以前から告知されていた通り、マランツはコントロールAVセンターAV8805の有償アップデートサービスの受付を開始した。HDMI基板の入れ替えにより、HDMI入出力を最新規格に対応させることがサービスの趣旨だ。これに合わせて、AV8805は生産終了となり、以後のモデルははじめから最新バージョンのHDMI基板を搭載した新製品「AV8805A」として展開される。ここでは、かねてからのAV8805ユーザーである麻倉怜士さんに改めてAV8805、AV8805Aの魅力を解説していただこう。元々、麻倉さんがAV8805を導入したのは2018年。Auro(オーロ)-3Dへの対応と、何より「従来機よりも遙かに音質向上した」ことがその理由であるとHiVi誌にも記していただいていた。このアップデートで、最新規格への対応力はさらに充実したのだ。(編集部)

 私は3年前から、マランツのコントロールAVセンターAV8805を愛用している。メインスピーカーのJBLプロジェクトK2 S9500はザイカオーディオの通信管845プッシュプルアンプで、センターのJBL C5000はマークレビンソン No20.5で駆動し、サラウンドのJBL 800ARRAYとオーバーヘッドのリンCLASSIK UNIKはマランツの7chパワーアンプMM8077が担う───というシステム全体の司令塔がAV8805だ。品格感と品質感が格段に高く、ひじょうに基本に忠実な音を再生してくれる本アンプを導入して以来、シアターの音模様はすっかり変わった。

 

マランツ最上位機がモデルチェンジ&アップグレード

 ところがつい最近、AV8805がAV8805Aにモデルチェンジすると発表された。HDMI基板をHDMI2.1対応にし、新たに1入力/2出力のHDMI端子で8K/60 Hzや4K/120Hz映像信号のパススルー、HDR10+などのサポートを可能にする。同時にAV8805を対象に「有償HDMI 8Kアップグレードサービス」を実施するというのが公式ステートメントだ。

 

画像1: “変わらない” 高品位コントロールAVセンター マランツ『AV8805A』

マランツ
Marantz
AV8805A
¥572,000(税込)

●接続端子:HDMI入力8系統(8K入力対応1系統)、HDMI出力3系統、デジタル音声入力4系(同軸×2、光×2)、アナログ音声入力9系統(RCA×8、XLR)、7.1chアナログ音声入力1系統(RCA)、フォノ1系統(MM)、15.2chプリアウト2系統(RCA、XLR) 他
●寸法/質量:W440×H185×D410mm/13.8kg

上がAV8805A、下がAV8805。型番のプリント以外には外観上の違いはまったくない。今回はAV8805の有償アップデートはせず、2機種の新旧比較を実施した

 

 

 でも今回のモデルチェンジの真意は別のところにある。ニュースリリースのどこにも書かれていないが、実は心臓部のDAC素子を変更したのである。工場火災により、これまで使っていた旭化成エレクトロニクス(AKM)の継続使用が不可能になった。そこで、ちょうど予定していたHDMI2.1対応のタイミングで、性能的には同等のESSテクノロジー社製DACへの変更を決めたのである。DACが代わるのだから、きわめて重大な変更だ。

 しかしマランツとしては単に変更するだけでなく、もうひとつ、ひじょうにこだわったことがあった。できるかぎり音調、音質に変化がないようにすることだ。AV8805の音を愛でているユーザーの立場からすると、現行機器がDAC変更にて大幅に音質向上するなら、せっかくの愛機の価値が下がるようで、面白くないだろう。でも音質下降も考えられない。そこでDACは代えるが、現行モデルのレベルを強固にキープするという設計方針で臨んだのである。

 実は、そこが今回のモデルチェンジの面白いところだと思う。いくら同じになるように努めても、音質の根幹のDACが代われば、何らかの変化はあるだろう。それこそがAV8805のユーザーとして、大いに興味をそそられる点だ。はたして、音は変わったか、変わらないか。自宅シアターにてAV8805とAV8805Aの徹底比較を行なった。試聴は ①CDをCDプレーヤーからのアナログ入力/BDプレーヤーからのHDMI入力で比較、 ②UHDブルーレイのドルビーアトモス、オーロ3DをHDMI入力で比較した。まず最近、修理が完了したリンの世界遺産的名機、CD12でUAレコードのCD『チーク・トゥ・チーク/情家みえ』を再生した。

 

新モデルAV8805A & AV8805有償アップデート

 マランツのコントロールAVセンターAV8805Aは、従来機AV8805をベースとしてHDMI周辺機能を最新規格に対応させた新製品。13.2chプロセッシングに対応し、7.1.6や9.1.4構成のドルビーアトモス再生も可能だ。オーバーヘッドスピーカーを6本扱える高機能性だけでなく、IMAX EnhancedやAuro-3Dをサポートすることも特筆される。
 また、AV8805Aの発売と合わせて、AV8805の「有償HDMI 8Kアップグレードサービス」が実施されている。これはAV8805のHDMI基板を交換することでAV8805Aと同等のHDMI周辺機能を実装するもの。販売店に持ち込むかサービスセンターへの直接送付後、製品がサービスセンターに到着してから約2週間で返送される。価格は¥77,000(税込)。
 AV8805Aとアップグレード後のAV8805で共通する主な新機能は以下の通り。① 8K/60Hz&4K/120Hz信号のパススルー、② HDR10+、Dynamic HDR信号のパススルー(従来はHDR10、ドルビービジョンに対応)、③ ALLM/VRR/QMS/QFT対応(従来はALLMのみ対応)、④ 映像の8K変換出力、⑤ GUI/OSDオーバーレイ表示の8K化。
 なお、D/Aコンバーター基板の変更はこのアップグレードサービスの対象に含まれない。(編集部)

画像2: “変わらない” 高品位コントロールAVセンター マランツ『AV8805A』

AV8805Aに搭載されるHDMI基板。これと同じものがAV8805のアップグレードサービスにも適用される

 

画像3: “変わらない” 高品位コントロールAVセンター マランツ『AV8805A』

基板写真の端子右から4番目にあたるのが、「8K IN」と書かれた8K映像入力可能な「7 AUX2(8K)」端子。基板を見ると、HDMI2.0対応のLSI(パナソニック MN864778)を通らずダイレクトにHDMI出力側へ伸びていることが分かる

 

 

新旧で個性の違いがあれど、どちらも間違いない高品質

 旧AV8805はしなやかで、やさしい。ヴォーカルに艶やかなリアリティがあり、表情の深さ、感情の暖かさ……いう音楽的な質感がいい。とても心地好いアナログサウンドだ。音にゆったりさと共に力感があり、余裕感と器量感も充分に感じられた。

 では新AV8805Aはどうか。鮮鋭で、フォーカス感が強靱だ。音の表面の微少な凹凸まで、ひじょうにこまやかに音情報として再現する。音楽の進行に伴う、音と音のつながりが緻密で、音の粒子感の細かさは特筆すべきもの。情家みえのヴォーカルは微細な粒子で音の核がたっぷりと充満されただけでなく、音の表面のグラテーションが細かくなめらかに、かつ剛毅さも感じられる。音像の立ち方も立体的なイメージだ。

 CDではもう一枚。リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルの2021ニューイヤー・コンサート。無観客コンサートのライヴCDだ。旧AV8805では明瞭度が高く、アナログらしい溌剌感と同時に、しっとりとしたすべらかさ、耳触りのいい温度感が聴ける。ウィーン・フィル的な優しく弾ける質感が心地よい。特に木管の深くも、朗らかな音色が心に染みる。

 新AV8805Aは、誰もいない会場にて演奏した状況(アンビエントがより豊穣になり、セッション録音に近い形で綿密に録れる)が、2chの音からでもリアルに聴き取れる。そこまで物語る表現力が、この新アンプにはある。ウィーン・フィルの美質の「艶感」が、CD12によって麗しくも引き出され、さらにA/D変換され、新アンプにて細やかな表情が与えられた。光の艶がより明るく、深くなった印象も。細かな音の粒子が音のグラデーションに繊細な陰影を与えている。まとめるとアナログ入力ではキャラクターの違いはあるが、新旧のどちらにも大いに魅力を感じた。

 ではHDMI入力の音はどうか。同じ情家みえとウィーン・フィルのCDをパナソニックDP-UB9000で再生し、エイムのHDMIケーブルLS3で接続。旧型はCD12のアナログ音調とは違った意味で説得力のある音を聴かせた。意外にもしっとりとした、大人の音だ。スムーズで滑らか、清潔にしてクリアー。粒子も細かい。常日頃、旧アンプのHDMIの音はいつも聴いていたが、改めて、襟を正して聴くと、もう「HDMIだから」というエクスキューズが必要ないほど高品質であることが、再確認できた。

 新モデルのHDMI入力はどうか。かなりキャラクターが異なる。旧型は質感のよさを聴かせたが、新型は情報量とハイフォーカスで迫る。情家みえのヴォーカルはキレ味が鋭く、輪郭に熱いエネルギーが凝縮。ベースの精確な音階感、弾み感、ピアノのブリリアントさ……など、本CDの魅力を、違った角度から引き出していることが分かった。ウィーン・フィルも同じストーリーだ。輪郭にメリハリが与えられ、音の陰影が、光線が細部に照射されるように光と影を生じさせ、音の表情をダイナミックにしている。

 HDMI入力での違いをまとめると、優れたステージングにて、リアルな音場感を感じさせ、上質な雰囲気を再現していた旧型、ディテイルまでの明解な表現にて、明瞭度の高い音調を聴かせる新型。どちらも、ひじょうに説得力のある音だった。

 

画像4: “変わらない” 高品位コントロールAVセンター マランツ『AV8805A』

右下に並ぶ15枚の基板は、チャンネルごとに独立した「HDAM-SA」アンプモジュール。これにより、ハイスルーレート(出力電圧の応答速度)とチャンネル間の低クロストークを実現しているという。左に見えるのはマランツの「Hi-Fi」コンポと同等グレードのトロイダルコアトランス。その他、カスタム仕様のブロックコンデンサーなど贅沢に資源が投入されている

 

アトモス&オーロで痛感するのはAV8805Aの再現力の高さ

 AV8805Aの基本が分かったところで、イマーシブサウンドで聴こう。ここからはAV8805Aのみ。映像付きのイマーシブコンテンツを新アンプはいかに再生するか。ドルビーアトモス収録のUHDブルーレイ『グレイテスト・ショーマン』、オーロ3D収録のBD『ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、交響詩「海」、ストラヴィンスキー:春の祭典』(ガッティ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)だ。

 『グレイテスト・ショーマン』のチャプター10。パーティーで興行師のバーナムとスウェーデンの歌姫ジェニー・リンドが初めて会うシーン。AV8805Aの再現性として私が注目したのがふたつのポイントだ。ひとつは声が持つ人物のキャラクター表現力。喉を震わせ、ドスを効かせて、旨い話を持ちかける厚顔の興行師バーナムに、「Why Me ?」とリンドは疑いを持ちながら上から目線で、皮肉っぽく応対する。彼女の少しからかいが交じった複雑な声の真意を、AV8805Aは見事に活写した。そんな人物の個性と真意が声から読み取れる。もうひとつは、遠くのざわめきのアンビエント。音量は小さいのだが、明瞭な音の立ち方、拡がり感にて臨場感や場の生々しさを支える。サラウンド全周を通した微少信号の再現性もAV8805Aの得意技と分かる。リアルな会場感を背景にした、センターからのダイアローグが生々しい。

 チャプター11。リンドが「Never Enough」を歌うステージシーン。冒頭、バーナムのMCがセンターから勢いと剛性を伴なって飛び出し、その響きが、広い会場に拡散する。聴衆の拍手の拡がり方も自然だ。ピアノ弱音から始まり、弦が少しずつ加わり、編成が増え、ついにはトゥッティで最大限の強音まで到達し、突きぬけるように感情がもりあがるという、息の長いクレッシェンドのつれづれに、ハッと思わせる深い表情を新AV8805Aは聴かせてくれる。弱音領域で歌う「Take my hand ♪」の優しいニュアンスを込めたビブラートが素敵だ。細やかな陰影、緻密な抑揚を持つ歌声は、響きの軌跡を伴ない、会場に深く拡散していく。

 

画像5: “変わらない” 高品位コントロールAVセンター マランツ『AV8805A』
画像6: “変わらない” 高品位コントロールAVセンター マランツ『AV8805A』

麻倉さんがオーバーヘッド(ハイト/トップ)スピーカーとして使用するのはリンのCLASSIK UNIK。計5組10本が設置されており、ドルビーアトモス、オーロ3D再生時で利用するスピーカーが異なる

 

画像7: “変わらない” 高品位コントロールAVセンター マランツ『AV8805A』

オーバーヘッドスピーカーを鳴らすのがマランツの7chアンプMM8077。10本のスピーカーを2台体制でサポートする

 

 オーロ3Dは、ガッティ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサート。本作品は、会場とオーケストラを知り尽くした録音集団ポリヒムニア・インターナショナルの手になるもので、音場の立体感と、音質の透明感が見事に両立したクラシックのイマーシブ収録の中でも特筆される作品だ。

 シューボックス型のアムステルダム・コンセルトヘボウは、筆者の大好きなホールだ。何回も訪れ、RCOの定期演奏会を聴き、分厚くひじょうに透明度が高い響きを体感している。AV8805Aのオーロ3Dは、まるで実際にコンセルトヘボウの場にいるかのような上質な臨場感と立体感で聴かせてくれる。

 ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」冒頭のフルートの旋律で、いかにこの空間が広いか、そして音の密度が高いかが、分かる。単音が半円球空間に広く拡散し、長い滞空時間を持ち、なめらかな音の軌跡を残しながら輝き、消えゆく。その後、さまざまな音色要素が混じり合い、カラフルな音響がリスニングルームを満たす。現場では直接音、間接音が、客席とステージの間の何レイヤーもの空気層を通過し、耳に到達するという体験をしている。それを思い起こさせるAV8805Aの空間再現力には舌を巻く。

 コンセルトヘボウの音響のもうひとつの特徴は、音がまるで教会のように、まずは天井に登り、そこから客席に向かって下りてくることだ。客席からは、天井から反射音が降り注ぐのが分かる。ストラヴィンスキー「春の祭典」の冒頭は木管の饗宴だ。ファゴットから始まりフルート、クラリネット、オーボエが加わる。これら木管群が、前方からの直接音に加え、間接音が後方の天井まで登り、そこから下降するという、長い経路を通って空間を飛翔する様子を、まるで現場で聴いているような臨場感で体験できた。オーロ3Dの空間力とAV8805Aの再現力の合わせ技に感動した。

 結論としては、旧モデルと新モデルでは総合的クォリティを同等にするという設計目標はほぼ達成されたと判断した。どちらもたいへん魅力的で説得力を持つ音だ。しかし、キャラクターが、かなり異なる。簡潔に言うとソノリティの「旧」、情報量の「新」だ。8K対応のこともあるし、私はこれから新型と長く付き合っていこうと思った。

 

【主な試聴ソフト】

●CD
『エトレーヌ/情家みえ』
『ニューイヤー・コンサート2021/ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団』

●BD
『ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、交響詩「海」、ストラヴィンスキー:春の祭典/ガッティ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団』(オーロ3D)

●UHDブルーレイ
『グレイテスト・ショーマン』(ドルビーアトモス)

画像8: “変わらない” 高品位コントロールAVセンター マランツ『AV8805A』

 

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