映画評論家 久保田明さんが注目する、きらりと光る名作を毎月、公開に合わせてタイムリーに紹介する映画コラム【コレミヨ映画館】の第33回をお送りします。今回取り上げるのは、収束の見えないパレスチナ問題を、双方の国の出身者たちが描いた『テルアビブ・オン・ファイア』。果たして、笑いは世界を変えるのか? とくとご賞味ください。(Stereo Sound ONLINE 編集部)
【PICK UP MOVIE】
『テルアビブ・オン・ファイア』
11月22日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラスト渋谷ほかにて全国順次公開
1947年、米英の主導(というか都合)で中東・パレスチナ地域の分割が国連で決議され、翌年ユダヤ人国家であるイスラエルが悲願の建国。以後70余年、同地の領有をめぐって世界中から入植してきたユダヤ人と、周辺のアラブ諸国及びパレスチナ難民の争いがつづいている。
とりわけ1967年の第三次中東戦争以降が問題。それに圧勝したイスラエルはパレスチナ人居住区を占領下に置き、全長700キロに及ぶ分離壁を作って同地を勝手に管理してきた。
町内が突然他人に占領されて殴り合い、殺し合いがつづいてきたようなもんだよ、これ。双方に言い分があり、時だけが流れた。ここまでこじれたパレスチナ問題が解決する日は来るのかという思いに囚われる。
この固い結び目をどうにかしようと、これまで『D.I.』『パラダイス・ナウ』『もうひとりの息子』『オマールの壁』などの秀作映画が作られてきた。イスラエルもパレスチナも、男たちの阿呆な争いにはもううんざりという女性客を主人公にした『ガザの美容室』も面白かったけれど、この『テレアビブ・オン・ファイア』はコメディ仕立てで、同地の問題に斬り込んだ一作だ。押してダメなら引いてみな。ときに笑いは雄弁であることを教えてくれる。
主人公はパレスチナ人の青年サラーム。叔父の口利きでTV局の雑用係をしている彼は、毎日イスラエルの検問所を通ってスタジオに通っている。サラームが人気ドラマ「テレアビブ・オン・ファイア」のスタッフであることを知ったイスラエル軍司令官のおっさんアッシは、ドラマ撮影の裏側に興味津々。
自分が好きなのではない。母親も妻も娘も、パレスチナ人の女スパイとイスラエル将軍の思わぬ恋を描いたその敵国製作のメロドラマに夢中なのだ。女家族のなかで肩身の狭いアッシは、やがて脚本に口を挟んだり、自分の写真を画面の隅に置かせて妻を驚かせようとムチャ振りを始める。人気ドラマにも力をふるえる俺、をアピールし始めるのだ。
一方のサラームも、アッシのアイデアを借用して脚本家の道を歩もうとするが、イスラエルとパレスチナの対立のように、身勝手なアッシと責任逃ればかりの現場の間で身動きが取れなくなる。大ピ~ンチ! それを脱するため、半分ニートのサラームは一世一代の妙案を思いつくのだが。
監督はイスラエルにあるパレスチナ人の村で生まれたサメフ・ゾアビ。スタッフ、キャストにもイスラエル人、パレスチナ人が混在しており、その両方(と世界)にこんがらがったパレスチナ問題を訴え、ユーモアで道の先を照らそうとする意欲作に仕上がっている。
映画や音楽で問題が解決するほど世の中は単純ではないだろう。けれどもひとに何かを伝え、考えさせる力はあるはず。そうやって世界は少しずつ動いてきたと信じたい。
『テルアビブ・オン・ファイア』
11月22日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラスト渋谷ほかにて全国順次公開
監督:サメフ・ゾアビ
原題:TEL AVIV ON FIRE
配給:アット エンタテインメント
2018年/ルクセンブルグ、フランス、イスラエル、ベルギー合作/1時間37分/シネマスコープ
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