル氏が関わった作品には熱心なファンも多く、パッケージソフトをコレクションしている読者諸氏も多いことだろう。
月刊HiViでは2010年5月号でトランブル氏の業績を特集、ホームシアターでの楽しみ方を検証している。今回はトランブル氏の追悼として、その記事を以下に再録する。当日の対談に参加いただいたのは堀切日出晴さんと吉田伊織さんのおふたり。12年前の記事ということで、当時のAV環境を思い出しながら、楽しんでいただきたい。(編集部)
※本文中で紹介している製品やパッケージソフトの画像はすべて取材当時のものです
ダグラス・トランブルのフィロモグラフィー
1964年 「TO THE MOON AND BEYOND」(科学万博で上映)
1968年 「2001年宇宙の旅」(特殊撮影効果監修)
1971年 「サイレント・ランニング」(監督)、「アンドロメダ…」(特殊撮影効果監修)
1977年 「未知との遭遇」(特殊撮影効果監督)、「スター・トレック」(特殊撮影効果監督)
1981年 「ブレードランナー」(特殊撮影効果監修)
1983年 「ブレインストーム」(監督)
以降は博覧会、テーマパーク向けの作品で活躍
——それでは、ダグラス・トランブルをテーマにした視聴会を始めましょう。
堀切 僕が言い出しっぺですが、渋いテーマですね。トランブルといってピンとくる読者が何人くらいいるんでしょう?
吉田 案外多いかもしれませんよ(笑)。それにトランブルという映像の先駆者の足跡をパッケージディアで辿ってみるのは、AVならではの楽しみですし、今日は色々と挑戦してみましょう。
——では視聴を始めます。最初はソニーKD-32EX700と7.1chバーチャルヘッドフォン、MDR-DS7100の組合せで、BD『2001年 宇宙の旅』を観てみたいと思います。これは、吉田さんから小型高精細ディスプレイを使った箱庭的な鑑賞方法も試してみたいというご希望をいただいて、準備しました。
堀切 箱庭的鑑賞という提案は面白いですね。トランブルの作品は特撮SFが多いので、その世界を凝縮して神の視点なのかもしれません。
——再生機はパナソニックDMR-BW970です。ヘッドフォンは交代で使ってください。
堀切 真っ暗な環境ですので、少し映像調整をしてみましょう。「シネマ2」の初期値から「バックライト」を「0」まで落とし、「色温度」を「低1」にします。
吉田 うん、なかなかいい感じになってきました。
堀切 32V型のフルHDで特撮シーンを観ると、手品のネタあかしを探るような楽しみがありますね。スクリーンで観るとき以上にディテイルが目に付くような気がします。まさにイリュージョンだ。
吉田 今日は2H(画面高の2倍)前後の観距離で観ていますが、32V型でもこれくらい精密感があって、ディテイルのコントラストもついており、階調もちゃんと出てくると、充分映像に没入できますね。
強烈な光の明暗比もあるし、超広角レンズを使うなど演出も凝っているので、人間の視覚の両極端——細かいところはどこまでも細かく観えるはずだという感覚と、画面が小さい故に超越的な神視点、製作者の視点に立って全体を見渡すという感覚−−を同時に味わえるわけで、これは凄いなと思いました。それと、Ch6のシャトル内のシーンでは、うまく無重力感を演出していましたね。
堀切 トランブルの特撮場面は、そのほとんどが暗い背景ですよね。それはフィルムの特性をよく理解しているからで、多重露光の技法をひじょうに高いレベルで使いこなしているのがわかります。
宇宙ステーションやシャトルの合成背景の星は巧みに消され、輪郭に合成によるエッジがまったくありません。箱庭的鑑賞ならではの発見がたくさんあります。
吉田 木星の場面ではディスカバリー号との距離感、その背景にある星の大小による奥行感によって無限の空間の恐怖が表現されています。コントラストと精密感によってひとつの絵の中で奥行感、3D感覚を得るお手本みたいな映像演出です。
堀切 映画館で初めて観た時にも思ったんですが、モノリスだけが妙に作り物っぽくて、周りのものとは異質に感じられるんです。それがわざとなのかはわかりませんが、今日もそれを感じました。
吉田 モノリスは神の英知そのものとか、色々な解釈がされていますね。私は人間の冷たい悟性、抽象能力の象徴であり、それが無限の恐怖の黙示と拮抗することで新たな段階に移行する、という喩えだと覆います。
堀切 抽象的な存在を中心に描くことは決まっていたので、その周囲はとことん現実的に描こうとしたんですかね?
吉田 最初は精密な実録のような映像を描き、続いて木星へのシーンで無限の広がりを描き、最後のスターゲイトで超常的な時空の移動感を感じさせています。それがトリップ感覚の筋書きになります。そのためにも現実の存在であるディスカバリー号や木星をいかにきちんと観せるか、最後の光の乱舞をいかに極大にするかが大切だったんでしょうね。
前半はモノトーンに近い色遣いで、木星では無限の暗黒となり、最後にサイケデリックと呼んでいいほどの色の乱舞になっています。常ならざる体験を色遣いでも現しているんでしょう。
堀切 特撮がここまでストーリーの神髄を語るというのも、驚きですね。
吉田 音はサラウンドヘッドフォンを使いましたが、箱庭以上に広がりのある空間を味わえました。中途半端な5.1chシステムを使うくらいなら、敢えてヘッドフォンにしてしまうのも選択肢ですね。
堀切 僕は『2001年宇宙の旅』はノイズの映画だと思っているんです。必ず何らかのノイズが折り込まれ、それが重要な意味を持っている。今回サラウンドヘッドフォンを使うことで、本作のノイズ感が楽しめたように思います。
各機器の持ち味を活かして、最良の接続を探った
−−続いて『2001年宇宙の旅』を130インチサイズで視聴しました。プロジェクターはエプソンEH-TW4500です。当初はBW970から1080/24pで出力していましたが、堀切さんの提案で再生方法を変更しました。
堀切 BW970のHDMI出力を1080iに固定してオンキヨーTX-NA5007に入力し、その内蔵映像回路を活用して1080/24pに変換、TW4500に入力しました。単純に考えると24p信号をストレートに出力した方がいいように思いますが、敢えてNA5007を通すことで味付けをしています。
吉田 色レンジも広がりましたし、コントラストも伸び、階調も増えたと思います。また最後の仕上げとしてHDMIケーブルをワイヤーワールドのシルバー・スターライトに替えてみたところ、透明感のある映像に変化しました。
——TW4500の映像モードは「シアター・ブラック1」で、「コントラスト」を初期値の「4」から「8」に上げ、「色温度」を「7000K」にしています。
堀切 「色温度」を調整しているときに吉田さんが『2001年宇宙の旅』らしい光の具合は7000Kの方が出てくるとおっしゃったので、切り替えてみました。
吉田 色温度を高めて細部の鋭い明暗比を強化すると真空の恐怖を実感しやすくなります。
堀切 もともと大スクリーンでの上映を想定して作られた作品ですから、ダイナミックなのは当然ですが、今日は特撮の細かい描写までよく再現されています。
吉田 この精密感には、BW970の高画質回路も寄与していそうですね。あと、回転する宇宙ステーションの3D感もいい。シャープで動きが滑らかだから、無重力感も演出されるんでしょう。TW4500はネイティブでこれだけのコントラストを再現できている。頑張りますね。
堀切 『2001年宇宙の旅』のような光を中心にした特撮シーンでは、アクティブアイリスをいくらうまく使っても、違和感が残るでしょうから、アイリスは絶対固定がいい。しかし、この絵は凄い。メガネのいらない3D映像ですよ。
吉田 3D感覚は両眼視差だけで生じるものではありません。人間の目の間隔は狭いので、視差で立体感を得られる範囲は限られています。それより遠くの場合はコントラストや色の対比、ボケ具合などの要因を総合的に分析して3D感覚を得ているんです。
AVの場合、そういった効果を最大限に引き出す基本はやはり画質。コントラストやエッジの切れも重要だし、階調再現も必要です。
堀切 確かにおっしゃるとおりですね。いい画質で実景に近い映像などを見ていると、時折はっとするような立体感が得られることがあります。
アナログ時代の作品だが、今だからわかる凄さがある
−−続いて再生したのは『未知との遭遇』と『ブレードランナー』です。
吉田 『未知との遭遇』はスピルバーグ流の家族愛、あるいは社会からはみ出した人たち同士が共感を得て和解していく、というストーリーとも言えます。
その意味でマザーシップでは暖色系、幸福感のある光が使われています。監督の演出意図に合せて、特撮の光に持たせる意味合いを変えていったんでしょうね。あと、『ブレードランナー』の冒頭シーンでは、ロサンゼルスの街並が意外に遠くまで広がっていたことを改めて発見しました。
堀切 確かに、これほどの広がりは映画館でも体験できなかったですね。もともと特撮シーンで65mmフィルムを使ったのは、合成のアラを感じさせたくないという狙いもあったんでしょう。
吉田 冒頭から作品世界に引き込まれました。まず街を巨大な構図を観せ、その上空にスピナーを飛ばせる。ひじょうに上手い導入部ですね。一枚の動かない絵でも、その中には運動のイメージが内在しているんです。それを引き出すことが臨場感創出の秘訣ですね。
堀切 トランブルは特撮のベースとなる絵の構築が上手いんですよ。
吉田 初めて『未知との遭遇』を劇場で観たときは、なぜこんなに感動するのか分からなかったんです。後になって、光の組合せ、構図、幾何学的な要素まで踏まえた奥行表現、さらには時間という要素まで上手く使って広大な空間、存在を感じさせる演出だと気がつきました。
堀切 トランブルはスリット・スキャンを世に送り出したり、アナログ特撮術の頂点を極めた人だと思うんです。彼の特撮をきちんと再生すると、映画館以上の深みを感じることができる。ある意味で、ホームシアター向きの作品だと言えます。
吉田 これらの作品が今でも通用するのは、合成シーンに65mmフィルムを使うなど、かなり贅沢なことをしていたおかげもあるんでしょうが、それでもアナログ時代にここまでのことを成し遂げていたんですよね。驚くべきことです。
——ちなみに今日の音は堀切さんの希望で、NA5007のオディッシーDSXを使った9.1chで再生しています。
堀切 今日は130インチシネスコという大型サイズですので、フロントワイドスピーカーを使ってみました。スピーカーはすべてエラックで、サブウーファーにはイクリプスを使いました。
吉田 エラックの240ラインは、リボントゥイーターとコーン型ウーファーを組み合せたスピーカーですが、それにしては音のつながりがひじょうにいい。30インチに負けない音が聴けました。
堀切 自然なサラウンド感を再現してくれたし、フロントとリアの一体感も素晴らしかった。このクォリティであれば、リアで使ったBS243を9本準備して、それに良質なサブウーファーを加えてみても面白いかもしれません。
吉田 CC241のセリフの抜けもよかったですよ。これをフロントL/C/Rにして、スクリーン下に3本並べて置いてみるのも面白いでしょうね。
ショースキャン上映とは
通常の映画が毎秒24コマのフィルムを使って上映されているのに対し、ショースキャンは70mmフィルムを使い、毎秒60コマで撮影・上映する。これは、現在のハイビジョン放送で使われている1080/60iにきわめて近いフォーマットだ。
トランブルがショースキャンの開発に着手したのは1975年前後といわれ、既にほとんどの家庭でテレビ放送(当時のアメリカはNTSCのアナログ放送)が受信されていた。このため、テレビの毎秒60フィールドの映像に慣れてしまった観客にはフィルムの24コマの映像がぎこちなく見えてしまう場合がある。
そこでトランブルは70mmフィルムを使い、それを毎秒60コマで上映することで、映像の解像度向上と自然な動きを実現しようとした。しかしこの方式には膨大なフィルムが必要であり、かつ上映機材も特殊になるため、ほとんど普及しなかったという。(編集部)
※このコラムは『ブレインストーム』のLD解説書に掲載された米山昌男氏の文献を参考にしました
トランブルが目指した、未来の映像を追体験
堀切 話は変りますが、さっき吉田さんがおっしゃったように、大きな背景の中に小さな物体が動くといったシーンでは、フィルムの毎秒24コマという制約の中ではトランブルが狙った動きの表現が難しかったのかもしれませんね。だから彼はショースキャンを開発しようとした。
吉田 確かに、速い動きに滑らかさが伴わないと、映像に入りこめない。そこで毎秒60フレーム表示を考えたんでしょう。一枚の映像の解像度は変らないけれど、フレーム数が増えたことで臨場感の質が一変する。そこに着目したのがトランブルの凄さです。
——話がショースキャンに及んだところで、『ブレインストーム』を観てみましょう。この作品はBDで発売されていませんので、今日は堀切さんがお持ちの、2009年発売の北米盤DVDをお借りしました。
堀切 北米盤ですが、リージョンフリーで、日本語字幕も入っています。ジャケットの表記によると35mmフィルムからテレシネされているようですね。
今日は480p収録のDVDをBW970で1080/60iに変換し、それをNA5007で1080/60pに変換、TW4500に入力しています。これって実はショースキャンのシミュレーションなんですよ。80年代にダグラス・トランブルが目指したことが家庭劇場で追体験できる、素晴らしいことですね。
吉田 オープニングなど、すさまじいまでの臨場感でしたね。
堀切 トランブルは、早すぎた人なんでしょうね。この映像なんて感覚的には3Dですよ。それを80年代に先取りしていたんですから。
吉田 私はつくば博の東芝館でショースキャン作品を観ましたが、あまりの鮮烈な映像に唖然としました。時間解像度が高くないと、本当の臨場感は得られないんだと、教えられた気がします。
——今日の絵もアップコンとは思えないレベルに達していますね。
堀切 BW970のアップコン機能と、NA5007のi/p変換、映像イコライジング機能が効果的に働いているからでしょうね。NA5007のエッジエンハンスメントを「弱」で入れたら、よりシャープな絵になったように思います。
吉田 超解像機能を搭載している再生機では、それを試す価値ありです。BW970なら「画質選択」の「詳細画質」から「シャープネス」を上げるとか。
堀切 最近の製品は、やり始めるといくらでも凝った映像イコライジングができます。どの製品のどの機能を使うのが自分の好みに合っているか、いろいろと試しているのも面白いですよ。
吉田 何日でも遊べます(笑)。
堀切 「シャープネス」を「2」にして、BW970から480pで再生、それをNA5007で720pに変換してからTW4500に入れたらどうなります?
吉田 この状態でTW4500の「超解像」を「1」にしてみましょう。「シャープネス」は「スタンダード」から1ポイント落とす。これだと輪郭のジラツキもなくなるし、シャープさも出てきた。
堀切 いいバランスになってきましたね。オープニングの奥行感もかなり出てきた。では、BW970の送り出しを720pにして「シャープネス」を「1」に。NA5007はスルーして、TW4500の「超解像」を「1」、「シャープネス」は「スタンダード」の初期値にしてみましょう。
吉田 すっきりしていながら、作為感もない。TW4500では、超解像の前に映像を整えておいた方が、いい結果になるようです。元が24pのDVDですから、2-3プルダウンで60p出力しているんですが、動きのいやらしさは感じませんね。
堀切 この絵はトランブルがやりたかったであろうことに、かなり近いと思いますが、吉田さん、いかがでしょう?
吉田 23分以降の主観映像シーンは本当に凄い。実際にIMAXでありそうな映像ですね。かなり実体感も出ています。
堀切 2D再生でもここまでできるんですから、読者諸氏はぜひ一度この絵を体験して欲しいですね。