独奏楽器とオーケストラが共演する協奏曲は、クラシックのなかでも特に華のあるジャンルだ。ピアノやヴァイオリンなど独奏楽器をオーケストラが支え、ときには両者の間に強い緊張が生まれることもある。スリリングな掛け合いはオーケストラ単独では味わえない高揚感を生み、ソロと管弦楽が溶け合う響きの美しさはたとえようがない。

 演奏史の視点に立つと、それぞれの世代を代表する伝説的な演奏家たちの特別な録音を時代を超えて楽しめることの価値に気付く。往年のスタープレイヤーの演奏が蘇り、現代の聴き手に感動をもたらすことには深い意味がある。時代を超えて生き続ける演奏には明確な理由があるのだ

 ステレオサウンド社がプロデュースする「SACD名盤コレクション」にはそんな貴重な録音が含まれている。今回はそのなかからヨーゼフ・シゲティのブラームスとバイロン・ジャニスのラフマニノフを聴いてみよう。いずれもマーキュリー・レーベルの全盛期1960年前後にウィルマ・コザートとロバート・ファインが手がけた録音だ。収録場所もロンドンのワトフォード・タウン・ホールと共通でオーケストラはどちらもロンドン交響楽団。ブラームスはメンゲス、ラフマニノフはドラティが指揮を務めている。

時代を超えて生き続ける超名録音。その真価がSACD化で蘇った

 協奏曲の録音では独奏楽器とオーケストラのバランスが肝心だ。オーケストラが強すぎると独奏のディテイルや表情が聴き取れないし、独奏をクローズアップしすぎると不自然にソロが目立ち、実演との違いが広がってしまう。もうひとつ、オーケストラと独奏楽器の位置関係も重要な鍵を握る。独奏がやや手前に定位し、オーケストラのなかでの前後の遠近感まで正確にとらえることができればその録音は半ば成功したようなものだ。

 マーキュリー・レーベルのステレオ録音は左右と中央、計3本のマイクで収録する例が多く、今回のふたつの協奏曲もその例外ではない。このシンプルなマイク配置は独奏楽器を鮮明にとらえつつ遠近感豊かなオーケストラを収録できる長所があり、オーケストラと独奏のバランスを確保したうえで立体感豊かな空間再現を狙うことができる。

 録音を意識しながらあらためてこの2枚のSACDを聴いてみよう。独奏はヴァイオリン、ピアノそれぞれの音像が楽器のサイズをリアルに反映し、むやみに広がることがない。特に独奏ヴァイオリンの楽器イメージは現代の優秀録音と肩を並べる水準の精度の高さで、オーケストラの少し手前に立つシゲティの姿が目に浮かぶような生々しさがある。ラフマニノフはピアニストの卓越した技巧と演奏のダイナミックレンジの大きさを正確に伝えつつ、ピアノは巨大に広がることがなく、オーケストラと絶妙なバランスを保っている。木管楽器や金管楽器はステージの配置通り少し奥まった位置から聴こえてくるが、重要な旋律が他の楽器に埋もれてしまうことはなく、ソロとの掛け合いでも対話が自然に成立して両者の間の相互作用が伝わってくる。

 もうひとつ特筆すべき点はステレオ音場が前後左右に大きく広がることで、それは特に今回のSACD化で顕著に聴き取れるようになった。余韻はスピーカーの外側まで広がり、前後の遠近感も限界を感じさせない。

 今回聴いたブラームスとラフマニノフは約60年前の録音だ。だが、いまあらためて聴いてみると、マーキュリーの録音チームの仕事はそのときすでに協奏曲の録音がクリアーすべき条件をほぼ完全に満たしていたことに気付く。稀代の名演だけに、その価値を正確に伝える録音が残っていることの意味は計り知れない。

 今回SACD化されたブラームスのヴァイオリン協奏曲(1959年録音)は、シゲティが目指した表現と音色が一片のくもりもなく真っ直ぐに伝わってくる。いわゆる美音ではないし、音の豊かさにこだわった演奏とは言い難いのだが、どのフレーズからもシゲティがあたかも自ら声を出して歌っているかのような真摯な表情が伝わるのだ。特に第2楽章、冒頭のオーボエのソロが終わってから静かに入ってくる独奏ヴァイオリンの陰影の深さは聴き手を強く引きつける力がある。シゲティのソロの後はそれに刺激を受けてオーケストラの木管や弦の表情が深みを増す。まさに独奏とオーケストラの相互作用だが、それは個別に指揮者が指示を出さなくても、ソリストからその場の空気を介して自然に広がっていく種類の相互作用といえる。マスターを吟味することで微細な表情の変化や空気感までオリジナル通りに再現できるようになったのだ。そのことで私たち聴き手が受ける恩恵はとても大きい。

 ジャニスが弾くラフマニノフのピアノ協奏曲第3番(1961年録音)は、現代のデジタル録音まで対象を広げたとしても、この作品の名演・名録音ランキングの上位に入るアルバムだ。複雑なオーケストレーションとそれに輪をかけて音数の多いピアノ独奏が立体的に交錯するラフマニノフならではのめくるめく音響世界。それをここまで鮮明に描き出した演奏と録音は稀である。ジャニスのピアノは音色と音量どちらについても振れ幅がひじょうに大きく、しかもその鳴らし分けが精緻をきわめている。ピアニシモの繊細な表情に聴き入っていると、その直後、今度は怒涛のフォルテシモではホールの空気全体を一瞬で揺るがす強靭な音圧に度肝を抜かれる。

 これはどう工夫してもCD規格の枠には収まらない音だ。今回、SACD化によって本来のダイナミックレンジと情報量が蘇ったわけだが、LPレコード誕生から間もない時期にここまで踏み込んだ録音に取り組んでいたマーキュリーの先見性と思い切りのよさも、あらためて浮き彫りになった。
文・山之内 正

画像1: 名盤ソフト 聴きどころ紹介6/『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番』『ブラームス:ヴァイオリン協奏曲』
Stereo Sound REFERENCE RECORD

SACD+CD 2枚組 オーディオ名盤コレクション
『ブラームス:ヴァイオリン協奏曲/ヨーゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)ハーバート・メンゲス指揮ロンドン交響楽団』
(ユニバーサル・ミュージック/ステレオサウンドSSHRS-043/044)
¥5,000+税 ●2枚組(シングルレイヤーSACD+CD)

●初出:1960年マーキュリー・レーベル
●録音:1959年6月26〜28日 ロンドン郊外、ワトフォード・タウン・ホール
●Basic Recording Setup:Wilma Cozart,C. Robert Fine
●Recording Director:Harold Lawrence
●Engineer:Robert Eberenz
●Mastering Engineers:Jonathan Stokes & Neil Hutchinson(Classic Sound Ltd UK)

       ●ご購入はこちら→ https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_ss_amc/3089

画像2: 名盤ソフト 聴きどころ紹介6/『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番』『ブラームス:ヴァイオリン協奏曲』
Stereo Sound REFERENCE RECORD

SACD+CD 2枚組 オーディオ名盤コレクション
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番/バイロン・ジャニス(ピアノ)アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団』
(ユニバーサル・ミュージック/ステレオサウンドSSHRS-031/032)
¥5,000+税 ●2枚組(シングルレイヤーSACD+CD)

●初出:1962年マーキュリー・レーベル
●録音:1961年6月16、17日 ロンドン郊外、ワトフォード・タウン・ホール
●Recording Director:Wilma Cozart
●Musical Supervisor:Harold Lawrence
●Chief Engineer and Technical Supervisor:C. Robert Fine
●Associate Engineer:Robert Eberenz
●Mastering Engineers:Jonathan Stokes & Neil Hutchinson(Classic Sound Ltd UK)

      ●ご購入はこちら→ https://www.stereosound-store.jp/fs/ssstore/rs_ss_amc/3039

      ●問合せ先:㈱ステレオサウンド 通販専用ダイヤル103(5716)3239
                   (受付時間:9:30-18:00 土日祝日を除く)

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