自発光デバイスとして広く認知されているOLED(有機EL)ディスプレイ。今では高品質な家庭用大型テレビとしてオーディオビジュアルファン要チェックの製品になっている。そのOLEDには白色パネルとRGBパネルがあることは、StereoSound ONLINE読者諸氏ならご存知だろう。今回はこのふたつの違い、それぞれのメリットについてSID(Society for Information Display、米国国際ディスプレイ学会)会長の辻村隆俊さんにリモートインタビューを実施した。(編集部)
麻倉 今日はお時間をいただきありがとうございます。辻村さんはSID会長で、OLEDが大型テレビに適用できる事を証明した方だとうかがっています。まず、SIDとはどんな組織なのか教えて下さい。
辻村 SIDは1962年に設立された、電子ディスプレイに関する学会です。もともとは、米国無線学会で電子ディスプレイを専門に扱うセクションを設置しようという動きがあり、結局有志が独立する形で誕生しています。直後に無線学会とアメリカ電気学会が合併して、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)ができましたのでIEEEとは双子の関係と言ってもよいかと思います。
麻倉 それが今日では、世界最大のディスプレイ学会に成長したわけですね。現在実用化されているディスプレイ技術は早期からSIDで協議されて、実際の製品として広がっていく……そんな流れがあるように感じています。
辻村 OLEDも酸化物半導体もSIDが育てた技術といっていいかもしれません。学会というと普通は学術的なものですが、SIDは学術面だけでなく、ビジネス的にメーカーと一緒に産業を作っていく役割も果たしています。学会と展示会の両方の役割を備え、技術もビジネスも扱っているユニークな存在です。
麻倉 最近のSIDのリポートでは、これから出てくる先進技術の発表が急速に増えているように感じています。5〜6年前はOLEDばかりだったのですが、実際にOLEDが普及してきたから次はどうするかを研究者が提案しているというか。これは、実際にディスプレイ技術の開発が加速しているということなのでしょうか?
今回のインタビューはリモートで行っている。写真右が取材に協力いただいたコニカミノルタ株式会社 コニカミノルタ技術フェロー,SID Fellow,IEEE Fellow
工学博士 SID(Society for Information Display)会長の辻村隆俊さん
辻村 やはりそう感じられますか? 僕自身も2年ほど前から風向きが変わったように感じています。それまでSIDは「テレビの学会」というイメージでしたが、急激にそれ以外の分野向けのディスプレイも盛り上がってきています。しかも、マイクロLEDやライトフィールド(裸眼立体)ディスプレイといった、今までにない面白い技術が出てきているのです。
麻倉 これまではSDからHDになって、次が4K、8Kという具合に主に解像度方向の進化が中心で、これでディスプレイ技術は行き着いたのかと思っていたのですが、最近は解像度とは違う切り口の技術が出てきて、新鮮に感じられます。
辻村 それに関連して面白い動きがあります。例えば昨年のSIDキーノートセッションで、IBMで量子コンピューティングを開発しているRobert Wisnieffさんに、講演をしていただきました。
DX(デジタルトランスフォーメーション)による技術革新の重要性が叫ばれる中、超高速のデータ処理のもたらす重要な演算結果を人間にどのように伝達するかが大事なトピックとなってきています。
近年はコンピューターの処理速度がどんどん上がっています。では人間はどうかというと、話し言葉は1秒間に6文字くらいなので、ひと文字16ビットとして計算すると96bps程度の情報量しかありません。文字の場合でも一画面600字くらいですから9600bpsしかないのです。
それと比べて、コンピューターはとても速い。最近のパソコンCPUでも1秒間に700億回演算できたりします。自然界の情報をセンサーでスキャンして、コンピューティングして、それをディスプレイで人間に伝えるという流れを考えた場合、入口(センサー)と出口(ディスプレイ)は遅くて、真ん中にあるコンピューティング部分だけ速いわけです。
ただ、入り口の情報量を増やすにはセンサーの数を増やせばいい。自然界の情報を集めるために、センサーをたくさん使うのがIoTの方法です。これによって入口(センサー)からコンピューティングまでの情報処理速度は飛躍的に速くできます。一方、さきほど述べたように人間の理解力はひじょうに遅いので、せっかく価値の高い沢山の演算結果があっても人間の頭には残念ながら理解できないのです。
そのためには、情報を「見える化」する必要があります。膨大なデータをコンピューティングで人間が理解できる情報に変換しなくてはならない。人間にたくさんの情報を伝達する手段として、ディスプレイの世界では、ARとかVR、MRだったり、4K、8Kの高精細情報にいくのは当たり前でしょう。それでもセンサー⇒コンピューターの処理速度に比べると貧弱です。まだまだマンマシンインターフェイスは伸びしろがあります。
せっかくコンピューティングで色々なことをやっているのに、人間が理解できなくては意味がありません。こういう流れの中で考えるとIoTの中で一番重要なのはディスプレイということになります。
麻倉 なるほど、これまではテレビがディスプレイの王様だったけど、今後はコンピューティングの結果を表示するディスプレイとして、より多く、より速くが求められていくということですね。
辻村 コンピューターの処理速度がいくら早くても、人間にとって御利益がなかったら意味がありません。また人間の情報の8割は目から入ってきますので、ディスプレイの性能がよくないとIoTの意味がないのです。
麻倉 ディスプレイが情報の出口ですからね。
辻村 コンピューターの世界は巨大なのに、出口つまり人間にとって一番大事なところが遅れている。だから「見える化」の手段として様々な提案が増えているのではないかと思っています。機械の言葉を人間が理解できるようにするのがディスプレイなのですから。
麻倉 さて今回のインタビューのそもそものきっかけとして、今年のStereoSound ONLINEで紹介した私のCESリポートについて、辻村さんから質問をいただきました。
具体的には、JOLEDの印刷方式によるRGBパネルがLGエレクトロニクスのテレビに採用されたという記事に関連して、一般論として、必ずしもRGB方式OLEDの方が白色方式に比べてスペック的に優位というわけではないという指摘をいただいたのです。
OLEDテレビの場合、白色パネルにカラーフィルターを組み合わせる方法と、RGB構造のパネルを使う方法があり、現在の家庭用OLEDテレビはほとんどが白色+カラーフィルター方式です。これはRGB方式の方が製造が難しく、また大型OLEDパネルを供給しているLGディスプレイが白色+カラーフィルター方式を採用していることも要因と思われます。
一般的にRGBパネルは色再現は優れているけれど、30インチ前後のサイズが中心ということもあり、高いスペックが求められる業務用モニターなどに使われることが多かったと思います。
※関連記事はこちら → https://online.stereosound.co.jp/_ct/17427439
辻村 白色OLEDは色再現域と消費電力が両立できないと考えている方も多いでしょう。ある程度ディスプレイがわかる方でも誤解されます。
でも、白色OLEDは設計者泣かせなのです。というのも、電気設計の知識だけでは白色OLEDディスプレイの最適設計はできないのです。最適設計にはカラーサイエンスに関する知識が必要になります。
RGB方式では与えられた階調を実現するための各画素(R/G/B)発光量は一義的に決まりますが、白色OLEDで用いられるRGBW方式ではひとつの階調を実現する発光方法は無数にあります(緑と白の発光比率を好きなように選べる=一義的に決まらない)。
また消費電力は表示画像によって大きく変わります。放送波や静止画にどのような色が多く出現して、それぞれの色がどのような電力消費をするかを地道に計算する必要があります。
元同僚、コダックのMike Murdochさんの論文で、色座標のヒストグラムを解析したものがあります。コダックの写真ライブラリー13,000枚の画像について、それぞれの画素がどんな色度にあるか統計をとったものです。すると、出現頻度は白が飛び抜けて高かったのです。
実際に身の回りの色を見ていただくと、飽和した色、派手な色は少ないことが分かると思います。これは、ほとんどの画像が白黒に若干の色づけをすることで表現できることを意味しています。
麻倉 確かに日常的には、B.T.2020のような派手な色はまわりにはあまりありませんね。
辻村 この研究をベースに、2007年に白色+カラーフィルター方式のOLEDでどれくらいの色域を再現できるか調べました。その時は色再現域がNTSCの78%、消費電力が32インチ換算で82Wでした。
マードックの方法はRGB信号の中で一番弱い色の成分に合わせて白画素を発光させ、純色のRGB画素で色付けするやり方です。通常の白色OLEDを用いた場合、色再現域と消費電力の間に厳しいトレードオフがあるため、NTSCの78%程度しか色域が出せないのです。
それが原因で、白色+カラーフィルター方式は性能が出せないとみんな勘違いをしてしまったわけです。
麻倉 でも、実際にはそうではなかったと。
辻村 RGB発光では大型パネルの量産はできないし、白色パネルでは性能が出せない。じゃあどうしたらいいかを色々考えました。まずはマードック法の追試です。私が持っている19,000枚の静止画に含まれる520億画素について色度座標毎に発生確率のヒストグラムを取ってみたらやはり同様の結果になりました。
それを元に各色座標の出現率を計算すると、派手な色は指数関数的に減っていくことが分かりました。さきほど述べた「ほとんどの画像が白黒に若干の色づけをすることで表現できる」という驚くべき事実の裏づけです。
このデータを使って、OLEDパネルをどう設計したらいいかシミュレーションしてみたのです。そこで分かったのは、RGB方式で作成するような白色スペクトルでは、さきほど述べたような色再現域と消費電力の厳しいトレードオフから逃れられないという事です。
「色再現域と消費電力をなんとか独立に制御する方法は無いか?」が解くべき命題です。「ほとんどの画像が白黒に若干の色づけ」なわけですからRGBWの4画素方式において消費電力は白の効率で決まります。そして色の再現域はカラーフィルターの性能で決まります。
トレードオフが生じている原因はRGBそれぞれの発光が白のR成分、G成分、B成分をカラーフィルターで減光させて作っているからです。これをやめなければいけません。様々な白色OLED素子データと520億画素のシミュレーションとを突き合わせた結果、ある素子群はまったく違うトレードオフカーブに乗る事がわかりました。
当時OLED照明が始まっていたのですが、その素子群です。人間の目は波長555nmにもっとも感度が高いため、OLED照明には感度の高い部分に相当するスペクトルが入っています。OLEDディスプレイとOLED照明の効率は大きく異なりますが、OLED照明の効率がひじょうに高いのは、目の視感度カーブに合わせた素子スペクトル設計ができることによります。
白色ディスプレイにおいてこの高効率素子が使えたらディスプレイの消費電力は劇的に下がるはずです。その素子に合うカラーフィルターを設計できれば、色再現域と消費電力を両立できるはずです。
麻倉 しかし実際にサムスンが最初にOLEDテレビを作った時はRGB方式でした。少し遅れて白色+カラーフィルター方式のLGパネルが登場した。ということは、白色+カラーフィルター方式のメリットが理解されにくかったということでしょうか?
辻村 それは2007年のことだと思います。実は2007年の白色+カラーフィルターパネルにはこの考え方は入っていません。翌年の2008年にはNTSCの100%をクリアーし、消費電力も32インチ換算で29Wまで抑えることができるなど、急激に白色+カラーフィルター方式の性能がよくなっています。
麻倉 わずか1年でそこまで進化したのですね。確かに当時の白色+カラーフィルター方式のパネルの進化には目を見張るものがありました。
辻村 スペックとして、NTSCの色域100%までなら白色+カラーフィルター方式でも充分でしょう。ただそれ以上となると問題点もでてきます。まず、RGBWの画素構造は開口率が低いので、焼き付き易くなります。またカラーフィルターを濃くすればするほど、色の再現性はよくなりますが、輝度を上げる必要があるので焼き付きという点では厳しくなります。
麻倉 確かに、LGディスプレイも当初は焼き付きを気にしていました。ということは、4K8K放送で使われているBT2020の色域が求められるようになると、RGBパネルの方が有利ということなのでしょうか。
辻村 そういうわけでもありません。というのも、いわゆる普通の絵では色度座標周辺部の派手な色は少ないからです。さきほどお話したように派手な色は指数関数的に出現確率が下がります。デモ用映像なら派手な色も多く使われますが、普通の放送では出現率は低い。最近の4K8K放送などではBT2020までカバーしていますが、実際の番組でその違いが識別できるかは疑問です。
麻倉 なるほど、ほとんどの人は白色+カラーフィルター方式で充分満足できるわけですね。では最近各社がRGBパネルに注目している。これは、マーケティング的な側面も大きいということなのでしょうか?
辻村 スタジオモニターのような、厳密に違いを確認する必要がある場合はRGB方式にすればいいと思います。でも、一般家庭のリビング用といった使い方なら白色+カラーフィルター方式で充分なクォリティが確保できます。
高級オーディオと同じで、品質をどこまでも追究したい人は突き詰めていけばいい。その意味ではディスプレイも、コモディティからマニアックな製品になっていく可能性はあると思います。
麻倉 逆に、そうなってくれれば突っ込んだ面白い製品も作れるでしょうね。一般用であれば配信の音が楽しめればいいけれど、こだわる人にはハイレゾの奥深い世界もある……。ディスプレイもそういう世界に入ってきたということですね。
辻村 実はさらにその先の議論として、感動関数というものがあるのではと思っています。色度座標周囲の派手な色は出現確率が指数関数的に少ないと話しましたが、一方で人間は見たことがない色には感動するんです。先ほどのマードックさんの色座標でいえば、真ん中の白は一番感動が少ない。でも周辺の色は感動関数がひじょうに高いのです。
例えば南国の青い海を見ると感動しますよね。あの青はチャートでいえば周辺に存在するから感動するのです。真っ赤な夕焼けも同じです。感動するということは、きっと何か理由があるはずなのです。
麻倉 そこまでの情報をディスプレイに求めるとなると、パネルの設計も変わってきますよね。RGB方式ならその違いを再現できるとお考えなのですか?
辻村 RGB方式なら再現可能だと思います。ただディスプレイとしての消費電力は画素の色純度を上げると上昇します。青や赤はどんどん人間の目には見えない波長に突入しますから。商品としてどれが喜ばれるかですね。感動するディスプレイか、消費電力が低いものなのか。
麻倉 私は消費電力が高くても、感動するディスプレイを見たいですね。そもそも最近のディスプレイの消費電力は低いですし。
辻村 そういう方もいらっしゃるでしょうから、周辺の感動関数まで入れて、本当にいいディスプレイは何かを研究してくれる人がでてくるといいですね。
麻倉 さてもうひとつお聞きしたいのですが、最近はマイクロLEDやQuantum Dot(量子ドット)OLEDなど色々なディスプレイの提案が出てきています。これから特に面白そうなディスプレイ技術とはどんなものなのでしょうか?
辻村 個人的には技術面以外の要素も重要だと考えています。
例えば以前、白色+カラーフィルター方式はインクジェットに負けるのではないかという質問を受けました。インクジェットが実現できればもっと安価にパネルが出来はずだというものです。でも、現実にはインクジェット方式の大型パネルは登場していません。
それはなぜかというと、主なメリットがコストだからだと思うんです。今では白色+カラーフィルター方式のOLEDテレビが40インチでも10〜20万円で売られています。でもインクジェット方式は量産初期にはまず高コストで出さざるを得ない。コストメリットがキャンセルしてしまいます。コストで勝てるのか。
従って、生産コストが安いから主流になるというロジックはこれからはもう無理で、違う所からスタートして、徐々にメリットを活かしていくやり方じゃないと、既に完成している技術を駆逐するのは難しいんじゃないでしょうか。
麻倉 なるほど。インクジェット方式は、新しいアプリケーションをみつける必要があるということですね。話題のマイクロLEDはどうお考えですか?
辻村 マイクロLEDは透明ディスプレイに向いていると思っています。OLEDは黒がでることがメリットなのに、透明ディスプレイでは黒が出せないのですから、その意味では恩恵が少ない。マイクロLEDならメリットを活かした製品化ができるのではないでしょうか。
麻倉 液晶パネルは、今後淘汰されていくのでしょうか?
辻村 液晶もよくできたシステムです。よくあれだけ安く作れるものだと思うくらい生産システムとしてもこなれていますから、そのメリットは残るでしょう。テレビの方がスマホより安いんですよ、大きい方が安いなんて理由が分かりません(笑)。
麻倉 では最後に、辻村さんのこれからの研究テーマを教えて下さい。
辻村 今考えているのはOLEDの新しい用途です。2008年頃は、OLEDは死んだなどと言われていました。でもまさにその時に白色+カラーフィルター方式を提案して、そこからテレビの用途が広がりました。最近もOLEDディスプレイはやり尽くしたなどといわれていますが、同じように可能性、新しいアプリケーションがあると考えています。
麻倉 OLEDのアプリケーションというとディスプレイや照明はすぐ思いつきますが、その他は具体的にどんなものなのでしょう。
辻村 医療関係や最近話題のパルスオキシメーター、指紋認証などでも使えます。平面発光の近赤外線なら影ができないので認証用には最適なのです。これは今のLEDでは不可能です。
麻倉 なるほど、そういった新しい使い方であればまだまだ応用が広がりそうですね。
辻村 テレビ産業は日本国外に生産拠点が移ってしまった観もありますので、その次のテーマを作らなくてはいけないと思っています。
麻倉 日本からディスプレイ技術を元にした新しいアプリケーションが出てきて、それが他国とは違うものに進化していったら嬉しいですね。
辻村 やはりアイデアで勝負しないといけませんね。量の勝負では勝てませんから。
麻倉 今日はたいへん貴重なお話をありがとうございました。