NHK BS4Kで毎週火曜日深夜に放送されている『ウルトラセブン』が話題だ。1967年に放送がスタートした本作は、ウルトラシリーズの中でもSFマインドの高い作品として根強い人気を誇っており、今回4Kの高品質で楽しめることを喜んでいるファンも多い。だがそこには、16mmフィルムに収められた情報をいかに4K/HDR化するかというひじょうに難しい課題もあったという。今回はその難題に挑んだ、円谷プロダクション 製作本部長の隠田雅浩さんと製作部 池田 遼さんのおふたりに、麻倉怜士さんがインタビューを行った。(編集部)

画像: 第3話「湖のひみつ」より。左が2K/SDRで、右は4K/HDRリマスターされたもの

第3話「湖のひみつ」より。左が2K/SDRで、右は4K/HDRリマスターされたもの

-- NHK BS4Kで『ウルトラセブン』の4Kリマスター版が放送されています。円谷プロの作品としては『ウルトラQ』に続く第二弾になるわけですが、まさにファンの期待に応えた素晴らしいチョイスだと思います。

 今日はそんな『ウルトラセブン』4Kリマスター版がどのようにして製作されたのか、どんな点に注意が必要で、またどのような苦労があったのかについてうかがいたいと思っています。まず、おふたりはどんな作業を担当されたのかを、教えて下さい。

隠田 円谷プロダクション 製作本部の隠田です。今回は『ウルトラセブン』の4Kグレーディングのディレクションと監修を担当しました。基本的な作業はポストプロダクションの東映ラボ・テックさんと一緒に進めており、そこでの絵づくりの方向性を判断する立場です。

池田 同じく製作本部製作部の池田です。僕は『ウルトラQ』の4Kリマスターでは隠田の助手という立場で作業を担当していました。今回はふたりでグレーディングのディレクションを担当しています。

麻倉 最初にお聞きしたいのですが、4Kリマスターの第二弾として『ウルトラセブン』を選んだ理由は何だったのでしょう?

隠田 弊社だけで選んだのではありません。『ウルトラQ』と同様にBS4Kで放送するということがまずありましたので、NHKさんとの話し合いをしていく中で決まったというのが正確なところです。

麻倉 御社の作品はどれも人気が高いから、作品選びもたいへんですよね。では『ウルトラセブン』の4Kリマスター作業は、いつ頃スタートしたのでしょう?

池田 最初に作業に取りかかったのは昨年の8月でした。

隠田 この時はテストケースというか、内々での作業でした。『ウルトラセブン』は16mmフィルムで撮影されていますが、この16mmフィルムのスペックが未知数でしたので、4K/HDR化に堪えられるのかなど気になっていました。

麻倉 従来は、16mmは2K、35mmは4K、60mmなら8Kと相性がいいと言われていました。

隠田 そういった話を聞いていましたので、僕自身も16mmと4Kの相性についてはひじょうに興味がありました。

 また『ウルトラセブン』は、暗部からハイライトまでの表現がもの凄く豊かな作品です。ヒーロー物ではありますが、暗闇のシーンも多く、宇宙空間もよく出てきます。その意味ではHDR技術としても凄くチャレンジングだと思いました。それもあって、本格的な作業に入る前の昨年の8月頃にテストスキャンを行ったのです。

画像: 第8話「狙われた街」で、喫茶店から煙草の自動販売機を見張るダンとアンヌ。写真は4K/HDRリマスターされたもので、緊張感のあるなまなざしまできちんと再現されている

第8話「狙われた街」で、喫茶店から煙草の自動販売機を見張るダンとアンヌ。写真は4K/HDRリマスターされたもので、緊張感のあるなまなざしまできちんと再現されている

麻倉 それまでの常識では16mmに4Kは勿体ないかもしれないけど、でも作品性も高いからやってみようと考えたわけですね。で、テストの結果はどうだったのですか?

隠田 簡単でないと思いました。当然のことですが16mmをスキャンすると、フィルムの粒状性、グレインが拡大されて目に付くようになってしまいます。そうするとデジタル処理でグレインを抑えるように調整するのですが、やりすぎると輪郭やディテイルに影響が出てしまい、ここの両立が難しかったのです。東映ラボ・テックさんに細かく設定を変えてもらい、トライ・アンド・エラーで繰り返し検証してもらいました。

-- 以前『ウルトラQ』のリマスター版製作についても隠田さんにインタビューさせていただきましたが、その時は、初めてオリジナルネガをスキャンして4Kマスターを作ったというお話でした。今回の『ウルトラセブン』でも、同じようにオリジナルネガが使われたのでしょうか?

隠田 はい、今回の『ウルトラセブン』でもオリジナルネガを使っています。弊社ではネガフィルムを保管庫に保存していますが、今回はそれをクリーニングにかけて、スキャンしました。オリジナルネガからのマスター製作という意味では、『ウルトラQ』と同様に史上初になります。

麻倉 それは素晴らしい。ファンにとっても朗報ですね。テストスキャンでは第1話を使ったのでしょうか?

池田 いえ、テストスキャンは特徴的なシーンを選んでいます。明るいカットや暗いシーン、特に粒状性の違いがわかりやすい部分とか光学合成をしているカットなどです。

 光学合成をするということは、フィルム上でデュープ(複写)を重ねているようなものですから、粒状性も厳しくなるし、解像度も低く感じてしまいます。それらの一番いい頃合いはどこなのかを探っていきました。

麻倉 確かに映像の頃合い、どの案配がいいかはとても重要です。具体的な作業としては、NR(ノイズリダクション)の効かせ具合を変えたのですか?

隠田 強めにNRを効かせものや、抑えたものを何パターンか作って、試写を繰り返して検証しました。その中から一番いい調整値を選んでいます。

 例えば、『ウルトラセブン』では基地のシーンが印象的ですが、あそこはグレートーンです。隊員の服も、壁面も灰色で統一されています。ところがグレーは、フィルムグレインや濃淡がわかりやすくなる色調でもあります。最初はグレインを気にしてNRを強くかけていたのですが、それだと全体的にぺろっとして、4Kの意味がなくなってしまいました(笑)。

麻倉 4Kの精細感を残しつつ、グレインを目立たせないというのは、難しい調整が必要です。実際のオンエアではいいバランスに落ち着いていたと思いますが、これは試行錯誤の結果だったのですね。

画像: インタビューにご協力いただいたおふたり。左は株式会社円谷プロダクション 製作本部 エグゼクティブマネージャー 兼 製作部 ゼネラルマネージャー 隠田雅浩さんで、右は同 製作本部 製作部 設定・監修チーム 池田 遼さん

インタビューにご協力いただいたおふたり。左は株式会社円谷プロダクション 製作本部 エグゼクティブマネージャー 兼 製作部 ゼネラルマネージャー 隠田雅浩さんで、右は同 製作本部 製作部 設定・監修チーム 池田 遼さん

隠田 実写ならではの注意点として、フェイストーンも難しかったですね。4K/HDRでは色域がBT.2020まで広がっており、表現できる肌色の数が多くなっていることが改めて確認できました。前回の『ウルトラQ』はモノクロだったので問題はなかったのですが、『ウルトラセブン』はカラーなので、そこも大きく違いました。ウルトラ警備隊の面々が一列に並んだシーンでもフェイストーンにばらつきがあることが分かる、4K/HDRにはそれくらいの表現力があったのです。

麻倉 男性のダンと女性のアンヌでも、肌色は違いますからね。

隠田 ハイビジョンの2K/SDRの時はそこまでは意識していなかったと思うんですが、今回は如実に違いが出てきました。でもここで、ある疑問が出てきました。

 当時の撮影では、ブラウン管テレビでどんな風に映かを意識して撮影していたはずです。とすると、ここまで肌色のばらつきが分かるのは本来の狙いとは違うのではないか、4Kでも肌やメイクの違いがあまり前にでないようにするべきではないかと思い始めました。当時は見えない前提で作っていたかもしれないことまで4Kで分かるようになるのは、控えたいと考えるようになったのです。

麻倉 それはとても奥深い問題ですね。レストア技術や表示機器が進化したことで、製作者自身が意図していなかった情報まで出てきてしまう。厳密にいうとそれをジャッジできるのは実際に製作に関わった監督やカメラマンだけです。4Kリマスターはそこにどのように対応したのか、次回はその点についてお話をうかがいます。
(取材・構成:泉 哲也)

※12月11日公開の第2回に続く

4K/HDR版『ウルトラセブン』の見どころをチェック!(1)

今回のインタビュー時には4K/HDR対応テレビも準備してもらい、実際に隠田さんと池田さんが作業をしながら印象に残ったシーンについて、具体的なポイントを再生しながら詳しいお話をうかがっている。以下でその様子も紹介する。(編集部)

<視聴したポイント> オープニング、第8話「狙われた街」

画像: 『ウルトラセブン』の初期オープニングより。左が2K/SDRで右が4K/HDRの映像。白い文字の明るさやディテイル、バックのカラフルな再現などまさに別物だ

『ウルトラセブン』の初期オープニングより。左が2K/SDRで右が4K/HDRの映像。白い文字の明るさやディテイル、バックのカラフルな再現などまさに別物だ

隠田 今回のレストアでまず印象的だったのはオープニングではないでしょうか。タイトル部分のスキャンデータを初めて見たときは、僕自身も驚きました。

麻倉 単純なことですが、文字のクリアーさ、色の美しさにはびっくりしました。2K/SDRと比べると白の再現がまったく違って、白い文字の中に細かい区切りまで見えます。

隠田 文字のディテイルをここまで出す必要があるのかという気もしましたが、4Kの解像度になると必然的に際立ってきます。当時とは違う意味で不気味さや気迫が出てきたといえるかもしれません。

麻倉 確かに当時としても凄いことをしているのでしょうが、最新の4K/HDRの大画面で見ると、パワー感やエネルギー感が際立っていますね。

池田 ではここで、第8話の「狙われた街」をご覧いただきます。アンヌ隊員を逆光で捉えたカットですが、2K/SDRとはまったく違うのがおわかりいただけると思います。

麻倉 確かにこれは別物です。4Kでは背景の煙突がちゃんと描かれているし、その横の「交通ルールを守る家」と書かれた張り紙の文字も識別できます。

隠田 2K/SDRではひし美さん演じるアンヌ隊員の肩のラインが光の中に溶け込んでいたのですが、今回はきちんと再現できています。何よりもひし美さんの表情へのフレアーの入り方がとても綺麗です。

画像: 第8話「狙われた街」より。左の2K/SDR映像ではアンヌ隊員の肩のラインや表情がつぶれているが、右の4K/HDRではきちんと再現されている

第8話「狙われた街」より。左の2K/SDR映像ではアンヌ隊員の肩のラインや表情がつぶれているが、右の4K/HDRではきちんと再現されている

池田 奥行というか、光輪があって、光軸があって、フレアーがあるという映像の重なりがきちんと再現できています。

麻倉 撮影時に太陽の位置まで考えて構図を練っていますね。とても手が込んだカットです。

隠田 女優さんをいかに美しく、印象的に撮るかを考えた結果だと思います。何よりこの時間帯でなくては撮れないカットですからね。しかもバックにダブルヘッダー第二試合のラジオ中継が流れていて、時間帯もさりげなく表現している。まさに狙った演出です。

 先日、当時の出演者やスタッフに集まっていただき、試写を行いました。そこでは、ひし美さんもこのシーンを凄く気に入ってくれました。満田監督もここは凄いとおっしゃっていただき、皆さん気に入って見入ってくれていました。

麻倉 アンヌ隊員の心配そうな表情もしっかり伝わってきますね。当時のスタッフもこの心情を表現したかったのでしょう。

隠田 そうだと思います。当時のスタッフもきっとこう撮りたかっただろうなと思いましたので、グレーディング作業をしていても戸惑いはありませんでした。

麻倉 このカットはHDRの教科書に載せたいくらいです。太陽をバックに、ここまで人物の表情を活かした映像が撮れるのですから。これだけの情報が16mmフィルムに入っていたということが驚きです。

隠田 フィルムのラチチュードがちゃんと活かされているからこそですね。本当に凄いと思います。

画像: 同じく第8話より。左の2K/SDRと右の4K/HDRでは空や駅舎の表現も大きく異なっている

同じく第8話より。左の2K/SDRと右の4K/HDRでは空や駅舎の表現も大きく異なっている

池田 シーンは前後しますが、同じく第8話でダンとアンヌが喫茶店から煙草の自動販売機を見張っているカットも、おふたりが本当に綺麗に撮影されています。

麻倉 ここは向ヶ丘遊園駅じゃないですか、僕の地元です(笑)。今はなくなってしまった、遊園地に行くための電車ですね。どこかで見たことがあると思っていたんですが、4Kでは駅名まではっきり読めました。4Kだとそういった何気ない部分にも目がいきますね。

池田 4Kでは目をこらさなくても情報が入ってきますので、新しい気づきも多いと思います。

麻倉 2K映像を見ている時は、情報が不完全なので脳がディテイルを探しにいくのですが、4Kではディテイルまで情報が豊富なので、入ってくる映像をそのまま楽しめるという話を聞いたことがあります。だから4Kの方が疲れないし、自然に情報を判別できるのでしょう。

池田 おっしゃる通り、2Kでは目をこらして探さなくてはならなかった情報も、4Kなら自然に受け入れることができる気がします。

(c) 円谷プロ

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