昨年12月の新4K8K衛星放送開始以来、『ウルトラQ』の完成度の高さが注目を集めている。50年前のモノクロ作品ながら、4K/HDRのメリットを使いこなした映像が再現出来ているのだ。その陰には、オリジナルに敬意を払いつつ、現代の技術で名作を蘇らせようというスタッフの熱い想いが込められていたのだ。本特集の最後は、隠田雅浩さんと桜井浩子さんに、それぞれが4Kで楽しみたいエピソードについてうかがってみた。(編集部)
――ところで、僕自身もNHK BS4Kの『ウルトラQ』を欠かさず拝見しています。その中でひとつおうかがいしたかったのが、フィルムグレインの扱いでした。放送を拝見していると、フィルムのグレイン感がほどよく残っている印象です。しかし放送用に圧縮するならグレインがない方がいいと思うのですが?
隠田 グレインにもかなり注意しましたので、気がついてもらえて嬉しいです。ここも東映ラボ・テックさんと一緒にグレインの基準をいくつか作って、どれくらい残すかを検討しました。桜井さんたちに試写をご覧いただいたときにも、グレインについて確認していただいています。
グレインの感じ、フィルム感は稲垣さんの意見を参考に、適度に残したモードにしています。個人的にもツルンとした質感に見えるのは嫌だったのです。
――おっしゃるとおりですね。『ウルトラQ』がビデオ映像みたいにツルッとしていたら、怒るファンがいたことでしょう。
隠田 本当ですか、これでまた安心できました(笑)。グレインは残したいけれど、視聴者から汚いと言われたらどうしようと心配していたんです。
また今回のように輝度差がある作品では、いわゆるマッハバンド(バンディング)をどうするかがとても重要になります。映像を圧縮するときは周辺の画素を参照しながら計算しますが、そのときに同じようなグレーディングだと、そこにマッハバンドが発生しやすいのです。
だから、逆にフィルムグレインがあった方が、最終的な放送やディスク、配信などには損をしないはずなんです。これはDVDのオーサリングの時からずっと同じだと思います。
――グレインを意識する、しないにかかわらず、マニアが納得しているのは、作品の雰囲気がきちんと残っているからだと思います。そうった要素がちゃんと活かされているのでしょう。
竹之内 ところで、今回の音声素材はどうなっているんでしょう?
隠田 音のマスターは以前のHD版を踏襲しています。画があそこまで綺麗になるのなら、音が物足りなくなるよねという声もありましたが、今回は制作スケジュールなどの兼ね合いもありましたので……。
もともとがモノラルですし、当時の6mmとかシネテープなど、さすがにこれだけの時間が経っているのでどこまで使えるかという実質的な問題もあるのですが、可能な範囲で元の音源まで戻れるものは戻り、音響の立体化にも挑むべきじゃないかということも考えています。
――今回は絵が進化して、音は次のテーマと言うことですね。
隠田 絵の方もオンエアではHLG(ハイブリッド・ログガンマ)でグレーディングしていますが、パッケージ用などのHDR10にはなっていないわけです。大本のDPX(Digital Picture Exchange)データはそのためにすべて残してあります。
――全話分のローデータが残してあるのですか? それは凄いボリュウムですね。
隠田 それを活かして、UHDブルーレイ化などの次のステップもいつか出てくるだろうと考えています。そういった時に音響面をどうするかを考えていきたいと思います。
今回4Kのマスターができたということは、かなりのアドバンテージを得たと思っています。ある意味デジタルネガティブを持ったようなものですから。だから、次はその先をやれると良いです。
桜井 いいオーディオで聞きたいなぁ。そこまでは生きていよう(笑)。
竹之内 ところで、桜井さんが4Kで見てみたいタイトルどれでしょうか?
桜井 この前見せていただいたのは第1話「ゴメスを倒せ!」でしたが、私が一番見てみたいのは、第9話「クモ男爵」ですね。
あのエピソードはセットもよかったし、上からクモがドン! と落ちてくるところが、本当に気持ち悪くて。あまりに気持ち悪いから近づいて触ってみたら、シュロでできていたんです。昔ホウキとかに使っていた素材ですね。それが4Kでどんな風に見えるのかは気になりますね。
竹之内 隠田さんの、4K化して凄いと思った作品はどれでしょう?
隠田 凄かったというか、「クモ男爵」は苦心しました。
「クモ男爵」は特に暗部の表現がカギだと思っていますし、絵づくりの中でもかなり暗部が多いですよね。屋外も夜の沼だし、明るい車のヘッドライトと、そのまわりの闇をどう再現するかには悩まされました。
今回一番やりきれないなぁと思ったのは館内ですね。以前のカラライズの時は、館内で段階的にクモが人の領域に侵食してくる時のコントラストとかを、シーン、シーンで重ねていくことを、ポリシーにしていたのです。
最初に館に入ったときは室内は暗くて見えない、でもラストシーンでは部屋の構造もわかるし、どこに何があるかもわかる。役者の皆さんも、館内の様子がだんだんとわかってくるという前提で演技をされていますので、そのステップとグレーディングのタイミングを一致させたんです。カラライズでは色情報まで含めてそれを表現できましたが、今回はモノクロの明暗だけでそれを再現しなくてはならなかった。そこではフェイストーンと背景のライティングとのバランスが凄く難しかったですね。
桜井 そこは本当に難しいと思いますね。
隠田 どこまで追い込めるかをグレーダーの方とも話し合って、ここが限界かなぁというレベルまで頑張っていますので、そのあたりを実際の画面でご確認いただけると嬉しいです。
その他には、『ウルトラQ』の非日常的空間の演出の部分は、どのお話でも楽しみにしていただけたらと思っています。そこは絵づくりから考え直して、HDRの表現を使ってみようと工夫した部分も含まれています。
輝度差であったり、煌めきだったり、不思議な雰囲気をコントラストで表現したりとかですね。どれかのお話ということではなく、いわゆるSFとしての特殊効果、演出の中に多分に見所が含まれているのではないかと思っています。
桜井 第18話の「虹の卵」の空が一天にわかにかき曇るシーンも4Kでどうなるのか観てみたいなぁ。あそこも絶対たいへんだったでしょう。
隠田 凄くたいへんでした(笑)。特に金色の虹が出て、子供たちが鶏舎から飛び出てくるシーンでは、昔の建物ですから中はとても暗いんで、その印象を残したかったんですが、4Kだと実にくっきり、綺麗に室内の様子が見えてしまうんですよね。なので、グレーディングする前に、屋内と屋外のトーン、どちらを基準にするべきか困りました。
今回は複合技で暗部を出しつつ、でも外の明るさ、みんなが虹に視線を送っている様子がわかるように、分割してグレーディングを行ないました。
――明るい部分と暗い部分でグレーディングの処理を変えているんですね。
隠田 このエピソードは、扱っているテーマが実は重いじゃないですか。でも冒頭の椅子に座ったおばあちゃんの周りに集う子供たちは実は希望で陽性のものがある。作品としてはその陰陽のコントラストが重要だと思うんです。
そのギャップを画で示すとどうなるかを考えて、今回は明暗というところにテーマを置いています。近代的産業都市が合成されている部分の距離感や明るさも考えて、絵の中で分割してグレーディングするなど、結構手を尽くしています。
桜井 私たちも撮影がたいへんだったんですよ。昼間に“一天にわかにかき曇るライティング”をするものだから、出演者はライティングのOKがでるのをずっと待っていたんです。でも飯島監督はなかなかOKしない(笑)。浅間高原でロケしたときも雲ひとつない青空だったから、凄く待たされた覚えがありますね。あの曇るところと、虹が出てくるシーンが4Kでどうなったかは見てみたい。
――やはり現場で苦労されたシーンは気になりますか?
桜井 そうですね。あと第25話「悪魔ッ子」とか第28話「あけてくれ!」も観たいですね。「あけてくれ!」は難しいでしょうね。結構コントラストのバランスがたいへんでしょう?
隠田 一枚の画面で上側をロマンスカーが走っていて、下側の景観と合成しているカットなどは、合成技法を工夫してビルの陰影を表現してあり、コントラストの具合に悩みました。しかし、当時の技術の中での表現を壊してまで変えるものではないと思っていたので、そこはオリジナルのよさを残しています。
また車内に入って、空間が歪んでいくシーンがあるのですが、奥行感が損なわれやすいので、今回は奥行感を出すために天井にある蛍光灯と座席のコントラストを変えたりして、さらに現実味を増すようなことはやっています。
桜井 そこまで工夫していたとは思わなかった。やっぱりちゃんと見ないと駄目ね。仕方ない、4Kテレビを買ってこようかな(笑)。
竹之内 第16話「ガラモンの逆襲」なども合成シーンだらけで、フォーカスが全部違いますね。
隠田 そんな時には、全体の絵の暗部をどう作るか、白ピークをどこに置くかで注視点をコントロールして、ぱっと見たときの印象を損なわないように、フォーカスをカバーするようにしています。4Kになると、どうしてもフォーカスがわかりやすくなりますから。
――ちなみに円谷ファンとしては、『ウルトラQ』以外の作品も4Kで観てみたいと期待しているのですが、そのあたりはいかがでしょう?
隠田 今回のようにデジタルネガといえるデータを作っておくことはたいへん意味のあることですから、4K化には取り組んでいきたいと思います。ただ、『ウルトラマン』は合成部分は35mmですが、ドラマ部分は16mmフィルムを使っています。16mmのスペックと4Kの相性の研究は必要だと思います。一方でHDRは絶対に有効ですから、やる価値はあるでしょう。その場合もカラーのネガフィルムが残っていたら、ではありますが。
桜井 私が生きている間に是非!
隠田 円谷でいうと、『ウルトラQ』と『ウルトラマン』はつながっている世界ですから、ファンとしても同じように見たいというのが当然なところでしょう。個人的にも、今回会得した4K化の考え方をカラーの『ウルトラマン』でも試してみたいという思いはあります。
桜井 『怪奇大作戦』もいいと思うけどなぁ(笑)。
竹之内 真面目な話、かなり期待しています。今日はありがとうございました。
(まとめ・StereoSound ONLINE 泉 哲也)
『ULTRAMAN ARCHIVES』Premium Theater 第3弾 ウルトラQ「東京氷河期」上映会&スペシャルトーク
『ULTRAMAN ARCHIVES』プロジェクトは、「ウルトラマンシリーズ」作品を観たことのない人にも存分に楽しんでもらえることを目的に、2018年10月に始動した。数ある「ウルトラマンシリーズ」の歴代作品にスポットを当て、当時の資料や制作関係者の証言、現代ならではの視点や外部の有識者からの評論を交えた映像、出版、商品化など、様々 な形でより深く知ってもらうとともに、新たな魅力を伝えようという狙いだ。
そのプロジェクト第3弾として、6月15日(土)に「『ULTRAMAN ARCHIVES』Premium Theater上映&スペシャルトーク」をイオンシネマ板橋にて開催する。開催概要は以下の通り。
『ULTRAMAN ARCHIVES』Premium Theater上映&スペシャルトーク
●日時:2019年6月15日(土)開演18:00〜(開場17:45)
●会場:イオンシネマ板橋
※全国15劇場へライブビューイング 江別(北海道)・名取(宮城)・福島(福島)・浦和美園(埼玉)・幕張新都心(千葉)・シアタス調布 (東京)・港北NT(神奈川)・新百合ヶ丘(神奈川)・ 御経塚(石川)・各務原(岐阜)・大高(愛知)・ 京都桂川(京都)・茨木(大阪)・広島西風新都(広島)・福岡(福岡)
●チケット:イオンシネマ板橋¥3,000、他劇場 一般¥2,000/学生¥1,000
※すべて税込、ソフトドリンクチケット付き。学生料金の提供はイオンシネマ板橋以外の劇場のみ
●スペシャルトークゲスト:片桐 仁さん(俳優/彫刻家)、中野昭慶さん(特技監督)
『ウルトラQ』Episode 14「東京氷河期」
●あらすじ:ある日、真夏にもかかわらず羽田空港が氷漬けになってしまう事件が起こる。異常な寒波は やがて東京中へと広がり、街はまるで氷河期のような姿に変貌。異常な寒波の原因を万城目は以前南極で遭遇したペギラの仕業ではないかと推測する。
●スタッフ:脚本 山田正弘、監督 野長瀬三摩地、特技監督 川上景司
●キャスト:佐原健二、西條康彦、桜井浩子 ほか