2007年、英国・ロンドンでオーディオ用のハイエンドケーブルを製作するウェストミンスターラボ(WestminsterLab)が誕生した。ケーブルメーカーとして新生に属するこのメーカーが作る製品は、電源ケーブル、ラインケーブルを始め、スピーカーケーブルからデジタルケーブルまで豊富なラインナップを誇っている。
趣味のオーディオにおけるケーブルは、機器間をつなぐ必要不可欠の存在である。しかしケーブルはつなげば音が出るので、一般的には軽く扱われることが多い。だが実は、機器本来の性能を引き出すためには疎かにできない重要なアイテムなのである。
WestminsterLab XLRケーブル & 電源ケーブル
さて、現在ウェストミンスターラボでは、プリアンプ「Quest」と、モノーラルパワーアンプ「Rei」もリリースしている。これらについては既にStereoSound ONLINEで山本浩司さんが紹介しているが、ひじょうに評価が高い。これだけの製品が作れる実力を持ったメーカーだけに、彼らが考えるケーブルとはどんなものなのか、個人的にも興味がわいた。
ウェストミンスターラボのケーブルは素材の研究から始まったという。銅や銀100%の材料では納得のいく結果が得られなかったため、「Autria Alloy」と呼ぶ独自の合金を作り、さらに表面を研磨することで導電性能を高めていることが特徴だ。
合金化すると結晶粒界が発生するが、適切な温度処理加工を施すことで調合している。また導体表面には酸化を防止するため、一般的なエナメルより性能の高い黒色のエナメルコーティングをかけている。
絶縁体には誘電特性に優れたテフロンを採用し、ツイストペア構造を用いることで静電容量の発生を抑え、さらに特定の周波数における共振や干渉を排除する工夫を凝らしている。その上で彼らが納得する性能に仕上げるため、手作業による変則ツイストと呼ぶ作り込みを加えて捩り角を厳密にコントロールし、所期の目的を達成している。
今回発表されたケーブルはXLR、RCAケーブルに始まり、USB、同軸デジタル、BNC、AES、そしてスピーカーケーブルまで多岐に渡る。さらに各ケーブルにSTANDARDとULTRAのふたつのラインを準備した。その両ラインで、磁界の影響を最小限に抑え、サウンドステージや音のダイナミクスを改善するカーボンファイバーシールド付きが選べるという。
STANDARD、ULTRAシリーズとも基本となるケーブルの設計は共通しているが、導体と絶縁材の組み合わせ、変則ツイストペアの作りこみなど、細やかな部分で違いがある。またいずれのケーブルとも、空気による絶縁層を設けて特性を高めているようにも見受けられた。
今回はこれらの中から、XLRバランスケーブルをピックアップし、STANDARDシリーズとULTRAシリーズを試聴してみた。試聴曲は情家みえのCD『エトレーヌ』から「ムーン・リバー」を選んでいる。
SACD/CDプレーヤーにアキュフェーズ「DP-750」を用意し、プリアンプには同じくアキュフェーズ「C-2850」、パワーアンプは「P-7300」を組み合わせた。スピーカーはモニターオーディオ「PL-300II」という構成だ。最初に基準となるサウンドを確認する意味で、プレーヤーとプリアンプ、パワーアンプ間をStereoSound ONLINE試聴室のリファレンスケーブルでつないでいる。
この組み合わせでも、落ち着いた音の佇まいとともにていねいなヴォーカルを描き出す。この楽曲は、色々なシステムで数限りなく聴いているが、今日のサウンドは充分納得のいくクォリティだった。
まず、プレーヤーとプリアンプ間をSTANDARDシリーズ(2m)に交換してみた。驚いたことに、これだけで随分音の印象が変わってくる。ヴォーカルが立体的になり、情家みえが歌う姿が目の前に浮かんできたのだ。ケーブルによる音の変化はあちこちで体験して慣れているつもりだったが、ここまで変わると、ウェストミンスターのケーブルの効用を認めないわけにはいかない。
それならULTRAシリーズに交換すればもっと違いが出てくるのではないかと思い、プレーヤーとプリアンプ間をULTRAシリーズ(1.5m)に換えてみた。結果、ヴォーカルのフォーカス感はほぼ同じだが、L/R間のスピーカーのつながりがよくなり、音が濃密になる印象だ。
続けて、カーボンファイバーシールド付きのULTRAシリーズ(1.5m)に換えてみる。……いやはやこのケーブルには参った。情家みえが目の前に舞い降りてくるし、ピアノのタッチの明瞭度も上がる。ドラムのブラシワークも鮮やかに甦るではないか。
この変化に気をよくし、さらにその可能性を探るべく、アンプを「Quest」+「Rei」に交換し、ウェストミンスターラボが考える理想の音を探ってみることにした。ケーブルは、プレーヤーとプリアンプ間をSTANDARDシリーズ、プリアンプとパワーアンプ間はカーボンファイバーシールド付きULTRAシリーズを使った。
すると、さらにヴォーカルの存在感が高まって、ピアノの音色に滋味が増し、スタイリッシュなサウンドに変化する。正直なところ、価格的に今回のスピーカーにはオーバークォリティなシステムと言えなくもないが、試してみる価値は充分にあった。
続いてプレーヤーとプリアンプ間をカーボンファイバーシールド付きULTRAシリーズに、プリアンプとパワーアンプ間をノーマルのULTRAシリーズに交換する。
音が出た瞬間、この組み合わせが一番かなと思えるほどのサウンドが聴けた。情家みえの口元の感じや歌唱時の癖まで描き出すし、ピアノの音色にもスタインウェイらしい馥郁とした艶が乗る。ベースの指さばきも見えるようだ。
だがもっとも驚いたのは、センターから彼女のドライな声が、L/Rからリバーブ成分が聴こえてくるような錯覚を受けたことである。今回は2チャンネルにトラックダウンしたCDを試聴しているわけで、そんな聴こえ方はあり得ないのだが、こうした微細なニュアンスまで伝える奥深さを感じ取ることができた。
次にこのふたつのケーブルを入れ替えてみた。こちらの組み合わせでは、ピアノはしっかりとした音色になるし、声の肉付きはよくなるものの、定位感はいくぶん甘くなる感じだ。どうやら信号レベルの低いほうにカーボンファイバーシールド付きを使うほうが効果的なようだ。
こうした試聴結果からプレーヤーとプリアンプ間をカーボンファイバーシールド付きULTRAシリーズに、プリアンプとパワーアンプ間をULTRAシリーズに戻して、他のCDを試聴してみた。
カレン・ソウサの『夜空のベルベット』では、カレンがまさに目の前で歌ってくれるし、ヴォーカルとバックのコーラスの距離感も見事に描き出す。スピーカーを上級機に入れ替えたら、さらにこのアンプとケーブルのよさが際立つことだろうと、夢の膨らむサウンドが味わえる。
アンドレア・バッティストーニ指揮/東京フィルハーモニー交響楽団『オーケストラ名曲集』から、ムソルグスキー「禿山の一夜」を再生すると、試聴室が東京オペラシティ コンサートホールにトリップしたかのような、豊かな響きを聴くことができた。管弦楽のアンサンブルとグランカッサの雄大さを見事なまでに描き出す。とりわけ低音域にかけての余韻が綺麗で、後方まで広がる立体的な音場再現には目を見張る。
アンドリス・ネルソンスが初めてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した『ニューイヤー・コンサート2020』のCDでも、コンサートホールにいるような美しい響きと、オーケストラの並びや奥行が感じ取れるし、何よりも演奏の躍動感を余すことなく描き出す点に感心させられた。
いずれもウェストミンスターラボのアンプがあってこその表現力には違いないが、それにしてもアンプの能力を十全に引き出したケーブルの力にも驚かされた。我と思わん強者は、ぜひ新しく壮大なオーディオの世界を拓いてくれるウェストミンスターラボのケーブルの使いこなしに挑戦して欲しい。