前回の連載では、一般社団法人 映像配信高度化機構(Nex CDi-F)の事業展開委員会による検証実験を紹介した。4K8Kの高品位映像に組み合わせるにはどんな音声が相応しいのかを探る実験で、NHKの22.2ch音源から変換したドルビーアトモス音声を映画館規模の空間で再生するという内容だった。実はその後場所を変えて、ホームシアター環境ではどう聴こえるかという検証も行われている。後編となる今回は、市販のAV機器を使って再生したドルビーアトモスの印象について、麻倉怜士さんにリポートしていただく。(編集部)

——前回は映像配信高度化機構 事業展開委員会による4K8K映像に組み合わせるサラウンド音声の実証実験について紹介しました。今回はそれに続いて、22.2chから変換したドルビーアトモスがホームシアターではどのように再生されるのかについて麻倉さんに視聴していただきました。

麻倉 前回の実証実験は、パブリックビューイングのような広い空間を想定したものでした。しかし実際に4K8K放送を楽しむ方法としては、家庭のリビングやホームシアターが圧倒的に多いはずで、そこでの音響がどうなるかも重要です。

 映像配信高度化機構としてもそこは分かっていて、もっと小さな空間での検証も進めています。今日はその一環としてポニーキャニオンエンタープライズのP’sスタジオで行われたデモを拝見しました。

 最初はMAスタジオで22.2chのリニアPCMからドルビーアトモスに変換したサウンドを聴かせてもらい、次にそれをBD-Rに焼いたディスクを使って再生してもらいました。

画像: ポニーキャニオンエンタープライズ P’sスタジオ内のリビングをイメージしたスペースの7.1.4環境で取材を行った

ポニーキャニオンエンタープライズ P’sスタジオ内のリビングをイメージしたスペースの7.1.4環境で取材を行った

——MAスタジオはアクティブスピーカーを中心にした7.2.4の再生環境でした。ホームシアターはAVセンターがマランツSR8012、スピーカーはタンノイEYRISシリーズをメインにした7.1.4環境です。プレーヤーはPlayStation3で、ディスプレイはソニーの有機ELテレビKJ-55A1がセットされていました。

麻倉 前回の検証で聴かせてもらった、ドルビーアトモス信号もこのスタジオで22.2chからの変換作業が行われたとのことですが、MAスタジオとしては標準的なサイズでした。

 もともと22.2ch音声は放送向けで、劇場のような大きなスクリーンと劇場を想定して作っているわけではないでしょう。その意味では22.2chを元にしたドルビーアトモスを家庭用システムで聴くというのはオリジナルが目指していた世界に近いのかもしれないと思いました。

 最近のマンションのリビングはこれくらいのサイズも多いと思いますが、そこで4Kテレビとドルビーアトモスを体験して大きな可能性を感じたのです。今日観た映像は、8Kから2Kにダウンコンバートしたものを、さらにテレビで4Kに戻すという複雑な処理を経ていますが、それでもくっきり明瞭でした。音もスピーカーの個性を反映して、スピード感のある、明るくて楽しい、情報量のあるサウンドが楽しめたのです。

画像: AVセンターはマランツSR8012で、内蔵パワーアンプですべてのスピーカーを駆動している

AVセンターはマランツSR8012で、内蔵パワーアンプですべてのスピーカーを駆動している

 前回も言いましたが、NHKは番組のコンセプトに合致した雰囲気の22.2chサラウンド音響を特別に作っています。ライブならその場の雰囲気をきちんと再現しているし、草間さんのドキュメンタリーなら彼女にあったカラフルな効果音を割り当てています。今日の22.2chから変換したドルビーアトモスでもそれが充分に分かります。

 ということは、22.2chからドルビーアトモスへの変換機能がAVセンターに搭載されれば、それがまさに家庭で楽しめるようになるということです。なにも全テレビに内蔵する必要はなく、映像は8Kテレビで観て、音声は対応AVセンターにつなぐという使い方で充分でしょう

 それが実現されれば、4K8K放送を観る楽しみ、エンタテインメントとしての質はがらっと変わってくると思います。各社から今年の8Kテレビも発売されていますが、基本的には音は2ch/5.1chが中心で、これではまったく勿体ない。2chや5.1chで聴いているのと、ドルビーアトモスで、その中に22.2chのエッセンスが含まれているのとでは質的にまったく違います。

——その違いを具体的に教えていただけますか?

麻倉 一番印象的だったのは、センタースピーカーがテレビの下にあるにも関わらず、ナレーションが画面から聞こえたことです。従来はこういった設置ではスピーカーが下にあるので、音像が下に寄りがちだったのに、今回は画面の中央に定位しています。

 さらにナレーションは画面から聞こえるのに、空間としての広がりはもの凄くありました。これまでは音場が広いとナレーションもぼやけがちだったのですが、そんなこともない。確固とした安定したナレーションと空間の広がりという、ある意味で二律背反的なことを実現しています。今回もその中に取り込まれる感じがとても心地よかったですね。

画像: トップスピーカーはヤマハNS-B700が2ペア天井に取り付けられていた

トップスピーカーはヤマハNS-B700が2ペア天井に取り付けられていた

——視聴コンテンツとしては前回の大型スタジオと同じ『大相撲』『サッカーのワールドカップ フランス対クロアチア』『ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート』『8KライブSuperfly』『北米イエローストーン 躍動する大地と命』『草間彌生 わが永遠の魂』を上映してもらいました。それぞれについての感想もうかがえますか?

麻倉 大相撲は、国技館のスピーカーが高い位置にあって、呼び込みの声が上から聞こえてくるという状況がはっきりわかりました。また取組を観客みんなが固唾を飲んで見詰めている時の暗騒音や場の緊張感と、勝敗がついてわっと盛り上がるシーンのダイナミックレンジがとても広かった。

 ダイナミックレンジというのは、ボリュウムの大小だけではなく、音がする“空間”のダイナミックレンジも含まれます。座っていた観客が思わず立ち上がって、下から上に向かって歓声が移動する、そんな音の移動感や現場感がとてもよく再現されていました。

 これは、今日使っているマランツのAVセンターとタンノイのスピーカーが、音の解像感が高いということも関係しているのでしょう。音の集積度が高いのだけど、それが団子にならずに、ひとつひとつの音像がきちんと再現されているからこそだと思います。この音を聴いて、今後のAVセンターでは、音質感やフォーカス感の再現がとても重要になると確信しました。

 ワールドカップで面白かったのは、スタジアムの構造まで音で感じ取れたことです。スタジアムでは、下から上まで観客席が階段状に連なっています。そのスタジアムの、どこにクロアチアのサポーターがいるのかといったことまで、22.2chから変換したドルビーアトモスでしっかり聴き取れました。

 ドルビーアトモスは音源位置をオブジェクトで再現しますから、変換がきちんとできていれば、理論上は22.2chのそれぞれのスピーカー位置も再現できるはずです。今回はそこもうまくいっていると感じました。つまり、22.2chから7.1.4への単なるチャンネル数のダウンではなく、音源位置の情報をしっかりとキープしてダイナミックに聴かせてくれているのだと分かりました。

画像: 22.2chのリニアPCM音源からドルビーアトモス信号に変換したMAスタジオの音も確認

22.2chのリニアPCM音源からドルビーアトモス信号に変換したMAスタジオの音も確認

 次のウィーンフィルは、音場が55インチ画面の外にまで広がっています。実際のコンサート会場で音を聴きながら、窓越しに演奏風景を見ているような感じです。それくらい音場が大きいと感じられました。

 Superflyのライブは、MAスタジオはスピーカー位置が高いこともあり、バンドの音が上から聴こえました。でもヴォーカルは画面中央に定位していたので、違和感があったのです。しかしホームシアター環境ではそうではなかった。各楽器の音もヴォーカルの声もくっきりしていて、自然な演出で、音場に引き込まれます。

 またこのコンテンツは、22.2chからドルビーアトモスに変換したものに加えて、DTS:Xに変換したソースも聴かせてもらいました(編集部注:再生はMAスタジオのシステムを使用)。ドルビーアトモスはきりっとした音で、DTS:Xでは音場がふわっとマッシプに再現されるという特性の違いまで感じ取れました。

 映像配信高度化機構としては変換するフォーマットをドルビーアトモスに限定しているわけではないようですから、こういった実験ももっと広げていってもらえると、オーディオビジュアルファンは嬉しいですね。

 イエローストーンや草間彌生さんのドキュメンタリー番組では、音場の演出が、劇場環境以上にしっかり聴き取れました。ステージやライブとは違い、ドキュメンタリーでは音の演出、各チャンネルをどう使うかも重要です。そこには明確な演出意図もあるわけで、それは今までにない音楽の体験、イマーシブならではの楽しみとも言えます。それがこのような形で生々しく体験できるのは素晴らしいと感じました。

画像: スピーカーはJBLのアクティブタイプで、映像はJVCの2Kプロジェクターで投写している

スピーカーはJBLのアクティブタイプで、映像はJVCの2Kプロジェクターで投写している

——22.2chから変換したドルビーアトモスをホームシアター環境で聴くメリットは思っていた以上に大きいようですね。

麻倉 それは間違いありません。前回劇場サイズの空間で聴いた時も、方位感があって作品を充分楽しむことは出来たのですが、スピーカーとの距離が離れていたためか、遠くで音が流れていて、それを間接的に聞いているという印象は拭えませんでした。

 しかし今回の環境では、音に包まれる、音場の中に自分が居るということをいっそう強く感じます。22.2chをベースにして進化するのであれば、こういった方向性が必要だと感じました。これは家庭での再生としてもひじょうに大切なことです。

 これまで家庭でドルビーアトモスを楽しむ場合はパッケージソフトとAmazon Primeのようなストリーミングサービスが中心でした。そのほとんどは映画ソフトで、ジャンルとしては限られていたのです。

 しかし、スポーツやライブ、ドキュメンタリーなどのテレビ番組で、ここまでサラウンドにこだわって作られているコンテンツがあるのなら、それを視聴者が楽しめないというのは社会的にも大きな損失だと思うのです。22.2chからドルビーアトモスへの変換技術は、それをスマッシュに解決する手法として欠かせません。

 NHKは22.2chの番組製作をこれからも続けていくはずですから、4K8K放送でサラウンドで楽しめるコンテンツはどんどん増えていきます。メーカー各社はぜひこれらの番組をサラウンドで楽しめるAVセンターを開発して欲しいと思います。そこからスタートして、次はサウンドバーでもいい。22.2chサラウンドの恩恵を、ドルビーアトモスを通じて気軽に体験できる環境になって欲しいと強く思います。

画像: 右は日本放送協会 編成局 編成センター(4K・8K普及推進) 専任部長 清藤 寧(せいとう やすし)さん。今回も映像配信高度化機構のメンバーとして取材に対応いただいた

右は日本放送協会 編成局 編成センター(4K・8K普及推進) 専任部長 清藤 寧(せいとう やすし)さん。今回も映像配信高度化機構のメンバーとして取材に対応いただいた

 もうひとつ、今回感じたのが22.2chで作られたソースを活用したパッケージが欲しいと言うことです。今日聴かせてもらった音源は、22.2chのリニアPCMからドルビーアトモスに変換(圧縮)しています。それもあって、音場の豊かさと音質のよさが同時に楽しめました。

 しかし放送ではAAC圧縮した22.2chをドルビーアトモスに変換・再生することになります。そこでは圧縮による情報ロスがあります。しかし放送や配信ではビットレートに限りがあるので、これは仕方ないこと。

 だからこそ、このような高品位なコンテンツをUHDブルーレイとして発売して欲しい。8K映像は4Kにダウンコンバートして、音は22.2chのリニアPCMから変換したドルビーアトモスで収録することで、高品位なパッケージソフトが出来上がります。ホームシアターのさらに進んだ楽しみとして、検討していただきだい。さらにいうと8K自体のパッケージメディアも欲しい。

<今回視聴したホームシアターシステム>
●ディスプレイ:ソニーKJ-55A1
●プレーヤー:SIE PlayStation 3
●AVセンター:マランツSR8012
●スピーカーシステム:タンノイ EYRIS DC3×6(フロント、サラウンド、サラウンドバック)、EYRIS DCC(センター)、ヤマハNS-B700×4(トップフロント、トップリア)
●サブウーファー:オンキヨーHTS-SW10

<ポニーキャニオンP’sスタジオの主なシステム>
●メインミキサー:AVID S6 M10 16 faders, 8 Knob & 6ch Fader Box
●スピーカーシステム:JBL LSR-28P(アクティブスピーカー)、LSR-18P(サブウーファー)
●ニアフィールドモニター:ヤマハNS-10M STUDIO

月刊HiVi6月号でも藤原陽祐さんによるポニーキャニオンP'sスタジオの取材リポートを紹介しています。合わせてお楽しみください

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