「ディレクター自身の感動を表現した映像」こそ、NHKが国際共同制作で欲しい作品だ。サンフランシスコのプロダクション、Golden Gate 3DとNHKの共同制作の『ザ・シティ 生きている都市』の三部作、「ベネチア」「サンフランシスコ」「ハバナ」も、たいへんエモーショナルで感情的な8Kだ。
サンフランシスコのプロダクション、Golden Gate 3DとNHKの共同制作だ。Golden Gate 3Dはこれまでキューバやエルサレムを題材にした作品を制作しており、BBCやナショナル・ジオグラフィックなどに納入してきた実績を持つ。
ピーター・チャン監督は世界の各都市にカメラマンのネットワークを持ち、各メーカーの8Kカメラにも精通している。「私はIMAXのカメラマンとして長年働き、フィルムのことは知悉しています。8Kではフィルムでもなく、ビデオでもない新しい映像文化をつくりたい。それが8Kなら可能です」(チャン監督)
チャン氏の8K映像は、現場感、臨場感が生々しく表現され、動きの質感がひじょうにこまやかなのが、特徴だ。
第一回のベネチア編。8Kだから精細度が高いのは当然だが、より生々しく、自分がその都市の景色に包まれるという感覚を得た。まるで油絵のようなテクスチャーを持った濃密な色のマジック。赤茶色の屋根や夕日に映える黄金海の色。街のアイコン的存在であるゴンドラからのシーンでは、静かな画面の揺れが、まるで実際に乗っているような気分になった。
私はベネチアが個人的に特に好きで、何回も訪れているが、その実体験が蘇るようだ。大きな波とその側の小さな波の砕け散る様子、ゆらぎのディテイルに宿る生命感などは現地でも感じたものと同じだ。穏やかな美風が頬を撫でているようだ。
ゴンドラは動力がエンジンではなくゴンドリエの手漕ぎなので、宇宙遊泳のように無音でゆらりと舟が進む。メインストリートにあたる大運河では波の音と共にゴンドラが大きく揺れるが、小路に入ると、揺れも収まり、しんと静まり返る。8Kでは、そんな現場の動感覚が濃い。夜のベネチアは光と静かな水面のタイムラプス映像が幻想的。まさに8Kならではの光の透徹力だ。
街撮影も固定位置での撮影がごく少なく、広角レンズのステディカムの前進カットが連続する。常にゆっくりとカメラが動いているのも、既存の8Kコンテンツにない映像的特徴だ。
第三作「ハバナ」 も、スペイン植民地時代の面影が8Kでは色濃く、レトロな街を走る1950年代のアメリカの大型自動車(アメリカと国交断交が長かったので、昔の車が残っている)の色の絢爛さ、原色の艶感も、8Kはここまで表現できるのかと驚く。
チャン監督は、8Kが持つ表現力を駆使し、既存の8Kコンテンツにはない、新しい切り口で大胆で魅力的な8K映像を創り出す。8Kフォーマットの表現の多様性を『ザ・シティ 生きている都市』は教えてくれた。(写真撮影・麻倉怜士)