EMTのヘッドシェル一体型フォノカートリッジは、ヨーロッパを代表する放送局用カートリッジとして君臨してきた。有名なステレオ仕様のTSD15は1965年に誕生しており、今も熱烈な愛用者が存在する。
2014年からEMTのフォノカートリッジを製造しているのは、ターレストーンアームで有名なミッハ・フーバー氏が主宰するスイスのハイフィクション社。このたび、新型のヘッドシェル一体型のMCフォノカートリッジが発表された。資料を紐解くと、ステレオのTSDが3機種とモノーラルのTMDが3機種、加えて世界限定80個というTSDアニバーサリーが登場する。TSDとTMDには一般的なSME互換タイプとEMT製トーンアーム用があり、発電コイルは4N銅線で3種類のインピーダンス/出力と、4N銀線で3種類のインピーダンス/出力がある。かなり多くの組合せが用意されるわけだが、1個ずつ手作業で組み立てるフォノカートリッジだからこそ実現したのだろう。発電構造はオリジナルに忠実で、ボディはマグネシウムの無垢材から切削加工したものだ。
私は以下のステレオ仕様3機種を聴いた。
①TSD SFL=アルミカンチレバー+スーパーファインライン針+4N銅線24Ω
②TSD MRB=ボロンカンチレバー+多面カット針+4N線24Ω
③TSDアニバーサリー=サファイアカンチレバー+多面カット針+4N銀線24Ω
本誌リファレンスの試聴機器にEMT製のSTX5/10昇圧トランスを組み合わせた音は、実に印象深いものだった。
テクニクスSL1000Rに装着した場合は、トーンアームを低めに設定する必要があった。自分の記憶にあるXSD15(TSD15のSME互換タイプ)の音質に最も近かったのは、TSD SFL。ドナルド・フェイゲン「ザ・ナイトフライ」の派手さを手控えた重厚な音の雰囲気や、八木隆幸トリオのダイレクト盤「コンゴ・ブルー」で感じられる内省的な熱い感情の高まりを真摯に伝えてくれる、躍動的ながらも落ち着きのある色彩感を感じさせる音だ。
音溝のトレース能力も優れているようで、アンセルメ指揮の「三角帽子」を含めて、きわめて安定した音を聴かせてくれた。
TSD MRBは、それよりも温度感をやや低めにした写実的な音の描写で魅せる。カンチレバー素材と針先形状の違いがハッキリと音に表れた格好であり、高精細な音を好む私としては、このTSD MRBが奏でる音が個人的にフィットしていると感じた。
しかし、最後にTSDアニバーサリーを聴いた私には迷いが生じた……。本機は「羊の皮を被った狼」と形容したいくらい、業務用の外観イメージを裏切る先鋭的で緻密な音を聴かせたのだ。4N銀線という線材の特質も音に反映されているのは間違いない。
比較的リーズナブルな価格設定にも注目。伝統と革新が共存するEMTの新機軸である。
Cartridge
EMT TSD SFL
¥200,000
●発電方式:MC型 ●出力電圧:1.05mV(5cm/sec)●内部インピーダンス:24Ω ●推奨負荷インピーダンス:200Ω〜300Ω ●適正針圧:2.5g ●自重:17.5g ●針交換価格:¥130,000
Cartridge
EMT TSD MRB
¥240,000
●発電方式:MC型 ●出力電圧:1.05mV(5cm/sec)●内部インピーダンス:24Ω ●推奨負荷インピーダンス:200Ω〜300Ω ●適正針圧:2.5g ●自重:17.5g ●針交換価格:¥150,00
Cartridge
EMT TSD Anniversary Limited Edition
¥350,000
●発電方式:MC型 ●出力電圧:1.05mV(5cm/sec)●内部インピーダンス:24Ω ●推奨負荷インピーダンス:200Ω〜300Ω ●適正針圧:2.5g ●自重:17.5g ●針交換価格:¥280,000 ●備考:世界限定80個
●問合せ先:(株)エレクトリ TEL. 03(5419)1594
いずれもヘッドシェル一体構造で汎用コネクター型とEMT製アーム用がある。ボディはマグネシウムの削り出しによるモノブロック構造。80周年記念モデルであるTSD Anniversary Limited Editionは発電コイルに4N純銀を採用。TSDシリーズの刷新に伴い、通常のEMTカートリッジは発電コイルを銅3種、銀3種の計6種類から選択可能になった。内部インピーダンスは4N銅が24Ω/12Ω/6Ω、4N銀が20Ω/10Ω/5Ωで、出力電圧はいずれも同じ順で1.05mV/0.5mV/0.3mV(5cm/sec)の仕様となる。標準仕様は4N銅・24Ω。
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