久保田流・アカデミー賞主要部門を完全予想
今年のアカデミー賞(日本時間2月25日発表)の行方はどうなるのだろう。予想を難しくしているのは、作品賞ほか計10部門にノミネートされているアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』の存在だ。
出来映えはすばらしいのだけれど、興行と関係のないNetflixオリジナルの配信作品がハリウッド村でどのくらい支持されるのかが分からない。昨年の第90回開催で、ロシアのスポーツ・ドーピング問題を追った『イカロス』がドキュメンタリー長編賞を受賞したりと、風穴が開きつつあるのは確かなのだが。
よし、とにかく主要部門を無理くり予想してみよう。
監督賞と外国語映画賞が『ROMA/ローマ』。主演女優賞は『女王陛下のお気に入り』のオリヴィア・コールマン。助演女優賞が『ビール・ストリートの恋人たち』のレジーナ・キング。そして脚本賞が『女王陛下のお気に入り』のデボラ・デイヴィスとトニー・マクナマラ。
こうすると作品賞と主演男優賞、助演男優賞が空く。そこに今回オススメする『グリーンブック』とその出演俳優、ヴィゴ・モーテンセン&マハーシャラ・アリが入るのだ。
これが理想の展開。少なくとも24日まではこれで間違いない。ベトナム帰りの哀しきやさぐれ青年を演じた『インディアン・ランナー』(1991年)のころから大ファンのヴィゴちゃんが獲ったら宴会だ! いやほんと、お願いしますよ、映画の神さま。
黒人のためのガイドブック“グリーンブック”を片手に旅に出る
いつもは痩身で刺青をバリバリに入れてたりするヴィゴが、今回はでぶっと太って登場する。1962年。ニューヨークで暮らす大食いで粗野、加えておしゃべりなイタリア男の役。口八丁手八丁の用心棒としてナイトクラブで働いている彼、トニー・バレロンガは、店が改装に入る年末2ヵ月の間、別の食い扶持を探すはめになる。
紹介されたのはドクター・シャーリーという黒人ジャズ・ピアニスト(マハーシャラ・アリ)の巡業運転手の仕事だった。悪気はないが、それが侮蔑だとも思っていない。身のまわりの黒人を黒ナスと呼んだりしているトニーは、背に腹は代えられず、シャーリーの演奏旅行を手伝うことにする。
テネシー州、ルイジアナ州、ミシシッピー州。それは黒人差別が色濃く残る米国深南部、ディープサウスへの旅だった。
これまで映画に登場したことはないと思う。“グリーンブック”(THE NEGRO MOTORIST GREEN-BOOK)というのは、出発時にトニーがシャーリーの所属事務所からもらう当時の黒人向け旅行ガイドブックだ。
人種差別撤廃の公民権法が成立する1964年目前でも、南部では州法によって黒人の移動や施設の利用(ホテル、交通機関からレストラン、トイレまで)が制限されていた。旅の便宜をはかるため、黒人でも利用可能な施設や給油のできるガソリンスタンドを掲載したのがグリーンブックで、ニューヨークのアフリカ系アメリカ人、ヴィクター・H・グリーンの編纂で1936年から30年間、毎年改訂、発行されたという。
お調子者のトニーは車中でもペラペラしゃべりつづけ、後部座席のシャーリーから煙たがれられたりしている。ふだんはバカにしている黒人の歌なのに、ラジオからチャビー・チェッカーやアレサ・フランクリンのヒット曲が流れるとゴキゲン。けれどもシャーリーは、チャビーもアレサも名前しか知らないのだ。
ショパンに乗って奏でられる嘆きと怒り
この『グリーンブック』は実話に材をとった作品。ドクター・ドナルド・シャーリー(YouTubeにいくつかライヴ動画がある)は、少年時代にロシアのサンクト・ペテルブルグ音楽院で学んだ天才肌のクラシック・ピアニストだった。
けれどもどれほど才能があろうと、当時黒人がクラシック界で活動するのは不可能。それでジャズとクラシックを融合した音楽を、主に白人層に向けて演奏していた。
黒人でありながらそこにルーツはなく、ステージから降りれば白人から迫害される宙ぶらりんの男が味わう孤独と現実。これが後半、映画の背中を押すことになる。
ホテルで演奏したのに、そこで食事をとることはできない。シャーリーが黒人の集まる安酒場で、ショパンのエチュード25第11番「木枯らし」を弾く感動的な場面がある。ショパンの練習曲のなかでも難易度最上級といわれる作品で、鍵盤に叩きつけられるのは、美しさよりも嘆きや怒りだ。
劇中、マハーシャラ・アリの演奏シーンで実際にピアノを弾いているのは、こちらも天才黒人ピアニストといわれる、劇伴も担当したクリス・パワーズ。2013年に他界した先輩ドクター・シャーリーの魂に捧げるような名演奏である。
今後はクリスマス映画といえば『グリーンブック』に?
水と油のふたりが困難を乗り越えながらチームとして、また人間として成長してゆく物語。『リーサル・ウェポン』や『48時間』、ロバート・デ・ニーロとチャールズ・グローディン共演の大快作『ミッドナイト・ラン』など。『グリーンブック』は、アメリカ映画十八番の相棒映画=バディ・ムーヴィーの変奏だ。そこにニューヨークに残してきたトニーの嫁さん、ドロレスを加えればすばらしい合奏が完成するともいえる。
くわえ煙草のトニーが近況報告の手紙(これが笑え、泣ける)を送るドロレスに扮するのは、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』でホークアイの妻を演じていたリンダ・カーデリーニ。いい女優さん、いいキャラクターだなあ。アカデミー賞にアンサンブル演技賞があれば、今年はこの3人で決まりだろう。ヴィゴとマハーシャラ、リンダが笑ったポートレートを机の上に立てておきたくなる。
アメリカでは白人目線の都合のいい映画ではないか、という評もある。でもいいではないか。トニーとシャーリーがニューヨークに戻ってくるのは、フランク・シナトラの「ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」が流れるクリスマス・イヴ。
世界の片隅に、希望の火を灯す映画なのだ。ひととひとの間の垣根をそっと取り払う映画なのだ。やがてはクリスマス映画として長く愛される作品になるだろう。
祝杯になるか。ヤケ酒となるか。いずれにせよ楽しみ。全国5千人(そのくらいはいるよね?)のヴィゴ・モーテンセン・ファンのみなさん、2月25日まで遠くアメリカまで念を送りつづけましょう!
『グリーンブック』
監督:ピーター・ファレリー
出演:ヴィゴ・モーテンセン/マハーシャラ・アリ/リンダ・カーデリーニ
原題:GREEN BOOK
配給:GAGA
2018年/アメリカ/2時間1オ分
3月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
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