去る2月24日、赤坂B♭にて「アート・ブレイキー・フェスティバル2019」が開催された。アート・ブレイキーは20世紀のジャズ界を代表するドラマー/バンド・リーダーのひとりで、1990年に亡くなった。1919年生まれという公式プロフィールに従えば、今年は生誕100年ということになる。

 彼のバンド“アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ”は1950年代半ばから約35年間にわたって活動し、今も現役のOBにはピアノ奏者のキース・ジャレット、ジャズマンとして初めてピュリッツァー賞を獲得したトランペット奏者ウィントン・マルサリス、今年のグラミー賞で「最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム」を獲ったサックス奏者ウェイン・ショーターらがいる。

 また代表曲のひとつ「モーニン」(ピアノ奏者ボビー・ティモンズ作曲)は日本で最もよく親しまれているジャズ・ナンバーであり、知念侑李(Hey! Say! JUMP)×中川大志×小松菜奈主演の映画『坂道のアポロン』(2018年公開)でも物語の鍵を握るメロディとして使われていた。

 そのブレイキーに捧げるプログラムが、この日行なわれたのである。

 バンドスタンドに最初に登場したのは、司会の瀬川昌久氏。1950年代のほとんどをニューヨークで過ごし、54年に録音されたブレイキーの歴史的名盤『バードランドの夜』の現場にもいたという筋金入りのウォッチャーだ。先日亡くなったドナルド・キーンに三島由紀夫を引き合わせたのも氏であったと、ぼくはかつて直接聞いたことがある。61年のブレイキー初来日時にも取材を行なっており、ようするに瀬川氏は「ブレイキーのキャリアのほぼすべて」をリアルタイムで体験してきた。

 その“レジェンド”が、石井裕太クインテットを呼び上げる。95歳の歴史体現者が、主に20代で構成された気鋭バンドを紹介する……これもジャズの持つ豊かな歳月のあらわれだ。メンバーは石井のテナー・サックスに加え、山田丈造(トランペット)、小沢咲希(ピアノ)、伊藤勇司(ベース)、木村紘(ドラムス)。ブレイキーは曲を書くタイプではなかったので、その都度メンバーの提供した自作を演奏することが多かった。石井は「ジャスト・バイ・マイセルフ」、「アー・ユー・リアル」、「アロング・ケイム・ベティ」等、テナー・サックス奏者ベニー・ゴルソンが在籍していた頃のレパートリーを中心にステージを構成。彼の絞り出すようなトーンと細やかなフレージングは、ドン・バイアス風のサブトーンで音程を上昇下降するゴルソンのそれとは対照的。しかしそれが、60年も前に書かれたナンバーに新鮮味をもたらす。ジャズ・メッセンジャーズが「ベティ」を演奏する時、トランペットの旋律に対してサックスが下でハモる。しかし石井はトランペットに対して上でハモリながら、この曲に新たな音楽的色彩を付け加えた。サンバ風にアレンジされた「リアル」が面白かったこともいうまでもない。

画像1: 「アート・ブレイキー・フェスティバル2019」開催。小林陽一&ジャパニーズ・ジャズ・メッセンジャーズ、石井裕太クインテットが伝説のジャズ・ドラマーに捧ぐ

 ぼくは卓越した二人組ヴォーカル・グループ“WHY@DOLL”のライブを通じて石井のプレイに感銘を受け、やがて彼の参加CDをチェックしたり、阿佐ヶ谷のジャズ・クラブで生演奏を聴いたりして、今日にいたった。WHY@DOLLを通じて彼のサックスに酔いしれた方にもぜひ、ジャズマン石井裕太の姿を目の当たりにしてほしいと強く感じた。

画像2: 「アート・ブレイキー・フェスティバル2019」開催。小林陽一&ジャパニーズ・ジャズ・メッセンジャーズ、石井裕太クインテットが伝説のジャズ・ドラマーに捧ぐ

 休憩中は瀬川、石井、そして今回のライブの主催者であるドラマーの小林陽一が集まり、ブレイキーに関するトークを行なった。小林はブレイキーの葬儀にも参列しており、そのときの思い出は永久に忘れられないという。そしてドラムの椅子に座り、“ンッッツ・カッ、ツッツトット”とリズムを打ち出すと同時に、谷殿明良(トランペット)、原川誠司(アルト・サックス)、北島佳乃子(ピアノ)、鈴木堅登(ベース)がバンドスタンドに次々とあがり、“小林陽一&ジャパニーズ・ジャズ・メッセンジャーズ”のステージが始まる。

画像3: 「アート・ブレイキー・フェスティバル2019」開催。小林陽一&ジャパニーズ・ジャズ・メッセンジャーズ、石井裕太クインテットが伝説のジャズ・ドラマーに捧ぐ

 1曲目は「チキン・アンド・ダンプリンズ」、いわゆる“ブルーノート4016”に入っていたナンバーだ。小林はブレイキー流のリム・ショット(タムのフチを叩く)、ナイアガラ・ロール、グリッサンド(肘で打面を押さえて音程を変える)をフルに使い、シズル・シンバルをガンガンと打つ。「ピン・ポン」(60年代に、当時ブレイキーと親交のあった白木秀雄がカヴァーしたという記録があるものの、録音は発見されていない)、「ブーズ・デライト」などブレイキー好きなら大喜びすること間違いなし、だが一般のジャズ・ファン的には相当通好みかもしれないナンバーが快調に披露された。

画像4: 「アート・ブレイキー・フェスティバル2019」開催。小林陽一&ジャパニーズ・ジャズ・メッセンジャーズ、石井裕太クインテットが伝説のジャズ・ドラマーに捧ぐ

 ステージ中盤では今年21歳、4月からニューヨークで学ぶというアルト・サックス奏者の岡野大夢にも活躍の場が与えられた。ラストは全員による合同演奏で「チュニジアの夜」、そして「モーニン」。ジャズは液体のようなものであり、今後も予想を超えた進化・発展を繰り返すことだろう。しかしアコースティック楽器+4ビート+アドリブが組み合わさったことで生まれる気持ち良さ、これが伝わらなくなる日がやってくるとは永久に思えない。世代を結ぶ共通言語としてのブレイキー・ジャズ、そんなフレーズを思い浮かべながらぼくは会場を後にした。

画像5: 「アート・ブレイキー・フェスティバル2019」開催。小林陽一&ジャパニーズ・ジャズ・メッセンジャーズ、石井裕太クインテットが伝説のジャズ・ドラマーに捧ぐ

 小林陽一は3月27日に、新作『ナイアガラ・シャッフル』をキングレコードからリリースする。フィリップ・ハーパー(トランペット)、ロビン・ユーバンクス(トロンボーン)、エシェット・エシェット(ベース)らジャズ・メッセンジャーズOBを交えた面々とのレコーディングであり、こちらにも期待がつのる。

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