『BLOOM OF SOUND 2020』
レーベル:RME Premium Recordings
収録音声:2chステレオ(192kHz/24bit)、5.1chサラウンドDTS-HD Master Audio(192kHz/24bit)、11.1ch Dolby Atmos、11.1ch Auro 3D(96kHz/24bit)
*Blu-rayディスクとMQA-CDの2枚組
曲名/アルバム/アーティスト
1 Channel Check
2 Concerto No.3 in F Major.RV 293 Autumn/『ViVa Four Seasons』/UNAMAS Strings Sextet
3 Sonata for Strings NO1 in G Major Andante/『Touch of Contrabass』/UNAMAS Strings Septet
4 Theme from Schindler's List/『Touch of Contrabass』/Ippei Kitamura
5 Franz Schubert No-14 in D minor Death and the Maiden Allegro/『Death and The Maiden』/
UNAMAS Strings Quintet
6 Contrapunctus 01/『The Art of Fugue』/UNAMAS Fugue Quintet
7 Contrapunctus 14/『The Art of Fugue』/UNAMAS Fugue Quintet
8 Jour Naissant/『黎明(Reimei)』/Jun Fukamachi
9 Fugace/『黎明(Reimei)』/Jun Fukamachi
10 Nature surround/ボーナス・トラック/Mick Sawaguchi
「とにかく2chの時代が長すぎます」
ーーー語気を強めてこう語るのは本誌執筆陣としてもお馴染み、ベテラン・エンジニア/プロデューサーのミック沢口氏だ。主宰するUNAMASレーベルでは、ジャズやクラシック、サラウンド・スケープなど多彩なタイトルを多数ラインアップしている。高音質を謳うインディーズレーベルは他にもあるが、UNAMASがユニークなのはステレオの枠に収まらない音場デザインへの意欲的なアプローチだ。そもそも、沢口氏がマルチチャンネルに関心を持ったのは、NHK在職時の1980年代の半ばからだったという。
「映画音響ではすでに3-1方式のサラウンドで音響制作が行われており、その実際を調査しようと1週間休みを取って、当時コンチネンタル ファーイーストの技術部長だった宮原さんの紹介でDolbyのサンフランシスコ本社を訪ねました。それは1990年から実験放送を始める予定のHD-TVにサラウンド音響は不可欠だと感じたからです」
Dolbyの計らいで、ジョージ・ルーカスが設立したあの「スカイウォーカーランチ」をはじめハリウッドのすべての映画スタジオを見学した沢口氏が目にしたのは、すでに当たり前のようにサラウンド音響に取り組むエンジニアたちの姿だったという。翌1986年、NHKは初のサラウンド対応のポストプロダクションスタジオ「CD-809」を設ける。企画書を提出したのはもちろん沢口氏だ。その後、2005年にNHKを退局し、2007年に立ち上げたのがUNAMASであり、サラウンドにかける情熱がここに注がれることになるのは当然の流れだったと言える。実際に、UNAMASがe-onkyo musicなどハイレゾ配信でリリースした作品の多くは当初から、5.1chや5.0chといったサラウンドフォーマットでもダウンロードが可能だ。
一方、2000年代にはマルチチャンネル界に大きなトピックが訪れていた。欧米で研究が進められていた“イマーシブオーディオ”が徐々に形になってきたのだ。そうした潮流に、日本で真っ先に反応したのも沢口氏を中心としたエンジニアだった。
「2014年に、当時毎日放送にいた入交英雄さんが神戸松蔭女子学院大学の教会で、名倉誠人さんのマリンバをハイト(天井)の4chを含めた9chで録音しました。それを聴くと、本当に音が降ってくるような感じで、従来の水平サラウンドとは世界観がまるで違う。ポスト5.1chはこれだなと納得しました」
その世界観をうまく表現できる音楽や場所は何なのか。そんな模索からスタートしたのが大賀ホールでのクラシックシリーズであり、当初からすでにハイト・レイヤーを意識した録音が行われている。また、デジタルマイクを積極的に活用したマイキング、RMEのプリアンプやDAC、Pyramix(DAW)の制作チェーンがUNAMASのレコーディングアイテムとして定着したのもこの頃から。
『BLOOM OF SOUND 2020』は、そんなUNAMAS作品群の中から、日本プロ音楽録音賞を受賞した栄えある5作品を集めたコンピレーションアルバム。バッハ最後の作品として知られる難曲を弦楽カルテット+コントラバスの編成で大胆にアレンジした『The Art of Fugue』、低域の押し出しを狙ってビオラのパートもチェロに変更した編成も珍しい『Death and the Maiden』。ジョバンニ・ボッテシーニやロッシーニ、さらにスピルバーグの映画『シンドラーのリスト』メインテーマのコントラバス独奏も収録した『Touch of Contra Bass』。大賀ホール録音の集大成としてUNAMASチームに欠かせないバイオリニスト竹田詩織をフィーチャーした『ViVa The Four Seasons』。そして、2010年11月に急逝した作・編曲家/キーボーディストの深町純が、亡くなる4ヵ月前の7月7日に残した鬼気迫る即興演奏を5chのサラウンドで収録した『黎明』。当初は、日本音響エンジニアリングの試聴室「Sound Laboratory」のテスト録音として行われたセッションだったが、作品化されたラストレコーディングは各方面で絶賛された。
UNAMAS Fugue Quintet
『The Art of Fugue』(2015年)
「〈フーガの技法〉を題材に選んだのは、スコアがとてもサラウンドに向いていたからです。各楽器のタイミングなど、サラウンドで聴けばバッハの狙いがすごくよく分かると思います」(沢口)
UNAMAS Strings Quintet
『Death and the Maiden』(2016年)
「シューベルトのこの曲を聴いて、これはロックだと感じました。普通は上品な弦楽四重奏として演奏されるのを、2Vc+Cbでものすごい迫力に。してやったりの一作です」(沢口)
UNAMAS Strings Septet
『Touch of Contra Bass』(2018年)
「元々がジャズファンなので、個人的にCbが好きなんです。でも、クラシックでこの楽器が大きくフィーチャーされることはほとんどないので、あえてそんな曲を選んでみました」(沢口)
UNAMAS Strings Sextet
『ViVa The Four Seasons』(2019年)
「音楽的にも高い評価をもらった大賀ホール録音の第一弾『The Four Seasons』を、その後に定着したデジタルマイクを含めたシステムで録り直すというチャレンジでもあります」(沢口)
深町純『黎明(Reimei)』(2012年)
「深町さんの三回忌にリリースしたこのアルバムは、まさに一期一会の作品です。次のアルバムの打ち合わせもしていただけに、これが最後の録音となってしまったのは残念でなりません」(沢口)
UNAMASのようなブティックレーベルが日本プロ音楽録音賞を2013年から2019年までに6度も受賞することになったのは、独自の録音ポリシーを貫き、常に驚きのある作品をコンスタントにリリースし続けてきたことが評価されたからだろう。『BLOOM OF SOUND 2020』は、ステレオからサラウンド、そしてイマーシブへと向かう録音芸術の進化の在り方を鋭く問いかけている。
text by 山本 昇
Bloom of Sound 2020 作品紹介
Stereo Sound STOREにて好評発売中
こちらの記事はプロサウンド8月号にも掲載されています。