その歌唱力で圧倒的とも言える存在感を放つ玉置浩二率いるロックバンド、安全地帯。井上陽水のバックバンドを経て、1982年にレコードデビューを果たし、翌年「ワインレッドの心」が大ヒット。「恋の予感」「悲しみにさよなら」など名曲、ヒット曲を連発し、確固たる地位を確立している。
その人気ぶりは日本国内に止まらず、アジアへと拡がり、香港、台湾、韓国と、大規模なコンサートツアーを成功。特にバラード人気が根強い香港での支持は絶大で、香港の街中で安全地帯のカバーやリメイク曲を耳にすることも少なくない。
約30年ぶりのスタジアムライヴを収録
何度かの活動休止と再開を繰り返すなど、グループとしての活動ぶりは順風満帆とは言えないかもしれないが、その実力と人気は誰もが認めるところで、いまもなお音楽シーンの頂点に居続けていることは間違いない。
2019年秋、開催された『安全地帯 IN 甲子園球場 “さよならゲーム”』。安全地帯としては約30年ぶりとなるスタジアムライブで、同公演にむけて安全地帯のメンバーは「世界中が愛で溢れますように 世界に愛と平和を……V 安全地帯」という公式コメントを発表している。
“V”はデビュー以来37年間にわたって活動をともにしてきた5人のメンバーの意味。実は甲子園公演が決定した数ヵ月後、ドラムの田中裕二が脳内出血を発症。同ライヴに参加すべく、病気療養、リハビリを続けたものの、最終的には出演を断念せざるを得なかったが、“V”は当然、田中裕二なしでは成立しない。そこには彼の前向きな、熱い気持ちが込められている。
本作は、安全地帯にとって初の甲子園球場ライヴの模様を収めたブルーレイ(BD)、DVDの映像作品、そしてCDとLP(アナログ盤)の音楽作品としてリリースされた。当日の模様はWOWWOWでもオンエアされ、私自身、視聴しているが、今回あらためてBD、CD、LPと確認してみて、パッケージソフトならではのクォリティ、完成度の高さを再確認させられた。
各ソフトの見どころ・聴きどころは
BD『安全地帯 IN 甲子園球場「さよならゲーム」』
BDの収録曲は全24曲(プロローグ、エンドロールの「Endless」は除く)。映像はMPRG4 AVC圧縮の1920×1080インターレース、音声はリニアPCMのステレオ(48kHz/24bit)で収録されている。
映像はアリーナ、スタンドに固定したカメラに加えて、縦横無尽に動くクレーンカメラを駆使した実に凝った仕上がり。熱唱する玉置、奏者、そして約3万8千人の大観衆を様々なアングルで捉えていくというもので、スタジアムコンサートならではの臨場感を演出している。
見た目の解像感は平均的なレベルだが、意図的な輪郭の強調や、鮮やかすぎる色再現など、人工的な補正が鼻につくこともなく、ホワイトバランス、S/N、階調性と、ていねいに管理され、バランスよく仕上げている。
午後3時の開演、太陽の光が強く差し込むアリーナ席の観客の声援に応えるように、玉置浩二が“俺の声は届いているか?”(We're alive)と歌い始める。中盤、「ワインレッドの心」が始まる頃には、太陽はだいぶ傾き、ステージ上の赤色のネオンが映えて、巨大な“V”の電光が浮かび上がる。
そして終盤にさしかかり、夕映えの空をバックに「悲しみにさよなら」を披露する頃には、演奏の進行とシンクロするかのように会場全体が夕暮れに包み込まれていく。玉置の歌声に合わせてウェーブするアリーナ席のスマホのライトひとつひとつの光と夕闇とのコントラストが際立つ。
このライヴBDで感心させられるのは、こうした時間のながれ、明るさの変化が、あるがままに収録され、あたかも自分がその会場に居合わせているかのような気分にさせてくれることだ。
簡単なことのように思われるかもしれないが、ホワイトバランスやゲインの管理、あるいはノイズの処理など、その場の雰囲気を壊すことなく、刻々と暮れていく様子をあるがままに再現するには、高度な撮影技術と収録後のビデオ処理が不可欠。こうした演出も含めて、その内容はなかなか見応えがある。
サラウンド収録ではないのはちょっと残念。ただ音楽ライヴの場合、サラウンド収録は観客の声援、拍手などをサラウンドチャンネルに振り分けて、空間の拡がりだけを演出するケースが多く、音質的には納得できない作品が珍しくない。この“さよならゲーム”については、オーソドックスなステレオ収録として、その分の転送レートなどの余裕を、歌や演奏をクォリティ高く収録するという戦略が成功していると思う。
CD2枚組『安全地帯 IN 甲子園球場「さよならゲーム」』
そして音楽作品としてリリースされているCD、LPの『安全地帯 IN 甲子園球場 “さよならゲーム”』だが、安全地帯のライヴアルバムとしては2017年以来となる作品だ。前述のBDやDVDとは別にマスタリングが行なわれ、玉置浩二のヴォーカルを中心に、矢萩渉、武沢侑昂のギター、六土開正のベースと、演奏のダイナミズムを大切にしながら、甲子園球場という巨大な屋外空間ならではの臨場感を追求した仕上がりだ。
LP3枚組『安全地帯 IN 甲子園球場「さよならゲーム」』
今回は、LPを中心に聴いたが、とにかく60歳を超えたいまもなお、オープニングからエンディングまで、疲れを感じさせることなく、自信に満ちて、堂々と歌い上げる玉置浩二のエネルギーに驚かされる。アンコールの「I Love Youからはじめよう」でも自慢の歌唱力は揺らぐことなく、会場全体を掌握し、フィナーレへと誘う。
コンサートならではの生っぽさ、興奮、盛り上がりと、ライヴ収録の魅力は尽きないが、反面、声の安定感、演奏とのバランス、あるいは音像の定位、空間の拡がりと、音の作り込みの甘さが露呈されてしまうケースが少なくないが、このLPについてはそんな心配はいらない。
玉置浩二の卓越した歌唱力、安全地帯の演奏の巧さもあるが、そのサウンドはライヴ収録にありがちな荒っぽさ、詰めの甘さはなく、映像無しでも十分楽しめるクォリティに仕上がっている。BD鑑賞後にこのLPを聴くと、目の前に玉置が熱唱するステージが現れ、実際、アリーナ席で見ているかのような感覚さえ味わえるほどだ
今回、BD、LPの鑑賞で感じたのは、玉置浩二の歌のライブ収録との相性のよさだ。もちろんスタジオ収録も十分魅力的だが、一発録音となるライブでも、歌のうまさが際立ち、それに合わせた演奏も安定している。つまりライブによる負の要素をほとんど感じさせないのである。
つい先日、Stereo Sound STOREで発売となった名曲カバーアルバム『群像の星』のアナログレコードも、玉置浩二自身がギターを弾き、そして歌い、それを一発収録した、言わばライヴ作品。このアルバムの声の生々しさは唯一無二のもの。こちらもぜひ、一度、お聴きください。