配信が急速に進化している。特に音楽関係では、ライブの雰囲気をリアルタイムで共有できる新しい楽しみとして認識され、コンテンツ数も着実に増えている。そして最近は、配信の映像や音の品質に対する要求も上がってきた。確かにせっかく自宅の環境で楽しむのであれば、コンテンツのクォリティはきわめて重要である。
コルグが提案するLive Extremeは、そんな声に応えるための配信高品質化技術だ。4K映像とハイレゾ音声を伝送できるこの方式は、作り手であるアーティストにも評価され、昨年の登場以来様々な配信現場で採用されている。
StereoSound ONLINEでは今後、このLive Extremeを使った配信がホームシアター環境でどれほどのクォリティで再現できるのか、またどのような方法で楽しむのが最適なのかについて探っていく。今回は、自身の作品をLive Extremeで配信した音楽プロデューサーの井出 靖さんと、ミュージシャンのCalm(カーム)さんをお招きし、StereoSound ONLINE視聴室の大画面で体験いただいた。(編集部)
今回試聴した「Space Jam LIVE」とは
今回は、9月25日(土)に行われた、Live Extremeを使ったライブ配信「Space Jam LIVE」のアーカイブを視聴している。本作は、今年の5月20日にKANDA SQUARE HALLにて行われた、井出靖氏率いるThe CosmicSuite Ensembleの初のライブ・ショーの映像化で、1曲36分のミュージカル・ジャーニー「COSMIC SUITE」、そしてヤン富田氏作曲の「Patrol of the Saturn」を全編生演奏で再現。JAZZ、DUB、FUNK、AFRO、TECHNOが混ざり合い、更にインプロビゼーションによる混沌とした宇宙組曲に昇華している。
――今日は井出 靖さんとCalmさんにStereoSound ONLINE視聴室においでいただきました。先日おふたりが制作に関わられた「Space Jam LIVE」がコルグのLive Extremeで配信され、注目を集めました。今日はその「Space Jam LIVE」を視聴室のリファレンスシステムで再現、どれくらいの満足度が得られるかを体験していただきたいと思っています。
さらに観るプロとして麻倉怜士さんにも同席いただき、ホームシアター愛好家にとって、この映像がどんな意味を持っているのかをお話しいただきます。またLive Extremeを開発したコルグの大石耕史さんにはシステムの解説をお願いしています。
麻倉 よろしくお願いいたします。さっそくですが、今回の「Space Jam LIVE」はLive Extremeのシステムを使って配信されたわけですが、そのきっかけは何だったのでしょうか?
大石 それについては私からご説明します。もともとは、私と一緒にLive Extremeを担当しているスタッフが、ライブ会場にお邪魔していたのです。彼がこのライブに感動して、井出さんに配信に興味はありませんかと話をさせていただいたのがきっかけでした。その時は、記録用の撮影しかしていないので……というお返事だったと聞いています。
ただ、しばらくして井出さんから、「マスタリングをCalmさんがやってくれたら、凄い物ができました」という連絡があったんです。そこで音を聴かせてもらったら本当に素晴らしくて、ぜひLive Extremeで配信させてくださいとお願いしました。
井出 最初は音だけ聴いてもらって、その次に映像を仕上げたという順番でした。
大石 絵も音もとにかく素晴らしいので、ぜひLive Extremeで配信したいと思いました。マスターがこれだけのクォリティをもっているのだから、配信のためとはいえ、余計な圧縮などはして欲しくなかったのです。
麻倉 クォリティファーストの発想ですね。その点は作り手の井出さんやCalmさんにとっても重要ですよね。
Calm もちろんです。配信を観ている人がわれわれと同じ体験ができるというのは素晴らしいことですから。
――そのコンテンツを、今日はスクリーン大画面映像と、2chスピーカーで体験いただきました。再生にはMacBook PROのサファリを使っています。音声信号はUSB出力をコルグのD/Aコンバーター「Nu:1」につないでアナログ変換し、それをデノンのプリメインアンプ「PMA-SX1 Limited」に入力、モニターオーディオのスピーカー「PL300II」をドライブしました。映像はHDMI出力をビクターのD-ILAプロジェクター「DLA-V9R」につなぎました。画面サイズは120インチです。
大石 いわゆるPCオーディオの再生と違うのは、再生にウェブブラウザを使っている点です。普通はオーディオ再生用のソフトを使うことが多いと思いますが、Live Extremeは一般のブラウザでもここまでできるということがひとつのウリになっています。
麻倉 おふたりは、こういった環境でご自身の作品をご覧になったのは初めてですか?
井出 僕は先日、宇川直弘さんがやっている「DOMMUNE」という配信番組の中で、大画面LEDディスプレイで観せてもらいました。ただ、会場が落ち着いた環境ではなかったので、今日はゆっくり観ることができてありがたかったです。
Calm 僕はパソコンモニターでしか観ていなかったので、こんなに大きなサイズは初めてでした。モニターではこんなに細部まで観えないので、ここまで細かく分かるんだということが印象的でしたね。これ、カメラは何台入れたんですかね?
井出 4Kカメラが8台です。またもっと画素数の多い、映画用のカメラも使いました。
――それは豪華ですね。配信のためにそこまで準備されたのですか?
井出 いえ、実は配信は後付けなんです。もともとは、「COSMIC SUITE」というアルバムを去年の11月に発売しました。これは1曲で35分あるインストルメンタルの曲です。その時にCalmさんにマスタリングをしてもらっています。
そして次に、それに合わせた映像として「COSMIC MOVIE」を作りました。楽団のバックで流れていた映像です。「COSMICMOVIE」自体も配信したのですが、その後にライブをやろうということになり、レコーディングのメンバーを中心にして、映像に合わせて演奏したのが今回の「Space Jam LIVE」です。
麻倉 ということは、まず曲があって、次にそれに合わせた映像を作り、ライブではその映像をバックに演奏して配信した。
井出 そうです。とにかく音を映像に合わせないといけないのがたいへんでした。ドラムの2人とベース、パーカッションはみんなクリック(ガイド音)を聞いています。キーボードは事前に音源をDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)に入れておいて、次にどれを演奏するか決めてあります。管楽器などの前列で演奏をしている人たちは映像も観えないし、クリックも聞けないので、僕が指示を出していました。
――その様子を4Kカメラで撮影していたのですね。
井出 最近はライブもなかなか簡単に開催できないので、きちんと記録しようと思っていました。ただ、後になってこの映像を多くの方に観てもらいたいと考えるようになったのです。限られた時間で作った作品ですが、映像自体はよくできたと思っています。
実は僕自身、これまでDJ以外でステージに立ったことはなかったんです。でも今回は、人生で初めて指揮をやることにしました。マイルス・デイビスとジョージ・クリントンと萩原健一と松田優作を観ながら、自宅でイメージトレーニングをしていたんです(笑)。
――おふたりとも、かなり入魂の作品だと思いますが、絵や音の印象はいかがでしたか?
Calm 今日のシステムの音は、自宅で聞いている印象と変わりはなかったですね。この部屋は割とスタジオ的な吸音・防音もしてあるようで、とてもよかったです。スピーカーの出音を聴くという感じで、普段ヘッドホンなどでダイレクトにモニターする感じと似ているなぁと思っていました。
また映像の解像度が高いということは、よく分かりました。画面が小さいとどうしてもディテイルが分かりにくいんですが、このサイズなら楽器の細部まで識別できます。元の映像クォリティがよくないと、大画面にしたら荒くなっちゃいますが、今日はそんな印象がなかったですね。
大石 今日の配信では、映像は2KのフルHDで送っています。4Kで撮影したものを2Kに変換して、それを配信のマスターにしているのです。
Calm やはり元々の映像がいいと、ダウンコンバートしても情報が残るんですね。それは音でも同じだと思います。
麻倉 このプロジェクターは4Kパネル搭載機ですが、独自の投写方式でスクリーン上では8Kの映像として再現します。ですので、今観ていただいたのは配信の2K映像をプロジェクター側で8K相当に変換したものになります。それもあって、かなり精密な映像として再現されていました。これなら、当日のライブの雰囲気も再現できていたのでなないでしょうか?
井出 音については、そもそもライブ会場と配信では、まったく違うものとして作り直しています。Calmさんには何度もマスタリングをお願いして、別世界の作品として仕上げてもらったんです。多分5回はやり直してもらったんじゃないかな。
Calm このマスタリングは難しかったですね。僕自身は、スタジオ収録版の「COSMIC SUITE」もマスタリングをやっているので、それと比べちゃうところもあったんです。でもライブのよさも出さなきゃいけないし、ライブはどうしても音のかぶりが多いから、そこをどうするか悩みました。
井出 でも、すごくいい音に仕上げてくれましたよ。
Calm 低域を感じてもらうために、高域も綺麗に出そうという点は注意しました。また高域情報をちゃんと出さないと、ひとつひとつの楽器の音が潰れてしまうんです。配信やパッケージは何回も見直せるから、やはり商品としての音を作らないといけないので、そこが難しかったですね。
井出 もともとライブの記録として考えていたので、一発勝負という感じで録っていましたからね。それだからこそ、マスタリングとしてやることが多かったと思います。
麻倉 今回の配信は48kHz/24ビットで行われました。先ほど高域情報を出すという話がありましたが、マスタリングの際に元の音源がハイレゾで収録されているメリットはあるんでしょうか?
Calm 44.1kHz/16ビットと48kHz/24ビットでは、エフェクトのかかり方などが違います。EQ(イコライザー)の0.1dBの違いがわかりやすいのです。マスタリングはそもそも0.1dBの違いが重要です。普通のミックスではそんなに印象は変わらないのですが、マスタリングだと0.1dBあげるだけで印象が凄く変わってしまう。で、そこを変えた音源を井出さんに聞いてもらうと、なんか違うと言われたりするんです。
井出 そんなこともありましたね(笑)。
Calm 普通は井出さんが満足したらそれでいいって感じになると思うんですけど、今回は自分が納得できなくて、もう1回やらせてくださいとお願いしていました。
井出 あれは嬉しかったですね。でも、改めて送ってもらった音を聴くと、今度は僕があれっ? て感じになって。前の方がよかったかなと思ったりしてね(笑)。
Calm マスタリングは印象を変える作業だと思っているので、そうなりますね。そもそもミックスされた音については、元々の世界観を活かさなくてはいけないので、大胆に変えることはできません。
その中で、例えば今回だと被りの部分を抑えながら、みんなの演奏が綺麗にわかるようにして、かつ低音をしっかり出すという、もの凄く難しいテーマがありました。
――そこまで難しい作業をされていたとは、驚きました。では、そんなこだわりの配信を、観るプロの麻倉さんはどのように思われたのでしょうか。
麻倉 配信の品質は、この数年で急速に向上してきました。当初はコロナ禍という社会状況の変化に対応するためにあわてて手作りしたという感じで、質は二の次、とにかく観られればいいというものでした。
しかしLive Extremeが登場した頃から、配信も品質に留意するようになってきました。これくらいでいいだろうというレベルから脱却し、パッケージソフトと同じような姿勢で観られるようになったというのが一番の進化と言えるでしょう。
映像も2Kが普通になっています。そもそも今日のような大画面で観ようと思うと、やはり2Kは必要です。当初の配信は2Kといっても転送レートが低く、ぼけたものでしたが、最近はそこにも配慮されています。
音だけではわからない情報を映像がきちんとフォローして、かついい音と綺麗な映像で再現されることで、トータルな感動性、音楽性もアップする。そんなレベルに配信のテクノロジーが到達したということに、まず感心しました。
となると次は、そこにどんなコンテンツを入れるかが重要です。その点でも「Space Jam LIVE」は、大画面で楽しむのに相応しい映像でした。音もすばらしくクリアーで、細かい。分離度がよくて、低音から高音までバランスよく再現されていました。
――ではそのLive Extremeについて、どういった技術で高品質を実現しているのか、大石さんからご説明いただきたいと思います。
大石 Live Extremeは当初、世界最高音質の配信システムとして提案しました。オーディオファーストの設計で、クロックもオーディオを優先しているのですが、最近は客観的に観て、映像も綺麗だなぁと思っています。
「SpaceJam LIVE」の映像はビットレートが6Mbpsで、他の配信と比べても凄く高いというわけじゃないんです。でも、同程度のビットレートのYouTubeと比べても画質がいい。というのも、普通の配信ではライブ配信する時に一度圧縮して、さらにサーバー側で再度圧縮しています。でもLive Extremeではオリジナルデータから一度だけ6Mbpsに圧縮して、それを配信します。つまり第一世代の6Mbpsの状態でお届けできるのです。
今回のライブ映像も照明の点灯などが多くありました。MPEG圧縮ではあのような映像はブロックノイズが出やすいのですが、今日の120インチで観ても、そんなノイズは一切気になりませんでした。
音質はロスレスで送っていますから、マスタリングされたものがビットパーフェクトでお届けできていると思います。そもそも今回のCalmさんのマスタリング自体、無茶苦茶よかったですよね。
僕自身も勉強のためにもほぼ毎日、色々な配信を観ていますが、ここで盛り上がって欲しいと思っても、なんとなくのっぺりした印象で終わってしまうコンテンツもよくあります。
でも「SpaceJam LIVE」は演奏のダイナミクスがすごく出てきて、聴きやすいバランスでありながら、盛り上がって欲しいところはガツンと来るっていう、メリハリ感もありました。そこがとても嬉しかったのです。
――その辺り、Calmさんの方で工夫されたことがあったんですか?
Calm 元の演奏がよくて、その中にダイナミクスもちゃんとあったので、それを潰さないように注意しました。コンプレッションをかけて低音を効かせるのは簡単ですが、そうすると音が平面的になってしまうので、今回はそれはちょっと違うと。またライブなので、会場の雰囲気をイメージできればということも考えました。
高品質インターネット動画配信システム「Live Extreme」とは
Live Extremeは、株式会社コルグが提案する高品質インターネット動画配信システムだ。配信に使われるエンコーダーは同社がソフトウェアベースで開発したもので、4K映像と複数の音声ストリームを1台でエンコード可能。
映像圧縮はH.254のハイプロファイルで4K/30pまたは2K/60pに対応。音声はDSD 2.8MHz/5.6MHz(DoP方式)と44.1kHz/16ビット〜384kHz/24ビットのFALC/アップルロスレスが扱える。このエンコーダーは、音質を優先してオーディオクロックを基準にしていることもポイントで、必要な場合には映像を音に合わせるといった処理を加えているそうだ。
最近では、「eContent」「Thumva」「イベキャス」「Jストリーム」といった様々なサービスに相次いで採用され、配信コンテンツの高品質化をリードするテクノロジーになっている。
麻倉 以前の配信はデスクトップシステム向きで、今日のような本格システムで再生すると、絵も音もまったく駄目でした。いい機器で効くと、逆に素材のプアさが露呈してしまったのです。
でも今日は120インチとフロアー型スピーカーでも充分満足できる絵と音が再生できているわけで、このグレードに堪えうるだけの配信をLive Extremeが実現したという証拠ですね。
ホームシアターにとってこれはとても重要なことです。いくらいい再生システムを揃えても、コンテンツがよくないとまったく楽しむことができない。その意味でも、高品質で楽しめる配信がLive Extremeで実現できたということはとても喜ばしい。
大石 ファッションや食事なら、上質でいい物を知っているユーザーさんは世の中にたくさんいらっしゃいます。でも配信となると、ほとんどの人は “質” を気にしていない気がして、なんとかしてその思い込みを変えていきたいと考えていました。
麻倉 今回、作り手である井出さんもCalmさんもLive Extremeのよさを認めてくれたわけですから、これからどんどん情報を発信して、もっと多くのアーティストに使ってもらわなくてはいけませんね。
井出 本当に素晴らしいですから、多くの人に知ってもらいたいですね。
大石 そういっていただけると、とてもありがたいです。今後はもっとアーティストの皆様にもしっかり還元できるような配信のエコシステムも構築していきたいと思っています。
麻倉 最近は4Kテレビの普及も進んで、画面サイズも50インチ以上が普通になりつつあります。今後はそんなサイズで配信を観る人も増えていくでしょうから、井出さんやCalmさんの作品はすべてLive Extremeで配信するくらいのこだわりで進めていただきたいと、期待しています。