コルグが提唱する高品質インターネット動画配信システム「Live Extreme」にフォーカスを当てた短期連載の第二回をお届けする。4Kやロスレスクォリティでライブ配信が楽しめるこの方式は、音楽ファンにも多くの恩恵をもたらしてくれるはずだ。
今回はそれを検証するために、Live Extremeの開発者責任者である大石耕史さんと一緒に、藤原陽祐さんの本格シアタールーム“山中湖ラボ”にお邪魔し、大画面&モニタースピーカーによる再生でどれほどの音楽体験ができるかを探ってみた。(編集部)
高品質インターネット動画配信システム「Live Extreme」とは
Live Extremeは、株式会社コルグが提案する高品質インターネット動画配信システム。配信に使われるエンコーダーは同社がソフトウェアベースで開発したもので、4K映像と複数の音声ストリームを1台でエンコード可能だ。その主な特長は以下の通り。
●ロスレス/ハイレゾ音声対応
PCM:44.1kHz/24ビット〜384kHz/24ビット
1ビットDSD:2.8224MHz & 5.6448MHz
●マルチチャンネル音声対応
最大7.1chのサラウンド音声に対応
最大4系統の副音声に対応
●オーディオ・クロックを軸としたシステム・アーキテクチャー
●H.264ハイプロファイルを使った高い動画性能
最大4K/30pの解像度に対応
ストリーミング・サーバーでの再圧縮(画質劣化)なし
●ウェブブラウザでの再生に対応
「新しい生活様式」が求められる昨今、インターネットの重要性がいっそう高まり、学校、仕事と、オンライン化が一気に進んでいる。音楽、エンタテインメントの世界も例外ではなく、コンサート、舞台、トークイベントと、世界中の様々なアーティストによる有料のライブ配信が拡大中だ。
ライブ配信の魅力は、日本中どこでも、たとえ深夜であっても、インターネット環境があれば、比較的安価(通常のコンサートに対して)に鑑賞できること。しかもライブステージが様々なアングルで見られたり、コメント機能でファン同士の想いを共有したり、さらに見逃し配信があれば、ライブ終了後、おいしい料理やお酒を楽しみながらじっくりと鑑賞することだって可能だ。
これまでの常識では想像もつかなかったような新たな価値を提示するオンラインの音楽ライブ配信サービス。単なるコンサートの代わりではなく、まったく別の音楽体験として、我々の暮らしの中に定着しつつあると言っていいだろう。
反面、まだまだ誕生したばかりのメディアだけに、改善の余地も少なくない。私がもっとも危惧するのが音質面の脆弱さだ。映像については、4K収録、4K伝送が徐々に浸透し、大画面鑑賞にも堪えられるクォリティで楽しめるサービスも増えつつある。
ところが音がこれに追いついていない。そのほとんどがMP3、AACといった圧縮音源で収録され、さらに配信時には可変ビットレートに再圧縮されるケースが大半だ。
4K映像とのクォリティ格差があまりに大きく、これではライブ配信ならではの臨場感、生々しさを体験するのはほぼ不可能。私は映像と音声の関係は対等であることが望ましいと考えるが、その理想とはほど遠い状況なのである。
「Live Extreme」が高品質配信を実現している理由とは?
通常の配信ではビデオ編集用のスイッチャーやオーディオエンベデッダに絵と音を集約してから配信用エンコーダーに送られるので、ビデオ・クロックで処理されている(図1-a)。これに対し、Live Extremeでは、オーディオ信号はダイレクトに、映像は別ルートでエンコーダーに送られる。その際にオーディオ・クロックを基準にすることで音の劣化や欠落を防いでいる(図1-b)。
既存の配信サービスの場合、ライブ作品などのリアルタイム配信では現場の映像と音声をライブエンコーダーで圧縮し、それをストリーミング・サーバーに保存、さらにエンドユーザーに送る際に可変ビットレートで再圧縮をかけている。つまりシステム的に2回の圧縮が避けられないわけだ(図2-a)。一方、Live Extremeでは再生時に画質・音質(2Kか4Kか、48kHzか96kHzかなど)をユーザーが選べるようにすることで、2回目の圧縮を回避できる仕組になっている(図2-b)。
ライブ配信サービスとしては、音質面の高品質化が当面の課題となるわけだが、いまクォリティ志向の音楽ファンを中心に注目されているのが、コルグが提案するインターネット動画配信システム「Live Extreme」だ。
これは4K(30p)の高解像度映像とともに、ロスレス音声、ハイレゾ音声(最大PCM 384KHz/24ビット、およびDSD 5.6MHz)、さらには最大7.1chのマルチチャンネル音声(最大PCM 192kHz/24ビット)でライブ配信できる画期的なシステムで、専用アプリではなく、PCやストリーミング再生端末などに搭載されているWebブラウザーで視聴可能だ(ハイレゾ非対応のWebブラウザーもあり)。
送信システムについても、「Live Extreme」用のPC以外、特別な機材は必要なく、ビデオ用のスイッチャーやオーディオ用ミキサーについても、汎用のシステムがそのまま使用可能。もしクライアントからの要望があれば、コルグ側からの技術サポートも可能という。
昨年12月中旬、コルグの大石耕史さんにわが家の視聴室、“山中湖ラボ”までお越しいただき、実際に「Live Extreme」を体験する機会を得た。大石さんは「Live Extreme」の開発者責任者。コンテンツ再生手順に加えて、システムの概要、特長、機材選定の注意点など、様々なお話をうかがいながら、視聴を進めていくことになった。
大石さんとのやりとりの中で、私がもっとも興味深かったのが、リップシンクがずれたときの対処方法だ。映像を伴う音楽ライブの場合、映像と音声の微妙なズレが問題になるケースが多く、ライブ配信サービスでも何らかの対策が求められるわけだが、「Live Extreme」では音声には手を加えず、映像側の調整で不自然なズレを補正するのだという。
「カメラも含めて、映像スイッチャーや音響ミキサーなどの収録システムとして、映像と音声がどのようにずれるのか、そのクセを把握してLive Extremeのエンコーダーで自動的に補正します。この時、音には手を加えず、映像側で1フレームだけリピートしたり、除去したりして、ズレを払拭します。音の良さこそLive Extremeの生命線ですので、寸分とも音を途切らせることはしません」(大石さん)
今回、主に4つのコンテンツ(下コラム参照)を視聴させてもらったが、これらのコンテンツに共通して言えることは、その映像とサウンドから受けるライブ感、生っぽさが半端なく、音楽の楽しさがダイレクトに感じとれたことだ。
ヴォーカルの生々しいニュアンスといい、緻密で、微細な楽器の響きといい、音そのものの鮮度が高い。特にハイレゾ音源については、リアリティに富んだ声に加えて、映像から吹き上がるかのように良質な響きが拡がり、ライブ空間を共有している感覚が新鮮だった。
例えば昨年2月、オーディオファンにはお馴染みの藤田恵美を迎えて開催された『ヘッドホンコンサート』。4種類のフォーマットで配信されたが、お勧めはやはりその場の雰囲気、気配まで感じさせてくれる4K映像と192kHz/24ビット音声の組み合わせだ。
彼女独得の優しく、繊細な歌声が目の前にフワッと浮き上がり、ベース、ピアノ、ギターといったアコースティック楽器の響きと無理なく融合して、絡みあう。
映像、オーディオ評論のような仕事をしていると、つい画質、音質が気になってしまいがちだが、不思議なことにこのコンテンツの視聴ではまったく違った。知らず知らずのうちに、スクリーンに広がる4K映像と、空間を満たすハイレゾ音声に引き込まれ、まさにそのライブ会場に居合わせているかのような感覚を得たのである。
今回視聴したコンテンツと配信フォーマット
『羊文学:まほうがつかえる2021』
●配信フォーマット:2K+48kHz/24ビット
『TENDER:Life』
●配信フォーマット:4K+48kHz/24ビット、4K+192kHz/24ビット
『藤田恵美:ヘッドホンコンサート』
●配信フォーマット:2K+48kHz/24ビット、2K+192kHz/24ビット、4K+48kHz/24ビット、4K+192kHz/24ビット
『阪田知樹:ショパン(バラキレス編曲) ロマンス』
●配信フォーマット:4K+48kHz/24ビット、4K+96kHz/24ビット
※取材時は特別に4K+DSDのストリームを準備
スタジオ収録の『阪田知樹:ショパン(バラキレス編曲)ロマンス』の4K映像とDSD音声(DSDは取材用で、通常の配信は48kHzと192kHzの2種類)の組み合わせも凄かった。力強く、かつしなやかな鍵盤のタッチといい、空間に浸透していく緻密な響きといい、その表現は実に端正で、素朴だ。
熱気を感じさせる力感溢れた演奏だったが、耳ざわりなエッジの強調は皆無。とにかく4K映像とDSD音声の共演がもたらす生っぽさは圧倒的で、時間の経過を忘れてしまうくらい、その演奏に聴きいってしまった。ここまでリアリティに富んだ演奏が自宅で体験できるとは……。聴き終わった後、しばし呆然としてしまったほど感動的だった。
これまでリアルタイムで音楽ライブが楽しめるメディアといえば、放送と相場が決まっていたわけだが、最先端のBS4K放送を含めても、ここまでのクォリティ(特に音質)で体験できる生演奏は初めて。UHDブルーレイ再生に限定されていた上質なハイレゾ映像とサウンドの共演が、ストリーミング配信で、しかもライブで楽しめるとは、まさに夢のようだ。
クォリティを極限まで追求した動画配信システム「Live Extreme」の登場によって、ライブ配信というエンタテインメントの価値が大幅に押し上げられることは間違いない。