2020年のCESで発表されたソニーのEV(電気自動車)「VISION-S」。同社の先進技術を結集し、独自のCMOSイメージセンサーやToF(Time ofFlight)センサーを搭載して高度な運転支援を実現しようという提案だ。翌年のCES2021ではさらに進化し、公道を走れる車として登場した。
そしてCES2022では、SUVの「VISION-S02」をラインナップ、今年春に「ソニーモビリティ株式会社」を設立し、EVの市場投入を本格的に検討することが発表された。
ソニーはなぜ今、EV事業に前向きなのか。具体的にどんなビジョンを持っているのか。今回はVISION-S事業を牽引する、ソニーグループ 常務 AIロボティクスビジネス担当 AIロボティクスビジネスグループ 部門長 川西 泉さんにリモートインタビューをお願いした。(編集部)
麻倉 今日はよろしくお願いいたします。CES2022ではVISION-Sが大ニュースになっていましたね。やはり最大のポイントは、事業化されるという点ですね。
川西 まずは検討開始ということで、ソニーモビリティ株式会社を2022年春に設立します。
麻倉 私は最初からVISION-Sはソニーが発売するだろう、パーツ供給というのは仮面だろうと思っていました。そもそも、センサーだけを供給するのであれば、あんなに大々的に発表する必要はないわけですからね。
とはいえ、会社を設立するとなると戦略もかなり変化してきます。そこに至ったのは、周りの声とか、EVを取り巻く環境の変化があったということでしょうか?
川西 あるタイミングで決定したということではなく、当初から選択肢のひとつとして視野に入っていたのです。
ただ、スタート時点では知見のない部分もありましたし、自動車を作ることの難しさといった問題もありましたので、まずは経験を重ねていくことが必要でした。それを乗り越えられる可能性が見えてきたので、今回の判断に至ったわけです。
麻倉 知見や経験が重なって判断できるようになったということですが、海外での実車走行などは昨年から熱心に取り組んでいました。
川西 そうですね。実際に走行テストをしたり、車体もプロトタイプから何台が作り直しています。そういうバージョンアップを重ねながら、今に至るというところです。
麻倉 実車走行テストを重ねて分かったことがあったら、教えてください。
川西 “走る”“曲がる”“止まる”という車としての基本的な機能を作っていくことと、その上に自分たちの持っている技術をどう投入していったらいい効果が出るのかということが見えてきたと思います。
麻倉 “走る”“曲がる”“止まる”というのが車の基本だとすると、そこにソニーの知見、自動運転や遠隔操作といった提案が含まれてくることで新しい切り口の車ができると。
川西 VISION-Sには、2020年のCESで発表した当時から「セーフティ」「アダプタビリティ」「エンタテインメント」という3つテーマがありました。
まずセーフティ=安全に関しては、センシングデバイス、あるいはその制御ソフトウェアです。次にアダプタビリティ=適応力として、ソフトウェアが進化できること、継続的な進化、グレードアップができる環境を導入します。車にこれらが加わることによって、ソニーとして車の中でのエンタテインメント=娯楽を提案していきます。
麻倉 そこで他社との差別化、独自性が発揮できるということですね。
川西 その方向で考えていますが、現時点では可能性があるということが実証された段階でしょう。
麻倉 先ほど車体も作り直したとおっしゃっていましたが、その度に完成度は上がっていったのですか。
川西 車体はいくつか作りましたが、一台ですべての完成度を上げていくというよりは、それぞれの領域に分けてテストを行いました。走行テストに使ったり、5Gネットワークの接続テストをしたりといった具合です。
麻倉 車というと、ソニーにとってはまったく新しい、しかももの凄く安全性が問われる分野ですので、慎重にも慎重な判断が必要です。
川西 安全性については、今でも100%安全ですとは言い切れないと思います。その点については今後も継続して検討していく、大きな課題だと認識しています。
麻倉 どんな車種にするかも大切です。今回はSUVタイプの「VISION-S 02」が追加されました。
クーペスタイルの「VISION-S 01」があって、そこにSUVが加わるという時流に乗った展開だと思います。といっても、実際に発売する際には、また違うラインナップになるのではないかという気もしています(笑)。
川西 どういう車種が一番いいかは、まだ検討中です。今回のVISION-S02は、弊社が持っているEVプラットフォームの上でより居住性の高い車が作れるかを検証したものです。デザイン的にもいい評価をいただきましたので、皆さんの反応を勘案しながら検討を進めていきます。
麻倉 確認ですが、“検討”というのはいつ頃までを想定しているのでしょう?
川西 モビリティ業界は動きが早いので、タイミングを逃さないようにしたいと思っています。具体的にいつ頃までというのは、今の段階では申し上げられませんが。
麻倉 車を作るとなると、どこで、どうやって作るのか、販売方法やサービスをどうするかも重要なポイントだと思います。
製造に関してはマグナ・シュタイヤーに委託しているそうですが、量産する場合もマグナ・シュタイヤーにお願いするということなんでしょうか?
川西 選択肢には入りますが、他にもパートナーさんはいらっしゃいますので幅広く考えていきたいと思います。
麻倉 ソニーの場合、車の製造設備を持ってない強みがありますね。逆に言うと色々な会社から売り込みもあるでしょう。
川西 家電商品のように簡単に製造の切り分けができる製品ではないことも認識していますので、慎重に考えていきたいですね。
麻倉 VISION-Sの売り方としては、ソニーストアに展示して、そこで実車を販売しますよね。その次は、ネット販売ということになるのですか?
川西 具体的な販売形態までは申し上げられませんが、お客様がお求めになりやすい方法をいくつかご提案したいと思っています。
麻倉 サービスはどうなるのでしょう。車検も必要だし、日常的にはパンク修理やタイヤ交換もありえます。
川西 車としてのメインテナンスは必要ですから、既存の整備工場と連携していくことになると思います。
麻倉 ソニーグループには保険会社もありますから、車の販売、メインテナンス、保険といった全体でビジネスを展開していくことも期待できますね。
さらに、エンタテインメントの出力先としても大きな可能性があります。ソニーミュージックから音楽がダイレクトに来て、ソニー・ピクチャーズからは映画が届くといったこともできる。
川西 そうですね。エレクトロニクス領域だったり、半導体、ゲーム、映像コンテンツ、音楽、金融関係など、すべてを活かしていけると思います。
麻倉 VISION-Sを核にすれば、ソニーのビジネス全部が変わってくるんじゃないかという気がしてきました。
川西 モビリティには、弊社が持っている事業、シナジーを活かせる部分もかなりあると思います。
麻倉 以前のインタビューでは、VISION-Sはソニーが車を売るわけではなく、センサーなどのパーツがビジネスのメインだとおっしゃっていました。となると取引先は自動車メーカーなわけで、ソニーが車を販売するとなるとライバルになりませんか?
川西 スマートフォンでは、ソニーとして製品を販売していますし、一方でそこに搭載されているイメージセンサーを外販しています。その意味では、ビジネスとして同じような形になると考えています。
麻倉 ソニーは、エンドユーザーが喜ぶ物作りが得意です。そのノウハウをうまく活かすと、従来の自動車メーカーにはなかった、新しい展開があるのではと、わくわくします。
川西 ありがとうございます。近未来的な体験をお届けできればと思っています。
麻倉 当然、自動運転にもトライされるのでしょうが、業界の流れと歩調を合わせていくということでしょうか。
川西 急激に自動運転が普及するとは思っていませんので、安全運転支援の領域から技術を積み上げていきたいと思っています。
麻倉 CESの発表には、「BRAVIACORE for VISION-S」という動画配信サービスを搭載すると書かれていました。それ以外のサービスはこれから検討していくということでしょうか?
川西 今回はたまたま動画配信をピックアップしましたが、その他のサービスについてもパートナーさんと協業していきます。基本的にはお客様が普段使っているサービスが、車の中でも同じように体験できるのが自然だと思いますので、そういった環境を作っていきたいですね。
麻倉 プレイステーション5との連携を期待するユーザーは多いと思います。発売までに実現できそうですか?
川西 検証を進めており、技術的には可能だということも分かっています。ただ、具体的な商用化をどうするかは今後の課題になります。
というのも、車は必ずネットワークにつながっているという保証がありません。例えばトンネル入ってネットワークが切れたらどうするかなど、ソニーだけでは解決できない問題もあります。そういった様々な観点で検討していく必要があると思っています。
麻倉 先日のリリースによると、ドイツの走行テストを日本からの遠隔操縦で実施したそうですね。これはどういう目的だったんでしょう?
川西 5Gネットワークを使って行いました。遅延の少ないネットワークなら、車をリモートで操作できるかという検証実験です。
遠隔操縦はどこの国でもまだ認可されていませんが、完全な自動運転の手前にリモートでの運転という需要が生まれてくるのであれば、こういった技術が活かせるのではないかという挑戦になります。実際には視界の問題とか、レイテンシー(遅延)をどうするかといった問題がありますので、簡単な話ではありませんが。
麻倉 遅延の問題はなかったのですね。
川西 遅延は発生していますが、ある程度のスピード(時速)ならコントルー可能だという検証はできました。
麻倉 私は昨年1月にVISION-S01に体験乗車させてもらいました。ソニーの敷地内でしたが、「360 Reality Audio」の立体音響に包まれてドライブするという素晴らしい体験ができました。将来的に自動運転技術が進めばこんな世界になるのかなぁという驚きがあったのです。
こうなると来年のCESも楽しみですね。VISION-Sの展示では必ず衝撃がありますから、2023年にいよいよ発売、なんて発表を待っています。