いやー、知らなかった。ヴィヴァルディは、私の中ではベートーベンやショパンと並ぶクラシックの大作曲家というイメージがある。ポップス風な言い方をすれば「四季」の“春”は、不滅のエヴァーグリーン・ヒットといったところだろう。あれほどキャッチーなメロディを生み出せるのは天賦の才以上のものがある。だから常に陽の当たるところに居続けている印象があった。
が、なんと、そのヴィヴァルディは、生前かなり高く評価されていたものの、その後、本当に長いあいだ忘れ去られていたに等しい存在だったらしいのだ。彼が再評価されたのは、死後およそ200年が経った20世紀初頭に大量の自筆譜が偶然発見されて以降だというのだから、なんという長いスパンの話であることだろう。そしてこの映画は、1716年(日本式にいうと徳川吉宗が将軍に就任した年)、ヴィヴァルディが25歳の頃の話がモチーフになっている。彼は司祭となると同時に、ピエタ院(ヴェネツィア共和国の救貧院、孤児院、音楽院)のヴァイオリン教師に任命された。指導者としても彼は一流だったようで、その手ほどきのもと、ひとりの少女チェチリアがしだいにヴァイオリンの才能を開花させてゆく姿はもちろん、“音楽で認められたい”というヴィヴァルディの姿も描く。
チェチリアは赤ちゃんポストに置き去りにされた、いわば“孤児”であり、親を知らない。が、生きていれば年齢を重ねて成人となり、その先には何の疑問もなく「結婚」がある。結婚には相手が必要なのだが、それはピエタ院が勝手に決める。院から出て外の世界で暮らすには、母親が迎えに来るか、身分の高い者と結婚するしかないのだ。彼女の結婚相手には、トルコとの戦争に出ている将校が“就任”した。だが誰にだって心はある。いきなり見知らぬ人と結婚するのは無理だ。チェチリアにとってヴィヴァルディは、たんなる音楽上の良き先生にとどまる存在だったのだろうか?
原作はティツィアーノ・スカルパの小説「ヴィヴァルディと私」、監督はオペラ演出家としても高名なダミアーノ・ミキエレット。チェチリアにはテクラ・インソリア、アントニオ・ヴィヴァルディにはミケーレ・リオンディーノが扮する。
映画『ヴィヴァルディと私』
5月22日(金)より、シネスイッチ銀座 ユーロスペース他全国順次公開
監督・脚本:ダミアーノ・ミキエレット
原作:ティツィアーノ・スカルパ 「ヴィヴァルディと私」(河出書房新社刊/中山エツコ訳)
出演:テクラ・インソリア、ミケーレ・リオンディーノ、アンドレア・ペンナッキ
2025/イタリア・フランス/イタリア語/110分/1.85:1/5.1ch/原題:PRIMAVERA/映倫区分:G
字幕翻訳:関口英子
後援:イタリア文化会館 配給:彩プロ
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