月刊『HiVi』の「冬のベストバイ2018」のスピーカー部門2(ペア10〜20万円未満)で3期連続第1位に輝いたのが、我が国が誇るスピーカーメーカー、クリプトンのKX-0.5だ。本機はパッシヴスピーカーとして同社最廉価モデルとなるが、今般その漆(うるし)仕上げヴァージョンKX-0.5UR/UBが同社ウェブサイト限定で販売されることになったという。その詳細を訊くため、東京・四谷のクリプトン本社に同社オーディオ事業部長でありスピーカーデザイナーの渡邉勝さんを訪ねた。

画像1: クリプトンKX-0.5UR/UB、圧倒的魅力を訴求する漆仕上げの真髄

SPEAKER SYSTEM
KRIPTON
KX-0.5UR/UB
298,000円(ペア)+税
●型式:2ウェイ2スピーカー・密閉型 ●使用ユニット:35mmリング型トゥイーター、140mmコーン型ウーファー ●クロスオーバー周波数:3.5kHz ●出力音圧レベル:87dB/W/m ●インピーダンス:6Ω ●再生周波数帯域:50Hz〜50kHz●寸法/質量:W194×H352×D319mm/7.6kg
●問合せ先:(株)クリプトン TEL. 03(3353)5017 ▶ info@kripton.co.jp

 KX-0.5は14 cmカーボンポリプロピレン・ウーファーに35 mmピュアシルク・リングダイアフラム・トゥイーターを組み合わせた密閉型2ウェイ機で、スモークユーカリの突き板にポリウレタン塗装を施したキャビネットが採用されている。今回発売された漆仕上げヴァージョンは、ネットワークを含めスピーカー自体はオリジナル機そのもので、ポリウレタンの上に漆の塗装を加えたものだという。木製エンクロージャー・タイプでの漆仕上げの採用は、2010年のKX-3Uに続く2度目のトライアルになる。

 漆の塗装を手がけたのは、石川県金沢市の漆工芸の名店「加陽舗(かようほ)」と漆工房「能作(のさく)」の匠たちで、仕上げは朱塗り(UR)と溜塗り(UB)の2種類がある。溜塗りというのは、朱塗りの上にさらに漆を塗装したものだ。高級感溢れるこのフィニッシュに合わせてサランネットには通常のジャージークロスではなく、正絹が用いられている。これは京都・西陣織の老舗「誉田屋(こんだや)源兵衛」製。朱塗りのURと、溜塗りのUBには共に小さな市松模様のネットが採用されている。

 いずれにしても日本の伝統工芸の粋を集めた超高級仕上げであることは間違いなく、オーディオファイルのみならず本物を探し求めるコニサー(真の趣味人)に訴求する作品と言ってもいいだろう。

画像: 写真左が朱塗りのKX-0.5UR、右が溜塗りのKX-0.5UBで、価格は同じになる

写真左が朱塗りのKX-0.5UR、右が溜塗りのKX-0.5UBで、価格は同じになる

 『HiVi』2017年12月号で「KX-0.5に至る道程」という渡邉さんのインタビュー記事をお届けしたので、KX-0.5の詳細についてはそちらをお読みいただくことにして、ここでは漆塗装の意義を中心にお話をうかがった。

画像: 株式会社クリプトン オーディオ事業部長 渡邉 勝 さん

株式会社クリプトン オーディオ事業部長 渡邉 勝 さん

 渡邉さんは言う。
 「私はかれこれ半世紀にわたってスピーカー設計に携わっていますが、スピーカーに使える素材はないかと常にアンテナを張りめぐらせているんですよ。そうやって出会ったのが漆であり、正絹なんです。漆はもともとお椀とか重箱とかの高級食器に塗るのが一般的です。殺菌作用がありますから。出会いはかれこれ30年前。金沢にスピーカーパーツの素材研究に行ったときに漆の工芸品を扱っている能作さんを訪ねたんです。最初は漆仕上げの美しさに心惹かれ、スピーカーにも漆を塗ってみたいなと漠然とした思いを抱いていたのですが、実際に漆仕上げのスピーカーを試作してみたら、こんどはその音のよさに驚いた。ヴォーカルがまろやかになって音場が立体的に迫ってくる。聴感上のSN比が上がったように聴こえるのです。

 スピーカー設計における私の基本理念は、ロクハン(6インチ半)前後のウーファーを用いた2ウェイ構成で人の声をリアルに聴かせること。ロクハンがシングルコーンではいちばん帯域が広く取れますが、そこにトゥイーターを加えて高域を補うという発想です。重低音再生はハナから狙っていません。ソコは海外製スピーカーにお任せしています(笑)。

 ところで、キャビネットはどんな素材を用いても必ず鳴きます。振動板のピストニックモーションによってキャビネット上で分割振動が発生するからです。しかし表面塗装でその鳴き方を大きく変えることができる。この表面塗装による制御で2ウェイ機をあたかもシングルコーンのような一体感のある音に仕上げることができるのです。ドライバーから発せられる音波にキャビネットの分割振動をブレンドすることでシングルコーンのような自然な音に持っていけると。もちろん塩化ビニールを貼るか突き板を貼るかも重要ですが、表面塗装が音質に与える影響は、みなさんが考えているよりもはるかに大きいのです。

 ヴァイオリンも同じです。ストラディバリウスの美音の秘密は表面に塗ったニスにあるなんて言われていますしね。最近では金属のサキソフォンに漆を塗るとよいなんていう意見も出ています。このKX-0.5の漆仕上げの試作をピアノの調律師の女性に聴いてもらったことがあるのですが、その音のよさに驚愕されていました。ヴァイオリニストの千住真理子さんにはアルミ押し出し材エンクロージャーに漆を塗ったアクティブスピーカーKS-9Multi Uを聴いてもらいましたが、同様の反応でした。漆を塗装したスピーカーで聴くとちゃんとストラディバリウスの音がするとおっしゃってくださって……」

 ――漆はなぜ音がいいんでしょう?  「第一に内部ロスが大きいということでしょうね。振動するキャビネットの固有音を抑えてくれる。漆の木に傷をつけて樹液を採取、それを木の表面材に塗ればケミカル塗料よりも材質として親和性が高いというのは当然理解できます。膨張・収縮の比率が近いですからクラック(割れ)が生じにくいですし。しかし、金属に漆を塗っても音がいいのはなぜか。やはりこれは内部ロスが大きく、金属の固有音を抑えてくれるからでしょう。KS-9Multi Uのキャビネット素材のアルミはQ値が高い(=振動が長く続く)ですからね、音がまろやかになるのは当然といえば当然なんです。

 アルミなど金属の場合は、漆をスプレーガンで吹き付けますが、木材の場合はハケで職人さんが塗ります。このハケは人毛が使われていて、しかも50年以上経った古い人毛がいいそうです。化繊では漆が乗らない。磨きはサンドペーパーではなく、炭を使います。職人さんたちは“研ぐ”といいますね。どれくらい平たくなったかは手の感触で決めていく。それを何工程も重ねるわけですから、当然お金がかかるわけですよ。

 KX-0.5UR/UBの場合は、ポリウレタンを吹き付けて平面を出した下地に漆を塗って炭で研ぎながら3工程繰り返します。ゼロから漆を塗ると、もうこの値段では収まらない。漆器は工芸品ですがスピーカーは工業品。いかにコストダウンを図るかは重要なテーマです。誰も買えない値段では意味がないですから。『工芸品から工業品へ』という展開は能作さんたちも考えていたようで、このまま工芸品の世界に留まっていては漆の技術は消えていくという危機感がおありだったようです」

 ――サランネットとして使っている正絹との出会いは?
 「銀座をブラブラしていたときに一穂堂(※)で誉田屋の帯地に出会ったんです。その裏地に使う紗を見てこれはスピーカーのネットに使えるとピンときました。実際に試作してみたら、正絹はジャージーほど吸音しないし、透過度が高いので高域がほとんど減衰しないのです。編み込んであるので音波が乱反射しますしね。音のよさもさることながら漆仕上げに安っぽいジャージークロスを組み合わせるわけにはいかないでしょう。コストはケタ違いに高くなりますが……」

※東京・銀座にある日本人職人やアーティストによる絵画や木工などを展示・販売するギャラリー

漆仕上げモデルの音は
予想を大きく超えるものだった

 ということで、まずサランネットをはずした状態でKX-0.5の通常ヴァージョンと漆仕上げのKX-0.5UBをハイレゾファイルを用いて比較試聴してみたが、なるほどその音の違いはぼくの予想を大きく超えるものだった。

 ギター伴奏の女性ヴォーカルを聴いてみたが、漆仕上げは通常ヴァージョンに比べてナイロン弦を爪弾くギターのひびきがにじまずきれいに減衰していく印象で、ヴォーカル表現もいっそうニュアンス豊か。マイクロフォンのダイアフラムに息をふきかけているのが目に見えるかのようだった。総じて大編成のクラシックなどよりもこういうギター伴奏のヴォーカルやピアノ独奏などでその音の違いは顕著になる印象で、コスタンティーノ・カテーナがファツィオーリを弾いたピアノ・ソナタ「月の光」での静寂の気韻や弱音部のかそけき気配の表現などで、漆仕上げヴァージョンは圧倒的な魅力を訴求した。聴覚上のSN比が上がり、音楽の細部の表情がくっきりと浮かび上がってくる印象なのである。

 また、正絹のサランネットを付けた状態の音も聴いてみたが、たしかに高域が減衰する印象はなく、このネットを付けた方が音の整いがよくなるような感じさえ受けた。見た目もこのネットを付けたほうが美しいのは言うまでもない。

画像: 写真のサランネットが、KX-0.5UR/UBに付属する絹で仕上げられたもの。よく見ると細かな市松模様になっており、光の加減で美しい姿を見せる

写真のサランネットが、KX-0.5UR/UBに付属する絹で仕上げられたもの。よく見ると細かな市松模様になっており、光の加減で美しい姿を見せる

 KX-0.5の漆仕上げは同社ウェブサイト限定での販売となるが、これは欲しい人になるべく価格を抑えてていねいに売りたいからだという。実際の音を聴いて購入するかどうかを判断したい方もも多いと思われるが、同社では今後その試聴の機会を増やしていきたいとのこと。ご興味のある方はクリプトン(info@kripton.co.jp)にぜひ連絡を取っていただければと思う。

画像: 漆仕上げモデルの音は 予想を大きく超えるものだった
画像: 上の2モデルがクリプトンオーディオ10周年を記念した、同社初の漆仕上げモデルKX-3U(700,000円・ペア+税、2010年発売)。写真上が溜塗りのKX-3UB、写真下が朱塗りのKX-3URで、KX-0.5UB/URとは異なりサランネットがそれぞれ別なもので用意されている。塗りの工程などはKX-0.5UB/URと同様だ

上の2モデルがクリプトンオーディオ10周年を記念した、同社初の漆仕上げモデルKX-3U(700,000円・ペア+税、2010年発売)。写真上が溜塗りのKX-3UB、写真下が朱塗りのKX-3URで、KX-0.5UB/URとは異なりサランネットがそれぞれ別なもので用意されている。塗りの工程などはKX-0.5UB/URと同様だ

画像: こちらが本文でも登場したアルミエンクロージャーに漆仕上げを施したアクティブスピーカーKS-9Multi U(販売休止)。渡邉さんによると、オリジナルモデルと漆仕上げの音の差は、金属エンクロージャーのほうが明確に現れるという

こちらが本文でも登場したアルミエンクロージャーに漆仕上げを施したアクティブスピーカーKS-9Multi U(販売休止)。渡邉さんによると、オリジナルモデルと漆仕上げの音の差は、金属エンクロージャーのほうが明確に現れるという

HiViグランプリ2018を受賞した
オンライン限定販売のKS-55にも注目

同社ウェブサイト限定販売といえば「HiViグランプリ2018」で<ペリフェラル部門賞>を獲得したKS-55がある。ステレオペア製品として初めてBluetoothの高音質規格<Qualcomm aptX HD>に対応したアクティブスピーカーで、192kHz/24ビットPCMにまで対応したUSB DAC機能も有している。渡邉さんの話ではウェブ限定販売ながら本機は予想を大きく上回る売れ行きを示しているという。やはりスマートフォン等に納めた音楽ファイルをBluetoothで手軽にワイヤレス再生できる点がうけているのだろう。実際に聴かせてもらった音は豊かな音場感とキレのよい低音を実感させ、価格を鑑みればこれはたいへんなお買い得スピーカーだと思う。現在ブルートゥース・スピーカーとしてヴィーファのレイキャビクを愛用している筆者だが、(HiVi3月号10ページ参照)、次はコレにしようと考えている。

画像2: クリプトンKX-0.5UR/UB、圧倒的魅力を訴求する漆仕上げの真髄

KRIPTON
KS-55R
92,500円(ペア) +税
●型式:D/Aコンバーター+パワーアンプ内蔵2ウェイ2スピーカー ●使用ユニット:30mmリング型トゥイーター、63.5mmコーン型ウーファー ●対応サンプリング周波数/量子化ビット数:〜192kHz/24ビット(PCM)●入力端子:デジタル音声入力2系統(光、USBタイプB)、アナログ音声入力1系統(3.5mmステレオミニ)●カラリング:レッド(写真)、シルバー(KS-55S)●寸法/質量:W109×H159.5×D203.4mm/2kg(右)、1.9kg(左)

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